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第6章 異国の地を旅します

第106話 出発、そしてお約束のように…

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 さて、ヴァイスの引く馬車で出かけることを決めた翌日の早朝に、さっそく私達は出発することにしました。
 向かうのはアルビオン王国中西部の町です。
 モンテスターという名の町で、繊維産業が盛んな町だそうです。

 出かけるメンバーはいつもの顔ぶれですが、…。

「私、人間と一緒に旅するのは初めてです。
 しかも、ペガサスの引く馬車で空を飛ぶなんて夢みたい。
 楽しみです。」

 私の肩の上に座ってとても楽し気にしてるのは、家付き精霊のステラちゃん。
 なぜ一緒にいるのかと言うと…。

 昨日の晩、みんなで地図を見ながら旅の打ち合わせをしていた時の事です。

 地図を広げたテーブルの上に座って、私達の話を聞いていたステラちゃんが地図をのぞき込んで言いました。

「モンテスターですか、あの町まだあるのですね。」

「あら、ステラちゃん、その町に行ったことあるの?」

 家付き精霊のブラウニーの中にも結構さすらう者がいるというのは先日知りました。
 ですが、この家に長いこと住み着いているステラちゃんがそんなに遠い町のことを知っているのは意外でした。

「この家に住み着く前の事です。
 前に住んでいた家の人が『魔女狩り』にあって何処かへ連れて行かれちゃったんです。
 空き家になってしまって、退屈だったのでその家を出たのです。
 それから、ここに辿り着くまでしばらく放浪してたのですが、途中で通りすがった町の一つです。
 特に気を引く家もなかったし、住み着こうとは思いませんでした。」

 ステラちゃんの住んでいた家にいた人も『魔女狩り』の被害者でしたか。
 しかし、ステラちゃんはそんな遠い所からここまでやって来たのですね、小さな体で大変なことです。

「しかし、懐かしいですね。
 その辺りに愛着がある訳ではないですが、長いことその辺りを放浪していたものですから。」

 うん?これは、…。

「ねえ、ステラちゃん、長い間この辺りを放浪していたって言ったわよね。
 もしかして、この辺りの地理に詳しい?」

「ええ、まあ、二十年くらいはその辺にいましたから。」

 二十年って…、さすが精霊は時間のスパンが違いますね。

「ちょうどよかったわ。
 みんな、その辺に不案内で不安だったのよ。
 良かったら一緒に来ない?」

 目的地の周辺に土地勘のあるステラちゃんが一緒に来てもらえれば助かります。
 私の提案にステラちゃんは難しい顔をしています。

「今はちょうど中庭のバラの花期なのです。
 こまめに花ガラを摘んであげないとそこにカビが発生してしまいます。
 私がここを離れる訳にはいきません。」

 流石に、長い期間この館を守ってきたブラウニーです。
 愛着のある館を留守にする訳にはいかないようです。

 すると、

「バラの世話なら、あたしがしといてやるよ。
 あんたもたまには羽を伸ばしたらどうだい。
 せっかくだから行ってきなよ。
 あたしもここに世話になるんだから、この館の手入れぐらいきっちりやるさ。
 安心して行ってきな。」

 例の風来坊のブラウニーがステラちゃんにたまには出かけたらどうかと言ったのです。
 たまに出かけるブラウニー、なんか斬新です。
 ブラウニーって家から出ないイメージがあったのですが…。
 ブラウニーが家から出るのは愛想を尽かして立ち去るときだけかと思っていました。
 数日前からブラウニーに対して持っていたイメージがガラリと変わってしまいました。

 ということで、今、ステラちゃんは私の肩に腰掛けて楽しそうにしているのです。


     **********


「い~い~?
 最初はここから北北西に向かって百五十マイルほど進んで~!
 その辺りで飛んでいる仲間をつかまえて、街の位置を確認するから~。」

 ブリーゼちゃんが器用にもヴァイスの背中に地図を広げて行先の指図をしています。
 さあ、間もなく出発です。

「分かっておるわ、何べん同じ事を良いのだ。
 北北東に百五十マイルだろう。」

「違うって~、北北西に百五十マイル~!
 馬が間違うから、何度も言うんじゃない~!」

「わかった、わかったから、そんなに耳元で騒ぐな、うるさい!
 それじゃあ、行くぞ。」

 二人(?)の会話にそこはかとない不安を感じますが、いよいよ出発のようです。
 私達の乗り心地に気を遣って最初はゆっくりと走り出した馬車は、館の敷地の中で徐々に速度を上げて行きます。
 そして、フワッと浮き上がるような感覚を感じるとヴァイスは一気に大空に舞い上がりました。

「うわあ、たかい!」

 私と一緒に飛ぶよりもはるかに高く舞い上がったことに、アリィシャちゃんが歓声を上げます。

「凄いですわ、あんなに広い王都が一望にできます。
 この王都の周辺って本当にまっ平なのですね。
 でも、こうしてみると立派な建物がたくさん建ち並んでいて本当に栄えているのですね。」

 リーナは上空から見る王都の風景に見入っています。
 たしかに、起伏の少ない土地なのですね、丘と言ったら館の後ろのサクラソウの丘くらいしか見当たりません。

 この馬車はヴァイスの術で浮かせているのですが、本当に揺れません。
 それに、馬車の床についてる足が、宙を浮いているという心許無さを感じないのです。
 これは本当に癖になります。
 ヴァイスの引く馬車に慣れてしまうと自分で空を飛ぶのが億劫になりそうで怖いです。

「この駄馬~!
 どっちに向かっているの~!
 そっちは南!北へ向かうと言っているでしょう!
 あんた、もしかして方向オンチ?」

 馬車の外からブリーゼちゃんの良く通る声が響いてきます。
 乗り心地は最高なのですが、いまいち不安をぬぐい切れないのは私だけでしょうか?

 ヴァイスは、ブリーゼちゃんの指示を受けて王都の上空で大きく弧を描くようにゆっくりと方向を転換しました。
 いよいよモンテスターの町に向けて出発のようです。

 眼下に見える風景は大都会で王都の大きな建物が建ち並ぶものから、のどかな農村のそれに変わってきました。
 のどかな農村の光景は、何処までも平たんな大地に青々とした小麦畑が続き、私達が住むアルム山脈の麓に比べとても豊かな土地に見えました。

「凄いわね、小麦畑がこんなに青々と広がっている。
 もう一月もしたら麦秋、この辺り一面金色に染まるわね。
 とても実り豊かな土地なのね。
 でも…、何でかしら、とても寂しい風景の様な気がする。」

 のどかな農村の風景を眺めていたリーナがそう呟いて首を傾げました。
 それから、眼下を過ぎる農村の風景に見入っていたのですが、違和感の正体に気付いたようで声を上げました。

「そうだわ、森がないのよ。
 どこを見ても薪を拾う最小限の疎林があるだけ、全部小麦畑にするために伐ってしまったのかしら。」

 リーナに指摘を受けて改めて眼下の風景を見ると確かに森が見当たりません。
 確かに、アルム山脈の麓に限らずクラーシュバルツ王国はどこに行っても森が豊かです。
 あの大都市、ズーリックですら町を出るとすぐに豊かな森が広がっているのです。
 そんな国に暮らしてたリーナには森のない景色が物悲しく感じるのでしょう。

 あれれ、これは精霊達には住み難い土地だわと私はのんきに考えっていました。
 すると、ステラちゃんが、…。

「百年、いえ、もっと前ね。
 以前、私が通りがかったときはもっと森も多かったのよ。
 こんなに小麦畑は多くなかったわ。
 あの頃は森に行くと必ず精霊に会えたものだけど、みんな今はどこに行ったのかしら。」

 私の肩の上から眼下の光景を見てそんな風に呟きます。
 やっぱり、精霊たちは何処かへ姿を消してしまったのでしょうか。

 それからしばらく眼下を過ぎゆく光景を眺めていたのですが。
 不意に、馬車の外からブリーゼちゃんの良く通る声が聞こえました。 

「馬!速いよ~、速いって~!
 そんなの速く飛んだらあっという間に百五十マイルを過ぎちゃうじゃない。
 今どこにいるかもわからなくなっちゃうよ~。
 すこしスピードを落として~!」

 どうやらヴァイスの速度が速すぎるようです。
 ブリーゼちゃんが眼下に見える地形と地図を照らし合わせるのが追い付かないと苦情を言っているみたいです。

「耳元でうるさいぞ。
 我に指図するのではない、今、すごく気分良く飛んでいるのだ。」

 ヴァイスはブリーゼちゃんの言葉に耳を貸そうとせず、速度を落とす様子が見られません。
 そして、またしばらくして…。

「道に迷った?」

「そう、この駄馬ったら私の言う事を聞かないで勝手に飛ぶの~!
 おかげで現在地を見失うし、同族をつかまえて聞いてもモンテスターなんて町は知らないって。
 方角が大幅にずれちゃったか、行き過ぎちゃたかだと思う。
 だって、この駄馬、ものすごく速いのだもの~。
 もう二百マイルくらい飛んだと思うの~。」

 ブリーゼちゃんの話では人にあまり関わらない精霊でも、近くの町の名前くらいは知っているそうです。
 知らないという事は、その精霊の活動範囲にはその町はないという事です。
 ちなみに、風の精霊の活動範囲は非常に広いそうです。まあ、好奇心旺盛ですぐに飛んでいくというのですから。

「そんなに怒ることないであろうが、久しぶりに思いっ切り飛んだのだ。
 つい、本能の赴くままに飛んでしまうのも仕方がないことであろう。」

 ヴァイスは反省した素振りも見せずにしれっと言いました。

「このおバカ!」

 私は頭痛がしてきました。 
 不安的中です、やはりヴァイスを信じたのは間違いでした。
 これは地上を走って何処かで人に尋ねるしかありませんね。

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