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第5章 渡りに船と言いますが…

第92話 本当に渡りに船です

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 美味しいランチを頂いたあと、紅茶を飲みながらミリアム首相が尋ねてきました。

「それで、レディーが我が国を訪れた本来の目的とはいったい何なのでしょうか?
 十五歳やそこらの女性がこんな遠いところまで来る用事など考えられないのですが。」

「はい、実は貴国で蒸気機関なるものが発明され、色々な物に使われ始めていると知りまして。
 興味深いので、ぜひ拝見してみたいと思いました。
 蒸気機関車、蒸気船、それに蒸気機関を動力に用いた紡績工場に織布工場。
 それらを見聞するために貴国を訪問しようと思ったのです。」

「ほう、これは中々、情報感度の鋭いレディーだ。
 それらは、我が国でもまだ一般化していないものばかりです。
 それにいち早く目をつけるなんて。
 で、レディーの国で蒸気機関を用いて何かをしようと考えているのですか。」

 ミリアム首相は興味津々のようです。
 アルビオン王国の技術を売り込むチャンスだと思っているのでしょうか。

「いえ、先程お話ししたように、我が国は猫の額ほどの面積しかありませんし、国民がいません。
 実は、今回の旅には同行者がいるのです。
 私の国の隣に領地を持つ領主なのですが、同い年の女の子なのです。
 隣の領地は中立国に属していますので、今回私と閣下の交渉の場にいたら差支えがありました。
 ですから、別の場所で待機してもらっています。」

 私は、リーナのことをかいつまんでミリアム首相に話しました。
 温室育ちのリーナが、貧しい家庭に生まれた少女が娼婦として人買いに売られていくことを知りショックを受けたこと。
 リーナはそんな現状を憂いていて、何とかしたいと考えていること。
 私もリーナに共感して、ちょくちょく相談に乗っていること。
 実際に手を付けようとしたら様々な困難に直面していること。

 そして今、私達は子供たちに教育を施すことや働く場を与えることを検討していると説明したのです。

「昨年は幸いにして彼女の領館が人手不足であったという事情が重なりました。
 それで彼女は、貧しい村々を回って身売りに出される予定の少女たちを領館の下働きとして雇い入れたのです。
 おかげで昨年の秋は、彼女の領地から少女達が娼婦として売られていくのを防ぐことができました。」

「なるほど、貧困家庭に生まれた女性が娼婦となるのはどこの国でも抱えている問題ですな。
 レディーのご友人の領主は、同じ女性として領民がそうなるのを我慢できなかったのですね。
 娼婦として売られることを防ぐため領主の館で雇い入れるとは、中々行動力のあるレディーのようですね。
 しかも、仕事の幅を広げるため読み書き計算を教えるとか、十五歳の少女の考えることとは思えませんな。」

 ミリアム首相はリーナのことを素直に称賛しています。その言葉に追従は感じられませんでした。

「しかし、彼女の領館でそんなに多くの人を雇用することは出来ません。
 やはり、何か大きな雇用を生み出す場が必要だと私達は痛感していたのです。
 ちょうどその頃、貴国では蒸気機関を用いた大きな工場が造られていると耳にしました。
 中には千人にも及ぶ女性が雇用されているところもあると聞き、彼女の領地でも出来ないかと考えたのです。
 もちろん、貴国でしていることをそのまま持ってきても上手くいくかどうかはわかりません。
 それに、工場を建てるためには多額の資金が必要になります。
 すぐには着手できないことは私達にも分っているのです。
 ですが、少しでも可能性が見出せるのであれば、ぜひ見ておきたいという気持ちでここまでやって来たのです。」

 私がアルビオン王国を訪れた本来の目的に、ミリアム首相は合点がいったようで深く頷いています。

「なるほど、若い女性が現金収入を得る働き場所を作るために、我が国の産業を参考にしようというのですか。
 事情は理解できました。であれば、私も多少の協力が出来ると思います。
 もし、よろしかったら、レディーの今の話にあったモノの見聞が出来るように便宜を図って差し上げましょうか。
 何のツテも無くて、これから訪問先を探すのも大変でしょう。
 最新の紡績工場と織布工場、それに蒸気機関車と蒸気船でしたね。
 一週間ほどお待ちいただければなんとかしましょう。」

 ミリアム首相は非常に助かる提案をしてくださいました。
 もちろん、私は是非にとお願いしました、まさに渡りに船とはこのことです。


     **********


 その話が一段落したところで、ミリアム首相が帝国の大使に向かって尋ねました。

「ところで、大使。
 先ほど、寄贈してくださった戦列艦は、レディー・シャルロッテ個人からの寄贈と考えてよろしいのですね?」

「はい、私共はあの軍艦については何も聞かされていませんし。
 シャルロッテ嬢が個人的に接収したものですので、処分する権限はシャルロッテ嬢個人にあります。」

 先程の戦列艦が誰に帰属していたものかを確認しているようです。
 まあ、私の一存でしたことですから、私が個人として贈ったことになりますね。

「そうなると我が国としてはもらい過ぎになりますな。
 あの軍艦一隻で我が国海軍の軍艦建造予算の一割近くに匹敵する物と思われますから。
 今回の親書の件、前向きに検討する材料としてはレティーシェ提督の身柄と彼が持つ情報だけで十分すぎるくらいです。
 レディー、何か欲しいモノはございますか、我が国からの友好の証に何か贈呈いたします。」

「特に頂きたいものはないですが、何処か土地建物を紹介して頂けますか。
 王都の貴族街で、予算はソブリン金貨一万枚位で探そうと思っていたのです。」

「なんと、レディーは我が国に移住をご希望で?」

 ミリアム首相は私が移住してくることを希望しているのでしょうか、前のめりになって尋ねてきました。

「いえ、とんでもない。
 私の生涯は、アルム山脈の麓、アルムハイムと共にありますから。
 私が土地建物を欲しいのは、情報収集拠点としてです。
 私の個人的な考えなのですが、これからの時代を牽引していくのは貴国ではないかと思っているのです。
 時代の最先端から取り残されないために、世界の中心になるここに拠点を一つ設けたいと思いまして。
 そうですね、ハーブ畑の世話が不要な冬場はこちらで過ごしましょうかしら。」

 本当は、情報収集拠点としてだけでなく、投資物件としても考えているのですがそれは内緒です。
 アルビオン王国が世界の中心になるとすれば、この王都の土地建物の価値はうなぎ上りでしょう。
 私はそれを値上がり前に買っておこうと思ったのです。
 
 あともう一つ、転移魔法の発動媒体を固定して設置できる場所が欲しかったのです。もちろん、それも内緒です。

「中々のご慧眼ですな。
 私は先程から驚かされるばかりです。
 私は、レディーが魔女であることより、情報感度の鋭さに恐ろしさを感じていますよ。
 とても、十五歳の少女とは思えない。
 分かりました、そう言う事であれば、良い物件を紹介させていただきます。
 これも、一週間ほどお待ちいただけますか。」

 ミリアム首相は私が移住する気がないと言った事には残念そうでした。
 ですが、アルビオン王国が世界の中心になると言われたことに気を良くしています。
 こんな小娘の見解でも、褒められると嬉しいようです。

 こうして私はアルビオン王国滞在中の訪問先の手配とアルビオン王国での活動拠点の確保にミリアム首相の協力を得ることができました。


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