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第5章 渡りに船と言いますが…

第67話 さあ出発です!

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 皇宮側が用意してくれた馬車に乗り、帝都の外れにある船着場を目指します。
 といっても、皇宮から船着場までは目と鼻の先で、馬車でものの十分も掛かりません。
 
 よく整備された道の上を馬車が軽快な車輪の音を立てて走ります。

「すごい、ズーリックへ行った時も町の繁栄に感心しましたが、帝都はそれよりはるかに栄えているのですね。
 上には上があるものです…。」

 街並みを眺めていたリーナが感嘆の声を上げます。
 リーナが言う通り、馬車の窓の外をオペラ座をはじめ荘厳な建物が幾つも通り過ぎていきます。
 その光景は大陸で最大の版図を誇る帝国の都と呼ぶに相応しいものでした。

 窓の外を過ぎ行く光景に飽きる間もなく馬車は船着場に到着しました。
 馬車を降りると目の前には全長三十ヤード以上はあろうかという立派な帆船が停泊しています。
 そのタラップの前では恰幅の良い中年男性が恭しく頭を下げて迎えてくれました。

「ご予約頂いているお嬢様方でございますね。
 ようこそ、この船をご利用いただき有り難うございます。
 わたくし、この船の船長を勤めさせていただいております。
 これより一週間の船旅をお世話させて頂きますのでよろしくお願いします。」

 挨拶を交わした後、船長は客室へ案内してくれました。
 私たちが使う客室は客室が並ぶデッキの最奥、船尾にある部屋でツーベッドルームにリビングダイニングがついた大変豪華な部屋でした。

「今回、終点の港まで客室階はお嬢様方の貸切となっていますので、この部屋以外を使われても結構です。ご自由にお使いください。
 食事は、朝昼晩ともお部屋にお持ちします。」

 船長の話では一行が何人になるか不明なので、全室貸切にすると言われどんな貴人が来るのかとビクついていたそうです。
 現われたのがたった四人、しかも、四人とも子供と言ってよい年頃なので拍子抜けしたと言いました。

「しかし、残念ですな、これが午後出発の便で。
 朝一に出発の船ですと一日目の停泊地がダーヌビウスの真珠と評される隣国の王都でしたのに。
 この帝都に負けず劣らず大きな町で、ダーヌビウス川から眺める夜景がとても美しいのです。」 

 船長の説明ですと夜間航行は危険なので、夕方最寄の町の船着場に停泊して夜を明かすとのことです。
 ダーヌビウス川を下流にくだる便の場合、川の流れに乗るため一日に百五十マイルくらい進むそうです。

 ちょうど帝都から下流に約百五十マイルのところにダーヌビウス川沿いで最も美しいと言われる隣国の王都があり、そこで停泊する朝一の便は非常に評判が良いそうです。
 ちなみに、隣国といっても帝国を構成する領邦国家の一つで帝国の領内から出る訳ではありません。
 ダーヌビウス川は源流こそリーナの国、クラーシュバルツ王国に発しますが大部分は帝国領内を流れてポントス海に注ぎます。

「それは残念です。
 では明日の昼間にでも船の甲板に上がってその美しい都を眺めることに致しましょう。」

「それが良いでしょう、ここ帝都から下流にくだるとその他にも美しいと言われる町を幾つか河岸に見ることが出来ます。
 一週間もの船旅になりますので、精々美しい景色でも楽しんでください。」

 私の返答を聞いた船長はガハハと笑ってそう言うと、甲板の方に向かって立ち去っていきました。

 船長を見送ったリーナが言いました。

「凄いわね、この船の客室すべて私たちの貸切ですって。
 ロッテのお爺様、どれだけの予算を取ったのかしら?」

 すると私の隣にいたアリィシャちゃんが、私の袖を引いておねだりしてきます。

「ねえ、ねえ、ロッテお姉ちゃん、このお船の中探検してきても良い?」

「ええ、かまわないわ。
 でも、もうすぐ出航だから絶対に船からは降りないでね。
 カーラ、アリィシャちゃんに付いて行ってあげて。」

 私は、船に興味津々のアリィシャちゃんにカーラをつけて送り出しました。
 そして、私はリーナに向き合って、溜息混じりにぼやいたのです。

「まったく、過保護よね。こんな立派な船を貸切にしちゃうなんて。」

 一行の人数が何人になるか分からないから貸切にしたなんて嘘です。
 我が家にそんなに人がいないことはご存知なのですから。
 単に私たちが快適に旅することが出来るように貸し切ったに決まっています。

「良いじゃない、それだけロッテのお爺様がロッテの身を案じているという事なのですもの。
 でも、驚いたわ、ロッテが皇帝陛下のお孫さんだったなんて。」

「本当よね、私も驚いたわ。」

「へっ?」

「私も、先日、帝都に呼ばれて初めて知ったのよ。」

 私は先日お爺様から聞かされた、祖母や母から知らされていなかった我が家の血筋に関ることをリーナに話しました。

「なんて言えばいいのかしら、ロッテのお婆様もお母様も豪快な方ね。
 皇帝の一族をまるで単なる種馬のように扱うなんて……。」

「本当にね。自分の身内のことながら自由奔放すぎて呆れたわ。」

 私が溜息混じりにそう言うと、リーナはおかしそうに笑いました。  


     **********


 そうこうしているうちに帝都の船着場を離れた船は、緩やかに流れる川面を静かに下り始めました。
 流れの緩やかなダーヌビウス川を行くこの船は殆んど揺れず非常に快適です。

 しばらくして、帝都の町並みが途絶えると川の両側には緩やかな斜面の低い丘が広がるようになりました。

 私達は船の中の探検から戻って来たアリィシャちゃんも連れて甲板に上がってみることにしました。

「うわっ、風が冷たい!」

 今はまだ三月、川面を渡ってきた風は思いのほか冷たくアリィシャちゃんが驚きの声を上げました。
 
「水が澄んでいてとてもきれいです。
 それに雪に覆われたなだらかな丘が日の光を受けて白く輝く景色も素敵ですわ。
 さすが、『青き美しきダーヌビウス』と称えれるだけのことはありますわね。」

 リーナは丘の間を流れる川の景色が気に入ったようです。
 この丘に広がるのは美しい森とたくさんのブドウ畑、特に川の北側に広がる斜面は殆んどがブドウ畑なのだそうです。
 北側の斜面は、南から差す直射日光に加え、川面に反射して下から差す光があり、ブドウの生育に良いとのことです。
 この辺り一帯はこのブドウを原料とした大陸有数のワインの産地です。
 特に川面から立ち込める霧が適度な湿気を与えるらしく、ブドウの実に付着する特殊なカビを育てます。そのブドウから作られるのが貴腐ワインとよばれるこの流域特産の高級ワインです。

 ただ、今はまだなだらかな丘は大部分が残雪に覆われています。
 ブドウの木が芽吹くにはもう少し時間が要るようです。

 私が書物で読んだうんちくを語っているとアリィシャちゃんが目を輝かせて言いました。

「ブドウ!ブドウが採れるの?わたし、ブドウ大好き!
 美味しいブドウが採れるのかな?」

 さて、どうなのでしょう。ワイン用のブドウって食べると美味しいのでしょうか。
 そこまでは、本に書かれていませんでした。
 もちろん、「さあ、どうなんでしょうね。」と言って誤魔化しました。


     **********


 しばらくして、周囲の景色に見惚れていたリーナが言いました。

「帝都からしばらくはダーヌビウス川の両岸に美しい風景が見られるそうです。
 私、三日間休暇をとってロッテの館に泊まることにしてきましたので、うちに帰る必要がないのです。
 せっかく、ロッテのお爺様がこの船の客室を貸切にしてくださったのですから、今日から三日間は転移で館に戻るのは止めにして船旅を楽しみませんか。」

 丁度私もそう思っていたのです。
 緩やかな流れを下るダーヌビウス川の船旅は思いのほか快適です。せっかく貸切にしてもらったのですから満喫しないと損だなと。
 私は考えるまでもなくリーナの提案に賛成しました。

 春まだ浅い三月下旬、こうして私達はアルビオンに向けて旅立ったのです。

 
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