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第4章 アルムの冬

第59話 たまには凄い魔法を見せた方が良いようです

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 冬の日の午後、いつも通りアリィシャちゃんの魔法の指導をしています。

「ねえ、ロッテお姉ちゃんは魔法使いなんだよね。」

 アリィシャちゃんが今更なことを尋ねてきました。
 現にいま魔法を教えているでしょうと思いつつ、アリィシャちゃんに質問の意図を尋ねてみました。

「ええ、そうよ。でもどうして、そんな質問を?」

「だって、ロッテお姉ちゃんって、わたしに魔法を教えてくれる時しか魔法を使わないよね。
 それ以外の時って、お空を飛ぶ魔法と人に命令する魔法しか見たことないよ。
 魔法使いってもっと色々な魔法を使うものだと思ってた。」

 そう言えば、アリィシャちゃんの読んでいる絵本に出てくるお伽噺の中の魔法使いはやたら便利な魔法を使っていたような気がします。
 ネズミを馬車馬に変えたり、かぼちゃで馬車を作ったり…。

「そうね、私の場合は契約している精霊が多いから、精霊に頼めばたいていのことが出来ちゃうからね。自分で魔法を使う場面は少ないわね。
 アリィシャちゃんも実際に使ってみて分かるでしょうけど、魔法は自分の体の中にある魔力を消費するの。だから、魔法を使うと疲れるし、魔力を使い果たすと暫くは魔法は使えないの。
 その点、精霊に頼めば自分の魔力を使うことがないし、魔法を使うより素早く出来るからね。」

 魔法は自分の魔力を消費します、だから自分魔力の総量を超えるような魔法を行使することは出来ません。普通は……。
 以前話したかもしれませんが、魔法を使える人は大地を流れる魔力の流れを感じ取ることが出来ます。アリィシャちゃんがズーリックにある丘に引き寄せられたのがそれですね。

 そして、魔法を使い慣れてくると大地を流れる魔力を利用して、自分の魔力では不足する大規模な魔法を使うようになるのです。
 そのため、魔法使いは好んで大地の魔力が集まる場所に居を構えようとします。
 我が家の場所も二百年前に迫害を受けた祖先が辿り着いた魔力が溢れる土地なのです。

「だからね、魔法使いはどこでも大きな魔法が使える訳ではないの。これは覚えておいてね。
 この館は大地の魔力が溢れる場所に建っているから、魔法の練習にはうってつけなのよ。」

「ふ~ん、そうなんだ。魔法ってもっと色々な事が出来るものだと思っていた。」

 今まで教えてきた魔法が指先に火を灯したり、光の玉を出したりという地味なものばかりだったせいしょうか。アリィシャちゃんは少しガッカリした様子です。

 でも、実際の日常生活において便利なのがアリィシャちゃんの魔法の練習に使っているような小さな魔法なのです。
 町一つ焼き払うような火の魔法なんて、普段使うようなものではないですもの。
 その点、光の玉を出す魔法なんてほぼ毎晩お世話になっています。夜中にトイレに行くときに。
 トイレに行くくらいで一々シャインちゃんに頼むのも気が引けますものね。

 しかし、少しすごい魔法を体験してもらい、魔法に対する関心を高める必要がありそうです。
 そう考えて思い出したのです。そういえばアリィシャちゃんには体験させていなかったと。

「ロッテお姉ちゃん、これって?」

 私はアリィシャちゃんを伴って私達が毎晩眠っている寝室にやってきました。
 今、二人が立っているのはベッドの傍らに敷かれた敷物の上です。

「ええ、転移魔法の発動媒体よ。
 今までアリィシャちゃんは使ったことなかったでしょう。
 一度体験してもらおうかと思って、これこそとっておきの魔法よ。」

 私は自分の足先から敷物全体に魔力を流します、すると敷物に魔力が通っているのを示すように敷物が仄かに発光し始めました。

「うわっ!光った!」

 アリィシャちゃんが敷物の発光に驚きの声を上げます。

「じゃあ、いきますね。」

 私の言葉と共に一瞬にして目の前の光景が切り替わります。
 ここはリーナの執務室、目の前の机ではリーナが真面目に仕事をしている最中でした。

「あっ、リーナお姉ちゃん!ここリーナお姉ちゃんの部屋?」
 
「ええ、そうよ。すごいでしょう、この魔法。」

「うん、すごい!
 あっという間にリーナお姉ちゃんのお屋敷に着いちゃった。
 やっぱり、魔法ってすごい!」

 アリィシャちゃんは瞬時にリーナの館へ移動したことに甚く感激したようです。
 魔法に対する評価を見直してくれたようでなによりです。

「こんにちは、ロッテにアリィシャちゃん。
 いったい、どういう状況かしら?」

 挨拶も抜きにはしゃぐアリィシャちゃんに、リーナは状況が分からずに尋ねてきます。

「ごきげんよう、リーナ。
 突然現われては騒がしくしてしまってごめんなさいね。」

 私はリーナに謝罪してから、今日ここへアリィシャちゃんを連れてきた経緯を説明しました。

「ああ、なるほど。確かに普段ロッテは派手な魔法を使わないものね。
 アリィシャちゃんが魔法の凄さに疑いを持つのも頷けるわ。」

「でもね、普段の生活の中でそんな大きな魔法が必要になる場面なんてないでしょう。
 リーナにも教えた光の魔法、あれ、すごく重宝しているでしょう。
 ああいう、小さな魔法が日常生活では役に立つのよ。」

「それもそうね、あの光の魔法、すごく役に立っているわ。
 あれのおかげで夜中の真っ暗な廊下も怖くないわ。
 でも、転移の魔法を使ってアリィシャちゃんも魔法のすごさを改めて認識したのではなくて。」

「うん、ロッテお姉ちゃんの魔法ってやっぱり凄い。
 私も頑張って転移の魔法を覚える、いつかこれで色々なところへ行ってみたいな。」

 リーナに水を向けられたアリィシャちゃんが魔法を賞賛してくれました。
 魔法の修行にやる気を取り戻してくれたようで何よりです。

 転移の魔法は転移魔法の発動媒体を設置しないといけないので、行ったことのある場所にしか使えないことは言わないでおきましょう。
 せっかくやる気を出したのです、水を差すようなことは言いません。


     **********


「領主になって初めて経験する冬ですけど、雪で完全に交通が遮断され情報が入って来ないと、色々と心配になるものですね。
 領内の町や村は大丈夫かしらとか困った問題は起きていないかしらとか。
 政に感心を持たずに離宮で過ごしていた時にはこんなこと考えたこともありませんでした。」

 執務机についたままリーナがしみじみと言いました。
 少しは領主の自覚がでてきたようで、雪で遮断してしまった周囲の町や村の様子が気になる様子です。

「この間、リーナの領内で三ヵ所ほど大きな雪崩が起きたわよ。
 どれも、集落に被害はでなかったから安心して。」

「えっ、なにそれ!」

 寝耳に水の情報だったようで、リーナが身を乗り出して尋ねてきました。

「ブルーゼちゃんとアクアちゃんが雪崩が起きそうだって教えてくれたのよ。
 二人に手伝ってもらって対処したから安心して良いわ。
 すごいのよ、アクアちゃんが集落に迫る雪崩の流れを操作して集落から逸らしたの。」

「ありがとう、ロッテ。被害を防いでくれて助かったわ。
 精霊ちゃん達にもお礼をしないといけないわね。」

 私の説明を聞いたリーナから安堵の声が漏れました。
 そして……。

「シアンちゃん、ちょっと良いかしら?」

「なあに、リーナ。なんかあった?」

 リーナの呼びかけに水の精霊シアンが現われます。

「シアンちゃん、申し訳ないのだけど外の様子を見てきてくれるかな?
 降り積もった雪で町に被害がでていないかを知りたいの。」

「うん、いいよ。町の様子を見てくれば良いのね。」

 精霊と契約して間もないリーナは、水の精霊シアンにとって雪など何の障害にもならないということに思い至らなかったようです。
 ブリーゼちゃんとアクアちゃんの話しを聞いて、シアンに外の様子を探ってもらうことを思いついたとのことでした。

 この日から、冬の間は毎日シアンに町に異常がないかを調べてもらうようにしたそうです。


  **********

 お読みいただき有り難うございます。
 今日も20時にもう1話投稿いたします。
 引き続きお読み頂けたら幸いです。

 *お願い
 9月1日から始まりましたアルファポリスの第13回ファンタジー小説大賞にこの作品をエントリーしています。
 応援してくださる方がいらっしゃいましたら、本作品に投票して頂けるととても嬉しいです。
 ぶしつけにこのようなお願いをして恐縮ですが、よろしくお願いします。
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