上 下
58 / 580
第4章 アルムの冬

第57話 少女たちにやる気を出させるには……

しおりを挟む

 一月も半ば、一年で最も寒さが厳しい時期になりました。
 既に積雪は十フィートをはるかに超え、二階の窓にまで達しています。

「あ~、ここは本当に別世界ね、まるで天国のようだわ!」

 私のベッドに寝転びリーナが最近お決まりとなっている言葉を発します。
 リーナはこのところ毎日、仕事が終るとここへ来て泊まっていくようになりました。

「毎日、日の光を浴びて、温かいお湯に浸かって、暖かい部屋で寝る。
 こんな冬初めてだわ、なんか病みつきになってしまいそう。」

「今までの冬はこんなことはなかったのよ。今年の冬は特別なんですって。」

 リーナがうっとりと言うように、このところ私の精霊たちのサービスが例年になく良いです。
 お菓子を携えたリーナが遊びに来るからという訳ではないようなのです…。

 ブリーゼちゃんいわく、

「いつもの冬のように何もかまわなければ、ロッテ、体を壊してた。
 今年の冬は普通じゃないよ。」

 今年の冬は例年になく冷え込みが厳しく、日照時間も少ないため、どうやら、精霊達が私の体調を気遣ってくれているみたいなのです。

「そうなの…。
 確かに、こんなに雪深い冬は生まれて初めて経験するわ。」

「でも、そのおかげでこうやってリーナが遊びに来てくれるから私は嬉しいわ。
 今年の冬は、母が亡くなって大人がいないでしょう。
 正直なところ、幼いアリィシャちゃんと二人で冬越しをするのが心細かったの。」

「あら、お世辞でもそう言ってもらえると、少しはお役に立てているようで嬉しいわ。」

 お世辞なんかではありません。
 同じ一人ぼっちでも、行こうと思えばどこへでも行ける他の季節の一人ぼっちとこの館に閉じ込められた冬の一人ぼっちでは心細さが格段に違うのです。

 リーナは、私との間でスヤスヤと寝息を立てるアリィシャちゃんの頭を撫でながら言いました。

「そうね、アリィシャちゃんがいてくれるだけで大分寂しさは紛れるでしょうけど。
 幼い子のことを気づかってあげないといけない分、逆に心細いこともありますものね。」

 ええ、シャインちゃんとアクアちゃんがいればたいていの病気は対処できますが、急に熱でも出されようものならやはり心細いのです。


     **********

「ところで、私が預けたカーラですけど、侍女としての教育は捗っているかしら?」

「ええ、へレーネの指導で私の侍女をしてもらっていますけど、だいぶ板に付いてきた感じですね。
 言葉遣いも丁寧になりましたし、なによりも物腰が穏やかになりましたわ。
 どうしても、農村育ちの娘たちは動作が荒っぽいのですよね。
 あの動作ではティーセットなど怖くて扱わせることが出来ませんもの。」

 どうやらヘレーネさんに預けたのは正解のようです。
 カーラのガサツさが取れてきたのなら上出来です。

「カーラさんはそちらの方は捗っているのですが……。」

 リーナが言葉を濁します、何か拙いことがあるようで表情を曇らせました。

「カーラのことで何か問題がありましたか?」

「いえ、カーラさんに限ったことではないのです。
 実は、私の館で雇った十人の少女にも共通することなですが。
 読み書き計算の修得は捗々しくないのです。
 館で雇った十人も下働きの仕事は非常に真面目にするのです。
 サボらずに黙々と働くので元からいた館の使用人の間でも評判は良いのです。
 ですが、みんな、机でじっとしているのが苦手なようで直ぐに集中力が切れるのです。」

 どうも、アリィシャちゃんという比較対象がいなくなったのが、カーラには良くない結果となっているようです。
 元々、カーラは読み書き計算にさほどの重要性を感じておらず、仕事なので渋々取り組むという姿勢がミエミエでした。
 ですが、十歳も年下のアリィシャちゃんがどんどん上達するので、負けず嫌いのカーラも負けじと頑張っていたのです。
 リーナの許で、似たような姿勢の少女たちと一緒に学ぶようになって気が緩んだようです。

 農村では子供たちも立派な労働力です。
 小さなうちから色々な手伝いをさせるので、体を動かすことには慣れていますし、真面目に働くのです。
 一方で子供のうちから忙しく働かされていますので、ジッと座っているのが苦痛になってしまったようなのです。これは、雇い入れたばかりのカーラも同様でした。

「あの子達には最初に読み書き計算の大切さを話したのですが、ピンときていないようでした。
 村の大人の殆んどが読み書き計算が出来なくても生活できているので必要性を感じないのです。
 それに農民の子供は農民になるか農民の嫁になる、お金に困ったら傭兵か娼婦になると子供の頃から刷り込まれてしまっているようなのです。
 まだ十二やそこらの子供が娼婦になるのに何の抵抗感も持っていないが驚きでした。」

 リーナはそう言って嘆きます。
 読み書き計算が上達すれば下働きから領主館の役人の昇格させると、少女たちには最初に伝えたそうなのですがそれもピンと来ていないようです。

 リーナの言葉ではありませんが、世襲制社会の弊害が如実に出ているようです。
 リーナの治めるシューネフルトにはリーナとリーナが王都から連れてきた身の回りの人以外に貴族はいません。
 領館に勤める役人は全て平民なのです。
 ですが、役人の子は役人になるのが当たり前になっており、ほぼ世襲の状態で外から見ると貴族と変わらないのです。

 もちろん縁故採用ということもあるのでしょうが、一番大きいのは役人は自分の子を役人にするため小さなうちから読み書き計算をはじめ、役人に必要な知識を教え込んでいることなのです。

 そんな状況なので、読み書き計算が上達すれば役人に登用すると言っても少女達には真実味が薄いようなのです。役人は役人の子供しかなれないと思い込んでいるのですから。

「それじゃあ、一定レベルの問題でも実際に示して、このレベルの問題が間違わずに出来るようになれば役人に登用するって約束したらどうかしら。」

 私が思い付きでそんな提案をすると。

「そうね、実際に何処まで上達すれば役人になれるかを示せば目標として頑張る子がいるかもね。
 でも、そんな約束をしてしまったら、役人が増えすぎて困らない?
 やらせる仕事がないのに雇い入れる訳にはいかないし、第一、予算が足りなくなるでしょう。
 かといって、余り難しすぎるとやる気が起こらないでしょうし。」

 リーナが思いっきり難色を示しました。

「予算ねぇ、それが問題よね。
 やる仕事はあるのよ。
 リーナがやろうとしている、領民の子供全員に読み書き計算を教えるという計画。
 教師が何人必要になると思って?
 今、勉強を教えている十人はとりあえず教師として採用すれば良いじゃない。
 十人ではとても足りないけどね。
 教師として必要な水準をローザ先生に示してもらって、それを達成すれば教師として雇うと約束するの。ちゃんと給金も示してね。
 そうすれば、具体的な目標も出来てやる気が出るのじゃない。」

 私の指摘にリーナはハッとした表情になりました。

「それだわ!確かに領地全体に読み書き計算を広めるためには教師は必要よね。
 今いる十人をその水準まで育てれば良いのね。
 育つまでにまだ時間があるから、その間に予算の捻出方法を考えればいいわ。」

 リーナは表情を和らげて、明日帰ってら早速ローザ先生や予算関係の官吏に相談してみると言っていました。


   **********

 お読みいただき有り難うございます。
 今日も20時にもう1話投稿いたします。
 引き続きお読み頂けたら幸いです。

 *お願い
 9月1日から始まりましたアルファポリスの第13回ファンタジー小説大賞にこの作品をエントリーしています。
 応援してくださる方がいらっしゃいましたら、本作品に投票して頂けるととても嬉しいです。
 ぶしつけにこのようなお願いをして恐縮ですが、よろしくお願いします。
 投票は、PCの方は表題ページの左上、「作品の情報」の上の『黄色いボタン』です。
 スマホアプリの方は表題ページの「しおりから読む」の上の『オレンジ色のボタン』です。  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

夫に用無しと捨てられたので薬師になって幸せになります。

光子
恋愛
この世界には、魔力病という、まだ治療法の見つかっていない未知の病が存在する。私の両親も、義理の母親も、その病によって亡くなった。 最後まで私の幸せを祈って死んで行った家族のために、私は絶対、幸せになってみせる。 たとえ、離婚した元夫であるクレオパス子爵が、市民に落ち、幸せに暮らしている私を連れ戻そうとしていても、私は、あんな地獄になんか戻らない。 地獄に連れ戻されそうになった私を救ってくれた、同じ薬師であるフォルク様と一緒に、私はいつか必ず、魔力病を治す薬を作ってみせる。 天国から見守っているお義母様達に、いつか立派な薬師になった姿を見てもらうの。そうしたら、きっと、私のことを褒めてくれるよね。自慢の娘だって、思ってくれるよね―――― 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう

天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。 侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。 その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。 ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。

料理を作って異世界改革

高坂ナツキ
ファンタジー
「ふむ名前は狭間真人か。喜べ、お前は神に選ばれた」 目が覚めると謎の白い空間で人型の発行体にそう語りかけられた。 「まあ、お前にやってもらいたいのは簡単だ。異世界で料理の技術をばらまいてほしいのさ」 記憶のない俺に神を名乗る謎の発行体はそう続ける。 いやいや、記憶もないのにどうやって料理の技術を広めるのか? まあ、でもやることもないし、困ってる人がいるならやってみてもいいか。 そう決めたものの、ゼロから料理の技術を広めるのは大変で……。 善人でも悪人でもないという理由で神様に転生させられてしまった主人公。 神様からいろいろとチートをもらったものの、転生した世界は料理という概念自体が存在しない世界。 しかも、神様からもらったチートは調味料はいくらでも手に入るが食材が無限に手に入るわけではなく……。 現地で出会った少年少女と協力して様々な料理を作っていくが、果たして神様に依頼されたようにこの世界に料理の知識を広げることは可能なのか。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

処理中です...