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第3章 魔法使いの弟子

第35話 アリィシャちゃんの指導を始めます

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「あはは、すごい、すごい」

 前庭ではアリィシャちゃんが、リアの風に乗って浮かんでいます。
 あっ、落ちた……。

 リアの方も人を風に乗せて運んだことはないらしく、アリィシャちゃんはバランスを崩してポトンと地面に落下しました。
 大した高さではないので大事には至らないようですが、地面にぶつけた場所にクシィが癒しを施しています。

 この館に住んで早一週間、大分ここでの暮らしにも馴染んだようで、ここ数日、ああしてリアやクシィと術を使って遊んでいる時間が増えました。
 今は、リアの風に乗っては地面に落下して、クシィに癒してもらうのが一番楽しいようです。
 あまり、危ないことはして欲しくないのですが、リアも大した高さに浮かべていないので止めないで見守ることにしています。

 ここでの暮らしに大分慣れたようなのでそろそろ勉強を始めても大丈夫でしょう。

「アリィシャちゃん、ちょっとこっちにいらっしゃい。」

「なあに?ロッテお姉ちゃん?」

 アリィシャちゃんが、リアとクシィを連れて駆けて来ます。
 息を弾ませているアリィシィちゃんを私の前の椅子に座らせて、温かいローズヒップティーを彼女の前に置きました。

「ロッテお姉ちゃん、有り難う!」

 アリィシャちゃんは、遊んで喉が渇いたようで早速お茶に手を付けます。
 私は、アリィシャちゃんがお茶を飲み終えるのを待って場所を移すことにしました。

「アリィシャちゃん、ちょっとついてらっしゃい。」

 私はまだアリィシャちゃんが立ち入ったことのない館の奥まった場所にある部屋をめざします。
 館のどん詰まりに近い昼でも薄暗い部屋です。
 部屋に入った私はシャインちゃんを呼びました。

「シャインちゃん、今良いかしら?」

「ごきげんよう、ロッテ。かまいませんことよ。」

 絹糸のような光沢を持つ金髪を揺らしてシャインちゃんが傍らに現われます。

「この部屋を程よい明るさで照らして欲しいのだけど。お願いできる?」

「ええ、かまいませんわ。」

 私のお願いを快く引き受けてくれたシャインちゃんは、明るく輝く光の玉を天井近くに放りました。
 天井近くに静止した光の玉は、部屋全体を眩しくなく、暗くなく、目に優しい明るさで照らしました。

「なに、この部屋?
 棚がいっぱい並んでいるし、なんか、ぎっしり棚に詰まっている。」
 
 アリィシャちゃんが見慣れぬ部屋の光景に、不思議そうに私に尋ねてきました。

「ここが、我が家の自慢の書庫よ。このたくさんの棚にぎっしり詰まった一つ一つが書物なの。
 大半が魔法書だけど、周辺各国の地誌や歴史の本、時々の社会事情を記した本もあるわ。
 ここにある書物が私の知識の源泉であり、私の一番の財産なの。」

 そう言って、私は一冊の魔法書を手にとり、アリィシャちゃんに開いて見せました。

「これが魔法書よ。見ての通り魔法は文章で記されているの。
 もちろん、簡単な魔法を使うだけなら、私が口伝で教えられるわ。
 でも、そんなのはほんの少し、本格的に勉強しようと思ったら自分で魔法書を読むの。」

「なんか、細かいものがたくさん書かれてる。これが文字?」

 アリィシャちゃんは文字に触れるのが初めてなのでしょう、本に書かれているものが文字だという事すら認識できないようです。
 別にアリィシャちゃんが特に無知という訳ではありません。この辺の農村部では大人でもこんなものです。
 知識階級と言われている貴族でも、五歳位ではまだ読み書きの学習は始めていないでしょう。

「ええ、そうよ。
 アリィシャちゃんもここでの生活に慣れてきたようだし、そろそろ魔法の勉強を始めようと思うの。
 今見せたように、魔法は書物で伝えられているものが多いの。
 だから、魔法を学ぶためには文字を読めないことには話にならないわ。
 遠回りのように感じるかもしれないけど、まずは文字の読み書きの勉強から始めることにします。
 文字の読み書きの勉強は結構退屈だけど頑張れるかしら?」

「それで魔法が使えるようになるんだったら、頑張って覚えるよ。
 それに文字の読み書きが出来れば食いっぱぐれないってお父さんが言っていたし。」

「そう、良い子ね。じゃあ、今日から頑張りましょう。」

 私は別の棚に向かい一冊の薄い本を手に取りました。
 そして、窓辺に置いたソファーに腰掛け、アリィシャちゃんに私の膝の上に座らせました。

 私はアリィシャちゃんの背中越しにその本を開いて見せます。

「なにこの本?きれいな絵が描いてある。それと文字が大きい。」

「これは絵本と言って、親が子供に物語を読み聞かせたり、文字を習い始めた子供が文字に慣れ親しむために使われる本なの。
 私もアリィシャちゃんくらいの歳の時にお母さんの膝の上で読んでもらったのよ。」

 私は自分が幼いころに母にしてもらったように、自分が読み上げている文字を指で示しながらゆっくりと絵本を読み聞かせました。

 悪漢に捕らわれれた姫様を勇敢な若者が救い出しに行くと言うありふれた内容のお伽噺でしたが、アリィシャちゃんは熱心にそれを聞いていました。

「すごく面白かった!絵本って他にもあるの?」

 お伽噺が気に入ったみたいで、アリィシャちゃんが興味津々で尋ねてきました。

「ええ、まだたくさんあるわよ。あっちに棚の中が全部絵本の棚があるの。
 アリィシャちゃんが文字の勉強をして絵本が読めるようになったら自由に読んでいいわ。」

「本当?うれしい!絵本を読むためにも頑張って文字の勉強をするね。」

 ええ、それが良いでしょう。楽しみがあれば学習もはかどるものです。
 易しい絵本から始めて文字を読むことに親しむことが、後々難解な魔法書を読むことに繋がると思います。


     **********


 書庫を出てリビングルームに戻って来た私は、大地の精霊ノミーちゃんを呼び出しました。

「ノミーちゃん、アリィシャちゃんの文字の書き取りの練習に使いたいの。
 黒っぽい石を平らな板状にして出してくれるかな?
 割れたりしなければ厚みはいらないわ、一フィート四方くらいの大きさでお願い。
 それと、滑石っていう柔らかい石がありましたね。
 あれをアリィシャちゃんが持ち易い太さの棒状にして出してもらえますか。
 こっちはたくさん欲しいです。」

「はい、喜んで!
 黒い石を削りましょう~、平らな、平ら~な、板状に~♪
 白い石を削りましょう~、持ちやすいような~、棒状に~♪」

 ノミーちゃんがあいも変わらず気の抜けた鼻歌交じりに術を振るいます。
 すると、テープルの上に黒い石版が現われました、お願いした通りの大きさで表面は適度にザラついています。 
 更に、テーブルの上にコロコロと白い石できた細い棒状のモノが転がりました。
 白い石の棒は次々と転がり出て、三十を越えたあたりで、ノミーちゃんが「こんなもんかな。」と一言で呟くと出現を止めました。

「ノミーちゃん、ありがとう助かったわ。」

 私はお礼を言いながら焼き菓子を手渡すと、早速噛り付いたついたノミーちゃんはもしゃもしゃと食べながら。

「このくらいは簡単、簡単。いくらでも作ってあげるよ。」

 そんな風に快く答えてくれました。

 アリィシャちゃんに文字の読み書きを習得させるのには、書いて覚えさせるのが一番効果的です。
 でも、紙は貴重品なのです。子供の文字の練習に気軽に使える物ではありません。

 そこで、ノミーちゃんに作ってもらった石版です。
 柔らかい滑石は、ザラついた石版の表面で擦れて文字を書くことが出来るのです。
 しかも、ボロ布で擦れば何度でも消して、文字の練習をすることが出来ます。

「アリィシャちゃん、ノミーちゃんの作ってくれた石版に文字を書いて覚えましょう。」

 最初に私は、あらかじめ紙に書いておいた帝国語で使われる文字の一覧表を示しました。
 基本文字二十六文字と特殊文字四文字です。
 帝国語の単語及びその連なりとしての文章はこの三十文字で表されます。

 私はお手本として身近な物の名前を石版に書いてみせます。
 それを指で差し示しながらどの文字がどの音に対応するかを解り易く読み上げます。
 そして、実際にアリィシャちゃんにお手本を真似て書いてもらうのです。

 三十文字をすべて覚えるまでるまで、単語を変えて何度もそれを繰り返すのです。
 アリィシャちゃんが三十文字を間違えることなく書き記すことが出来るようになるまで、十日ほどかかりました。
 教える方にとってもかなりの手間でしたが、三十文字を間違えないで書くことが出来るようになるころには、結構な数の単語を読み書きできるようになっていました。

 こうして、秋が深まり行く中で、私は弟子の指導に着手したのです。
 

     **********

 お読みいただき有り難うございます。
 今日も20時にもう1話投稿いたします。
 引き続きお読み頂けたら幸いです。

 *お願い
 9月1日から始まりましたアルファポリスの第13回ファンタジー小説大賞にこの作品をエントリーしています。
 応援してくださる方がいらっしゃいましたら、本作品に投票して頂けるととても嬉しいです。
 ぶしつけにこのようなお願いをして恐縮ですが、よろしくお願いします。
 投票は、PCの方は表題ページの左上、「作品の情報」の上の『黄色いボタン』です。
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