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第2章 リーナと一緒に旅に出ます

第22話 この人に気を許してはいけない…

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 峠道の手前の町で逗留したホテルは田舎町には不釣合いなほど格調の高いホテルでした。
 案内させた部屋は二つの主寝室にリビングルーム、そして従者用のコネクティングルームまで備わっています。

 リビングの応接セットなども高級品で、いかにも貴族向けの部屋という雰囲気です。
 リーナの言っていた通り、この街道を通る貴族達の多くがこの町で一泊して翌朝ズーリックに向かうのでしょう。

 夕食後、私が寝室で寛いでいると、寝室の扉がノックされました。

 多分、リーナだろうと思い、「どうぞ」と返事をすると扉を開けて現れたのはヘレーナさんでした。
 ヘレーナさんは、木の桶を二つ、重そうにぶら下げて部屋に入ってきました。

「お湯をお持ちしました。お背中をお拭きいたします。」

 どうやら、体を拭くためのお湯をもらって来てくれたようです。

「ありがとう、へレーネさん。
 ごめんなさいね、わざわざ。重かったでしょう。」

「いえ、お気になさらないでください。
 部屋の前まではルームサービスで運んでもらえますので。
 私が運んだのは大した距離ではありません。」

 そう言って、床に木桶を置くと手に持った布をお湯に浸して絞りました。

「どうぞ、体をお拭きしますのでこちらへ。」

 絞った布を持って、ヘレーナさんが私を呼びました。

「いえ、私は自分で拭けますので、ヘレーナさんはリーナの方をお願いします。」

 私はそこはかとなく身の危険を感じ遠慮したのですが…。

「カロリーネお嬢様の方はもう済ませて参りました。
 お嬢様から、ロッテ様の方もと、指示を受けてまいった次第です。
 ささ、ご遠慮なさらずにどうぞ此方に。」

 そう言って、ヘレーナさんは傍らにある椅子に腰掛けるように促しました。
 まあ、リーナの指示であれば不埒なまねはしないだろうと思い背中を拭いて貰うことにしました。

 上半身裸になってヘレーナさんの傍らに置かれた椅子に座ります。
 ヘレーナさんは熱いお湯に浸してよく絞った厚手の布で丁寧に背中を拭いてくれました。
 湿った温かな布を用いて絶妙な力加減で拭かれる背中はとても心地良いです。
 どうやら、私はへレーネさんを警戒しすぎたようです。

 背中を拭き終わると今度は、指先から腋の下、肩まで丁寧に両腕を拭いてもらえました。
 普段から清潔にするようには心掛けていますが、中々自分では手が届かないところもあります。
 こうして、お付きの人に体を拭いてもらうのも良いものですね。

 ヘレーナさんは、肩まで拭き終わると首周りを拭いて今度は首元からお腹に向けて丁寧に拭いていきます。

「おや、お嬢様に比べて幾分小振りですか、これはこれで趣があります。…尊いです。」

 ヘレーナさんが何か呟きますが、絶妙な力加減で拭かれているとウトウトとしてしまい何を言っているのかよくわかりません。

 その後もつま先から太ももまで拭き上げられ…。

「はい、拭き終りましたよ。水で拭いただけではお肌が荒れますので、精油を塗っておきますか?」

 ヘレーナさんが何か尋ねてきたようですが、何を言っているのか良く分かりませんでした。
 慣れない馬車に揺られて疲れたようで睡魔にあがなえず、殆んど眠っていたのです。

「はい、ごちそうさまでした。久々にお嬢様以外の青い果実を堪能させていただきました。」

 まどろみの中で誰かの呟きが聞こえたような気がします……。

 翌朝、目を覚ますと私はベッドの上できちんと布団をかけて眠っていました。
 ちゃんと、就寝用のローブも羽織っています、ただし、下着も付けずに素肌のうえに。

 私は何時の間に着替えたのでしょうか?そもそもベッドに入った記憶も無いのですが。
 その時、自分の腕を見て違和感を感じました、妙に潤いがあり艶々しているのです。

「精油?」

 カモミールでしょうか、かすかに覚えのある精油の香りが腕に残っていました。
 そして、私は理解しました、ヘレーナさんの仕業です。
 あの人、背中を流しに来たと言いながら、私がうとうとしているのを良いことに全身を拭いた上にくまなく精油を塗り込んでいったのです。

 あの人の事です、きっとにやけた顔をしながら私の体を堪能していったのでしょう。
 文句の一つも言いたくなりましたが、同時に文句を言える立場ではないことも理解しました。

 どうも、ヘレーナさんは精油を塗るときに丁寧にマッサージを施してくれたようです。
 多分、そのおかげだと思います、昨日の疲れが嘘のように取れているのです。
 それに、別段不埒な真似をされた後もみられません。
 どうやら、主の友人には手を出さないと言うのは嘘ではないようです。

 割り切れないものがありますが、お疲れのようでしたのでマッサージを施しておきましたと言われたら言い返せそうにありません。

 私は着替えを済ましてリビングルームに行くとお茶の用意をしていたヘレーナさんが言いました。

「おはようございます、ロッテ様。昨晩はよく眠れましたか?」

「ええ、おかげさまで。とっても良く眠れましたわ。」

 そう返すしことしか出来ませんでした。
 その時、リーナが寝室から出てきて言いました。

「おはよう、ロッテ。ヘレーナのマッサージはどうだった。
 とってもよく効くのよ、私なんか昨日の疲れが嘘のように消えているわ。
 ロッテにもして上げてって、頼んでおいたのだけど。」

 やはり、リーナが頼んだのですか、それでは尚更文句を言う訳にはいきません。

「おはよう、リーナ。
 ええ、とっても良く効くのですね、ヘレーナさんのマッサージは。」

 きっと、趣味と実益を兼ねてマッサージの技術を修得したのでしょうね……。
 私は心に決めました、ヘレーナさんの前では絶対に気を抜かないようにしようと。


     **********


 ズーリックまでは残すところ僅か十マイル、今度こそ楽勝で到着すると考えていました。
 ところが、ここにも馬車の旅の落とし穴があったのです。

 町を出て峠道に入ってすぐのところで馬車が止まりました。
 渋滞にはまったのです。
 こんな田舎道です、渋滞するほど馬車はいないはずですが……。

 原因はすぐに分かりました、峠の坂道です。
 この峠はわずか数マイルで約三百ヤードの高さを登ります。
 場所によっては馬車を引く馬が参ってしまって、立ち止まってしまうのです。

 そんな馬車があるために、後続の馬車が次々と停止して渋滞の列が出来てしまうのです。
 馬が立ち止まってしまった馬車は、乗っている人が馬車から降りたりして少しでも馬の負担を減らしながら牛歩の歩みで進んでいくそうです。

 この速度なら馬車に酔う心配はありませんが、いったい何時になったらズーリックへ着くことやら。
 この日、峠道を登るわずか数マイルの道のりを進むのに実に三時間を要したのです。
 はっきり言って、自分の足で歩いた方が早かったです。

 私はこの時、昨日の失敗を活かせたことに心から安堵したのです。
 私は昨日の失敗を反省し、今朝から水分の摂取を極力控えてきました。
 
 おかげで渋滞にはまっている最中に催さずに済みました。
 昨日の失敗が無ければ、私はいつも通り十分にお茶を堪能してから馬車に乗ったと思います。
 道の両脇が急な斜面の峠道、渋滞にはまった馬車がいっぱいで人目がたくさんあります。
 そんなところでお花摘みなどとても出来ません、花も恥らう乙女なのですから。

 ええ、渋滞にはまったときに催すと『おまる』のお世話にならざるをえなかったのです。

 何度でも言います。
 昨日の教訓を活かせて良かったと。

 そんなこんなで、二日目も馬車の旅に難渋し、ズーリックに辿り着いたのは日が西に傾いた時間でした。


     **********     
 
  *お願い
 9月1日から始まりましたアルファポリスの第13回ファンタジー小説大賞にこの作品をエントリーしています。
 応援してくださる方がいらっしゃいましたら、本作品に投票して頂けるととても嬉しいです。
 ぶしつけにこのようなお願いをして恐縮ですが、よろしくお願いします。
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