上 下
18 / 580
第1章 アルムの森の魔女

第17話【閑話】ある日、森の中、魔女さんに出会った

しおりを挟む
 その日、私は初めての鷹狩りに夢中になり気が付けば深い森に入り込んでいました。
 執政官のアルノーから良い狩場だと聞いて来たのに、ぜんぜん獲物が見付からずムキになっていたようです。
 その時、ふと誰かに呼ばれたような気がしました。
 もちろん錯覚です、こんな森の中で呼びかける人などいるはずもありません。
 ただ、呼ばれたような気がした方を見るときれいに整備された道があったのです。
 その道をたどり森の更に奥に進むと急に視界が開け、大きな館の敷地に出ました。

 館の前の木陰では、私と同じ年頃の少女がお茶を楽しんでいました。
 この国では珍しい黒髪の少女です。
 少女がお茶を飲む姿を見ていたら私も無性に喉が渇いてきました。

 ぶしつけかと思いましたが、私はお茶を所望することにしたのです。
 ついでに帰り道を教えてもらえれば助かります。

 私は少女に近付き、

「ぶしつけで申し訳ない。
 鷹狩りに夢中になっていたら森の奥まで迷い込んでしまった。
 この暑い日に長時間乗馬していたものだから喉が渇いたのだ。
 すまぬが、そなたが今飲んでいるお茶、それを所望できないだろうか?」 

と声を掛けたのです。

 人にモノをお願いするのに、少し偉そうな物言いになってしまいました。
 家人から外では貴族らしく振る舞えと言われているため、ついこんな口調になってしまいます。

 しかし、彼女は快くお茶を振る舞ってくれました。
 こちらの立場を察したのか、きちんと毒見までして。

 差し出されたのは美しいガラスの器に注がれた冷たいお茶でした。
 ガラスの器は貴重な物で、普段使いするようなものではありません。
 しかし、もっと驚きなのはこの暑い季節に冷たく冷やされたお茶が供されたことです。

 氷室を所有していなければ、夏に冷たいものを口にすることは出来ないからです。
 冷涼な気候のこの国では氷室は比較的所有し易いですが、それでもごく一部の人に限られます。

 目の前の少女が住むこの家はそれだけの財力がある家だという事です。

 喉が渇いていたこともあり、私は供された冷たいお茶を一気に飲み干してしまい。
 お替りを所望してしまいました、ちょっと図々しかったかと反省しています。

 すると彼女は暑さで消耗した体にいきなり冷たいモノをたくさん飲んだら良くないと言いました。
 そして、今度は飲み易い温度に冷ました温かいお茶を振る舞ってくれたのです。
 突然訪れた見知らぬ者にも細やかな気遣いをしてくれる彼女の寛容さに驚かされました。

 この館を訪れてからの短い時間は驚きの連続です。


     **********


 喉の渇きが癒され人心地ついた私はこの館のことを尋ねてみました。
 
  ロッテと名乗った彼女はこの広い館に一人で住んでいると言います。

 そのときの私の頭の中を表現すると、

「??????????」

といった感じです。

 先程から館と言っていますが、宮殿と言った方がしっくりする荘厳な建物なのです。
 外から見る限り館は非常に良く手入れされているように見えます。
 こんな大きな館を使用人も無しで維持できるものなのでしょうか?

 その時、私はつい館の方に気を取られ、まだ名乗ってもいないことに気付きました。
 私が慌てての名乗ると、ロッテは私が王族であることをすぐに言い当てたのです。
 ロッテはかなり聡い方のようです。

 そして、ロッテは私が王族だと知ってもなお態度を一切変えませんでした。
 非常に気安い言葉で話しかけてくれるのがとても心地よいです。

 会話を続けていくうちに、ロッテは私がここへ一人出来たのかと尋ねてきました。

「一人じゃないですよ、ヴィントがいるもの。
 お父様がくださった隼なの、とっても賢いのよ。
 この子が私のリッター(騎士)ですの。」 

 私がそう答えるとロッテは怪訝な顔をしました。
 私としては少し気の利いた返答をしたつもりでしたが外してしまったようです。

 変ですね、この近辺は一人で出歩いても危険のない治安の良い場所と聞いていたのですが。
 ロッテが怪訝な顔をした訳はすぐに分かりました。

 私を拉致して人買いに売ろうとする賊が現れたのです。

 私はこのとき心の中で叫びました、「アルノーの嘘つき!全然安全じゃないではないですか!」と…。

 賊は私を渡せと威圧してきます。
 ロッテには私を庇う義理はありません、賊に従って引き渡たされても文句を言える状況ではないのです。

 するとロッテは、

「大丈夫よ、あなたは渡さないから安心して。
 ちょっと待っていてね、この礼儀知らずな男共にきついお仕置きをするから。」 

と言って、長い黒髪を風になびかせながら、颯爽と賊の前に立ち塞がったのです。

 私は、あんな華奢な少女が何をする気かと思いました。
 すると、また信じられないことが起こりました。
 突然、彼女の肩の上に身長十インチほどのお人形のような少女が現われたのです。
 黒に近い濃い緑の髪の小さな少女をロッテは植物の精霊と呼びました。

 精霊、お伽話に良く使われる架空の存在、実際に目にすることがあるとは思いませんでした。
 ドリーちゃんと呼ばれる精霊は一瞬にして賊を絡め取ってしまったのです。

 あまりに予想外の展開に私も呆気にとられ声を出すことも出来ませんでした。
 
 ロッテの尋問によると賊は予め私がこの辺りに鷹狩りに来ると知っていたようです。
 私がここに鷹狩りに来ることを決めたのは今朝のこと。
 それ以前に私がここ来ると伝えられるのは、私をここに誘導したアルノーだけです。
 ロッテがおかしいと指摘通り、私はアルノーに対する疑念を強めたのです。

 その後、ロッテが賊たちの処遇を聞いてきました、領主である私はどうしたいかと。
 町の外で捕らえた賊は捕らえた者が殺してしまっても文句は言えません。
 距離が離れた衛兵のいる町まで連れて行くのが困難だからです。

 でも、この者達はシューネフルトにいる女衒と結託して悪事を働いているようです。
 まだ他にも一味がいるかもしれません。
 できれば、シューネフルトの衛兵に突き出して、取調べをさせたいところです。
 上手くいけば、その女衒や残党も捕らえることが出来るかもしれません。
 私は、無理を承知でロッテにそう伝えました。

 すると、またもや不思議な光景を目にすることになりました。
 ロッテが命じると賊たちが剣や隠し持っていたナイフを投げ捨てたのです。
 そして、そのまま森の外に向けて立ち去りました。

 ロッテは私に向かって言いました。

「リーナ。もう山賊に怯える必要はないわ。
 あいつらはこのまま衛兵に出頭するし、残党がいても山賊狩りが行われると思うわ。」

 訳が分からないです。

「ロッテ、あなたいったい……。」 

 私は言葉が見つからず、それだけ言うのが精一杯でした。
 どうやら、ロッテが賊に向かって命じていた言葉、あれは魔法だったようです。
 ロッテの命令に逆らえないように魔法の言葉で縛っているそうです

 そして、ロッテは改めて名乗ったのです。

「私の名はシャルロッテ・フォン・アルムハイム。
 ここ、アルムハイム伯国の女王にして、帝国皇帝から伯爵の爵位を賜る帝国貴族です。
 そして、『アルムの魔女』の末裔、おそらく最後の魔法使いです。」 

 アルムハイム伯国など聞いたこともない国名です、ますます訳が分からなくなりました。
 しかし、そう名乗ったロッテの凛々しい表情には確かに王威を感じたのです。


     ***********


 私の領地だと思っていたここは、私の領地どころかクラーシュバルツ王国の領土ですらなかったようです。
 俄かには信じられませんでしたが、帝国の役人が打ち込んだ国境杭や帝国が発行している貴族名鑑を見せられたら信用するしかありませんでした。

 しかし、この小さな国が出来た由来については正直眉唾だと思いました。
 だって、二十歳にも満たない女性が一人で数万の兵を撃退したと言うのですから。
 ここが国として認められた当時、何らかの国を守った功績があったのは確かでしょう。
 それが大袈裟に伝えられたものだと思ったのです。その時は…。

 ここが独立した国となった由来を聞いた後に、素敵な時間が待っていました。
 ロッテが家族を紹介してくれたのです。
 ロッテが家族と言ったのは六人の精霊たちでした。

 全員が身の丈十インチほどですが、みんな、表情が豊かです。
 それぞれ、色合いに特徴があり、見分けやすくて助かります。

 自分の顔よりも大きなクッキーを両手で抱えてカジカジと齧る姿がとても愛らしいです。
 惜しむらくは、全員クッキーを頬張るのに夢中で、私とお話ししてくれないことです。
 再びここを訪れる機会があれば、今度は甘いお菓子をお土産にして、私とも仲良くしてもらえるようにお願いしましょう。

 この館の手入れが行き届いている訳も分かりました。
 この館にはたくさんのブラウニーが住んでいると言います。
 ブラウニーは人見知りで、ロッテ以外の前には姿を現さないそうですが、代表のアインちゃんが姿を見せて挨拶してくれました。
 やはり、他の精霊ちゃんと同じ十インチ位の身の丈でとても愛らしい子でした。

 その後も、お茶を飲みながら、ロッテは魔法使いの話や魔法の話、魔女狩りの話しなども聞かせてくれました。
 どれも普通であれば信じ難い話でしたが、私はすべて信じてしまいました。
 だって、架空の存在だといわれている精霊ちゃん達がこんなにいるのですもの。

 帰り際に私がまた来て良いかと尋ねると、ロッテは

「ええ、もちろんよ。
 歓迎するわ、リーナ。
 あなたは結界内に招き入れるようにしておくから、気兼ねなく遊びに来て。」 

と言ってくれました。

 私は、今度来るときは必ず甘いお菓子を持ってこようと心に決めたのです。

 これが、私、カロリーネ ・フォン・アルトブルクと黒髪の美しい魔女ロッテ、それにたくさんの可愛い精霊ちゃんとの出会いです。

 

    **********

 お読みいただき有り難うございます。
 今日も18時10分にもう1話投稿します。
 引き続きお読み頂けたら幸いです。

 *お願い
 9月1日から始まりましたアルファポリスの第13回ファンタジー小説大賞にこの作品をエントリーしています。
 応援してくださる方がいらっしゃいましたら、本作品に投票して頂けるととても嬉しいです。
 ぶしつけにこのようなお願いをして恐縮ですが、よろしくお願いします。
 投票は、PCの方は表題ページの左上、「作品の情報」の上の『黄色いボタン』です。
 スマホアプリの方は表題ページの「しおりから読む」の上の『オレンジ色のボタン』です。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

晴れて国外追放にされたので魅了を解除してあげてから出て行きました [完]

ラララキヲ
ファンタジー
卒業式にて婚約者の王子に婚約破棄され義妹を殺そうとしたとして国外追放にされた公爵令嬢のリネットは一人残された国境にて微笑む。 「さようなら、私が産まれた国。  私を自由にしてくれたお礼に『魅了』が今後この国には効かないようにしてあげるね」 リネットが居なくなった国でリネットを追い出した者たちは国王の前に頭を垂れる── ◇婚約破棄の“後”の話です。 ◇転生チート。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。 ◇人によっては最後「胸糞」らしいです。ごめんね;^^ ◇なので感想欄閉じます(笑)

【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する

土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。 異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。 その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。 心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。 ※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。 前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。 主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。 小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。

あ、出ていって差し上げましょうか?許可してくださるなら喜んで出ていきますわ!

リーゼロッタ
ファンタジー
生まれてすぐ、国からの命令で神殿へ取られ十二年間。 聖女として真面目に働いてきたけれど、ある日婚約者でありこの国の王子は爆弾発言をする。 「お前は本当の聖女ではなかった!笑わないお前など、聖女足り得ない!本来の聖女は、このマルセリナだ。」 裏方の聖女としてそこから三年間働いたけれど、また王子はこう言う。 「この度の大火、それから天変地異は、お前がマルセリナの祈りを邪魔したせいだ!出ていけ!二度と帰ってくるな!」 あ、そうですか?許可が降りましたわ!やった! 、、、ただし責任は取っていただきますわよ? ◆◇◆◇◆◇ 誤字・脱字等のご指摘・感想・お気に入り・しおり等をくださると、作者が喜びます。 100話以内で終わらせる予定ですが、分かりません。あくまで予定です。 更新は、夕方から夜、もしくは朝七時ごろが多いと思います。割と忙しいので。 また、更新は亀ではなくカタツムリレベルのトロさですので、ご承知おきください。 更新停止なども長期の期間に渡ってあることもありますが、お許しください。

天使な息子にこの命捧げます

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
ファンタジー
HOTランキング第6位獲得作品 ジャンヌは愛する夫に急死されて、生まれて間もない息子と二人で残されてしまった。夫の死を悲しむ間もな無く、伯母達に日々虐められるが、腕の中の天使な息子のお陰でなんとか耐えられている。その上侯爵家を巡る跡継ぎ争いに巻き込まれてしまう。商人の後妻にされそうになったり、伯母たちの手にかかりそうになるジャンヌ。それをなんとか切り抜けて、0歳の息子を果たして侯爵家の跡継ぎに出来るのか? 見た目はおしとやかな淑女というか未亡人妻。でも実際は…… その顔を見た途端、顔を引きつらせる者もちらほらいて…… 結果は読んでのお楽しみです。ぜひともお楽しみ下さい。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

処理中です...