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第1章 アルムの森の魔女
第16話 少し成長しました
しおりを挟む翌朝、私はいつもより更に早起きをしてハーブ畑の世話を終えました。
朝食を手早く済ませて、箒に乗ってお出かけです。
シューネフルトの町に昨日仕掛けた余興を見に行くのです。
上手くいけば良いのですが……。
町の一マイル手前の小麦畑に降りてテクテクと歩きます。
屋根付の橋をわたって、衛兵のおじいちゃんに挨拶をして町に入りました。
役場の前の広場に着くと私が仕掛けた余興は始まったところでした。
アルノーを中心に横一列に並んで立った三人が大声で告白を始めます。
広場のほぼ中央で大声を上げ始めた三人に道行く人々が立ち止まって注目しました。
それは、女衒に身をやつした工作員が、
「私はセルベチア共和国陸軍諜報部の潜入工作員です…」
と、そこまで言ったところで野次馬をかき分けて一人の中年男性が女衒に近付いて来たのです。
怪我でもしたのか杖を突き、左足を引き摺っています。
女衒の直ぐ前まで来ると、杖を高々と上げ、
「同胞の仇!」
と叫びながら、女衒に向かって杖を振り降ろしたのです。
その後すぐに今度は二十歳位の青年が出てきて、「親父の仇」と言いながら女衒の頬にこぶしを打ち込みました。
それから、疎らに人が出て来ては、女衒と衛兵に身をやつしたセルベチアの工作員に暴行を加えていくのです。
その間も三人は私の指示通りに告白を続けたのです。
さて、何が起こっているかの種明かしです。
先日、クラーシバルツ王国は酪農が盛んだと言いましたが、酪農よりはるかに重要な産業があります。
それは傭兵です。クラーシュバルツは冷涼な気候で農耕に向かないため昔から傭兵として国外に出る人が多かったのです。
クラーシュバルツの傭兵は精鋭揃いで、雇い主への忠誠心が強いと好評です。聖教の教皇の信頼も厚く、教皇庁の護衛もクラーシュバルツの傭兵が行っているくらいなのです。
十年程前、セルベチアで革命があり王権が打破され、共和国が誕生しました。
その革命の時、王室の護衛をしていたのがここシューネフルト出身者が中心の傭兵団でした。
そう、ここシューネフルトには、セルベチアの革命時に王族を守ってセルベチア革命軍と戦って命を落とした方がたくさんいるのです。
セルベチアの革命はまだ十年程前の話です。
きっと最初に出て来た中年男性もセツベチア革命の時、王室側に傭兵として雇われていた人でしょう。足の怪我はその時のものかも知れません。
ここシューネフルトにはセルベチア革命軍が姿を変えたセルベチア共和国軍を肉親や同僚の敵として恨む者が多いのです。
先日皇帝を目にして、皇帝がセルベチア革命戦争で功績をあげてのし上がってきたことを思い出したのです。ここシューネフルト出身者が傭兵として王族側に付き多数犠牲になったことと共に。
一時間程すると、セルベチア政府軍に恨みを持つ者は全て殴り終わったのか、二人を殴る者はいなくなりました。結局、二人は殴られながらも私の指示通り罪の告白をし続けました。
見上げた根性だと思います。
この町の住民の方も殺しては拙いとわかっているのでしょう。
二人は顔を腫らして真っ赤になっていますが、致命傷は負っていないようです。
一人殴られずに済んだアルノーは目の前で繰り広げられる暴行に恐怖したせいでしょう。
足元に大きな水溜りを作っていました。汚いな、もう……。
私の指示通りの告白を終えた三人は、おぼつかない足取りで領主の館に向かって歩いて行きました。
あとは、リーナとその側近たちに任せましょう。
私は広場の一角で既に営業を始めていた屋台で焼いた腸詰を買い食いし、館へ戻ることにしました。
**********
あれから二週間ほど経ちました。私が庭の木陰で書き物をしていると軽快な蹄の音が聞こえてきました。リーナは、敷地の入り口付近にある木に馬を繋ぐと小走りになってこちらに向かってきます。
「ロッテ、こんにちは。また来ちゃった。」
「いらっしゃい、リーナ。あなたなら何時でも歓迎よ。」
「ロッテ、お礼を言うのが遅れてごめんね。
あなたでしょう?魔法を使ってアルノー達を自首するように仕向けてくれたの。
前に山賊に使ったのと同じ魔法を使ったのよね。」
あの日、顔を真っ赤に腫らした二人の男と共に股間を濡らしたアルノーがやって来た時は領主の館の皆が驚いたそうです。
リーナの護衛の騎士が何事かと思い、アルノーに用件を質すと自首しに来たと言いそれまでの悪事を曝露し始めたそうです。
非常に重要なことを自白し始めたアルノー達に護衛の騎士は驚き、取調べする人数を増やして対応に当たったとのことでした。
「ロッテ、今回は有り難うね。
セルベチアの大軍を撃退してくれたのもロッテでしょう。本当に助かったわ。」
「別に良いのよ。私は古の盟約に基づいて行動しただけですから。
それに、チョットした余禄もありましたしね。だいぶ懐が温まったのですよ。」
私はセルベチアの野営地を襲撃したときの説明をし、ついでに軍資金の一部を行き掛けの駄賃に頂戴したことも話しました。
「あはは、それは良かったですね。
でも精霊ちゃん達って凄いのですわ。
あんな可愛いのに四万の軍勢をいとも簡単に退けるなんて。」
ええ、とっても頼りになる子達なのです。
あれでも、あの子達にとってはチョットしたイタズラをして楽しんだくらいの感覚なのが恐ろしいです。あの子達が本気になったらとってもヤバイ気がします……。
「でも、永世中立を掲げているのに特定に国に加担したとなっては周辺国の信頼を失うところでしたわ。
アルノーは、周辺国に我が国の永世中立を認めさせるのに、先人達がどれだけ苦労したかを考えたことがないのでしょうか。まったく、愚かなことをしてくれたものです。」
「アルノーにはそんな愛国心は無かったのではないですか。
彼はセルベチアに亡命するつもりだったようですから。
地位と金を代償に国を売ったのです。
でも不思議ですよね、あの若さで執政官まで出世して何が不満だったのでしょうね。」
「アルノーは、元々宮廷の中枢部で働きたかったようですね。
執政官といったら官吏の中では結構上の地位なのですが、片田舎に飛ばされたのが我慢できなかったようです。
どうも権力志向の強い者のようで、それまで中央で昇進してきたのに田舎町の執政官を命じられて左遷されたように感じたみたいです。」
何という薄っぺらい動機なのでしょうか。
まあ、何に重きを置くかは人それぞれなので、彼はそういう人だったで留めておきましょう。
そんなに関心のあることでもありませんしね。
**********
「でね、私、凄く反省したの。
確かに私はまだ何も出来ない小娘だけど、執政官に領地の統治を丸投げしたのは無責任だったって。
名目だろうと領主である以上は領地の事情はよく知っておかなければいかなかったのね。
それで、これからは執政官は置かないことにしたの。
私が領主として周りの意見を聞きながら、色々と教えてもらいながら、自分で統治しようと思っているの。
だからね、ロッテ、あなたも私に協力してくれないかしら。」
リーナは今回の件で一つ成長したようです。
アルノーがセルベチア人の工作員を衛兵として雇い入れたり、山賊を放置したり、やりたい放題であったことに気付けなかった。そのことを恥じ入ったようです。
リーナはシューネフルトに来てまだ一ヶ月も経っていないのですから、アルノーの不正に気付けと言う方が酷です。でも、本人がそれを反省しているのですから黙っておきましょう。
「私は、このハーブ園を世話しないといけないから、あまりお役に立てないわよ。
せいぜい、たまに相談に乗る事しかできないけど。それでも良ければ。」
「ええ、それで十分よ。私、自分と同じ歳頃の友達っていなかったの。
相談に乗ってくれるお友達がいるだけでとっても心強いわ。」
そう言って微笑んだリーナの表情はとても嬉しそうで、思わず私も肩入れしてしまいそうです。
「そう言えばリーナ、今日は護衛の騎士はどうしたの?
まさか、また一人で来た訳ではないわよね。」
「もちろん、一人で来たのよ。
そのために、この二週間、頑張ったのだから。」
リーナはアルノー達の自白を聴くとすぐに騎士に命じ、セルベチアの軍人が身をやつした衛兵を全員捕らえたとのことです。
その数十人以上、不意打ちが出来なければ騎士の方が撃退されてしまう人数だったようです。
そして、捕縛した衛兵に代わる衛兵の募集を急遽行ったとのことでした。
やはり、衛兵の仕事は若者に人気があるようで、募集した人数の倍以上の応募があり良い衛兵を雇い入れることが出来たとリーナはご満悦です。
その新人衛兵の訓練を兼ねてこの一週間、この近辺の山賊狩りを徹底的に行ったそうです。
中心は先日捕らえた山賊の残党ですね。
「やはり、自分の領地を若い女性が安心して歩けないなんて情けないではないですか。
これからは、定期的に衛兵を巡回させて、若い女性でも安心して町の外に行ける領地にするのです。
そのために、今回の募集では定員を少し増やしたのですから。」
この近辺の山賊狩りが一通り終ったので、晴れて今日、リーナは一人でここを訪れたそうです。
「そうそう、精霊ちゃん達にも頑張ってくれたお礼にお菓子を持ってきたの。
よかったら、呼んで頂けるかしら。私も直接お礼が言いたいわ。」
「わかったわ、じゃあみんなでお茶にしましょう。」
私は書き物を一旦止めにして、お茶の準備をするためテーブルの上の片付けようとしました。
「ねえ、ロッテ。さっきから気になっていたのだけど、あなたいったい何を書いているの。
そんなに紙をいっぱい用意して。」
「これはね、先日のセルベチア軍撃退の報告書、帝国の皇帝宛のね。
一応、盟約を果たしたのですもの、報告を上げておかないと。
上手くいけば、褒賞をもらえるかもしれないでしょう。」
「へー、しっかりしているのね。」
そうです、ひっそり暮らすにもお金はいるのです。
褒賞金がもらえればしめたものです。
その後は、契約精霊を全員呼んで、みんなでお茶の時間です。
リーナが持参したのは、この辺では入手し難い、砂糖をふんだんに使ったお菓子でした。
甘いものが大好きな精霊達は大喜び、自分の頭よりはるかに大きな焼き菓子をカジカジと夢中でかじる姿はとても愛らしく、心が癒されました。
**********
お読みいただき有り難うございます。
*お願い
9月1日から始まりましたアルファポリスの第13回ファンタジー小説大賞にこの作品をエントリーしています。
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ぶしつけにこのようなお願いをして恐縮ですが、よろしくお願いします。
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