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第1章 アルムの森の魔女
第4話 昼寝を妨げた代償は……
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リーナが首を傾げながら尋ねてきました。
「アルムハイム伯国ですか?
私が無知なだけかも知れませんが、初めて聞く国名なのですが。」
そうでしょうとも、何と言ってもこの国は我が家の敷地と裏山だけなのですから。
国民がゼロなのを国と呼んでいいのかは物議を醸すことだと思います。
しかし、形式的には立派な国なのです。何故なら…。
「ええ、ご存じなくてもちっとも変ではないですわ。
だって、国民はいませんし、この家の敷地と裏山だけが領地ですから。
でも、ちゃんと帝国貴族名鑑に私の一族の家名が載っていて、アルムハイム伯国と記されているのです。」
そう、帝国皇帝が国と認めて、帝国議会で承認されていれば立派な国なのです。
こんな国、他にはありませんけど。
「国民がいない国ですか?それが国と認められるものなのですか。」
リーナが不思議そうな顔で尋ねてきました。
そうですね、場所を変えてゆっくりと話しますか。
「リーナ、館の中で少し話しましょうか。
その前に、せっかくだから面白いものをお見せしましょう。
ついてらして。」
私はリーナを伴い森の外に向けて歩き出しました。
そして、森が途切れる場所まで来た所で一つの杭を指差しました。
装飾の施された大理石製の物で、杭と呼ぶにはあまりにも立派なです。
「あれを良くご覧なさい、リーナにわかるかしら。」
「この杭ですか、何か文様みたいなものが……、はっ!」
ロクに習い事もしていないと言う割に、ちゃんと最低限の知識は仕込まれているようです。
「気付いたかしら、帝国の紋章、『双頭の鷲』ね。
それ、帝国の法務官が認めた国境杭なの。
その杭の向こう側がリーナの領地シューネフルト領ね。
で、こちらが私の国アルムハイム伯国。
どう、信じる気になったかしら。」
リーナは驚きを隠せない顔で黙って頷きました。
帝国政府の国境杭なんて普通見たことないでしょうからね。
**********
さて、どこから話しましょうか。
「ここは、聖教による魔女狩りを逃れた私の先祖が隠れ住んだ土地なの。」
「魔女狩りですか?」
「ええ、魔女狩り、ご存じない?」
私の問い掛けにリーナは首を横に振りました。
今は大分魔女狩りも下火になりました、知らないのも無理がないです。
魔女狩り、『呪殺』などを行う悪しき魔女を駆逐するとの大義のもとに行われた大規模な異端狩り。
要は、最大勢力を誇る聖教が自分達の教義に沿わない人々に魔女のレッテルを貼って迫害したのです。
これは後に、聖教を離れてエスカレートし、民衆レベルで自分の都合の悪い人に魔女のレッテルを貼ってリンチを加えるなどの暴挙にまで至りました。
私達の一族は、精霊を崇拝する土着の民間信仰が根付いた村で生活してきたのです。
その村の人々は精霊と親しみ、精霊の力を借りてひっそりと生きてきました。
魔女狩りはそんな村にも及んだのです。
おそらくは、聖教を受け入れない、それだけで赦されざる罪だったのでしょう。
何と言う傲慢、何と言う自分勝手な振る舞いでしょうか。
精霊を信仰する小さな村は教会騎士団により蹂躙されました。
その難を逃れてこの森に隠れ住んだのが私のご先祖です。
もう二百年も前のことだと言われています。
「酷い……、教会がそんな事をしていたなんて……。」
少し魔女狩りの実態を生々しく話しすぎたようで、リーナは怯えた表情で片言の言葉を漏らしました。
「そんなに怯える必要はないですよ。
もう教会も魔女狩りなんてことはしていませんから。」
そう、表向きはね。
「それで、ここが独立した国と認められた経緯はね。
三代前の大祖母様がセルベチア王国の侵攻をこの森の外で食い止めたからなの。」
私達が暮らすこの地方にはセルベチア共和国と神聖帝国の二大国と二つに挟まれた永世中立国のクラーシュバルツ王国の三ヶ国が有ります。
セルベチア共和国は十年ほど前の革命により王権が倒れましたが、それ以前はセルベチア王国と呼ばれる王制の国でした。
セルベチアと神聖帝国はもう何百年も前から犬猿の仲です。
というよりも、神聖帝国自体が西のセルベチア、南の異教徒の国から自分の領地を守るため中小の領主国家が手を結んだものなのです。
帝国として皇帝を頂き、帝国議会により帝国の方針の決定などもされていますが、基本は帝国を構成する小邦が独自に国を運営しています。
帝国が一つにまとまるのは、セルベチアや異教徒が攻めてきた時くらいなものです。
なんといっても、通貨制度ですら統一されていないのですから。
**********
さて、今から百年ほど前のことです。
セルベチア王国と神聖帝国の間で大きな戦争が有りました。
帝国の北部でのことです、セルベチア王国の大軍が国境の大河を越えて帝国の諸邦に侵攻したのです。
皇帝は諸侯に呼びかけ大軍をもって侵攻に対処しました。
実はその時、行動を起こしたセルベチア軍はその方面だけでありませんでした。
北部方面に匹敵する大軍をアルム山脈を越えて帝国に侵攻させようとしたのです。
圧倒的な戦力差に寡兵で抗戦した国境の砦はたちまち陥落します。
早馬でこの知らせを受けた皇帝は戦慄したと伝えられています。
もし、アルム山脈方面からの侵攻を許せば、その時北部のセルベチア軍と抗戦している帝国軍の背後を突かれてしまいます。
いえ、北部の軍は陽動で、セルベチアの真の目的は帝都ヴィーナの占領かも知れません。
このとき皇帝の下に残された兵は僅か数千、万を優に超えるセルベチアに対抗できる訳が有りません。
皇帝は決死の覚悟で打って出る事にしました。
平坦で大軍を運用できる帝都ヴィーナで篭城するより、山がちで大軍の運用に向かないアルム山脈の麓で迎え撃つ方が戦力差の不利を多少なりとも補えるのではないかと。
そして、皇帝は強行軍で兵を進めますが、幾ら進んでも接敵しません。
アルム山脈の麓の村々も強奪されたり、蹂躙されたりした形跡が見られなかったのです。
伝令を受けてから、ここまで進軍する間に相応の時間を要しています。
セルベチア軍はとうに山脈を抜けていてもおかしくないのです。
皇帝は不思議に思いながらも軍を進め、とうとうアルム山脈の入り口となる森にまで辿り着いたのです。
そこで、皇帝は奇妙なものを目にします。
グウグウといびきをかいて、その辺中に寝転がるセルベチアの兵士たち。
そして、その前に立ち塞がる仁王立ちの年若い女が一人。
仁王立ちの女が皇帝の方を振り返り言ったそうです。
「あなたも、私の昼寝を邪魔しようというのですか?」
当時まだ二十歳そこそこの大祖母様です。
皇帝は、この年若い女をなぜか怒らしてはいけないような直感が働いたそうです。
そして、皇帝は言いました、騒ぎ立てることはしないので話を聞かせて欲しいと。
大祖母様の庵で皇帝が聞いた話は抱腹絶倒ものの話しでした。
セルベチアの軍勢は国境砦を攻略するのに大砲を使ったそうです。
響き渡る爆音に、昼寝中の大祖母様ビックリして飛び起きたそうです。
その後も大砲の音は大祖母様の午睡を邪魔します、こだまを伴って、何度も、何度も。
それが、数週間前のことだそうです。
その後、セルベチア軍は山脈を抜け大祖母様が住む森の近くを進軍してくるのですが。
万を越える軍勢の発する騒音は想像を絶するものだったそうです。
軍勢が大祖母様の庵に最接近したとき、やはり大祖母は昼寝の最中だったようです。
森の外から聞こえる大きな喧騒に、眠りを妨げられた大祖母はことのほか虫の居所が悪かったようです。
腹立ち紛れに大軍の前に立ち塞がり、魔法を使って全軍を眠らしてしまったようなのです。
昼寝を邪魔されて腹が立ったという、それだけの理由で一軍が事実上壊滅させられたのです。
大祖母様はとてもヤンチャな人だったようです。
動機はともあれ、大祖母様の活躍でセルベチアの侵攻は食い止められました。
皇帝は大祖母様に何か褒章をとらすと言ったところ、大祖母からこんな相談があったそうです。
「聖教の異端審問官が私をしつこく狙っていて、おちおち森の外に出られないの。
何とかしてもらえないかしら。」
大祖母は自分が精霊信仰者として聖教徒の迫害を受けていることを打ち明けました。
そして、精霊信仰者は聖教徒が魔女と呼ぶような邪悪なことはしないし、聖教の布教の邪魔もしない、だからそっとしておいて欲しいと。
**********
大祖母様の相談を受けた皇帝は一計を案じたのです。
大祖母様を異端審問官がおいそれと手出しできない立場にしてしまえば良いと。
それが、大祖母様を帝国貴族に列し、一国の王にしてしまうということでした。
大祖母様に恩義を感じた皇帝は、それを実現すべく帝国議会に根回しをしたのです。
しかし、それはすんなりとはいかなかったそうです。
帝国議会には聖教の枢機卿も議席を持っていたからです。
枢機卿連中は異教徒が帝国貴族になるのに激しく抵抗したそうです。
そして、ある条件と引き換えに聖教は私達の一族を魔女認定から外すと提案してきたそうです。
それは、私が今住む森の近くにある峠をセルベチア軍に通過させないこと。
それを飲めば、今後異端審問官が私の一族を付け狙うことはしないし、魔女のレッテルを張ることもないと言ったそうです。
お気づきですか、これはおかしな話です。
元々は褒章として、異端審問官をどうにかして欲しいという希望だったのです。
更にこちらが条件を飲むのは筋が違います。
しかし、大祖母様はその条件を飲んだのです。
なぜなら、大祖母様にとってはその条件は造作も無いことだったからです。
そんな簡単なことで、うるさいハエがいなくなるならと提案を受け入れたのです。
これには、聖教の方が大喜びだったそうです。
セルベチアは聖教にとっても不倶戴天の怨敵なのです。
数百年前の話になります。
聖教の権威を利用しようとしたセルベチア王が自国に聖教の教皇を拉致した事があるのです。
そのため、一時聖教の中心とも呼ぶべき教皇庁がセルベチアに移されていました。
そのときの遺恨は今でも尾を引いていて、聖教とセルベチアは犬猿の仲なのです。
こうして、大祖母様は晴れて魔女認定を解かれると共に、帝国貴族に列せられアルムハイム伯国の王となったのです。
これも本末転倒ですよね、魔女認定さえ解いてもらえれば別に帝国貴族になる必要もなかったのですが。
ただ、このときの皇帝はお人好しだったようで、褒章のつもりが新たな役目を押し付けてしまったことに負い目を感じたようです。
皇帝は追加の褒章として、今住むこの館を大祖母様に下賜してくださったのです。
実は、この分不相応に大きな館は皇帝陛下からの贈り物だったのです。
**********
お読み頂き有り難うございます。
本日は18時10分に第5話を投稿します。
引き続きお読み頂ければ幸いです。
よろしくお願い致します。
「アルムハイム伯国ですか?
私が無知なだけかも知れませんが、初めて聞く国名なのですが。」
そうでしょうとも、何と言ってもこの国は我が家の敷地と裏山だけなのですから。
国民がゼロなのを国と呼んでいいのかは物議を醸すことだと思います。
しかし、形式的には立派な国なのです。何故なら…。
「ええ、ご存じなくてもちっとも変ではないですわ。
だって、国民はいませんし、この家の敷地と裏山だけが領地ですから。
でも、ちゃんと帝国貴族名鑑に私の一族の家名が載っていて、アルムハイム伯国と記されているのです。」
そう、帝国皇帝が国と認めて、帝国議会で承認されていれば立派な国なのです。
こんな国、他にはありませんけど。
「国民がいない国ですか?それが国と認められるものなのですか。」
リーナが不思議そうな顔で尋ねてきました。
そうですね、場所を変えてゆっくりと話しますか。
「リーナ、館の中で少し話しましょうか。
その前に、せっかくだから面白いものをお見せしましょう。
ついてらして。」
私はリーナを伴い森の外に向けて歩き出しました。
そして、森が途切れる場所まで来た所で一つの杭を指差しました。
装飾の施された大理石製の物で、杭と呼ぶにはあまりにも立派なです。
「あれを良くご覧なさい、リーナにわかるかしら。」
「この杭ですか、何か文様みたいなものが……、はっ!」
ロクに習い事もしていないと言う割に、ちゃんと最低限の知識は仕込まれているようです。
「気付いたかしら、帝国の紋章、『双頭の鷲』ね。
それ、帝国の法務官が認めた国境杭なの。
その杭の向こう側がリーナの領地シューネフルト領ね。
で、こちらが私の国アルムハイム伯国。
どう、信じる気になったかしら。」
リーナは驚きを隠せない顔で黙って頷きました。
帝国政府の国境杭なんて普通見たことないでしょうからね。
**********
さて、どこから話しましょうか。
「ここは、聖教による魔女狩りを逃れた私の先祖が隠れ住んだ土地なの。」
「魔女狩りですか?」
「ええ、魔女狩り、ご存じない?」
私の問い掛けにリーナは首を横に振りました。
今は大分魔女狩りも下火になりました、知らないのも無理がないです。
魔女狩り、『呪殺』などを行う悪しき魔女を駆逐するとの大義のもとに行われた大規模な異端狩り。
要は、最大勢力を誇る聖教が自分達の教義に沿わない人々に魔女のレッテルを貼って迫害したのです。
これは後に、聖教を離れてエスカレートし、民衆レベルで自分の都合の悪い人に魔女のレッテルを貼ってリンチを加えるなどの暴挙にまで至りました。
私達の一族は、精霊を崇拝する土着の民間信仰が根付いた村で生活してきたのです。
その村の人々は精霊と親しみ、精霊の力を借りてひっそりと生きてきました。
魔女狩りはそんな村にも及んだのです。
おそらくは、聖教を受け入れない、それだけで赦されざる罪だったのでしょう。
何と言う傲慢、何と言う自分勝手な振る舞いでしょうか。
精霊を信仰する小さな村は教会騎士団により蹂躙されました。
その難を逃れてこの森に隠れ住んだのが私のご先祖です。
もう二百年も前のことだと言われています。
「酷い……、教会がそんな事をしていたなんて……。」
少し魔女狩りの実態を生々しく話しすぎたようで、リーナは怯えた表情で片言の言葉を漏らしました。
「そんなに怯える必要はないですよ。
もう教会も魔女狩りなんてことはしていませんから。」
そう、表向きはね。
「それで、ここが独立した国と認められた経緯はね。
三代前の大祖母様がセルベチア王国の侵攻をこの森の外で食い止めたからなの。」
私達が暮らすこの地方にはセルベチア共和国と神聖帝国の二大国と二つに挟まれた永世中立国のクラーシュバルツ王国の三ヶ国が有ります。
セルベチア共和国は十年ほど前の革命により王権が倒れましたが、それ以前はセルベチア王国と呼ばれる王制の国でした。
セルベチアと神聖帝国はもう何百年も前から犬猿の仲です。
というよりも、神聖帝国自体が西のセルベチア、南の異教徒の国から自分の領地を守るため中小の領主国家が手を結んだものなのです。
帝国として皇帝を頂き、帝国議会により帝国の方針の決定などもされていますが、基本は帝国を構成する小邦が独自に国を運営しています。
帝国が一つにまとまるのは、セルベチアや異教徒が攻めてきた時くらいなものです。
なんといっても、通貨制度ですら統一されていないのですから。
**********
さて、今から百年ほど前のことです。
セルベチア王国と神聖帝国の間で大きな戦争が有りました。
帝国の北部でのことです、セルベチア王国の大軍が国境の大河を越えて帝国の諸邦に侵攻したのです。
皇帝は諸侯に呼びかけ大軍をもって侵攻に対処しました。
実はその時、行動を起こしたセルベチア軍はその方面だけでありませんでした。
北部方面に匹敵する大軍をアルム山脈を越えて帝国に侵攻させようとしたのです。
圧倒的な戦力差に寡兵で抗戦した国境の砦はたちまち陥落します。
早馬でこの知らせを受けた皇帝は戦慄したと伝えられています。
もし、アルム山脈方面からの侵攻を許せば、その時北部のセルベチア軍と抗戦している帝国軍の背後を突かれてしまいます。
いえ、北部の軍は陽動で、セルベチアの真の目的は帝都ヴィーナの占領かも知れません。
このとき皇帝の下に残された兵は僅か数千、万を優に超えるセルベチアに対抗できる訳が有りません。
皇帝は決死の覚悟で打って出る事にしました。
平坦で大軍を運用できる帝都ヴィーナで篭城するより、山がちで大軍の運用に向かないアルム山脈の麓で迎え撃つ方が戦力差の不利を多少なりとも補えるのではないかと。
そして、皇帝は強行軍で兵を進めますが、幾ら進んでも接敵しません。
アルム山脈の麓の村々も強奪されたり、蹂躙されたりした形跡が見られなかったのです。
伝令を受けてから、ここまで進軍する間に相応の時間を要しています。
セルベチア軍はとうに山脈を抜けていてもおかしくないのです。
皇帝は不思議に思いながらも軍を進め、とうとうアルム山脈の入り口となる森にまで辿り着いたのです。
そこで、皇帝は奇妙なものを目にします。
グウグウといびきをかいて、その辺中に寝転がるセルベチアの兵士たち。
そして、その前に立ち塞がる仁王立ちの年若い女が一人。
仁王立ちの女が皇帝の方を振り返り言ったそうです。
「あなたも、私の昼寝を邪魔しようというのですか?」
当時まだ二十歳そこそこの大祖母様です。
皇帝は、この年若い女をなぜか怒らしてはいけないような直感が働いたそうです。
そして、皇帝は言いました、騒ぎ立てることはしないので話を聞かせて欲しいと。
大祖母様の庵で皇帝が聞いた話は抱腹絶倒ものの話しでした。
セルベチアの軍勢は国境砦を攻略するのに大砲を使ったそうです。
響き渡る爆音に、昼寝中の大祖母様ビックリして飛び起きたそうです。
その後も大砲の音は大祖母様の午睡を邪魔します、こだまを伴って、何度も、何度も。
それが、数週間前のことだそうです。
その後、セルベチア軍は山脈を抜け大祖母様が住む森の近くを進軍してくるのですが。
万を越える軍勢の発する騒音は想像を絶するものだったそうです。
軍勢が大祖母様の庵に最接近したとき、やはり大祖母は昼寝の最中だったようです。
森の外から聞こえる大きな喧騒に、眠りを妨げられた大祖母はことのほか虫の居所が悪かったようです。
腹立ち紛れに大軍の前に立ち塞がり、魔法を使って全軍を眠らしてしまったようなのです。
昼寝を邪魔されて腹が立ったという、それだけの理由で一軍が事実上壊滅させられたのです。
大祖母様はとてもヤンチャな人だったようです。
動機はともあれ、大祖母様の活躍でセルベチアの侵攻は食い止められました。
皇帝は大祖母様に何か褒章をとらすと言ったところ、大祖母からこんな相談があったそうです。
「聖教の異端審問官が私をしつこく狙っていて、おちおち森の外に出られないの。
何とかしてもらえないかしら。」
大祖母は自分が精霊信仰者として聖教徒の迫害を受けていることを打ち明けました。
そして、精霊信仰者は聖教徒が魔女と呼ぶような邪悪なことはしないし、聖教の布教の邪魔もしない、だからそっとしておいて欲しいと。
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大祖母様の相談を受けた皇帝は一計を案じたのです。
大祖母様を異端審問官がおいそれと手出しできない立場にしてしまえば良いと。
それが、大祖母様を帝国貴族に列し、一国の王にしてしまうということでした。
大祖母様に恩義を感じた皇帝は、それを実現すべく帝国議会に根回しをしたのです。
しかし、それはすんなりとはいかなかったそうです。
帝国議会には聖教の枢機卿も議席を持っていたからです。
枢機卿連中は異教徒が帝国貴族になるのに激しく抵抗したそうです。
そして、ある条件と引き換えに聖教は私達の一族を魔女認定から外すと提案してきたそうです。
それは、私が今住む森の近くにある峠をセルベチア軍に通過させないこと。
それを飲めば、今後異端審問官が私の一族を付け狙うことはしないし、魔女のレッテルを張ることもないと言ったそうです。
お気づきですか、これはおかしな話です。
元々は褒章として、異端審問官をどうにかして欲しいという希望だったのです。
更にこちらが条件を飲むのは筋が違います。
しかし、大祖母様はその条件を飲んだのです。
なぜなら、大祖母様にとってはその条件は造作も無いことだったからです。
そんな簡単なことで、うるさいハエがいなくなるならと提案を受け入れたのです。
これには、聖教の方が大喜びだったそうです。
セルベチアは聖教にとっても不倶戴天の怨敵なのです。
数百年前の話になります。
聖教の権威を利用しようとしたセルベチア王が自国に聖教の教皇を拉致した事があるのです。
そのため、一時聖教の中心とも呼ぶべき教皇庁がセルベチアに移されていました。
そのときの遺恨は今でも尾を引いていて、聖教とセルベチアは犬猿の仲なのです。
こうして、大祖母様は晴れて魔女認定を解かれると共に、帝国貴族に列せられアルムハイム伯国の王となったのです。
これも本末転倒ですよね、魔女認定さえ解いてもらえれば別に帝国貴族になる必要もなかったのですが。
ただ、このときの皇帝はお人好しだったようで、褒章のつもりが新たな役目を押し付けてしまったことに負い目を感じたようです。
皇帝は追加の褒章として、今住むこの館を大祖母様に下賜してくださったのです。
実は、この分不相応に大きな館は皇帝陛下からの贈り物だったのです。
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お読み頂き有り難うございます。
本日は18時10分に第5話を投稿します。
引き続きお読み頂ければ幸いです。
よろしくお願い致します。
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