初めて彼女を目にしたとき、風が吹いた

泉谷なぎ

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第1話

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 一目惚れだった。

 俺は文芸部に所属している。所属していると言っても最近は部活に顔を出していない。高校に入学して約4ヶ月、既に幽霊部員というやつになりつつある。俺の通っている高校は全員必ず部活に入らなければいけないという謎の決まりがある。疑問に思い、その理由を先生に尋ねてみると「趣味を持つことは大切だから」とよく分からない回答をされた。強制入部の趣味なんて意味ないだろ…と思うけれどそれは黙っておこう。
 しかしながら、文芸部の部長である丸山先輩に「次の部活に来なかったら除籍するぞ」と言われ、行きたくもない部活に行かなければいけなくなってしまった。丸山先輩はザ・文系男子という感じで、アニメのキャラクターで例えるならち◯まるこちゃんに登場する丸尾くんに似ている。
 うちの高校は全校生徒が約2000人のマンモス校だ。そのため、校舎がとても広い。俺の教室がある第1本館から文芸部の部室がある北校舎までは歩いて3分ほどかかる。(ちなみに本館は第1から第3まである)
 エアコンの効いた教室から廊下へ出るとまだ7月に入ったばかりだというのにおでこと背中から汗がじわっと染み出してくる。
 校内にしては距離のある廊下を歩きながら考えることは早く夏が終わって欲しいということ、部活に行くのがめんどくさいということ、そして、今日は部活で何をするのかということ。うちの学校の文芸部は週に1回活動ている。物語を書いたり、詩を書いたり、俳句を詠んだりと様々な活動をしている。もっとも、俺はまだ3回しか部活に行ったことがない。(毎週サボっていた)


 「今日は俳句を1人3句詠んでください。全員が詠めたら句会を始めます。頑張りましょう」

 丸山部長、3句は多いです…と口に出すことはできないので、心の中で大声で叫んでおく。ところで、文芸部の部室はエアコンが無い。部室は汗で背中にシャツが張り付くほど暑い。俺は今更、部活をきちんと選ばず、適当に文芸部に入ったことを後悔した。
 今まで部活に3回しか来たことがなかった俺は、隣に座っていた2年の田中先輩(女子からモテモテらしい)に部活の進行の仕方や俳句を作るときのコツなどいろいろなことを聞きながら俳句を詠んでいた。

「田中先輩、ここはどうしたらいいですか?」
「ここは、切れ字を使ったらどうかな?」
「あ、そうなんですね、ありがとうございます」

 いくら部活がめんどくさいとは言っても、「やるときはやる」それが一応は俺のポリシーだ。

「あとこの言葉なんですけど、丁度良い言い換えの言葉とかありますか?」
「あーこれだったら…」
「部活中失礼します、田中くんいますか?」

 誰かが部室を訪れたみたいだ。
 部室を訪れた彼女を見た瞬間、部屋の中で爽やかな心地よい風が吹いた気がした。心臓が大きな音を立てた。黄色の名札ということは田中先輩と同じ学年の2年生だろうか。整った横顔、高い位置で括られたポニーテール、ふわっと香るレモングラスの爽やかな香り。彼女のすべてが俺を魅了した。俺は彼女から目を離すことができなかった。

「田中はここにいるよ~」

 手を上げて田中先輩が答える。

「このプリント、持田先生から。渡しといてって頼まれたから持ってきたよ~。早急に書いて持ってこいって。それにしてもこの部屋暑いね、部員さんたちは大変だね~」
「そうなんだよ、めちゃくちゃ暑い。生徒会でエアコン設置できないかな~?あ、届け物、助かったよ。ありがとう。すぐに書いて持っていくよ」
「じゃあ、よろしくね~」
「了解!」

 結局俺は彼女が部室から出て行くまで、目を離すことができなかった。

 先輩が部屋から出て行ったあと、彼女のことを知りたくて知りたくてたまらなくなった。どんな小さなことでも良いから、彼女のことを知って少しでも近づきたいと思った。

「田中先輩、さっきの先輩って誰なんですか?」
「僕と同じクラスで、一緒に生徒会をやってるメンバーだよ。早く書かなきゃいけない書類を届けてくれたんだ~。いつもいろんなところで気を配ってくれて助かってるんだよ~。あ、これ早く書かないといけないのか!今からすぐに書いて持って行ってこよう。」

 そうか、彼女は田中先輩と同じクラスで気遣い上手なんだ。新しく彼女についてのことを知ることができ、心が躍った。

 田中先輩から話を聞いた後も、部活が終わって家に帰った後も、家に帰って課題と復習をしているときも、彼女のことを忘れることができなかった。


 たぶん、いや、たぶんではなく絶対、これは一目惚れだ。先輩に恋をしてから彼女のことがずっと頭から離れない。美しい横顔も、よくにあったポニーテールも、爽やかな香りも、頭にこびり付いて離れることはなかった。

 明日はあの先輩に会いに行って話してみようか。そう考えるだけで明日が来るのが待ち遠しくなった。
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