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第65話 「踵」
しおりを挟む羞恥と緊張で死にそうだ。
短く浅い、はあはあと呼吸音がする。それは緊張しすぎで、必死に行われる自分の息継ぎだった。
スウェットと下着はあっという間に、だけど丁寧に脱がされてしまった。
そして今。自分の体を守ってくれる衣服はなにひとつない。
そう、なにもない。だから全部、丸見えだ。
汗ばんだ肌も。つけられたばかりのキスマークも。たちあがりはじめている男性器も。
シーツかなにかで隠そうとする手段は最初に奪われた。布団は遠ざけられて、僕は青葉先輩のベッドに、枕を下にして仰向けで寝っ転がるしかない。
だいじょうぶ、と、言い聞かせてもどうしてもわいてでくる不安。
――男性の裸なんて、さらに勃起しかけているなんて、きもちわるくないんだろうか。
ずっと身体を襲っていた熱が急激に氷点下にさがりそうになる。けど。
やっぱりそれを阻止するのも、青葉先輩で。
「――コーヨーの踵、やわらかい」
先輩もスウェットを脱いで、下着一枚になっている。「下着まで脱いだらさすがに我慢きかないだろうしなー」と笑ってスウェットだけ脱いでいた。
片方の掌で踵を包まれて、足の大きさ、形を確認するようにやさしく握られる。絶対、シンデレラにガラスの靴をはかせる王子様よりも、青葉先輩の手のほうが丁寧だろう。
もう片方の指が足指のつけ根から足の甲の骨をなぞる。くるぶしを撫でて、慰撫するようにアキレス腱をつうっと伝う。
「そ、んな。やわらかい、とか、ないと、思うんですけど。ふつう、です」
「そうか? オレのかかと、かなりかかくなっちゃってるしなあ。けどやっぱ、足のこんなとこまで、手にぴったりくっつく」
ぎゅっと踵を握られる。
そして。シンデレラの王子様だってきっとそんなことしないだろうに。
足の甲に、先輩はキスをする。
「やっぱり、コーヨーの肌、どこもきもちいい」
見あげてくる青葉先輩は、王子様がしないような楽しそうな顔をして。
だけど。王子様よりも、やさしくて、やわかくて、口元がゆるんだ嬉しそうな顔。
そんな笑顔を、横たわりながら、自分の足にキスをされているとことセットで見て、平気でいられるだろうか。できたらびっくりだ。そしたら、もう何個目か数えられない心臓を取り換える必要なんてうまれてない。
バクンと心臓が鳴く。
先輩の唇が、足の甲から脛に、膝へとうつる。何度も何度も落とされる、軽いキス。初雪のように淡くて軽い、かんたんに溶けて消えてしまいそうなキス。
でも、何度も繰り返しそうやって軽いキスを与えられるたび、溶けた部分からじわりと熱がにじむ。そうするたびに、クセがついてしまったように心臓が跳ねる。
ああ、ほんと。なんで、もっと、心臓の段階が踏めないんだろう。ドキッとか、そういうかんじで、もう少し優しい心臓の跳ね方だってあるんじゃないのか。
なのに。先輩は最初に言ったように、僕の全身をあますことなく触ろうとしているようで。
キスをしながら、器用にもう片方の手で、反対の足の爪先を、かかとを、甲を、くるぶしを、脛を、ふくらはぎを、撫でていく。染めていく。先輩の触ったところから細胞が作り替えられる。
ゾクゾクと作り替えられた細胞が震えて、刺激を送ってくる。恥ずかしくなるような、こちらが照れてしまうような、丁寧なのに、肌の余すことなく触るような撫で方。
先輩が脚にキスをして、脚を触ると、相乗してまたあの感覚が生まれてくる。
歯がゆくて、じれったくて、もどかしい、じっとしてられない衝動。
「っ、はぁ、ぁ」
ざわざわする衝動は持て余して、息がこぼれる。自分でもわかる、熱の含んだ息。
けど仕方ないじゃないか。さっきから、心臓が乱気流を起こしてて、身体は頭から脚の先まで、熱がグルグルめぐっては生まれて、たまっていくんだから。
きっと今。心臓に直接触ったら、火傷してしまうに違いない。
じわりじわりと太腿にのぼってくる手のひらと、唇が鼠径部にかかったときに、ようやく言葉を取り戻した。
「――ッ、あ、せんぱ、ぃ」
バカだ、なんでもっと早く気づかなかった。脚にされるキスも、掌の感覚も、もどかしくても気持ちいからって、大事なところが頭から抜けていた。
僕は今なにも着ていない。下着すら。
だから。
太腿と股関節のつけ根までキスをした先輩の顔の目の前には、僕の、男であることの証拠があった。
ひくひくと、まるで今までの刺激じゃたりないとねだるように揺れる自分の男性器が疎ましい。まだ半分くらいだけど、今までの蓄積した熱によってゆるくたちあがっている。
先輩がちらっと、僕を見た。
そして、ゆるやかにあがる、唇の端。
瞬間、いやな予感がして急いで脚を閉じようとして。
当たり前のように先輩にそれを止められた。
先輩の身体が先に僕の両足の間にはいりこむ。そうされたらもう閉じることも隠すこともできない。
「――……ッ、ぅぅ、あ、ん、んっ」
先輩の指先が、かたくなっているところの先端に触れる。
わずかに割れ目があるそこを、傷つけないようにしているんだな、とわかるようにほんの少し、その隙間に綺麗に整えた爪先がわってはいる。
ぷくりと、今度こそ本当に熱が先走りになってにじみ出る。
にじみ出た先走りを指の腹が、ゆっくりと広げていく。やさしく、くるくると先端の割れ目から徐々に周りを濡らしていくように。
敏感な場所をそうやってぬるりと指で滑らされたら、もう、熱は高まるばかりで。
高まった熱が先走りとしてにじみ出ていく。先輩はそれをまたすくって、ぬるぬると亀頭を濡らしていって。ひどすぎる、なんてはしたない悪循環。
「あ、ぅ、ぅぅ…っ」
恥ずかしい。これ以上恥をさらしたくなくて、ぎゅっと目を閉じて、奥歯に力をいれてなんとか声だけでもこらえようとする。
生理的現象だってわかってる。頭では自覚している。こうやって触られたら、さっきまではゆるやかだった場所がどんどん大きくなって、かたくなるのだって、仕方ない。だってそういう風にできている。
でも。それでも。
青葉先輩の指が。触っているから。
青葉先輩の指で。触られるせいで。
青葉先輩の指は。
びっくりするほど、きもちが、よくて。
今まで自分でオナニーするとき、実は僕はゴム手袋でもはめてたんじゃないか、って思ってしまうくらい。
青葉先輩の指で与えられる、まだまだ緩やかな接触は、それでも今までの自慰行為なんて吹き飛ぶくらい、気持ちがいい。
自分でするみたいな、さっさと立ち上がらせて、射精してしまえばいいみたいな事務的な行為じゃない。
じわじわと、何度も何度ももどかしい接触で、身体の内側にたまりにたまった、じれったい熱が、先輩が触ることで呼び起こされる。
先輩の指がくるりと、くびれになっているところをなぞる。くいっとひっかかるように指で刺激されたら、思わず背中が跳ねた。
「あッ! やあ、あ、う、ぁっ、は、あ……」
はぁ、と短い呼吸を何度も繰り返す。
段々直截的な刺激になってきて、声を我慢することも辛くなってきた。涙腺が壊れていないことだけが救いだろうか。
長い五本の指が、もうほとんどたちあがっているソレに絡む。
先輩の指が、僕のを握って、いる。
「――、っ、!」
それだけで顔から耳まで赤くなる。首まで赤くなっているかもしれない。
ゆっくりと先輩の指が動く。軽く、試すように上下に動いて。たまにくびれを親指で引っかかれ、先走りで濡れた指を、先端から裏筋にかけてなぞっていく。
ゆっくりしたその動作にあわせて、先輩の手の中で、熱がたまっていく。わかりやすく、大きくなっていく。その熱に合わせながら先輩の指がゆっくりと下から上へとこすりあげる。
ぞくぞくする快感が駆け上がる。
腰の熱は、もう許容量を超えている。
もう少し強く触られたら、きっとあっけなく僕はイってしまう。そんなの恥ずかしいけど。でもどれだけ恥ずかしくたって、気持ちよくて、ぞわぞわしているのはまちがいない。だってそれくらい、自慰行為のとき以上に熱がくすぶっている。
けど、そこまで達するには刺激が弱くて。
でも、自分からねだることなんて、できるわけもなくて。
もどかしい、近いはずなのにあまりにも遠い射精へのゴールにじれったくて。
そのせいか、制御がきかなくなってきた涙腺のせいか、喉の奥から変な声が出た。
「ひっ、ぅ、っ、く」
引っかかった泣き声みたいな声。
小さい、か細い声ではあったけど、子どもが一歩泣く寸前みたいな声を出してしまって自分に呆然としてしまう。
衝撃で目を開いたら、僕の足の間にいる先輩と目が合った。
青葉先輩はちょっとだけ驚いた顔をしたあと、わかりやすく、破顔した。
ベッドの上で、こんないやらしい行為を行ってると思えないくらい、やさしい笑い方で。
あ、ちょっと、いま、このタイミングで、そんな顔するのはズルすぎる。いま、熱はずっと触られている腰に集中していたのに。真っ赤な心臓から熱が駆け上がってくる。どくん、と心臓がまた鳴いた。
「ごめん、痛くしないようにしようとしたんだけど、しんどい?」
しんどい、のは、しんどい、けど。今この瞬間、射精にいたれない自分の男性器よりも、先輩の笑顔の攻撃力が強すぎてしんどい。
ドキドキドキと鳴り続ける心臓のせいか、泣く寸前のせいか、言葉が生み出せない。
ただじっと先輩を見つめながら、おそるおそる、手を伸ばした。
先輩の腕に、赤子よりも弱い力で、それでも、すがりつく。
青葉先輩はその手を拒まなかった。むしろまた嬉しそうに笑ってから。
あの。
夜色の、顔を。
目を細めて、楽し気に唇の端をあげて。僕を見ながら、脈打つ心臓すら見透かしそうな、あの顔を。
ごくり、と、勝手に喉が泣いた。
視界から青葉先輩の顔が消える。
あ、と思った時には遅かった。
「え……あ! まって、くださ、」
止めようとした。掴んだ腕に力をこめた。
でも先輩は止まらなくて、そのまま顔を脚の間にうずめてしまう。
ちろり、と温かい粘膜で舐められる感覚。
先輩の舌が。
ひくひく震えている僕の男性器を、舐めて。
「ま、って、まってくださ、せんぱ、いっ、あッ、あ、ん!」
ビリっとした感覚と生暖かい感覚に声が上ずる。
最初はちろちろとした舐め方が、だんだんと舌が触れる面積が大きくなる。くびれに沿うように尖った舌先でがまるく円を描く。れろりと、たちあがっている中心を、根元から先端へ唾液をぬりつけるように下から上へと舐め上げる。
ぬるぬるして、男性器全体が濡れてしまっている。先走りと先輩の唾液がどっちのものかなんて、わからない。
「やッ、あ、ひゃ……うぅっ」
やわらかい感触で直接刺激されて、ぞくぞくした快感が高まっていく。
脚が震えそうになるのを誤魔化そうと、ピンとたった爪先がシーツを蹴る。
そうやってなんとか快感を逃そうとしているのに、先輩はさらに追い打ちをかけていく。
ちゅ、と、その行為に不似合いなほどかわいらしいリップ音が聞こえたあと。
ぱくり、と音が聞こえそうなほどに、くわえられた。
ひゅうっと心臓がつかまれた感覚。
待って、といおうとして先輩のほうを見る。
でも、それをすぐに後悔する。
薄い唇にすっかり包み込まれた自分のもの。
先輩の黒髪がゆっくりと口とあわせて動く。
見ている視界と連動して、敏感なその場所が、温かくて柔らかいものに包まれていく。
あたたかさが熱になっていく。
先輩にフェラされている姿と、連動して与えらえる刺激。
背徳的がすぎる光景に、脳内がアルコールと蜂蜜を混ぜたモノで溢れていく。
こんなことを先輩にさせちゃいけない。そう思うのに、どうしても止められない。
だって、クラクラして、シルクの繭に包まれてしまうような心地よさと、飲み切れないほどの極上のワインを注がれ続けてるみたいな酩酊感。
先輩の頭が上下すると、追い立てられるような快感がぞくぞく駆け上がっていく。何度かそうやって下から上へと口が動いて、口の中では舌が裏筋をくすぐる。
ぎゅうっと自然に手に力がこもる。それだけじゃ強まる刺激に声が抑えきれない。
「んっ、んんっ、せんぱっ、せんぱいっ、……あ、やぁっ!」
高まっていく快感。背筋が、先輩に触られた背骨に沿って、快感が腰だけじゃなくて頭まで突き抜けていく。
ぶるぶる小刻みに身体が揺れる。
きゅうっと、飲み込むように、咥内の奥でしぼられる。
「あ、やッ、ひゃあぁっ!」
一気に高まる射精感。でも、と、必死にこらえる。
先輩の口の中に出すわけにはいかない、から。
ぐうっと手に力をいれる。足先は震えて、シーツに爪先が埋まる。
ふいに、ずっと密着していた粘膜がほんのこし隙間があく。
急に口の拘束がゆるんで、達してしまいそうなギリギリのラインが引き戻される。
ふっと安心して、こわばっていた身体の緊張をとく。
息をついた瞬間。
「――、っぅ!」
ぬるっとした感覚。
まだ口に包まれている昂ったものの下。身体の後ろにあるところに。
いつの間にか、ローションを纏った先輩の指が、くぷり、と身体の内部に入ってきた。
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