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第45話 「隠すなって」
しおりを挟むくちゅっというローションの音が響く。
音だけでも恥ずかしいのに、それに加えて、今の格好が恥ずかしすぎて、逃げ出したい。
だけど逃げたくても逃げられない。
なぜなら、仰向けでベッドの上に、裸で横になっているから。
「んっ、っつ、あっ…!」
後ろのくぼみに、骨ばった指が二本はいって、中を探っている。
中をこすられるたびに微弱な快感がぞわりと腰から背筋にしびれるように走っていく。
漏れる声を押さえたくてなにかにすがりたいのに、それもできない。
いままではうつ伏せだったから、枕やタオルで声を殺したり、顔をかくせた。なのに今は枕もタオルも遠い。
それでも、先輩は指の動きを止めない。
「は…っ」
絶えず送り込まれる刺激に身体が反応してしまう。
刺激は熱になって、顔が赤くなって、汗がつうっと流れる。そして何よりその熱は腰にたまっていく。
――聞こえてくる音よりも、漏れ出てしまう声よりも、こっちのほうが問題だった。
僕はベッドに裸で仰向けの状態で。
そして先輩は、僕の脚の間にいる。青葉先輩は上のシャツしか脱いでいない。当たり前だけど、仰向けの僕に対して真正面で座っている。
そして後ろのくぼみを丹念に撫でて、ローションをつぎ足しながら熱心に指で中をほぐしていく。
だから、仰向けの寝転がっている僕を先輩は半ば見下ろすような体勢になっていて。
僕の反応する表情も、反応する身体も、全部を青葉先輩に見られてしまっている。
先輩のまっすぐな眼差しが、ひくつく筋肉の収縮も、指が動くと身体が震えてしまうのも、あさましく先走りを出して立ち上がっている男性器も、全部捉えている。
それがどんなことよりも、恥ずかしくて仕方がなかった。
今まで、こうして後ろの部分を触られているときは、服を脱がなかったし、前はないようにしてもらっていた。それに枕やタオルに顔を押しつけて、表情も声をも隠せていた。
合宿の時に裸の姿はすでに見せてるけど、その時はここまで執拗に中を探られることはなかった。
だから。改めて、普通は隠すべきところを触られているのも、それを見られるのも、顔も体も隠せないことがこんなにも頼りないことだなんて知らなかった。
「キツイ?」
「それ、は、だいじょうぶ……です、け、どっ。あっ、ふっ」
息も絶え絶えに答える。中を触られているのは痛くないしきついわけではない。
けれど先輩の視線から逃げられないこの状況のほうが、きつくって。
そのうえ。自分の顔を隠せないということは先輩の様子も見える、ということで。
ふっと先輩を見上げれば。真剣な表情に、右耳に光るピアス。
そしてその胸元には、ただ一点。
さっきつけたばかりの、薄赤の、しるしがあって。
それを見ただけで、ぞわりと熱があがる。
「くぅっ……あ、やっ」
くいっと中にある指が曲がって、前立腺を捉える。電流みたいな刺激がびりっと走って体が跳ねる。情けない声まで漏れてしまう。
たまらなくて腕で顔を隠して、そのまま口もおさえ試みる。けれど、先輩はそれをとがめて、おおっている腕をとってしまう。
「隠すなって」
「や、むり、です。見ないでくださ、い」
「やだ」
情けなくてひどい顔をしているに違いない。目の表面が涙で揺れている。
そんな顔見せたくないのに、先輩は僕の手をつかんだまま離してくれない。その上でトントンと前立腺を叩くから、僕は打ち上げられた魚みたく跳ねる。
「あッ、や、ん、っんん」
歯を食いしばって快感をやり過ごす。けれど先輩は反応しはじめたことで固くなりだしたそこを指で挟むようにコリコリといじる。男性器の裏側を直接つかまれたような刺激は強くて、腰から背骨を伝って脳髄に刺激が送り込まれる。
直接触られていないのに、前はすっかり立ち上がってぶるぶる震えている。ほんの少しの刺激だけで、あっけなくイってしまいそうだ。
先輩はなじませるように、けれど刺激を与えることは休めずに、執拗に中の弱いところを何度もこすりあげる。
なんで、そんなにずっと、そんな浅いところをいじっているんだろう。
もともとこれは、先輩のものを受け入れるための下準備、じゃ、なかったか。
内部はやわらかく脈打って先輩の指をひくひくと締め上げている。コントロールできない内部の動きすら、羞恥があおられる。
「んー……こっちだけでイくのは、きつそう?」
ゆっくりとピンポイントにそこをこすりながら、先輩がかすれた声で問うてくる。
その言葉に一瞬あっけにとられて、けれどグッと指で強く押されて電流が下から上に駆け上がってきて、そのまま声が漏れてしまう。
「は、あ、っん! な、に、いって」
「こっちだけでイけたら、もっとコーヨーが気持ちよくなるかなぁって」
「そ、れはっ、んっ」
先輩が言っているのは、つまり前立腺への刺激だけで射精できるか――いや、なんなら射精なしにドライオーガズムに達せるか、という、ことで。
知識としてアナルを刺激することで、射精をともなうウェットオーガズムではなくて、男性器を刺激しないで達するドライオーガズムがあることは知っている。
確かにいまだって前立腺の刺激は強烈で、呼吸が荒くなって、行き場のない熱と快感が腰や臍の下に漂っている。
けれどさすがに、まだ数度しか触られたことのない前立腺だけでは、体験したことのないドライオーガズムへの持って行き方を僕は知らない。そこまで慣れてもいない。
ちらちらと、これかもしれない、という、目の裏に白く光る快感の波がちらついては、いる。けれどそれをうまくつかむことはできない。
なにより緊張と恥ずかしさで、そのちかちかする快感に集中できない。
できることなら、僕も溜まった熱を解放したい。でもそのやり方も道筋もわからなくて、気持ちよさと苦しさが襲って頭がくらくらする。
だから力なく首を横に振る。行き場のない熱が苦しくて、目尻が濡れている気がする。
青葉先輩の期待に応えられないことで失望させたんじゃないかと不安がよぎる。
もしも先輩が望んでいるとあらかじめ知っていたら、自分で練習くらいしておくべきだったろうか。自分で後ろを触るというのはかなりハードルが高い、けど。
そんな埒もない、今更の後悔をしている僕に反して先輩は「そっか」と軽くうなずいた。
「じゃ、そのうちできるようにがんばろっか。そしたら……こっちはどう?」
「……えっ?」
ずっと浅いところを行き来していた指が、ゆっくりと奥へ侵入してくる。
まだ奥はほぐしきれていないから、すこし違和感を覚えるけれど、ローションをつぎ足したのか、思ったよりスムーズにはいってくる。
長い先輩の指が、臍の下の裏側まで届いているんじゃないかといところまで、奥へと届く。
そこから探るように慎重に指先を動かす。もちろん、そんなところ触ったことも、触られたこともない。だからかすかに圧迫感を感じてしまう、けれど。
先輩の指先がある一点を押した瞬間、視界が明滅した。
「あッ!? あ、えっ、ぁっ、やッ! せんぱ、せんぱい、まっ」
神経を直接触られたような鋭い刺激。
それは快感に近い、ものかもしれないけれど。初めて感じた刺激は恐怖と裏返しだった。なにより強すぎて、それを気持ちいいと呼べるほどの余裕はなかった。
悲鳴みたいな声をあげて、すがるように先輩の手をつかむ。ビクビクと体が震えている。
先輩は僕の手を握りなおして、すぐに身をかがめて優しくキスをする。
「ごめん。強すぎた?」
「な、に。これ、イヤ、こわ、い、です」
「ん、わかった。今はもうしないから」
なだめるように額や頬に何度もキスをして、握っている手の甲を指でさする。そうされるうちにさっきの刺激は身体から抜けて行って、ようやくほっと安堵の息をつく。
それから冷静になって、そういえば前立腺以外に、奥のところ――結腸付近にも性感帯、というか、精嚢とつながっている部分があるという知識を思い出す。
そういうのもあるんだな、くらいにしか思っていなかったけれど、実際に触られたらみっともないくらいうろたえてしまった。
それに簡単に触れるような場所にあるものじゃない。きっと大きくて、長い指を持つ先輩の手だからこそ届いたんだろう。
先輩の指はそこを避けるように奥の壁をなぞる。ゾクゾクとした感覚が昇ってくる。少しでもズレたら、またさっきの感覚がくるのかと思うと、緊張と、不安と――どこか、あんな強い刺激をちゃんと気持ちよく受け止めたらどうなるんだろうというかすかな期待で身体がこわばる。
「……コーヨーがイヤなら、しないから」
耳にキスをして、先輩はそのまま耳に口をつけて話す。
「でも……コーヨーが慣れたら、この奥のとこまで、いれたい」
かすれたささやき声にゴクリと喉がなる。
いれたい、というのは、きっと、指ではなくて。
先輩の。
「多分、オレのなら、ここまで届くし」
思い浮かべる、臍につきそうなほどそりたつ、いっそ綺麗なほどの先輩のもの。
自分でも把握できない、そんな奥のところに。
先輩のものが入ってくるのを想像して。
それは、あまりにも。
頭に浮かんだ想像にゾクリ、と身体が震える。
くすっと笑う声がする。
「ま、今は、きもちよくなろっか?」
指がまた浅いところに戻って前立腺を刺激する。
先輩は名残惜し気に絡めた指を一本ずつ離して、かわりに完全に立ち上がっている僕のものを握りしめる。
「あっ、あおば、せんぱ、い。せんぱい」
「大丈夫だから、コーヨー」
前立腺を叩くリズムにあわせて先輩の手が僕のものをこすりあげる。わかりやすい慣れた刺激に、一気に射精感が高まる。
耐えることなんてできそうもない。ぴん、と脚が伸びてシーツを蹴る。
見あげた先輩の顔は、こめかみに汗がつたっていて。
また、あの、耐えるような目をしていて。
それなのに優しく微笑んで。
「いいから、我慢すんな」
甘い甘い言葉と、グッと内側を押された刺激につられた。
「あッ」と声をあげて、呆気なく先輩の手の中に熱を放ってしまう。
ドクドクと血液がそこから流れているみたいな感覚。
緊張から解き放たれた体がベッドに沈み込む。荒い呼吸が止まらない。
ああ、また先輩の手を汚してしまった。
合宿の時と同じだ。申し訳なさと恥ずかしさがないまぜになる。でもあんな声で、あんな風にされて、逆らえるわけがない。
そんな風に羞恥の海に溺れている間に、僕が出した液体を先輩は手早く処理して、ローションで濡れている僕の脚をタオルでふきはじめる。
後処理をされるがままにされていることに気づいて、ようやく鈍くなっていた頭が動き出す。
「せんぱ、それは、自分でします、から」
「んー、それよりもシャワー浴びたいだろ? はいってこいよ」
たたんでいた服を手渡して、優しい声で風呂場に促される。
ローションはぬぐわれてもべたつきはとれないので、シャワーはあびたい。なにより体を綺麗にしてからじゃないと服を着ることもできない。
だから素直にしたがって浴室へ向かう。
浴室に入って、栓をひねってシャワーのお湯をだす。
そのお湯を浴びようとして、あることを思い浮かんで、一瞬とどまる。
さあぁ、っとシャワーから流れるお湯をそのままに、浴室にはいっていた足を後ろに、脱衣所のほうへと戻す。
なるべく音を立てないよう、シャワーの音に紛れて、ゆっくりと浴室の外――リビングや寝室に通じる扉を開ける。
バクバクと心臓が鳴る。いつもとは違う緊張感。
そうっと、リビング、さらに奥の寝室の音がなにか聞こえないか耳をすませる。
さあぁ、と後ろでシャワーの音が鳴っている。
息をひそめて、リビングの、その先――寝室のほうに聴覚の神経全てを向ける。
そこで聞こえてきたのは――零れるような、息。
「――、ハッ」
聞こえたきたのは同じリズムで揺れる衣擦れと、湿った空気音。それから、掠れた吐息のような、くぐもった熱い声。
見えないけれど。聞こえてきた音と声だけで、十分にそこでなにが行われていることは予想がついて。
熱の籠った寝室の熱が自分に乗り移ったみたいに、一度下がった体温が急激に上がる。
しゅっという、衣擦れの動きが早くなる。
「……こー、よー」
低い、絞り出すような声に。
名前を呼ばれて、全身が震える。
そのあと、ゆっくりと吐き出される青葉先輩の息の音を聞いて。そっと、気づかれないようにシャワーへ戻った。
頭を冷やすように、シャワーに顔を突っ込む。
今聞こえた、寝室で行われていたであろうことを考える。
――青葉先輩が、オナニー、していた。
それはきっとさっきの行為で、青葉先輩も熱をためていたからで。
ハッキリと触らなくても、先輩が反応しているのはわかっていた。
熱が溜まったら吐き出したい、というのは男の身体なら、わかりやすい論理で。だからそれを責めるとか、変に思うとかではないけれど。
ざあ、というシャワーの水が顔にあたる。冷たい。
――でもあんなことまでしていて、僕が一方的に気持ちよくなっていて。先輩がオナニーすることになるのは、果たして、本当にいいんだろうか。
ボディーソープのついた手で、そっと太腿から内側を撫でる。
べたついたローションのぬめりをとりながら、さっきまで先輩の指に支配されていた場所の、入る寸前のところまで手を伸ばす。
――先輩が最後までしないのは、さっきみたいに「奥はまだ慣れてないから」という理由なのだろうか。
もしもそうなら。確かに奥までは、きついかもしれない、けど。最初はそんなものだと思うし、ここまで丁寧にされているのなら受け入れられる、と、思っている。
合宿の時は場所を理由に最後までしなかった。
今回はハッキリとはしてないけれど。花火大会の時間と、最奥を探られることに僕が慣れていなかった、という理由で。
だけど、ほんとうに、それだけなんだろうか?
男の身体の準備をするというのは先輩にとって面倒でしかないはずで。
なのに先輩は自分が気持ちよくなることを優先しないで、僕の理性をくずして、ほぐして、ぐずぐずにしてばっかりでいる。
僕からは先輩に対して何もしていないし、できてない。
先輩は本当に最後まで――僕とセックスを、したい、んだろうか。
もしかしたら今まで上げた理由もすべて建前で。ただたんに、先輩は男同士のセックスに踏ん切りがつかないとか、それとも僕とセックスをしないと、決めているとか。
名前を呟かれた低い声も、我慢するようなまなざしも、熱がたまったような流れる汗も、全て覚えている。先輩の中になにかの熱があることはわかっては、いるけれど。
僕は先輩に我慢させてばかりで、先輩のほんとうの望みに気づいては、いないんじゃないだろうか。
でも先輩が何を望んでいるかなんてわからない。どうしたらいいか、わからない。
もっと準備が必要だというなら、もっと自分でもあらかじめどうにかする、のに。
ボディーソープのついた指先が、つぷ、と軽くそこへ入る。
さっきまで触れられていたそこは簡単に受け入れて。ぐずりと弱々しい熱を復活させる。
けど。それだけで。自分にとって未知の領域に踏み込むことよりも、先輩に触れられている時のような甘さと酩酊はなくて。
ふと鏡を見る。
左耳の赤いピアス。
それから、胸元にうつる、紫がかった赤いしるし。
たとえばもし。
いくらでも、あとをつけていいですよ、って言ったら。
先輩は、最後までしてくれるんだろうか。
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