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第2章 日常讃歌・相思憎愛
第14話 侵入者
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「はぁ……はぁ……はぁ……」
4人の人影が廊下を走る。
1人が先行し、すぐ後ろをもう1人が追従する。そこから遅れてもう2人の人影がやっとの思いで付いてきているようだ。
「雫さん、大丈夫?東風谷先輩も……」
2番目を走っていた小柄な人影が後ろを振り返り、遅れて付いてくる2人を心配して声をかける。
「……はぁ……あ……あんまり……はぁ……ダメ、かも……はぁ……走るの……はぁ……苦手……はぁ……だか、ら……」
「私も……何で、躬羽さん、そんな、元気なの……同じ……調理部……なのに……」
息も絶え絶えに言葉を絞り出して答える野口雫《のぐちしずく》と東風谷だが、同じように走っている躬羽玲は息も上がっておらず、余裕の表情を見せている。
「私は、伊緒くんや真理ちゃんと一緒に、いつも身体動かしてるので。多少は大丈夫です」
「た、多少じゃ、ないよ……こんな、中腰で……走るなんて……」
「……はぁ……もう……無理……動ける……調理部員て……なに?」
もう立ち止まりそうな速度で歩き始めてしまう雫と東風谷。
伸びた霊樹の枝葉のせいで中腰に屈みながら走ってきたため、そこまでの距離は移動していないが、慣れない2人にはきつかったようだ。
「西風舘先輩、ちょっと休憩できませんか?もう、2人が……」
「んー……でも、早く耶蘇先生と加茂先生を連れて行かないと、残った2人が心配だし……」
西風舘も遅れる2人のことは分かっていたが、残してきた仁代伊緒と真理の兄妹が工藤を止めてくれていることを考えると、やはり急がざるを得ないと判断していたのだが。
「一旦、そこの職員室で2人は待っていてもらって、私たち2人で探しに行った方がいいのではないですか?」
「……そうだね、東風谷さんと野口さんは職員室で隠れて待機していてくれ。先生方が戻ってくる可能性もあるし、その時は校庭の状況を伝えて欲しい」
「分かり……ました……申し訳……ないですけど……待たせて……もらいます……」
「……はぁ……す、すみません……」
雫と東風谷は元気な2人と別れ、一旦職員室へと避難することになった。
玲と西風舘が見守る中、職員室へと歩いていく2人。
「……」
息を整えながら歩いているとはいえ、2人は無言だ。
生き残ってた者の中で、恐らく一番動けないであろう2人。
そんな2人だけで隠れていなければならない。
東風谷は流石に緊張していた。
(……うぅ……流石に怖い……何も居ませんように……でも……先輩だし……私が行かないと……)
周囲を伺いつつ、後ずさってしまいそうな足を無理矢理に前へと進める東風谷。
東風谷を動かしているのは、先輩として後輩を守らねばという責任感。
その後ろをいまだに落ち着かない息を吐きながら、雫が付いて歩く。
(伊緒くん達……大丈夫かな……)
雫は分かれて置いてきてしまった同級生の心配で頭が一杯であった。
ゆっくりとした足取りで、漸く職員室の前まで辿り着く2人。
「……中……大丈夫だよね……?」
「だ、だと、思います……」
扉の窓から職員室の中を覗き、意を決して東風谷が扉の取手に手をかける。
職員室の扉を開け、中を確認しながらそろりと覗き込む。
「中には……誰も居ませんね……」
「そ、そうですね……木が、生い茂ってる、だけですね……」
「西風舘先輩!躬羽さん!大丈夫そうです!」
ホッと肩を撫で下ろし、東風谷は問題ないと待機していた西風舘と玲に伝える。
「分かった、俺たちは先生たちを探しに行ってくる。東風谷さん、野口さんを頼んだよ」
「は、はい!任されました!」
西風舘の言葉に背中を丸めてビクビクしていた東風谷が、ビシっと背筋を伸ばして西風舘に向き直る。
慌てて雫も西風舘の方へ向いて頭を下げ、お願いしますと言葉をかける。
「よし、躬羽さん行こうか」
「はい、取り合えず2階から探しますか?」
「そうだね、声を掛けながら行こう」
「さっきの騒ぎで気付いてくれればいいですけど……」
「気付いて向かってくれてればそれに越したことはないね……できれば合流して状況を伝えたいし、人数も居た方がいいんだけど……」
屈んだまま霊樹を掻き分け、南側校舎の2階を進んでいく2人。
「耶蘇先生!加茂先生!いませんか!」
「光さん!加茂先生!聞こえたら返事してください!」
大声で光と賀茂に呼びかけながら進んでいくが、返ってくる言葉は無く、2人は校舎の端の方まで辿り着いてしまう。
「居ませんね……どうしましょう、手分けして探してみますか?」
「……流石に1人で動くのは危ないんじゃないかな」
「でも、あんまり時間がありませんし……私なら多少は武道の心得もありますし、逃げるだけなら何とかします」
「そうだな……じゃあ二手に別れて捜索をしてみるか。誰か見つけられたらすぐに校庭に向かってくれ」
「分かりました、では私は北側校舎に……先輩、何か音が聞こえませんか?」
玲が別れて捜索する為の案を出そうとした時、階段の上からガサガサと何が動く様な音が聞こえてきた。
「……何かいるな……先生の可能性もあるし……行ってみよう」
「大丈夫でしょうか……先に声をかけてみますか?」
「いや……何がいるか分からないから、まずはそっと様子を見てみよう」
「はい」
2人はゆっくりと階段を登り、折り返しの踊り場から3階の様子を伺う。
「……階段上の方から聞こえるな」
「先輩、何か、段々と近付いてきてないですか?」
ガサガサという音と、足音が近付いてくる。
「――くっ!動きにくい!」
「!」
「光さんの声です!光さん!玲です!躬羽玲です!」
「玲ちゃん!?ちょっと待って、今行くから!」
こちらに近付いてくる音は光のものであったようだ。玲の声に光も気付き、向かって来ようとしている。
「先輩、耶蘇先生です。行きましょう」
「おう。そう言えば、躬羽さんは耶蘇先生と知り合い?」
「はい、伊緒くんと真理ちゃん……仁代兄妹のお父さんの友人で、私も昔から良くしてもらってます」
「そうなのか、じゃあ説明は頼めるかな?」
「はい、任せてください」
2人が3階へ上がる階段の踊り場まで登ると、前方から駆け寄ってくる人影が見えた。しかし、その人影は長い棒の様なものを持っており、途中途中で霊樹に引っかかっては止まっていた。
「あぁ……これは失敗したかな……」
「光さん!」
「よかった……玲ちゃん無事だったんだね……4階を周って時に外の騒ぎが聞こえて……見たらなんか欅の木は大暴れしてるし、多分工藤くんは刃物みたいな物持ってるし、安部先生は倒れちゃうしで……」
「そうなんです!工藤くんがいきなりナイフを創り出して、安部先生を刺したんです!それから欅の木が暴れ出して……今は伊緒くんと真理ちゃんが戦って押さえてくれています……だから!」
興奮しながらお互いの情報を吐き出す2人。幸いな事に、光もある程度は状況を見て理解してくれていたため、全てを説明する必要がなかった。
それでも、伊緒と真理が戦っているという言葉を聞いて、光は目を丸くする。
「伊緒くんと……真理ちゃんが……あれと?」
「はい、あれ相手でも2人なら暫くは抑えられると言ってました。その間に耶蘇先生と加茂先生を連れて来てほしいとお願いされて……自分がみんなを連れて校舎内に避難してきたんです。他の2人、東風谷さんと野口さんは職員室に避難しています。先生!早く2人の所に行ってもらえませんか!あいつは……あいつは……人間なんですか?」
横から西風舘が答える。端的に何故自分と玲がここに居るかを説明し、救援を求める。
そして、工藤は人間なのかと疑問を呈する。
「人間かどうかは僕も分からないけど……常人ではあり得ない動きをしていた……」
工藤が異様なことは伝えるまでもなく、光も認識しているようであった。
西風舘としても、如何に工藤が脅威であるかを、どうやって伝えるか悩んでいた。
しかし、見て、感じていてくれたなら話は早い。
「それと、僕も工藤くんがナイフを生み出すところを見たんだけど……工藤くんはどうやってあれを?」
だが、光からナイフを生み出したことについて疑問を投げかけられると、西風舘も答えに窮する。
「いや……あいつは何か叫んでて……いきなり光が集まり出して……1本目で阿部先生を刺して、その後欅の木に刺したんですけど取られて……もう1本作ったんですよ」
西風舘は上手く説明しようとするが、自分でも分からないことを説明できずにいた。
「僕が見たのは2本目だったのか……つまり、あのナイフは作り直せるんだな」
「はい。多分、ですけど……」
「分かった、取り合えず今は考えても分からないから、まずは校庭に向かおう」
「光さん、お願い。伊緒くんと真理ちゃんを助けて!」
一刻も早く、残してきた双子の兄妹の下へ加勢に行きたいと焦る玲。
だが、それよりも先に確認しなければならない事があった。
「光さん、加茂先生はどうしたんですか?」
「あ、いや、職員室で二手に分かれて捜索を始めたんだが……その後連絡が取れなくなってしまったんだ……」
そう言い淀み、ポケットから二つ折りの携帯電話機を取り出して、再度加茂の携帯電話に連絡を試みる。
『お掛けになった電話は電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため……』
お決まりの自動音声のガイダンスが流れるだけで、相変わらず加茂の携帯電話には繋がらない。
「ずっとこの調子なんだ……」
「加茂先生……大丈夫でしょうか……」
「分からない……だけど今は探してる余裕もないし、このまま行こう」
「そう、ですね……急ぎましょう」
玲は加茂の不在を心配するが、加茂との合流を一旦諦め、現状で一番不味い状況となっている校庭へと向かうことにする。
「耶蘇先生、その長い得物は……刺股ですか?」
「ああ、あの動きと刃物相手に素手は厳しいと思ってね、侵入者用の刺股を持って来たんだけど……思いの外に木が茂っていてね、取り回しが悪いんだよ。そのせいでさっきも引っかかってしまってね」
「そんなに長いと、あいつの速度について行けるんですか?」
「そこは室内に誘い込みたいところだね、廊下なら一直線だから工藤くんの動きを制限できる」
ガシャガシャと音を立てながら身の丈よりも長い刺股を運ぶ光。西風舘も刃物相手に対する刺股の有用性は理解しつつも、あの超人的な速度で動き回る工藤を相手にするには、些か鈍重すぎるのはないかと心配していた。
確かに光の語ったように、前後以外が囲まれた廊下であれば刺股の有用性は増し、工藤の動きも制限できるだろう。問題は、如何に誘い込むかだが。
「伊緒くんと真理ちゃんと連携して上手く誘い込めればいいんだけどね……」
「あの兄妹とはお知り合いだそうですね。2人とも素手なのにあいつ相手に何とかできると言っていましたけだ……妹さんの方は多少少し知ってますが、お兄さんも?」
西風舘は空手部主将として、真理のことは加茂や光から聞いていたのだが、兄の伊緒については何も知らなかったため、流石に不安があるようだ。
「伊緒くん素手なのか……そりゃそうだよは……何も持ってきてないもんね……伊緒くんも十分強いけど……徒手は真理ちゃんの方が上だね。ただ、あの2人を同時に相手したくないね」
「耶蘇先生がそこまで言う程ですか……それでも、あいつが相手ですからね……急ぎましょう」
「そうだね。それと、玲ちゃん、この先は危ないから職員室で他の2人と一緒に避難してももらえるかな?西風舘くんには手伝ってもらうけど」
光は玲に避難するようにと促す。西風舘は最早戦力として数えられているようだ。
「俺は大丈夫です、元々そのつもりですから」
「光さん……私も行きます。伊緒くんと真理ちゃんがあそこに居るのに、私だけ隠れている訳にはいきません!」
「……分かった、自分の身を守る事を最優先してくれるなら構わないよ」
光としても幼い頃から知っている伊緒や真理、玲に危険な目に合わせるつもりはない。
だが、迷っている暇も説得している時間もない。
そう判断した光は、あっさりと玲の同行を許可する。
「それと……安部先生の容態は分かるかな?」
「すいません……確認する余裕もありませんでした……」
「私たちは近付いてすらいないんです……ごめんなさい……」
全員、安部教諭が工藤に刺されたことは認識している。だがその後の安部の容態を確認した人は誰もいなかった。
「2人とも、謝ることはないから。でも、状況的には恐らくもう……」
状況的に確認できなかったことは責めるところではない。
まして己の身を危険に晒してまで救助しろとは大人相手でも言えないことである。
「はい、刺されて仰向けに倒れて、その後に動いたり、声を聞いたりはしてません」
「分かった、ありがとう。安部先生には申し訳ないが、今は生き残っている我々の命を繋ぐことに集中しよう。」
安部については既に死亡又は助かる可能性が極めて低いと判断し、現状で生存が確認できている者たちの生き残りを最優先事項とする。
光が行っているのは所謂トリアージと呼ばれるものに近い判断であり、安部を意識レベルⅢ-300(刺激しても覚醒しない状態)と想定し、救助を一旦断念するものである。
勿論、工藤を制圧できれば救助や応急処置を行うし、病院への搬送が叶えば助かる可能性もある。
しかし、光は既に知っているのだ。110番通報や119番通報が繋がらない事、外部との接触が一切できていないことを。
それを生徒たちに伝えるべきかどうか迷っていたが、今状況で2人に更なる凶報を伝える意味がない。
(今は、残った全員が生き残ることに集中するんだ……真理ちゃん、伊緒くん無事でいてくれ)
光は心の中で兄妹の無事を祈る。
「耶蘇先生、1つ提案があるのですが――」
西風舘は刺股を使った工藤への対処について、自身の作戦を伝える。
「それは――しかし――分かった、状況にもよるけど、そうなったら頼むよ」
「はい、場合によっては仁代さん達にも手伝ってもらいます」
「分かった」
階段を駆け下り、1階まで降りてくる。そのまま廊下を抜け、昇降口を目指す。
途中何度か刺股が霊樹に引っかかりながらも、漸く昇降口に辿り着く。
「やれるもんならやってみろ、俺は死なねぇよ」
昇降口の外から伊緒の叫び声が聞こえてくる。
「光さん!伊緒くんが!!」
「不味い!」
玲の悲鳴にも似た懇願に光は校庭に向かって走り出す。
先程までの校舎内に誘い込む等と言う考えは、一瞬にして破棄される。
「まぁ、死ねや」
「くっそぉ!」
伊緒に迫る工藤。伊緒は後ろに倒れた真理を庇って動かない。
(いや、動けないのか)
そう判断した光は自分に注意を惹き付けるために叫ぶ。
「やめるんだ工藤くん!そこまでだ!!」
振り返る工藤。こちらに気が付き、一瞬安堵の表情をする伊緒。
(よし、取り合えず止まった!)
一声で、まず目標を達成すると、光は一気に校庭まで駆け抜ける。そして刺股を工藤に向けて構え、間合いを取る。
「そのナイフを捨てなさい!早く!」
「あぁ?何しに来たんだよ耶蘇先生よぉ?」
「君を止めに来た!」
「ハハ!!サイテーな理由だ!やっぱりお前は最初から俺の世界にいらなねぇな。とっとと死ねよ」
工藤の新たな世界に現れた侵入者は、工藤が最も忌み嫌う男だった。
4人の人影が廊下を走る。
1人が先行し、すぐ後ろをもう1人が追従する。そこから遅れてもう2人の人影がやっとの思いで付いてきているようだ。
「雫さん、大丈夫?東風谷先輩も……」
2番目を走っていた小柄な人影が後ろを振り返り、遅れて付いてくる2人を心配して声をかける。
「……はぁ……あ……あんまり……はぁ……ダメ、かも……はぁ……走るの……はぁ……苦手……はぁ……だか、ら……」
「私も……何で、躬羽さん、そんな、元気なの……同じ……調理部……なのに……」
息も絶え絶えに言葉を絞り出して答える野口雫《のぐちしずく》と東風谷だが、同じように走っている躬羽玲は息も上がっておらず、余裕の表情を見せている。
「私は、伊緒くんや真理ちゃんと一緒に、いつも身体動かしてるので。多少は大丈夫です」
「た、多少じゃ、ないよ……こんな、中腰で……走るなんて……」
「……はぁ……もう……無理……動ける……調理部員て……なに?」
もう立ち止まりそうな速度で歩き始めてしまう雫と東風谷。
伸びた霊樹の枝葉のせいで中腰に屈みながら走ってきたため、そこまでの距離は移動していないが、慣れない2人にはきつかったようだ。
「西風舘先輩、ちょっと休憩できませんか?もう、2人が……」
「んー……でも、早く耶蘇先生と加茂先生を連れて行かないと、残った2人が心配だし……」
西風舘も遅れる2人のことは分かっていたが、残してきた仁代伊緒と真理の兄妹が工藤を止めてくれていることを考えると、やはり急がざるを得ないと判断していたのだが。
「一旦、そこの職員室で2人は待っていてもらって、私たち2人で探しに行った方がいいのではないですか?」
「……そうだね、東風谷さんと野口さんは職員室で隠れて待機していてくれ。先生方が戻ってくる可能性もあるし、その時は校庭の状況を伝えて欲しい」
「分かり……ました……申し訳……ないですけど……待たせて……もらいます……」
「……はぁ……す、すみません……」
雫と東風谷は元気な2人と別れ、一旦職員室へと避難することになった。
玲と西風舘が見守る中、職員室へと歩いていく2人。
「……」
息を整えながら歩いているとはいえ、2人は無言だ。
生き残ってた者の中で、恐らく一番動けないであろう2人。
そんな2人だけで隠れていなければならない。
東風谷は流石に緊張していた。
(……うぅ……流石に怖い……何も居ませんように……でも……先輩だし……私が行かないと……)
周囲を伺いつつ、後ずさってしまいそうな足を無理矢理に前へと進める東風谷。
東風谷を動かしているのは、先輩として後輩を守らねばという責任感。
その後ろをいまだに落ち着かない息を吐きながら、雫が付いて歩く。
(伊緒くん達……大丈夫かな……)
雫は分かれて置いてきてしまった同級生の心配で頭が一杯であった。
ゆっくりとした足取りで、漸く職員室の前まで辿り着く2人。
「……中……大丈夫だよね……?」
「だ、だと、思います……」
扉の窓から職員室の中を覗き、意を決して東風谷が扉の取手に手をかける。
職員室の扉を開け、中を確認しながらそろりと覗き込む。
「中には……誰も居ませんね……」
「そ、そうですね……木が、生い茂ってる、だけですね……」
「西風舘先輩!躬羽さん!大丈夫そうです!」
ホッと肩を撫で下ろし、東風谷は問題ないと待機していた西風舘と玲に伝える。
「分かった、俺たちは先生たちを探しに行ってくる。東風谷さん、野口さんを頼んだよ」
「は、はい!任されました!」
西風舘の言葉に背中を丸めてビクビクしていた東風谷が、ビシっと背筋を伸ばして西風舘に向き直る。
慌てて雫も西風舘の方へ向いて頭を下げ、お願いしますと言葉をかける。
「よし、躬羽さん行こうか」
「はい、取り合えず2階から探しますか?」
「そうだね、声を掛けながら行こう」
「さっきの騒ぎで気付いてくれればいいですけど……」
「気付いて向かってくれてればそれに越したことはないね……できれば合流して状況を伝えたいし、人数も居た方がいいんだけど……」
屈んだまま霊樹を掻き分け、南側校舎の2階を進んでいく2人。
「耶蘇先生!加茂先生!いませんか!」
「光さん!加茂先生!聞こえたら返事してください!」
大声で光と賀茂に呼びかけながら進んでいくが、返ってくる言葉は無く、2人は校舎の端の方まで辿り着いてしまう。
「居ませんね……どうしましょう、手分けして探してみますか?」
「……流石に1人で動くのは危ないんじゃないかな」
「でも、あんまり時間がありませんし……私なら多少は武道の心得もありますし、逃げるだけなら何とかします」
「そうだな……じゃあ二手に別れて捜索をしてみるか。誰か見つけられたらすぐに校庭に向かってくれ」
「分かりました、では私は北側校舎に……先輩、何か音が聞こえませんか?」
玲が別れて捜索する為の案を出そうとした時、階段の上からガサガサと何が動く様な音が聞こえてきた。
「……何かいるな……先生の可能性もあるし……行ってみよう」
「大丈夫でしょうか……先に声をかけてみますか?」
「いや……何がいるか分からないから、まずはそっと様子を見てみよう」
「はい」
2人はゆっくりと階段を登り、折り返しの踊り場から3階の様子を伺う。
「……階段上の方から聞こえるな」
「先輩、何か、段々と近付いてきてないですか?」
ガサガサという音と、足音が近付いてくる。
「――くっ!動きにくい!」
「!」
「光さんの声です!光さん!玲です!躬羽玲です!」
「玲ちゃん!?ちょっと待って、今行くから!」
こちらに近付いてくる音は光のものであったようだ。玲の声に光も気付き、向かって来ようとしている。
「先輩、耶蘇先生です。行きましょう」
「おう。そう言えば、躬羽さんは耶蘇先生と知り合い?」
「はい、伊緒くんと真理ちゃん……仁代兄妹のお父さんの友人で、私も昔から良くしてもらってます」
「そうなのか、じゃあ説明は頼めるかな?」
「はい、任せてください」
2人が3階へ上がる階段の踊り場まで登ると、前方から駆け寄ってくる人影が見えた。しかし、その人影は長い棒の様なものを持っており、途中途中で霊樹に引っかかっては止まっていた。
「あぁ……これは失敗したかな……」
「光さん!」
「よかった……玲ちゃん無事だったんだね……4階を周って時に外の騒ぎが聞こえて……見たらなんか欅の木は大暴れしてるし、多分工藤くんは刃物みたいな物持ってるし、安部先生は倒れちゃうしで……」
「そうなんです!工藤くんがいきなりナイフを創り出して、安部先生を刺したんです!それから欅の木が暴れ出して……今は伊緒くんと真理ちゃんが戦って押さえてくれています……だから!」
興奮しながらお互いの情報を吐き出す2人。幸いな事に、光もある程度は状況を見て理解してくれていたため、全てを説明する必要がなかった。
それでも、伊緒と真理が戦っているという言葉を聞いて、光は目を丸くする。
「伊緒くんと……真理ちゃんが……あれと?」
「はい、あれ相手でも2人なら暫くは抑えられると言ってました。その間に耶蘇先生と加茂先生を連れて来てほしいとお願いされて……自分がみんなを連れて校舎内に避難してきたんです。他の2人、東風谷さんと野口さんは職員室に避難しています。先生!早く2人の所に行ってもらえませんか!あいつは……あいつは……人間なんですか?」
横から西風舘が答える。端的に何故自分と玲がここに居るかを説明し、救援を求める。
そして、工藤は人間なのかと疑問を呈する。
「人間かどうかは僕も分からないけど……常人ではあり得ない動きをしていた……」
工藤が異様なことは伝えるまでもなく、光も認識しているようであった。
西風舘としても、如何に工藤が脅威であるかを、どうやって伝えるか悩んでいた。
しかし、見て、感じていてくれたなら話は早い。
「それと、僕も工藤くんがナイフを生み出すところを見たんだけど……工藤くんはどうやってあれを?」
だが、光からナイフを生み出したことについて疑問を投げかけられると、西風舘も答えに窮する。
「いや……あいつは何か叫んでて……いきなり光が集まり出して……1本目で阿部先生を刺して、その後欅の木に刺したんですけど取られて……もう1本作ったんですよ」
西風舘は上手く説明しようとするが、自分でも分からないことを説明できずにいた。
「僕が見たのは2本目だったのか……つまり、あのナイフは作り直せるんだな」
「はい。多分、ですけど……」
「分かった、取り合えず今は考えても分からないから、まずは校庭に向かおう」
「光さん、お願い。伊緒くんと真理ちゃんを助けて!」
一刻も早く、残してきた双子の兄妹の下へ加勢に行きたいと焦る玲。
だが、それよりも先に確認しなければならない事があった。
「光さん、加茂先生はどうしたんですか?」
「あ、いや、職員室で二手に分かれて捜索を始めたんだが……その後連絡が取れなくなってしまったんだ……」
そう言い淀み、ポケットから二つ折りの携帯電話機を取り出して、再度加茂の携帯電話に連絡を試みる。
『お掛けになった電話は電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため……』
お決まりの自動音声のガイダンスが流れるだけで、相変わらず加茂の携帯電話には繋がらない。
「ずっとこの調子なんだ……」
「加茂先生……大丈夫でしょうか……」
「分からない……だけど今は探してる余裕もないし、このまま行こう」
「そう、ですね……急ぎましょう」
玲は加茂の不在を心配するが、加茂との合流を一旦諦め、現状で一番不味い状況となっている校庭へと向かうことにする。
「耶蘇先生、その長い得物は……刺股ですか?」
「ああ、あの動きと刃物相手に素手は厳しいと思ってね、侵入者用の刺股を持って来たんだけど……思いの外に木が茂っていてね、取り回しが悪いんだよ。そのせいでさっきも引っかかってしまってね」
「そんなに長いと、あいつの速度について行けるんですか?」
「そこは室内に誘い込みたいところだね、廊下なら一直線だから工藤くんの動きを制限できる」
ガシャガシャと音を立てながら身の丈よりも長い刺股を運ぶ光。西風舘も刃物相手に対する刺股の有用性は理解しつつも、あの超人的な速度で動き回る工藤を相手にするには、些か鈍重すぎるのはないかと心配していた。
確かに光の語ったように、前後以外が囲まれた廊下であれば刺股の有用性は増し、工藤の動きも制限できるだろう。問題は、如何に誘い込むかだが。
「伊緒くんと真理ちゃんと連携して上手く誘い込めればいいんだけどね……」
「あの兄妹とはお知り合いだそうですね。2人とも素手なのにあいつ相手に何とかできると言っていましたけだ……妹さんの方は多少少し知ってますが、お兄さんも?」
西風舘は空手部主将として、真理のことは加茂や光から聞いていたのだが、兄の伊緒については何も知らなかったため、流石に不安があるようだ。
「伊緒くん素手なのか……そりゃそうだよは……何も持ってきてないもんね……伊緒くんも十分強いけど……徒手は真理ちゃんの方が上だね。ただ、あの2人を同時に相手したくないね」
「耶蘇先生がそこまで言う程ですか……それでも、あいつが相手ですからね……急ぎましょう」
「そうだね。それと、玲ちゃん、この先は危ないから職員室で他の2人と一緒に避難してももらえるかな?西風舘くんには手伝ってもらうけど」
光は玲に避難するようにと促す。西風舘は最早戦力として数えられているようだ。
「俺は大丈夫です、元々そのつもりですから」
「光さん……私も行きます。伊緒くんと真理ちゃんがあそこに居るのに、私だけ隠れている訳にはいきません!」
「……分かった、自分の身を守る事を最優先してくれるなら構わないよ」
光としても幼い頃から知っている伊緒や真理、玲に危険な目に合わせるつもりはない。
だが、迷っている暇も説得している時間もない。
そう判断した光は、あっさりと玲の同行を許可する。
「それと……安部先生の容態は分かるかな?」
「すいません……確認する余裕もありませんでした……」
「私たちは近付いてすらいないんです……ごめんなさい……」
全員、安部教諭が工藤に刺されたことは認識している。だがその後の安部の容態を確認した人は誰もいなかった。
「2人とも、謝ることはないから。でも、状況的には恐らくもう……」
状況的に確認できなかったことは責めるところではない。
まして己の身を危険に晒してまで救助しろとは大人相手でも言えないことである。
「はい、刺されて仰向けに倒れて、その後に動いたり、声を聞いたりはしてません」
「分かった、ありがとう。安部先生には申し訳ないが、今は生き残っている我々の命を繋ぐことに集中しよう。」
安部については既に死亡又は助かる可能性が極めて低いと判断し、現状で生存が確認できている者たちの生き残りを最優先事項とする。
光が行っているのは所謂トリアージと呼ばれるものに近い判断であり、安部を意識レベルⅢ-300(刺激しても覚醒しない状態)と想定し、救助を一旦断念するものである。
勿論、工藤を制圧できれば救助や応急処置を行うし、病院への搬送が叶えば助かる可能性もある。
しかし、光は既に知っているのだ。110番通報や119番通報が繋がらない事、外部との接触が一切できていないことを。
それを生徒たちに伝えるべきかどうか迷っていたが、今状況で2人に更なる凶報を伝える意味がない。
(今は、残った全員が生き残ることに集中するんだ……真理ちゃん、伊緒くん無事でいてくれ)
光は心の中で兄妹の無事を祈る。
「耶蘇先生、1つ提案があるのですが――」
西風舘は刺股を使った工藤への対処について、自身の作戦を伝える。
「それは――しかし――分かった、状況にもよるけど、そうなったら頼むよ」
「はい、場合によっては仁代さん達にも手伝ってもらいます」
「分かった」
階段を駆け下り、1階まで降りてくる。そのまま廊下を抜け、昇降口を目指す。
途中何度か刺股が霊樹に引っかかりながらも、漸く昇降口に辿り着く。
「やれるもんならやってみろ、俺は死なねぇよ」
昇降口の外から伊緒の叫び声が聞こえてくる。
「光さん!伊緒くんが!!」
「不味い!」
玲の悲鳴にも似た懇願に光は校庭に向かって走り出す。
先程までの校舎内に誘い込む等と言う考えは、一瞬にして破棄される。
「まぁ、死ねや」
「くっそぉ!」
伊緒に迫る工藤。伊緒は後ろに倒れた真理を庇って動かない。
(いや、動けないのか)
そう判断した光は自分に注意を惹き付けるために叫ぶ。
「やめるんだ工藤くん!そこまでだ!!」
振り返る工藤。こちらに気が付き、一瞬安堵の表情をする伊緒。
(よし、取り合えず止まった!)
一声で、まず目標を達成すると、光は一気に校庭まで駆け抜ける。そして刺股を工藤に向けて構え、間合いを取る。
「そのナイフを捨てなさい!早く!」
「あぁ?何しに来たんだよ耶蘇先生よぉ?」
「君を止めに来た!」
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