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第2章 日常讃歌・相思憎愛
第3話 溢れる想い
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加茂実道は意識を失っていた。
意識を失う寸前に見た光景は、余りにも悍ましく、余りにも醜悪な世界。
加茂がもっとも忌み嫌う、日常とのずれ。
否、加茂の意識との、ずれ。
(っち。気を失っていましたか……)
ぼやける視界がだんだんと晴れていき、そして加茂の目に映るのは翠の光に満たされ、青々と生い茂る樹海。
あまりの光景に、あまりの恐ろしさに、あまりの美しさに目を奪われる。
「……美しい」
普段、加茂の目に映っていた世界は、いつも代り映え無く、それでいて理不尽で不条理な世界。
加茂の心をかき乱し、イラつかせるその世界は何時も灰色に映っていた。
しかし、今目も前に広がっている光景は、世界は。
「……先生……」
仁代真理が目を覚ましたのか顔を上げる。
「――仁代さん、無事ですか?」
「えっと……先生何が起きたんで……」
そこまで口にして真理は教室の異常な光景に目
そんな真理を見て、加茂が言葉を繋ぐ。
「私にも分かりません……私たちは気を失っていたみたいですから……」
「そう……ですか……変な声が聞こえて……そこからは記憶が……曖昧で」
「私もその声は聴きました、その後生徒が次々に木になっていってしまいました。恐らく、この教室に生えている木が元生徒達でしょう」
加茂は努めて冷静に状況を説明する。
真理はそんな説明を聞いてもいまいち状況が掴めず、目を瞬かせる。
「これが……みんな?意味が……」
「私も分かりません。何が起きているのか、誰が生き残っているのか……」
「そんな……」
「とりあえず、教室内を確認してみましょう。他の生徒も生き残っているかもしれません」
「はい……」
賀茂の言葉に従い、教室内を確認していく2人。
見慣れた制服を纏った樹々を見て真理が顔を顰める 。
窓際から順番に確認していくが、樹になっていない生徒がいない。
その事実が真理の心を締め付ける。
(あゆみ……莉緒……)
仲の良かったクラスメイトの席に座っているのは物言わぬ樹木。
涙が溢れそうなるのを必死に堪えてクラスメイトを確認して回る。
その時、同じように教室内を確認して回っていた賀茂が声を上げる。
「工藤くん、大丈夫ですか?生きてますか?」
真理も声の聞こえた方へと樹海とかした教室を抜けていく。そこには樹々の中に倒れている男子生徒が1人。
「工藤くん……?」
「仁代さん、手伝ってもらえますか」
「はい」
意識の無い男子生徒を周りの樹木の根っこが絡まり合う床から教壇の前まで運び出す。
「先生、工藤くんは……」
「脈と呼吸はあります、生きてはいる様ですね」
手首の脈と胸の上下の動きを確認しながら答える加茂。そして横たわった男子生徒、工藤の肩を叩いて呼びかけ続ける。
「工藤くん、起きて下さい。工藤くん」
「――うっ!」
「先生!意識が!」
工藤が意識を取り戻し、薄らと目を開ける。
「うっつつ、痛って……耶蘇、先生?俺はどうなったんだ……」
「君はあの声の後倒れていたんでしょう。体の不調はありませんか?」
「何か……体が痛い……」
「床に倒れてましたからね、どこか打ったのかもしれません。頭痛や吐き気はありませんか?」
工藤は体の痛みを訴えるも、頭痛や吐き気は無く、頭を強く打った形跡はなかった。
そこまで確認すると、加茂は一通りの説明を工藤にする。
「――じゃあ、この世界はどうなったんですか!」
誰もが浮かべる当然の疑問であろう。しかしその問いに答えられるものは誰もいない。
問いかける工藤の目には興奮の色が見える。
「それは誰にも分かりません。しかしこうして生存者がいるなら他にも生き残っている人がいてもおかしくない。とりあえず、校庭に出て現状の確認と他の生存者との合流を急ぎましょう」
「分かりました……」
工藤は俯き返事をするのを確認し、賀茂はもう1人の生存者である真理にも声をかける。
「仁代さんもいいですね。色々心配でしょうが、一旦校庭に避難します。とりあえず荷物はそのまま、行きますよ」
「……はい」
こちらは若干の不承を含みながらも賀茂指示に従う。
3人が教室を出て廊下を進んでいく。
真理は途中、隣の2組の教室の中を覗くが中は樹海となっていて人影を見つけることができない。
工藤もまた辺りをキョロキョロとしながら変貌した世界を観察している、その目には好奇の色が宿る。
そんな中、加茂は落ち着いた様子でチラリと各教室を確認しながら足早に廊下を進んでいく。
3人は廊下を抜けて昇降口まで行くも、他の生徒や教員とは出会うことはなかった。
三者三様の表情を浮かべながら校庭へと出ていくと、そこには数人の人影が見える。
「光さん!」
真理が耶蘇光の姿を見つけ、駆け出していく。
「真理ちゃん!はぁ……よかった」
光も真理の名を呼び、そして心底安堵したように息を吐く。
真理は光に駆け寄って無事を確かめる。
「光さんも無事でよかった!玲も無事ね!」
「真理……ちゃん……」
躬羽玲の姿を確認して、笑みを向ける真理。
玲は真理の姿を見て今にも泣き出さんばかりに目を潤ませて、声を詰まらせる。
「だから言っただろ?真理は大丈夫だって」
そんな中、仁代伊緒は特に驚いた風もなく真理の無事を知っていた様に呟く。
「伊緒も無事ね。そんな気はしてたけど」
「ほらね?」
伊緒と真理だけは、何時もと変わらない風で、何時もの様に言い合いを始める。
その瞬間だけが、2人を知る人間からすると今の状況を一瞬でも忘れられる貴重な瞬間となった。
「感動の再会の最中に申し訳ないが、現状を確認をしてもいいですか?」
「あっ!はい。1年3組は現状”人の形”を保っているのは、私を含めて4名だけです。他に校庭に出てきた人はまだ……」
賀茂に言われ、慌てて仕事モードに戻る光。今現在、校庭にいる人数が全てのようであった。
「1年2組は私含めて3名のみですね。他のクラスはまだ確認していないですが……」
「僕達もとりあえず避難を優先しましたので……他のクラスと職員室を確認しないとですね」
「ええ、あとは警察と消防にも連絡しましょう。あちらもどうなってるいるか分かりませんがね」
賀茂と光はこれからの行動を確認していく。優先すべきは生存者の安全確保と更なる生存者の救出、その為の調査と、公的機関への連絡となる。
そこで光ははたと気が付く。
「携帯は……職員室ですね……賀茂先生は?」
「私もです。皆さんの中で今、携帯電話を持っている人はいますか?」
賀茂と光は授業に不要な携帯電話を職員室に置いており、今は所持していない。そこで生徒達に所持してないか確認するが、生徒達もお互いに顔を見合わせるだけで誰も名乗り出ない。
「皆さん真面目ですね、ちゃんと鞄の中ですか。……では、私がまず職員室に向かって携帯を回収しましょう。その間、耶蘇先生には生徒達を見ていてもらって……」
「いえ、僕も行きます。あの中に1人で行くのは危険です。何があるか分からないですよ」
「しかしそれでは生徒達が……」
教師2人の主張はお互いに一理ある。現状何が起きているか分からず、これから何が起こるか分からない状況である。そんな中、生徒達だけを残して教師が居なくなって良いのか。
答えの出ない問いに2人の教師は沈黙する。
「あの……」
玲がおずおずと2人に声をかけ、昇降口の方を指差す。
皆がつられてそちらの方を見ると、1人のスーツを着た小太りの男性と2人の生徒がこちらに向かって小走りで近付いて来ているところであった。
「安倍先生!」
光が近付いて来る教師に向かって声をかける。
「耶蘇先生、賀茂先生も。よかった……生きている人が居たんですね……生徒達は……」
もうすぐ定年を迎えるベテランの安倍は心底ほっとした表情で2人の教師を見た後、5人の生徒達を見渡して言葉を失う。
本来であれば深山高校には500人近い生徒が居るはずなのだが、校庭に集まっているのは2人の教師を含めて7人だけでなのだ。
「安倍先生、無事でしたか……」
「……ふぅふぅ……えっ、ええ……教室の生徒は皆んな木になっていて……ここに来る途中でこの2人と会えたので一緒に避難して来ました」
光の言葉に安部は乱れた息を整え、ハンカチで汗を拭いながら答える。その目は怯えの色を浮かべ、余程慌てて来たのだろうか髪は乱れ、汗が吹き出している。
光は安部の後ろにいる2人の生徒に目を向ける。
「君は、3年生の西風舘くんだね」
「はい。3年3組の西風舘です。耶蘇先生に賀茂先生も……無事だったんですね……」
「西風舘くん、無事でしたか」
賀茂が西風舘に声をかける。
光も賀茂も受け持ちでない学年の生徒を覚えていたのは西風舘が非常に優秀な生徒であり、且つ賀茂が顧問を務める空手部の主将だからである。
「貴女は2年生の東風谷さんですね?」
「あ、はいっ!そうです!」
光がもう1人の女子生徒に確認をする。賀茂は彼女の名前は覚えていなかったが、どうやら光は知っていたようだ。東風谷は玲と同じ調理部の部員であり、光も記憶していたようである。
「東風谷先輩!」
「躬羽さん!無事だったんだね……」
玲と東風谷が互いに手を取って喜び合う、東風谷はやっと見知った顔に出会えたことからその目に涙を浮かべている。
賀茂が西風舘から、光が東風谷からそれぞれのクラスがどうなっているかを聞き取る。
そこで語られるのは光達が見て来た光景と同じものであり、自分以外のクラスメイトの生存者を確認することができなかったという話である。
「安倍先生、今避難してきているのはここに居る人だけです。これから職員室に戻って警察や消防へ連絡を取ろうとしていた所なのですが、安倍先生には生徒達を見ていてもらえませんか?」
「僕と賀茂先生の2人で校内に行ってきますので、お願いできますか?」
「わ、分かりました、私が行ったところで大してお役にたてないでしょうから、ここは任せてください」
安部はホッとした表情を浮かべ、滲み出る汗をハンカチで拭きながら生徒達と残ることを了承する。
「加茂先生、行きますか」
「ええ、まずは職員室から行きましょう」
光と加茂が向かう校舎は段々と樹々が成長し、開いていた窓から青々とした翠の葉が空に向かってその枝葉を伸ばしている。
校舎全体が翠に覆われ、こんもりとした森の様になってきている。
まるで終末世界で、自然に還っていく人工物の様相である。
それが早回しの様に刻一刻と変貌を遂げていく。現代社会に生きる人間にとって、目の前の光景は美しくも、正に悪夢である。
「光さん!気を付けて!」
「危なくなったら直ぐに引き返してください」
「加茂先生、光さんを頼みます」
未知の森に再び足を踏み入れようと向かう2人の教師に対して真理、玲、伊緒がそれぞれ2人の教師に声を掛ける。
伊緒の言葉に光が反論しているが、2人はそのまま校舎の中へと入っていった。
「ふぅ、さて、皆さん怪我はありませんか?」
安倍は生徒達を見渡しながら全員の怪我の有無を確認する。
生徒達は一様に頷いてそれぞれの無事を知らせる。
その中で唯一の3年生である西風舘が代表して皆が思っていることを口にする。
「先生、俺達はこの後どうすればいいですか?俺も部員がどうなってるか確認したいんですが……」
「私は……怖くてあの中には……」
西風舘と東風谷がそれぞれの思いを口にする、どちらも理解できる感情であり、汲むべき事情に思える。
安倍も教師としての職務で何とか耐えてはいるが、今にでもこの場から逃げ出したい気持ちで一杯である。
「わ、私も他の先生や生徒達が気になりますが……どんな危険があるか分かりませんし、皆さんを守らねばなりません!それにあんな気持ち悪いものの中に戻るなんて……何でこんな事に……」
安倍の教師として、大人としてどうかと思われる言葉だが、それを口に出して否定できる者はいなかった。皆、少なからずあの得体の知れない声を聞き、目の前で人が樹に変わっていく様を見てしまったのである。
だが、1人だけその言葉に不満の表情を浮かべる者がいた。
工藤は安倍の言葉に賛同していなかった。
(あれのどこが気持ち悪いんだよ!サイッコーじゃないか!あぁ、早く見てみたい、触ってみたい!ホントは自分でぶっ壊せたらサイコーだったけど、それでもこれは!イイネ、イイネ、興奮して来た!それにまさか彼女もいるなんて!)
普段の性格は大人しく、気弱にすら見える男子生徒。それが工藤の周りからの印象である。
しかし、その内情はドス黒い想いを煮詰めたヘドロを内包した、鬱屈とした少年であった。
平和な日常の中であるなら、その感情は工藤の理性と言う関に阻まれて流れ出すことはないかったはずである。だが、その日常が崩壊してしまった。
工藤の想いが溢れ出す。
意識を失う寸前に見た光景は、余りにも悍ましく、余りにも醜悪な世界。
加茂がもっとも忌み嫌う、日常とのずれ。
否、加茂の意識との、ずれ。
(っち。気を失っていましたか……)
ぼやける視界がだんだんと晴れていき、そして加茂の目に映るのは翠の光に満たされ、青々と生い茂る樹海。
あまりの光景に、あまりの恐ろしさに、あまりの美しさに目を奪われる。
「……美しい」
普段、加茂の目に映っていた世界は、いつも代り映え無く、それでいて理不尽で不条理な世界。
加茂の心をかき乱し、イラつかせるその世界は何時も灰色に映っていた。
しかし、今目も前に広がっている光景は、世界は。
「……先生……」
仁代真理が目を覚ましたのか顔を上げる。
「――仁代さん、無事ですか?」
「えっと……先生何が起きたんで……」
そこまで口にして真理は教室の異常な光景に目
そんな真理を見て、加茂が言葉を繋ぐ。
「私にも分かりません……私たちは気を失っていたみたいですから……」
「そう……ですか……変な声が聞こえて……そこからは記憶が……曖昧で」
「私もその声は聴きました、その後生徒が次々に木になっていってしまいました。恐らく、この教室に生えている木が元生徒達でしょう」
加茂は努めて冷静に状況を説明する。
真理はそんな説明を聞いてもいまいち状況が掴めず、目を瞬かせる。
「これが……みんな?意味が……」
「私も分かりません。何が起きているのか、誰が生き残っているのか……」
「そんな……」
「とりあえず、教室内を確認してみましょう。他の生徒も生き残っているかもしれません」
「はい……」
賀茂の言葉に従い、教室内を確認していく2人。
見慣れた制服を纏った樹々を見て真理が顔を顰める 。
窓際から順番に確認していくが、樹になっていない生徒がいない。
その事実が真理の心を締め付ける。
(あゆみ……莉緒……)
仲の良かったクラスメイトの席に座っているのは物言わぬ樹木。
涙が溢れそうなるのを必死に堪えてクラスメイトを確認して回る。
その時、同じように教室内を確認して回っていた賀茂が声を上げる。
「工藤くん、大丈夫ですか?生きてますか?」
真理も声の聞こえた方へと樹海とかした教室を抜けていく。そこには樹々の中に倒れている男子生徒が1人。
「工藤くん……?」
「仁代さん、手伝ってもらえますか」
「はい」
意識の無い男子生徒を周りの樹木の根っこが絡まり合う床から教壇の前まで運び出す。
「先生、工藤くんは……」
「脈と呼吸はあります、生きてはいる様ですね」
手首の脈と胸の上下の動きを確認しながら答える加茂。そして横たわった男子生徒、工藤の肩を叩いて呼びかけ続ける。
「工藤くん、起きて下さい。工藤くん」
「――うっ!」
「先生!意識が!」
工藤が意識を取り戻し、薄らと目を開ける。
「うっつつ、痛って……耶蘇、先生?俺はどうなったんだ……」
「君はあの声の後倒れていたんでしょう。体の不調はありませんか?」
「何か……体が痛い……」
「床に倒れてましたからね、どこか打ったのかもしれません。頭痛や吐き気はありませんか?」
工藤は体の痛みを訴えるも、頭痛や吐き気は無く、頭を強く打った形跡はなかった。
そこまで確認すると、加茂は一通りの説明を工藤にする。
「――じゃあ、この世界はどうなったんですか!」
誰もが浮かべる当然の疑問であろう。しかしその問いに答えられるものは誰もいない。
問いかける工藤の目には興奮の色が見える。
「それは誰にも分かりません。しかしこうして生存者がいるなら他にも生き残っている人がいてもおかしくない。とりあえず、校庭に出て現状の確認と他の生存者との合流を急ぎましょう」
「分かりました……」
工藤は俯き返事をするのを確認し、賀茂はもう1人の生存者である真理にも声をかける。
「仁代さんもいいですね。色々心配でしょうが、一旦校庭に避難します。とりあえず荷物はそのまま、行きますよ」
「……はい」
こちらは若干の不承を含みながらも賀茂指示に従う。
3人が教室を出て廊下を進んでいく。
真理は途中、隣の2組の教室の中を覗くが中は樹海となっていて人影を見つけることができない。
工藤もまた辺りをキョロキョロとしながら変貌した世界を観察している、その目には好奇の色が宿る。
そんな中、加茂は落ち着いた様子でチラリと各教室を確認しながら足早に廊下を進んでいく。
3人は廊下を抜けて昇降口まで行くも、他の生徒や教員とは出会うことはなかった。
三者三様の表情を浮かべながら校庭へと出ていくと、そこには数人の人影が見える。
「光さん!」
真理が耶蘇光の姿を見つけ、駆け出していく。
「真理ちゃん!はぁ……よかった」
光も真理の名を呼び、そして心底安堵したように息を吐く。
真理は光に駆け寄って無事を確かめる。
「光さんも無事でよかった!玲も無事ね!」
「真理……ちゃん……」
躬羽玲の姿を確認して、笑みを向ける真理。
玲は真理の姿を見て今にも泣き出さんばかりに目を潤ませて、声を詰まらせる。
「だから言っただろ?真理は大丈夫だって」
そんな中、仁代伊緒は特に驚いた風もなく真理の無事を知っていた様に呟く。
「伊緒も無事ね。そんな気はしてたけど」
「ほらね?」
伊緒と真理だけは、何時もと変わらない風で、何時もの様に言い合いを始める。
その瞬間だけが、2人を知る人間からすると今の状況を一瞬でも忘れられる貴重な瞬間となった。
「感動の再会の最中に申し訳ないが、現状を確認をしてもいいですか?」
「あっ!はい。1年3組は現状”人の形”を保っているのは、私を含めて4名だけです。他に校庭に出てきた人はまだ……」
賀茂に言われ、慌てて仕事モードに戻る光。今現在、校庭にいる人数が全てのようであった。
「1年2組は私含めて3名のみですね。他のクラスはまだ確認していないですが……」
「僕達もとりあえず避難を優先しましたので……他のクラスと職員室を確認しないとですね」
「ええ、あとは警察と消防にも連絡しましょう。あちらもどうなってるいるか分かりませんがね」
賀茂と光はこれからの行動を確認していく。優先すべきは生存者の安全確保と更なる生存者の救出、その為の調査と、公的機関への連絡となる。
そこで光ははたと気が付く。
「携帯は……職員室ですね……賀茂先生は?」
「私もです。皆さんの中で今、携帯電話を持っている人はいますか?」
賀茂と光は授業に不要な携帯電話を職員室に置いており、今は所持していない。そこで生徒達に所持してないか確認するが、生徒達もお互いに顔を見合わせるだけで誰も名乗り出ない。
「皆さん真面目ですね、ちゃんと鞄の中ですか。……では、私がまず職員室に向かって携帯を回収しましょう。その間、耶蘇先生には生徒達を見ていてもらって……」
「いえ、僕も行きます。あの中に1人で行くのは危険です。何があるか分からないですよ」
「しかしそれでは生徒達が……」
教師2人の主張はお互いに一理ある。現状何が起きているか分からず、これから何が起こるか分からない状況である。そんな中、生徒達だけを残して教師が居なくなって良いのか。
答えの出ない問いに2人の教師は沈黙する。
「あの……」
玲がおずおずと2人に声をかけ、昇降口の方を指差す。
皆がつられてそちらの方を見ると、1人のスーツを着た小太りの男性と2人の生徒がこちらに向かって小走りで近付いて来ているところであった。
「安倍先生!」
光が近付いて来る教師に向かって声をかける。
「耶蘇先生、賀茂先生も。よかった……生きている人が居たんですね……生徒達は……」
もうすぐ定年を迎えるベテランの安倍は心底ほっとした表情で2人の教師を見た後、5人の生徒達を見渡して言葉を失う。
本来であれば深山高校には500人近い生徒が居るはずなのだが、校庭に集まっているのは2人の教師を含めて7人だけでなのだ。
「安倍先生、無事でしたか……」
「……ふぅふぅ……えっ、ええ……教室の生徒は皆んな木になっていて……ここに来る途中でこの2人と会えたので一緒に避難して来ました」
光の言葉に安部は乱れた息を整え、ハンカチで汗を拭いながら答える。その目は怯えの色を浮かべ、余程慌てて来たのだろうか髪は乱れ、汗が吹き出している。
光は安部の後ろにいる2人の生徒に目を向ける。
「君は、3年生の西風舘くんだね」
「はい。3年3組の西風舘です。耶蘇先生に賀茂先生も……無事だったんですね……」
「西風舘くん、無事でしたか」
賀茂が西風舘に声をかける。
光も賀茂も受け持ちでない学年の生徒を覚えていたのは西風舘が非常に優秀な生徒であり、且つ賀茂が顧問を務める空手部の主将だからである。
「貴女は2年生の東風谷さんですね?」
「あ、はいっ!そうです!」
光がもう1人の女子生徒に確認をする。賀茂は彼女の名前は覚えていなかったが、どうやら光は知っていたようだ。東風谷は玲と同じ調理部の部員であり、光も記憶していたようである。
「東風谷先輩!」
「躬羽さん!無事だったんだね……」
玲と東風谷が互いに手を取って喜び合う、東風谷はやっと見知った顔に出会えたことからその目に涙を浮かべている。
賀茂が西風舘から、光が東風谷からそれぞれのクラスがどうなっているかを聞き取る。
そこで語られるのは光達が見て来た光景と同じものであり、自分以外のクラスメイトの生存者を確認することができなかったという話である。
「安倍先生、今避難してきているのはここに居る人だけです。これから職員室に戻って警察や消防へ連絡を取ろうとしていた所なのですが、安倍先生には生徒達を見ていてもらえませんか?」
「僕と賀茂先生の2人で校内に行ってきますので、お願いできますか?」
「わ、分かりました、私が行ったところで大してお役にたてないでしょうから、ここは任せてください」
安部はホッとした表情を浮かべ、滲み出る汗をハンカチで拭きながら生徒達と残ることを了承する。
「加茂先生、行きますか」
「ええ、まずは職員室から行きましょう」
光と加茂が向かう校舎は段々と樹々が成長し、開いていた窓から青々とした翠の葉が空に向かってその枝葉を伸ばしている。
校舎全体が翠に覆われ、こんもりとした森の様になってきている。
まるで終末世界で、自然に還っていく人工物の様相である。
それが早回しの様に刻一刻と変貌を遂げていく。現代社会に生きる人間にとって、目の前の光景は美しくも、正に悪夢である。
「光さん!気を付けて!」
「危なくなったら直ぐに引き返してください」
「加茂先生、光さんを頼みます」
未知の森に再び足を踏み入れようと向かう2人の教師に対して真理、玲、伊緒がそれぞれ2人の教師に声を掛ける。
伊緒の言葉に光が反論しているが、2人はそのまま校舎の中へと入っていった。
「ふぅ、さて、皆さん怪我はありませんか?」
安倍は生徒達を見渡しながら全員の怪我の有無を確認する。
生徒達は一様に頷いてそれぞれの無事を知らせる。
その中で唯一の3年生である西風舘が代表して皆が思っていることを口にする。
「先生、俺達はこの後どうすればいいですか?俺も部員がどうなってるか確認したいんですが……」
「私は……怖くてあの中には……」
西風舘と東風谷がそれぞれの思いを口にする、どちらも理解できる感情であり、汲むべき事情に思える。
安倍も教師としての職務で何とか耐えてはいるが、今にでもこの場から逃げ出したい気持ちで一杯である。
「わ、私も他の先生や生徒達が気になりますが……どんな危険があるか分かりませんし、皆さんを守らねばなりません!それにあんな気持ち悪いものの中に戻るなんて……何でこんな事に……」
安倍の教師として、大人としてどうかと思われる言葉だが、それを口に出して否定できる者はいなかった。皆、少なからずあの得体の知れない声を聞き、目の前で人が樹に変わっていく様を見てしまったのである。
だが、1人だけその言葉に不満の表情を浮かべる者がいた。
工藤は安倍の言葉に賛同していなかった。
(あれのどこが気持ち悪いんだよ!サイッコーじゃないか!あぁ、早く見てみたい、触ってみたい!ホントは自分でぶっ壊せたらサイコーだったけど、それでもこれは!イイネ、イイネ、興奮して来た!それにまさか彼女もいるなんて!)
普段の性格は大人しく、気弱にすら見える男子生徒。それが工藤の周りからの印象である。
しかし、その内情はドス黒い想いを煮詰めたヘドロを内包した、鬱屈とした少年であった。
平和な日常の中であるなら、その感情は工藤の理性と言う関に阻まれて流れ出すことはないかったはずである。だが、その日常が崩壊してしまった。
工藤の想いが溢れ出す。
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