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第1.5章 神界
第3話 花の声
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美夏に対し恭しく挨拶をするサリエ。
「……サリエ……貴女の主人は、あいつなのでしょうか?」
「ミカ様のおっしゃる「あいつ」がどなたか存じ上げませんが、わたくしはこの部屋と、このシステムの管理のために創り出された存在です」
美夏の問いに答えるサリエ、その答えに美夏はある事に気が付く。
「サリエ、貴女がこの霊子術式の管理を行なっているのですね?」
「はい、わたくしが管理を任されております。そもそも、そこにある筐体がわたくしの本体ですので。この体は管理用の人工霊体になります」
サリエの話が正しければ、目の前の彼女は仮初の姿という事になる。それでも彼女からは魂の気配を感じられる。
「でも貴女には魂が宿っていますよね?それも人工的に創られたものなのですか?」
「はい、この身体を動かすための人工の魂です。同じものがあの筐体にも宿っていて、情報を共有しているのです」
サリエは積層霊子法陣の後ろに置かれた10メートル四方程の巨大な黒い正方形の物体を指差してそう告げる。
その筐体の表面には時折、深紅と瑠璃の光が走っては消えている。数列や文字列は明滅しながら表面に浮かび、内部へと沈んでいく。
魂を用いた情報の共有。相性のいい魂同士で時たま起こる現象ではあるが、基本的に双子でも魂は異なっているたて、全く同じ魂というものは人工的に創り出さない限り、存在していないはずなのである。
それが目の前に、存在していると言う。
「……管轄を犯してまで……あいつは何のためにこんな事を……」
「その問いにはお答えできかねます。わたくしにはその知識は与えられていません」
澱みなく答えるサリエ。
美夏も居ない者の事を追求するよりも、まず目の前の事を解決するとにする。
「分かりました、その辺の事は直接本人に聞きます。それよりも大事なの事があります」
「はい、何でございましょう」
美夏は改まり、サリエを真っ直ぐに見据えて問う。
「その身体の素体、私を基にしてますね?」
「はいその通りです。主がミカ様の身体のデータを基に創っていただきました。ですので少々ミカ様の雰囲気が残っているかと思われます」
美夏は自身の胸元とサリエの胸元を交互に見比べる。
「……何であいつは胸を減らしたんでしょうね」
美夏の軽い怒気を含んだ言葉に、サリエは意に返さず答える。
「主曰く、「無駄なものは削除した」そう――」
「無駄!?」
「あと、煩いので静――」
「煩い!?」
若干食い気味に反応する美夏。
「……あいつ、後でぶっとば……ん゙ん゙……何でもありません。あいつが帰ってきたら少し話し合いが必要ですね」
「主が戻りましたら、ミカ様より話し合いの要望があった旨お伝え致します」
無表情なサリエはスルー力を発揮しながら、美夏の要望を伝える事を約束する。
主の心配はしないようだ。
「取り合えず、いない奴の話をしても仕方がないですので。サリエさん、あいつは今何処にいるかご存知ですか?」
「申し訳ありません、わたくしも存じ上げません。此処暫く、戻られておりません、主の業務はわたくしが代行しております」
「そう……因みに、ウカ様は相変わらず居ないのですね?」
「……はい彼の方はいらっしゃいません。わたくしとしては、未だお会いした事すらございません」
美夏の問いに、サリエは一瞬躊躇うもウカの名を口にする事なく答える。
「そうですか。やはり戻られていませんか……あいつはウカ様を探しに行っているんでしょうね」
「その通りと思料されます……」
自身の主の行動に、少し寂しげな表情をするサリエ。
創られた人工の魂とは言え、肉体を持ち、思考する存在であれば、仕えるべき主人が居らず寂しくもあるのだろう。
そう感じ取った美夏は、ある種の共感を覚える。
「……サリエさん、お仕事の合間にお話をしませんか?私も話し相手が居なくて困っていた所なんです」
「わたくしで宜しければ。その役目、謹んでお受けいたします」
スッと綺麗なお辞儀をするサリエに、美夏は優しく語りかける。
「そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ。私は貴女の主人ではありませんから。もっと気楽に話してください」
「承知致し……、分かりました。これからそう致します」
「まだ堅い気がしますけど、私も人の事を言えないのでお互い気を遣わずに行きましょう」
美夏はサリエの事を部下というより、年下の友人となりたいと考えていた。
それだけ美夏も人恋しいくなっていたのだろう。また、サリエもこの世界に誕生してから、殆ど会話をすることなく過ごしてきた、新しい刺激に飢えていたのである。
嬉しそうに話をする美夏、それを物珍しく聴き手に回って相槌をうつサリエ。
暫くの間、2人の会話(美夏の一歩的な)が続いた。
◇◇◇
「――それでですね、星斗さんが研究室で――」
美夏の惚気話が続いていた。場所を美夏の部屋に移し、お茶とお菓子を摘みながら話が続く。
本来、食事を必要としない身体であるが、美夏の人間としての習慣と記憶が食事や睡眠を求めるのである。
サリエも同様であるが、やはり新たな刺激を求めて美夏の真似をしてみる。お茶やお菓子は美夏が記憶を頼りに霊子で再現したものである。擬似的なものとはいえ、高度な霊子術の無駄使いである。
「ミカは本当に星斗さんがお好きですね」
既に美夏の事を呼び捨てにしている辺り、相当に話を聴かされ、馴染んだのだろう。些か甘味の過食気味を訴えるサリエ。
「ええ、勿論。幾らでも話せます!」
そんなサリエの訴えを露程も感じ取る事なく答える美夏。
「とは言え、流石に私の話ばかりしてしまいましたね。そうだ!今度はサリエの話を聞かせてください!」
「……わたくしの、話ですか……」
美夏の要望に戸惑いを覚えるサリエ。それも仕方のないことである、この世界に誕生してからの月日が圧倒的に少なく、自分の事を話そうにも、何を話して良いのか分からないのである。
「何でもいいですよ。あいつの話しでもいいですし、仕事の話も聞いてみたいですね、あとは霊子術の話とかもいいですね!サリエが経験してきたことを話してください!」
「……わたくしが、経験したこと……」
「そうです。何だったら生まれた時からの話を聴かせてください」
基本的に素体が同じということで、2人は気が合うのだろう。お互いの話をしても何処となく共感するのだ。
「では、わたくしがこの世界に意識を持った時からのお話を。わたくしの身体がまだできる前の魂の状態の時に――」
淡々と、それでいて何処か嬉しそうに話しをしていくサリエ。それをまた楽しそうに聴く美夏。
2人の話はまだまだ尽きない。
◇◇◇
「――ですので、わたくしは魂の状態から霊子術の理論を学び、筐体にも基礎理論をインストールしていただいたのです」
「へぇ、あいつそんなことするんですね。意外な一面です」
「わたくしにとっては霊子術の師匠ですので。その後、積層霊子術の理論やそれを組み合わせた立体霊子法陣の理論を学ぶことないなりました」
「そう!あの積層霊子術!あれは精密で術式が美しいものでした。あれはサリエが作っているのですか?」
美夏の霊子術をかなり高度に修めている身である、その美夏が”美しい”と感じる積層霊子術の術式。興味がない訳がない。
霊子術とは、読んでその字の如く「霊子」を操る術である。
霊子を操るための術を定型化したものが「霊子術式」であり、単に「術式」と呼んだりする。
その術式を「層」を重ねる様にして連結していくのが「積層霊子術」であり、その術式は「積層霊子術式」となる。
積層霊子術式は、単に層の上下を連結するだけでなく、複数の層を跨いで連結したり、或いは複数の層を連動させたりする高度な術式になっている。
また「霊子法」とは、霊子術とは一線を画したものである。「術」は既存の法則に則り、霊子を扱いやすいように運用するためのものであるが「術」を越えてより深く、より原初の根源に近いところまで洗練し、昇華されたものが一種の「法則」となる。
それはこの世界に新たな「法則」を生み出す。それが「霊子法」である。
その「霊子法」を立体的に組み合わせていくのが「立体霊子法」となる。積層とは違い「重ねる」のではなく、前後左右上下をバラバラに組み合わせ、三次元的に組み上げるものなのだ。
その立体霊子法を魔法陣の様にして運用するのが「立体霊子法陣」なのである。
洗練された霊子術式は、それだけでも美しいものである。それらが折り重なり、組み上がった立体霊子法陣ともなれば、それはもはや夜空に散らばる銀河の様だ。無数の術式が煌めき、互いに干渉し合い、共鳴し合うそれらは、巨大な意思を持って1つの法陣という銀河を形成する。
「あれは凄いですね。あれを組み上げているのもサリエですか?」
「私は主が作った大枠に沿って組み上げているだけになります。凄いのは主です」
「でも、あれを理解して組み上げているんですから十分凄いですよ!あいつがそういう事が得意なのは知ってますが、こんなに良い助手がいるなんて知りませんでした」
サリエは謙遜するが、美夏は掛け値なしに賞賛する。
「私はそこまで内容を読み取らなかったのですが、あれはどういった術式なのですか?人の魂に関するものだいう事は分かるのですが……」
「あれはですね、人間に神罰を下す為の術式です」
「……えっ……」
サリエの何の事はない返事に、美夏は言葉に詰まる。
「人に、神罰……何のために……」
「主曰く「人間が彼の方を忘れ、裏切った罰」だそうです」
サリエの答えに未だ思考が追いつかない美夏。サリエは更に説明を続ける。
「人間の魂を改変して、肉体を霊子を生み出し続ける樹木へと変えることで、霊子が衰退したこの世界をあるべき姿に還す為の術式。それは彼の方を忘れ、のうのうと生きている人間達への罰だそうです」
「そんな……人は、罰受けるような存在では……」
サリエの言葉を否定しようにも上手く言葉が続かない美夏。
「主はわたくしに常々言っていました「彼の方が姿を隠されたのも人間が彼の方を忘れ、霊子を衰退させたかだ。衰退した世界と人間に失望し、この世界から姿を隠されたのだ」と。霊子が豊かに溢れる世界、裏切り者のいない世界、そんな世界を取り戻せば、彼の方も戻ってきてくださると仰られておりました」
サリエは淡々と自身が受けた説明を伝える。
「……サリエは……サリエはこの計画をどう思っているのですか……」
美夏の搾り出すような問い。あいつの考えは分かった。納得はできないが、理解はした。そんなものを、1人淡々と組み上げているサリエ自身はどう思っているのか、美夏は確認せずにはいられなかった。
「わたくしは、主から情報と命令に従っているだけです。わたくしは人間を知りません。ですので、わたくし自身は人間という存在に対して、どうとも思っておりません」
生まれてからの情報が偏ったサリエ、そして自らに与えられた使命を全うするだけの存在。そんなサリエの言葉に感情はこもらない。
「それでも、強いて言うならば……」
サリエが自身の考えを示さんと言葉を繋ぐ、美夏もハッと顔を上げてサリエを見据える。
「わたくしが観察した人間達の行動と記録を読み解く限り、そもそも世界にとって良い影響を与えているとは思えないです」
「――!!――」
美香にとってもそれは分かっていること、霊子云々やウカの話を抜きにしても、人間がこの世界に与えている影響は良いものとは言えない。
それでも美夏はサリエに語りかける。
「サリエの言う事はもっともです。私が見てきた人達は誰も愚かで、どうしようもなくて、この世界を滅さんとしている様に見えました……それでも!」
幾多の記録、そして今の記憶。それらの中に色褪せる事なく輝く、美しい人の輝きがある。
「私は見てきました。そんな世界で正しくあろうとする人達を、壊れていくこの星を何とか押し留めようする者達を。サリエ、貴女に新しい知識を授けます。私が愛してきた人達の記憶を、私の想いを伝えます。今の私なら"人としての記憶"を伝えられます」
「人としての、記憶……ミカ、貴女はまさか。人としての記憶をまだ保持しているのです?」
サリエは動揺していた。それもそうだろう、美夏の役割については多少なり知識は得ていた。
即ち、人間としてこの世界で過ごし、世界の観察を行う事が使命であると。
そうした使命を果たす為に、人間として過ごした「記憶」は美夏の活動に支障が出ない様に「記録」として切り離され、それらを第三者視点で観察していると。
だが、目の前の美夏は「記憶」があると言ってのけた、"何かが起きている"そうサリエも感じ取ったのだ。
「ミカ、貴女の身に何が起きているのですか?」
美夏は愛おしそうにお腹を摩りながら答える。
「今の私の中には、もう1人の魂が宿っているのです。そして私は、私達は、いつか家族の元に帰りたいのです」
サリエの瞳を真っ直ぐに見据え、美夏は宣言する。それは彼の方の使命を放棄すると言う事、その言葉を聞きサリエは衝撃を受ける。
「そんな事をして……許されるのでしょうか……」
主の命令を守ることが使命と信じていたサリエにとって、それは未知の領域。答えを出すことができない。
「……許されないかもしれません。ですが、私は、私の心に嘘をつきたくありません。それに……」
「それに?」
「これは私の勝手な予想ですけど。ウカ様はこの方が喜ぶと思うんです」
ある種の予感、美夏はそう感じていた。
あの部屋の様にコロコロと色を変える瞳の奥に潜む、心の深淵は見通すことができない。けれども悪戯っ子のように微笑むウカの顔を思い出し、そう思わざるを得なかった。
「だから、そう簡単に人を滅ぼされては困ってしまいます。それに、貴女は私の友達です。友達が人を滅ぼすところなんて、見たくありません」
「……ミカ……わたくしは……どうすれば……」
美夏の熱量に絆されるサリエ、しかし絶対的な使命がサリエを呪縛する。
そんなサリエに美夏は優しく微笑み、力強く宣言する。
「私がサリエに人の素晴らしさを教えて差し上げます!サリエが自分の意思で決められるように!」
「……分かりました、ご教授願えますか?」
「ふふ、堅いですよサリエ。私とサリエは友達ですよ、もっと気楽に。そして任せてください」
「ミカとわたくしは友達……任せていいの?」
「勿論!」
美夏の力強い言葉に、無表情だったサリエの表情が緩む、それは儚くも美しい笑顔であった。
「では、友達の言葉を信じてみます」
真っ白な世界に、また1つ美しい花が咲いた。
「……サリエ……貴女の主人は、あいつなのでしょうか?」
「ミカ様のおっしゃる「あいつ」がどなたか存じ上げませんが、わたくしはこの部屋と、このシステムの管理のために創り出された存在です」
美夏の問いに答えるサリエ、その答えに美夏はある事に気が付く。
「サリエ、貴女がこの霊子術式の管理を行なっているのですね?」
「はい、わたくしが管理を任されております。そもそも、そこにある筐体がわたくしの本体ですので。この体は管理用の人工霊体になります」
サリエの話が正しければ、目の前の彼女は仮初の姿という事になる。それでも彼女からは魂の気配を感じられる。
「でも貴女には魂が宿っていますよね?それも人工的に創られたものなのですか?」
「はい、この身体を動かすための人工の魂です。同じものがあの筐体にも宿っていて、情報を共有しているのです」
サリエは積層霊子法陣の後ろに置かれた10メートル四方程の巨大な黒い正方形の物体を指差してそう告げる。
その筐体の表面には時折、深紅と瑠璃の光が走っては消えている。数列や文字列は明滅しながら表面に浮かび、内部へと沈んでいく。
魂を用いた情報の共有。相性のいい魂同士で時たま起こる現象ではあるが、基本的に双子でも魂は異なっているたて、全く同じ魂というものは人工的に創り出さない限り、存在していないはずなのである。
それが目の前に、存在していると言う。
「……管轄を犯してまで……あいつは何のためにこんな事を……」
「その問いにはお答えできかねます。わたくしにはその知識は与えられていません」
澱みなく答えるサリエ。
美夏も居ない者の事を追求するよりも、まず目の前の事を解決するとにする。
「分かりました、その辺の事は直接本人に聞きます。それよりも大事なの事があります」
「はい、何でございましょう」
美夏は改まり、サリエを真っ直ぐに見据えて問う。
「その身体の素体、私を基にしてますね?」
「はいその通りです。主がミカ様の身体のデータを基に創っていただきました。ですので少々ミカ様の雰囲気が残っているかと思われます」
美夏は自身の胸元とサリエの胸元を交互に見比べる。
「……何であいつは胸を減らしたんでしょうね」
美夏の軽い怒気を含んだ言葉に、サリエは意に返さず答える。
「主曰く、「無駄なものは削除した」そう――」
「無駄!?」
「あと、煩いので静――」
「煩い!?」
若干食い気味に反応する美夏。
「……あいつ、後でぶっとば……ん゙ん゙……何でもありません。あいつが帰ってきたら少し話し合いが必要ですね」
「主が戻りましたら、ミカ様より話し合いの要望があった旨お伝え致します」
無表情なサリエはスルー力を発揮しながら、美夏の要望を伝える事を約束する。
主の心配はしないようだ。
「取り合えず、いない奴の話をしても仕方がないですので。サリエさん、あいつは今何処にいるかご存知ですか?」
「申し訳ありません、わたくしも存じ上げません。此処暫く、戻られておりません、主の業務はわたくしが代行しております」
「そう……因みに、ウカ様は相変わらず居ないのですね?」
「……はい彼の方はいらっしゃいません。わたくしとしては、未だお会いした事すらございません」
美夏の問いに、サリエは一瞬躊躇うもウカの名を口にする事なく答える。
「そうですか。やはり戻られていませんか……あいつはウカ様を探しに行っているんでしょうね」
「その通りと思料されます……」
自身の主の行動に、少し寂しげな表情をするサリエ。
創られた人工の魂とは言え、肉体を持ち、思考する存在であれば、仕えるべき主人が居らず寂しくもあるのだろう。
そう感じ取った美夏は、ある種の共感を覚える。
「……サリエさん、お仕事の合間にお話をしませんか?私も話し相手が居なくて困っていた所なんです」
「わたくしで宜しければ。その役目、謹んでお受けいたします」
スッと綺麗なお辞儀をするサリエに、美夏は優しく語りかける。
「そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ。私は貴女の主人ではありませんから。もっと気楽に話してください」
「承知致し……、分かりました。これからそう致します」
「まだ堅い気がしますけど、私も人の事を言えないのでお互い気を遣わずに行きましょう」
美夏はサリエの事を部下というより、年下の友人となりたいと考えていた。
それだけ美夏も人恋しいくなっていたのだろう。また、サリエもこの世界に誕生してから、殆ど会話をすることなく過ごしてきた、新しい刺激に飢えていたのである。
嬉しそうに話をする美夏、それを物珍しく聴き手に回って相槌をうつサリエ。
暫くの間、2人の会話(美夏の一歩的な)が続いた。
◇◇◇
「――それでですね、星斗さんが研究室で――」
美夏の惚気話が続いていた。場所を美夏の部屋に移し、お茶とお菓子を摘みながら話が続く。
本来、食事を必要としない身体であるが、美夏の人間としての習慣と記憶が食事や睡眠を求めるのである。
サリエも同様であるが、やはり新たな刺激を求めて美夏の真似をしてみる。お茶やお菓子は美夏が記憶を頼りに霊子で再現したものである。擬似的なものとはいえ、高度な霊子術の無駄使いである。
「ミカは本当に星斗さんがお好きですね」
既に美夏の事を呼び捨てにしている辺り、相当に話を聴かされ、馴染んだのだろう。些か甘味の過食気味を訴えるサリエ。
「ええ、勿論。幾らでも話せます!」
そんなサリエの訴えを露程も感じ取る事なく答える美夏。
「とは言え、流石に私の話ばかりしてしまいましたね。そうだ!今度はサリエの話を聞かせてください!」
「……わたくしの、話ですか……」
美夏の要望に戸惑いを覚えるサリエ。それも仕方のないことである、この世界に誕生してからの月日が圧倒的に少なく、自分の事を話そうにも、何を話して良いのか分からないのである。
「何でもいいですよ。あいつの話しでもいいですし、仕事の話も聞いてみたいですね、あとは霊子術の話とかもいいですね!サリエが経験してきたことを話してください!」
「……わたくしが、経験したこと……」
「そうです。何だったら生まれた時からの話を聴かせてください」
基本的に素体が同じということで、2人は気が合うのだろう。お互いの話をしても何処となく共感するのだ。
「では、わたくしがこの世界に意識を持った時からのお話を。わたくしの身体がまだできる前の魂の状態の時に――」
淡々と、それでいて何処か嬉しそうに話しをしていくサリエ。それをまた楽しそうに聴く美夏。
2人の話はまだまだ尽きない。
◇◇◇
「――ですので、わたくしは魂の状態から霊子術の理論を学び、筐体にも基礎理論をインストールしていただいたのです」
「へぇ、あいつそんなことするんですね。意外な一面です」
「わたくしにとっては霊子術の師匠ですので。その後、積層霊子術の理論やそれを組み合わせた立体霊子法陣の理論を学ぶことないなりました」
「そう!あの積層霊子術!あれは精密で術式が美しいものでした。あれはサリエが作っているのですか?」
美夏の霊子術をかなり高度に修めている身である、その美夏が”美しい”と感じる積層霊子術の術式。興味がない訳がない。
霊子術とは、読んでその字の如く「霊子」を操る術である。
霊子を操るための術を定型化したものが「霊子術式」であり、単に「術式」と呼んだりする。
その術式を「層」を重ねる様にして連結していくのが「積層霊子術」であり、その術式は「積層霊子術式」となる。
積層霊子術式は、単に層の上下を連結するだけでなく、複数の層を跨いで連結したり、或いは複数の層を連動させたりする高度な術式になっている。
また「霊子法」とは、霊子術とは一線を画したものである。「術」は既存の法則に則り、霊子を扱いやすいように運用するためのものであるが「術」を越えてより深く、より原初の根源に近いところまで洗練し、昇華されたものが一種の「法則」となる。
それはこの世界に新たな「法則」を生み出す。それが「霊子法」である。
その「霊子法」を立体的に組み合わせていくのが「立体霊子法」となる。積層とは違い「重ねる」のではなく、前後左右上下をバラバラに組み合わせ、三次元的に組み上げるものなのだ。
その立体霊子法を魔法陣の様にして運用するのが「立体霊子法陣」なのである。
洗練された霊子術式は、それだけでも美しいものである。それらが折り重なり、組み上がった立体霊子法陣ともなれば、それはもはや夜空に散らばる銀河の様だ。無数の術式が煌めき、互いに干渉し合い、共鳴し合うそれらは、巨大な意思を持って1つの法陣という銀河を形成する。
「あれは凄いですね。あれを組み上げているのもサリエですか?」
「私は主が作った大枠に沿って組み上げているだけになります。凄いのは主です」
「でも、あれを理解して組み上げているんですから十分凄いですよ!あいつがそういう事が得意なのは知ってますが、こんなに良い助手がいるなんて知りませんでした」
サリエは謙遜するが、美夏は掛け値なしに賞賛する。
「私はそこまで内容を読み取らなかったのですが、あれはどういった術式なのですか?人の魂に関するものだいう事は分かるのですが……」
「あれはですね、人間に神罰を下す為の術式です」
「……えっ……」
サリエの何の事はない返事に、美夏は言葉に詰まる。
「人に、神罰……何のために……」
「主曰く「人間が彼の方を忘れ、裏切った罰」だそうです」
サリエの答えに未だ思考が追いつかない美夏。サリエは更に説明を続ける。
「人間の魂を改変して、肉体を霊子を生み出し続ける樹木へと変えることで、霊子が衰退したこの世界をあるべき姿に還す為の術式。それは彼の方を忘れ、のうのうと生きている人間達への罰だそうです」
「そんな……人は、罰受けるような存在では……」
サリエの言葉を否定しようにも上手く言葉が続かない美夏。
「主はわたくしに常々言っていました「彼の方が姿を隠されたのも人間が彼の方を忘れ、霊子を衰退させたかだ。衰退した世界と人間に失望し、この世界から姿を隠されたのだ」と。霊子が豊かに溢れる世界、裏切り者のいない世界、そんな世界を取り戻せば、彼の方も戻ってきてくださると仰られておりました」
サリエは淡々と自身が受けた説明を伝える。
「……サリエは……サリエはこの計画をどう思っているのですか……」
美夏の搾り出すような問い。あいつの考えは分かった。納得はできないが、理解はした。そんなものを、1人淡々と組み上げているサリエ自身はどう思っているのか、美夏は確認せずにはいられなかった。
「わたくしは、主から情報と命令に従っているだけです。わたくしは人間を知りません。ですので、わたくし自身は人間という存在に対して、どうとも思っておりません」
生まれてからの情報が偏ったサリエ、そして自らに与えられた使命を全うするだけの存在。そんなサリエの言葉に感情はこもらない。
「それでも、強いて言うならば……」
サリエが自身の考えを示さんと言葉を繋ぐ、美夏もハッと顔を上げてサリエを見据える。
「わたくしが観察した人間達の行動と記録を読み解く限り、そもそも世界にとって良い影響を与えているとは思えないです」
「――!!――」
美香にとってもそれは分かっていること、霊子云々やウカの話を抜きにしても、人間がこの世界に与えている影響は良いものとは言えない。
それでも美夏はサリエに語りかける。
「サリエの言う事はもっともです。私が見てきた人達は誰も愚かで、どうしようもなくて、この世界を滅さんとしている様に見えました……それでも!」
幾多の記録、そして今の記憶。それらの中に色褪せる事なく輝く、美しい人の輝きがある。
「私は見てきました。そんな世界で正しくあろうとする人達を、壊れていくこの星を何とか押し留めようする者達を。サリエ、貴女に新しい知識を授けます。私が愛してきた人達の記憶を、私の想いを伝えます。今の私なら"人としての記憶"を伝えられます」
「人としての、記憶……ミカ、貴女はまさか。人としての記憶をまだ保持しているのです?」
サリエは動揺していた。それもそうだろう、美夏の役割については多少なり知識は得ていた。
即ち、人間としてこの世界で過ごし、世界の観察を行う事が使命であると。
そうした使命を果たす為に、人間として過ごした「記憶」は美夏の活動に支障が出ない様に「記録」として切り離され、それらを第三者視点で観察していると。
だが、目の前の美夏は「記憶」があると言ってのけた、"何かが起きている"そうサリエも感じ取ったのだ。
「ミカ、貴女の身に何が起きているのですか?」
美夏は愛おしそうにお腹を摩りながら答える。
「今の私の中には、もう1人の魂が宿っているのです。そして私は、私達は、いつか家族の元に帰りたいのです」
サリエの瞳を真っ直ぐに見据え、美夏は宣言する。それは彼の方の使命を放棄すると言う事、その言葉を聞きサリエは衝撃を受ける。
「そんな事をして……許されるのでしょうか……」
主の命令を守ることが使命と信じていたサリエにとって、それは未知の領域。答えを出すことができない。
「……許されないかもしれません。ですが、私は、私の心に嘘をつきたくありません。それに……」
「それに?」
「これは私の勝手な予想ですけど。ウカ様はこの方が喜ぶと思うんです」
ある種の予感、美夏はそう感じていた。
あの部屋の様にコロコロと色を変える瞳の奥に潜む、心の深淵は見通すことができない。けれども悪戯っ子のように微笑むウカの顔を思い出し、そう思わざるを得なかった。
「だから、そう簡単に人を滅ぼされては困ってしまいます。それに、貴女は私の友達です。友達が人を滅ぼすところなんて、見たくありません」
「……ミカ……わたくしは……どうすれば……」
美夏の熱量に絆されるサリエ、しかし絶対的な使命がサリエを呪縛する。
そんなサリエに美夏は優しく微笑み、力強く宣言する。
「私がサリエに人の素晴らしさを教えて差し上げます!サリエが自分の意思で決められるように!」
「……分かりました、ご教授願えますか?」
「ふふ、堅いですよサリエ。私とサリエは友達ですよ、もっと気楽に。そして任せてください」
「ミカとわたくしは友達……任せていいの?」
「勿論!」
美夏の力強い言葉に、無表情だったサリエの表情が緩む、それは儚くも美しい笑顔であった。
「では、友達の言葉を信じてみます」
真っ白な世界に、また1つ美しい花が咲いた。
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神崎未緒里
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※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
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