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第1章 沈む世界
第9話 |殺意《ねがい》
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――グルルルルル――
唸り声を上げながら隙を伺う熊。
「さて、どうするか……あの霊子の弾を作るには集中しないと多分無理だろう……」
霊子の銃弾を意図して作る事は成功したが、それもまだ1回だけだ。相当な集中を要し、その間自身の体は無防備な状態を晒してしまうことになる。
2人を守りながら、いかに熊と戦うか。
思考を巡らす星斗の懐から、それまで大人しくしていた亜依が飛び出してくる。
「おい!危ないからまだ隠れてろ!」
ふるふると横に揺れて否定の意思を示す亜依。
「どうゆう事だよ、さっきまでは大人しくしてたのに……何かやりたいのか?」
縦に揺れて肯定の意思を示す。
「……まさか自分が囮になるとか言わないよな?」
星斗は恐る恐る亜依に問いかける。小学校での亜依の行動を考えると、大いにあり得ることだ。
縦に大きく揺れて肯定の意思を示す。
まるで任せろと言わんばかりのやる気を見せ、そのまま熊の方へと飛び出していく亜依。
「――ちょっ!待て!――」
止める間もなく飛び出す亜依、まるで小さい頃の伊緒と真理を見ている様だった。
「まったく!うちの奴らはなんで皆んなこうだ」
独りごちる星斗は改めて考える。
(でも、この隙にやるしかないな。一気にかたを付ける、頼むぞ亜依)
飛び出した亜依は考える、どうすれば時間が稼げるかと。
初めて見る熊。どんな動きをするかも分からない。熊に関する知識はある、だがそれらが通用するような相手なのか。いや、恐らく通じないだろう、基本原理は野生の熊なのだろうが、あのルフが何か仕掛けたのだからそう簡単にはにはいかないだろう。と
熊の鼻先まで飛び出し、目の前をフラフラと飛んでみる。いくらルフに何かされたとしても、基本は野生動物である。
目の前にちょろちょろと飛び回られれば、気が逸れるだろう。
案の定、熊は鬱陶しそうに前脚を振り回して亜依を振り払おうとする。
その腕は、霊子を纏って翠色に輝いている。美しい光だが、凶悪な爪と太く強靭な腕の膂力を考えれば、死の光に見えてくる。
「あんな目の前までいって……いや、接近戦するなら張り付いてる方がましか。あの小ささと身軽さなら顔先を上手く離れなければ暫く時間が稼げるか……頼むぞ、亜依」
足元に横たわる亜衣と、覆い被さる様に抱きしめて娘を守る母親。星斗は屈んで母親に声を掛ける。
「もう少し、頑張れますか?あの熊は私達2人が何とかします。それまでの辛抱です」
「……はい……でも……もう……亜衣が……」
母親が弱々しく答える、もう母親は立ち上がり動く事も叶わないだろう。
亜衣は薄らと目を開け母親を見ている、やっとの思いで片手を上げ母親の背中をポンポンと叩く。
猶予が無いのは分かっていた、覚悟はしていた筈だが、目の前で守れなかった命が消えようとしている。娘と同じ名の少女。否が応でも生まれてこられなかった次女を想起させる。
自身が嘘をついて励ましているのは分かっている。それでも、親子にとって今ここにある希望の光は自分達だけなのだ。
そう自分に言い聞かせて、星斗は親子に答える。
「私の娘もね、亜依って言うんですよ。だからね、私達が守りますよ。それまで亜衣さん、守ってあげてください」
上げることすら辛いであろう顔を上げ、星斗を見上げる母親。
「……ありがとう……ございます……お願いします」
「…………」
同じ親として子供を守ろうとする星斗に、自分達の命を託す。今この状態でそれを言ってくれる事に、もう助かる術は無いのだと分かっているのに、それでもなお希望の光であろうするその姿に自然と頭が下がる。
亜衣も言葉を発する事もなく小さく頷く。
亜衣の見つめる先に、熊の前で飛び回る少女が見える。
自分よりも小さな少女が必死に熊の気を引いている。
こちらの視線に気が付いたのか、にこりと笑い、手を振る。
(あぶない……)
心の中でそう呟き、少女に注意を促す。
少女はスルリと熊の前脚を躱し、熊を誘導する。
(ありがとう……がんばって……)
亜衣は薄れゆく意識の中で、見ず知らずの少女の奮闘を応援する。その姿はまるで他人とは思えず、初対面のはずなのに何故か仲良くなれそうだと感じる。
星斗は2人の前に覚悟を決めて立つ。そして先程とは違い完全に目を閉じることなく、半眼の状態で集中し出す。
(――熊を倒して2人を守る。俺と亜依で2人を守る!)
己の内へ内へと沈み込もうとしたその時。
――バキッ――
巨大な破砕音と共に林の木立が半ばからメキメキと音を立てて折れていく。
思わず目を開け、集中を解いてしまう星斗。
「亜依!」
立ち上がり木立を粉砕する熊。更にもう一振り、何かを振り払う様に前脚を振り下ろす。新たな木立が折れ、音を立てながら折り重なっていく。
その影にチラリと光る翠の光。
「……無事か……」
ほっと胸を撫で下ろす星斗。
亜依は熊の顔先を飛び回り、上手く攻撃を躱ながら星斗達とは反対方向へ誘導しようとしていた。
「亜依が頑張っている今のうちに――」
再びの集中。
己の身体の中に流れる霊子を知覚する。
一度体験した事で、先程よりもスムーズに流れを感じることができる。
左手に霊子を集めるように感覚を集中し、体外からも霊子を取り込んでいく。
しかし、先程よりもゆっくりとしたペースで霊子が流れていく、どちらかと言えば霊子の量が足りていないため、身体からかき集めているような感触だ。
(これは……時間がかかりそうだな……いくら外から取り込んでも有限なのか?)
霊子が結実しだした所で、熊を倒すという想いを強く念じる。
心の底から親子を守るために熊を倒したいと願う。じわりじわりと身体から真紅の光が湧き出し、左手に集めていく。
光の渦の中に混ざり込み、1発の銃弾となって顕現する。
若干翠色が混じった真紅の銃弾が完成していた。想いの強さ、心の奥底からの衝動や願いの方がより純粋な力となるのだろう。混じり気は、星斗の心の迷いや葛藤の象徴として現れる。
(あの巨体……1発で仕留め切れるのか……何発か作れればいいが……いけるのか?……もう1発、やってみるか……)
集中し、もう1発銃弾の生成を開始する。
身体の中を流れる霊子の量が目に見えて減っているのが分かる、明らかに光度が落ちた星々の煌めきはまるで都会の夜空の如くである。
(これは……キツイか?……)
時間的猶予はあまり無い。だが星斗は熊を倒すためには1発の銃弾では足りないと思ってしまっている。その直感は星斗自身の想いであり、銃弾生成に大きく影響し、銃弾の威力にも影響を与える。
本日5発目の銃弾の生成。今までで一番時間を要し、身体の内から、外から霊子をかき集めてくる。
乾いた雑巾を絞るように、霞を集めて飲み水を作るように。呼吸を意識し、効率的に周囲から霊子を取り込む。漂う霊子1粒1粒を意識し、こちらに寄せるように意識する。
星斗の身体の周りに霊子が集まり出す。空気中、土中、林の木々、周囲の知覚できる霊子をかき集めるイメージ。管理者の女に肉体の治癒をしてもらい、身体の中の霊子が戻った状態でこれだけ時間がかかるのだ。1日にそう何発も作り出す事は難しいのだろう。
漸く銃弾の形になり、真紅の想いを込めていく。雑念が入ったのか、少し斑らな弾丸の銃弾が完成した。
「――スゥゥゥゥ――ハァァァァァ――」
大きく息を吸って吐き出す、身体から霊子が抜けて自身の身体の重さを感じる。つい今朝までそんな事は思わなかった筈だが、霊子を取り込むようになってから身体は丈夫になり、身体能力も向上していたのだろう。元に戻っただけと言うのが正解だろうか。まるで宇宙から帰ってきた宇宙飛行士のようだ。
重い腕を上げ、掌の上の2発の銃弾を見る。
「よし、これでいける筈」
目の前には薙ぎ倒された木々が折り重なり、亜依が必死に囮となって熊を引き離してくれている。
拳銃の弾倉を開き、2発の銃弾を込める。
「あとは当てるだけだけど……」
林の中を暴れ回る熊にどうやって当てるか、そう思案する間に熊が痺れを切らす。
――グオオオォォォォ――
苛立ちの籠った咆哮。4足歩行で走り出す熊。体当たりで木々を薙ぎ倒しながら亜依に迫る。亜依も突然変わった熊の行動に驚き、一直線に逃げ始める。
それでも星斗達から離れるように囮となる事は忘れていない。しかし。
「そんな逃げ方じゃ捕まるぞ!」
恐ろしいほどの速度で走る熊、そもそも野生の熊は最後時速40~60キロメートル程の速度が出せる動物である。それが巨大化し身体が大幅に強化されたとなると、最早暴走するダンプと変わらない。
亜依も上空へ逃げることもできる筈だが、健気に囮になっている。このままでは捕まっていまう。
「亜依!こっちだ!」
亜依に気が付いて貰えるように、亜依と熊を左手に見ながら脇に逸れて走り出す星斗。亜依も星斗の叫び声に気が付き反応する。
親子と離れながら林の中を駆けて行くが、まだまだ身体に霊子が戻らない為か、ひどく遅く感じる。
「元の身体、こんなに遅いのか!」
あまり親子から距離を稼げないが亜依は熊を引き連れてこちらに向かってくる。
「狙うっきゃないよな!」
親子が熊の進行方向に被らないように逸らしながら、星斗は拳銃を構える。
亜依を捉えんと暴走する熊がこちらに気が付き、人間を見て本能が思い起こされたのか、眼を爛々と輝かせ襲いかかってくる。
「亜依!避けろ!」
星斗の言葉に上空へ飛び上がる亜依。
射線に誰もいなくなったことを確認して迫り来る熊を照星照門越しに見据える。
(外す訳にはいかない……ギリギリまで引き付けて撃つ……)
用心金の中に指を入れ、激鉄を起こしてよく狙う。
(あの巨体……ここなら外さない!)
必殺の弾丸を放とうと示指に力を込める。
――撃てる――
そう思った瞬間、熊が視界から消えた。
「――えっ――」
間の抜けた声が漏れる。
――メキメキメキメキ――
木立の軋む音が林の中に轟く。熊と対峙していた方向の真横から聴こえる樹木の悲鳴。顔だけ素早くそちらの方向に向けると、林の中の一層大きな樹の中程に熊が張り付いている、幹が大きくしなり、悲鳴と共にバキバキと破断していく。
熊は真っ直ぐに星斗を見据え、樹のしなりを利用して射抜かんとする、矢の如くこちらを狙っている。
凶悪な後ろ足の脚力をもって巨体が撃ち出される。
熊とは思えない動きに星斗の思考が置いていかれる。
(――横に――躱せない――前に!)
直感的に真横に避けても熊の巨体に巻き込まれてしまうと悟り、身を屈めて前に転がりながら躱す。
直後、真後ろに着弾する熊。鈍い轟音と共に土煙が舞い上がり、土や石が霰の様に降り注ぐ。
足場にされた巨木がメキメキと音を立てて倒れ、折れた枝葉が舞い散る。
前回り受け身の状態から更にゴロゴロと横向きに転がり、漸く止まる。素早く身体を起こして拳銃を構え、土煙の中を見据える。
濛々と立ち込める土煙が漸く晴れていき、薄らと熊の輪郭が見えてくる。
確実に仕留めるために急所を狙おうとタイミングを見計らう星斗。
――ドンッ――
地を蹴る音。風が舞起こり、土煙が渦巻く。
目の前の熊の輪郭が無くなり、巨大な影が星斗の上に迫る。
「――お前本当に熊かよ!」
巨体に似つかわしくない俊敏さ、熊とは思えないこちらを翻弄する動きに人間の様な悪意を感じる。
慌てて銃口を上空に向け、襲いかかる熊に向けて発砲する。
――ドンッ!!――
重たい発砲音と共に真紅に翠の混ざった弾丸が飛び出す。
弾丸は真っ直ぐに熊の巨体目掛けて空を切り裂く。
咄嗟のことで大して狙えなかったがこの巨体であり、胴体の何れかには命中するだろう。
吸い込まれるように熊の上半身に滑り込んで行く弾丸。
熊の鋼の体毛をすり抜け、分厚い鉄板の様な皮膚を貫き、筋肉を食い破る。
体内で止まった弾丸はその運動エネルギーを放出すると共に、真紅の死を撒き散らす。
――グァァァォァォォォォォ――
身体の内から食い破ろうと暴れ回る死。
肉体を、霊子を、ズタズタに引き裂きながら身体中を駆け巡る。
ルフのように霊子を強力に操り、抵抗できれば、身体の一部が死にゆくだけで済むのだが、熊はそこまでの技量を持ち合わせてはいない。
星斗に襲いかかる余裕も無くなり、飛び上がったまま地面に叩きつけられる熊。
星斗も避ける余裕は無く、本日2回目の対動物の人身事故である。
巨大な質量に轢かれ、普通なら即死する様な衝撃を身体に受ける。それでもまともに受け止めては不味い直感し、左手で体捌きながら身体を回転させて衝撃を去なす。
「――痛ってえ……何とか生きてるか……」
吹っ飛ばされ地面に打ち付けられながらも自身の無事を確認する、今日は地面に転がってばかりだと思いながら熊の様子を伺う。
――グォォォォ――
迫り来る”死”から逃れようと暴れ回る熊。
その巨体故、1発の弾丸に込められた死だけではすぐさま殺し切ることができない。
ましてや、雑念の混じった弾丸では。
のた打ち回る熊は、明滅する瞳に自身の死神を映す。
生態系の頂点に君臨する捕食者が、初めて遭遇した死を齎すもの。
謎の男に胸を貫かれた時ですら感じなかった恐怖。あの男とは根本的に違う。目に映る男は明確な殺意を持って、今まさに自身の命に手を掛けている。
――逃げなければ――
謎の男に与えられた力と人間を憎めという使命。その使命に従えと身体の中の何かが訴えてくるが、圧倒的な死を回避しようとする本能がそれに打ち勝つ。
もたつく脚を無理矢理に立たせ、その場を立ち去ろうと足掻く。脚がもつれ、漸く立ちあがろうとする星斗を吹き飛ばす。
「ぐっは!」
再度巨体に轢かれて弾き飛ばされ、木に激突する。
肺の空気が抜け、朦朧とする。必死に駆け出して行く熊の背中を見ながら、もう1発の銃弾を撃ち込むことを決意する。
そこではたと気が付く。奇しくも熊が星斗から逃げる為に駆け出した先には、親子が倒れていることを。
「……おい!……そっち行くな!」
いまだ苦しい呼吸の中、声を振り絞るが、熊に聞こえる筈もなく星斗の声が虚しく響くだけであった。
立ち上がれず藻掻く星斗の横を亜依が飛んで行く。
「ちょっ!お前何するつもりだ!」
亜依が熊に追いつき、その鼻先を飛び回る。先程までこれで熊の気を引けたのだが、恐慌状態の熊には亜依の存在が認識されていないようだ。
暴走する熊が親子を目掛けて走る。
もう立ち上がる事も叶わない母親が、迫り来る熊から亜衣を庇って覆い被さる。亜衣もやっとの思いで母親の背中にその小さな手を回す。
熊の前に立ちはだかる亜依、亜衣の目からは小さくも頼もしい勇者の姿が見える、だがそれは蛮勇である。
(そんなことしたら……)
亜衣の心の声は届かない。
軋む身体に鞭打ち、立ち上がる星斗。
顔を上げた先に居るはずの熊が遠く離れて行くのが見えた。
拳銃を構え、震える手で熊を狙うが、照星と照門が合わない。
視界に霞がかかり、視界がボヤける。ボヤけた視界の先で亜依の光が飛び回っているのが見える、その光が突然消えた。
「亜依!」
亜依は親子を守ろうと必死に熊の目の前を飛び回るが、なかなか熊の気を引くことはできない。より強く熊にアピールしようと近付き、目や鼻を掠めてみる。
流石に熊も目や鼻先を刺激されては鬱陶しかったのか、蠅でも払うかのように亜依を叩き落とす。
亜衣のすぐ横に尻餅をつく亜依。痛そうにお尻を摩っている。
亜衣と目が合い、ニコリと微笑む。
――大丈夫だよ――
声は聞こえない、けれどもそう言っている様であった。
力の入らない手で、母親の背中をギュッと抱きしめる。
亜依を叩き落とした熊は、一瞬冷静さを取り戻す。
――グルルルルル――
目の前に倒れる2人の人間、強烈な使命が熊の本能を押し退けて顔を出す。
――人間を憎め、殺せ――
再び熊の頭の中は人間に対する憎悪で染まる。目の前の人間に恨みがある訳ではない、人間に何かやられた訳でもない、それでも頭の中で男が囁く。
――憎め、憎悪しろ、殺せ、人間を殺せ――
男が何をそこまでさせるのか、熊には分からない。だが抗えない使命として、熊はその使命を受認してしまう。
――ガァァァァァァァァ――
大きく立ち上がり親子を威嚇する。右脚を振り上げ、霊子を爪先に集中して必殺の一撃を振り下ろす。
「させるかぁぁぁぁ!!!!!」
熊が立ち上がった事により、的が大きくなる。覚束無い右腕を左手で支える、後は勘で撃つしかない。
「当たれこのヤロー!!」
せめてもとシングルアクションにするため撃鉄を起こし、力み過ぎないように引き金を引く、多少ガク引きになっても大丈夫なように熊の首筋下辺りを狙う。
SAKURAの銃身から押し出された弾丸が飛び出す。先程よりも紅い弾丸は狙いよりも下に逸れながら空を切り裂く。
弾丸は熊の脊柱に激突する。熊の鋼鉄の様な脊柱を砕き、破片が散弾の弾になって熊な内臓を食い破っていく。真紅の弾丸は心臓へと滑り込み”死”を解放する。物理的な死と霊子的な死が織り重なって熊の体内を駆け巡る。真紅の死は弾丸から解放され、熊の細胞1つ1つに死を齎す。そして死脳へを達する。
熊の意識が消えていく。
森の主として山々を駆け、獲物を狩った王者の矜持が消えていく。
野生動物としての本能も消え、最後に残るのは強烈な使命だけ。
消えゆく命の間際、熊は最後力を振り絞り、使命を果たさんと親子に向けてその前脚を振り下ろす。
致命の一撃は僅かな霊子を纏って降り注ぐ。
――させない――
亜依が親子を庇う様に再度立ちはだかる。
両手を広げて2人を庇うその姿は、蛮勇なれど亜衣にとっては紛れもない勇者であった。意地悪な男の子から庇ってくる友達の様な、優しくカッコいい存在。
一緒に遊んでみたかった、お喋りしてみたかった、叶わないと分かってしまったが、溢れる感情は涙となって頬を伝う。
圧倒的な質量の前に亜依の霊子の身体は千切れて吹き飛ばされる。
飛散する霊子の粒。
無情にも熊の爪は親子を貫く。
「やめろ――――!!!」
唸り声を上げながら隙を伺う熊。
「さて、どうするか……あの霊子の弾を作るには集中しないと多分無理だろう……」
霊子の銃弾を意図して作る事は成功したが、それもまだ1回だけだ。相当な集中を要し、その間自身の体は無防備な状態を晒してしまうことになる。
2人を守りながら、いかに熊と戦うか。
思考を巡らす星斗の懐から、それまで大人しくしていた亜依が飛び出してくる。
「おい!危ないからまだ隠れてろ!」
ふるふると横に揺れて否定の意思を示す亜依。
「どうゆう事だよ、さっきまでは大人しくしてたのに……何かやりたいのか?」
縦に揺れて肯定の意思を示す。
「……まさか自分が囮になるとか言わないよな?」
星斗は恐る恐る亜依に問いかける。小学校での亜依の行動を考えると、大いにあり得ることだ。
縦に大きく揺れて肯定の意思を示す。
まるで任せろと言わんばかりのやる気を見せ、そのまま熊の方へと飛び出していく亜依。
「――ちょっ!待て!――」
止める間もなく飛び出す亜依、まるで小さい頃の伊緒と真理を見ている様だった。
「まったく!うちの奴らはなんで皆んなこうだ」
独りごちる星斗は改めて考える。
(でも、この隙にやるしかないな。一気にかたを付ける、頼むぞ亜依)
飛び出した亜依は考える、どうすれば時間が稼げるかと。
初めて見る熊。どんな動きをするかも分からない。熊に関する知識はある、だがそれらが通用するような相手なのか。いや、恐らく通じないだろう、基本原理は野生の熊なのだろうが、あのルフが何か仕掛けたのだからそう簡単にはにはいかないだろう。と
熊の鼻先まで飛び出し、目の前をフラフラと飛んでみる。いくらルフに何かされたとしても、基本は野生動物である。
目の前にちょろちょろと飛び回られれば、気が逸れるだろう。
案の定、熊は鬱陶しそうに前脚を振り回して亜依を振り払おうとする。
その腕は、霊子を纏って翠色に輝いている。美しい光だが、凶悪な爪と太く強靭な腕の膂力を考えれば、死の光に見えてくる。
「あんな目の前までいって……いや、接近戦するなら張り付いてる方がましか。あの小ささと身軽さなら顔先を上手く離れなければ暫く時間が稼げるか……頼むぞ、亜依」
足元に横たわる亜衣と、覆い被さる様に抱きしめて娘を守る母親。星斗は屈んで母親に声を掛ける。
「もう少し、頑張れますか?あの熊は私達2人が何とかします。それまでの辛抱です」
「……はい……でも……もう……亜衣が……」
母親が弱々しく答える、もう母親は立ち上がり動く事も叶わないだろう。
亜衣は薄らと目を開け母親を見ている、やっとの思いで片手を上げ母親の背中をポンポンと叩く。
猶予が無いのは分かっていた、覚悟はしていた筈だが、目の前で守れなかった命が消えようとしている。娘と同じ名の少女。否が応でも生まれてこられなかった次女を想起させる。
自身が嘘をついて励ましているのは分かっている。それでも、親子にとって今ここにある希望の光は自分達だけなのだ。
そう自分に言い聞かせて、星斗は親子に答える。
「私の娘もね、亜依って言うんですよ。だからね、私達が守りますよ。それまで亜衣さん、守ってあげてください」
上げることすら辛いであろう顔を上げ、星斗を見上げる母親。
「……ありがとう……ございます……お願いします」
「…………」
同じ親として子供を守ろうとする星斗に、自分達の命を託す。今この状態でそれを言ってくれる事に、もう助かる術は無いのだと分かっているのに、それでもなお希望の光であろうするその姿に自然と頭が下がる。
亜衣も言葉を発する事もなく小さく頷く。
亜衣の見つめる先に、熊の前で飛び回る少女が見える。
自分よりも小さな少女が必死に熊の気を引いている。
こちらの視線に気が付いたのか、にこりと笑い、手を振る。
(あぶない……)
心の中でそう呟き、少女に注意を促す。
少女はスルリと熊の前脚を躱し、熊を誘導する。
(ありがとう……がんばって……)
亜衣は薄れゆく意識の中で、見ず知らずの少女の奮闘を応援する。その姿はまるで他人とは思えず、初対面のはずなのに何故か仲良くなれそうだと感じる。
星斗は2人の前に覚悟を決めて立つ。そして先程とは違い完全に目を閉じることなく、半眼の状態で集中し出す。
(――熊を倒して2人を守る。俺と亜依で2人を守る!)
己の内へ内へと沈み込もうとしたその時。
――バキッ――
巨大な破砕音と共に林の木立が半ばからメキメキと音を立てて折れていく。
思わず目を開け、集中を解いてしまう星斗。
「亜依!」
立ち上がり木立を粉砕する熊。更にもう一振り、何かを振り払う様に前脚を振り下ろす。新たな木立が折れ、音を立てながら折り重なっていく。
その影にチラリと光る翠の光。
「……無事か……」
ほっと胸を撫で下ろす星斗。
亜依は熊の顔先を飛び回り、上手く攻撃を躱ながら星斗達とは反対方向へ誘導しようとしていた。
「亜依が頑張っている今のうちに――」
再びの集中。
己の身体の中に流れる霊子を知覚する。
一度体験した事で、先程よりもスムーズに流れを感じることができる。
左手に霊子を集めるように感覚を集中し、体外からも霊子を取り込んでいく。
しかし、先程よりもゆっくりとしたペースで霊子が流れていく、どちらかと言えば霊子の量が足りていないため、身体からかき集めているような感触だ。
(これは……時間がかかりそうだな……いくら外から取り込んでも有限なのか?)
霊子が結実しだした所で、熊を倒すという想いを強く念じる。
心の底から親子を守るために熊を倒したいと願う。じわりじわりと身体から真紅の光が湧き出し、左手に集めていく。
光の渦の中に混ざり込み、1発の銃弾となって顕現する。
若干翠色が混じった真紅の銃弾が完成していた。想いの強さ、心の奥底からの衝動や願いの方がより純粋な力となるのだろう。混じり気は、星斗の心の迷いや葛藤の象徴として現れる。
(あの巨体……1発で仕留め切れるのか……何発か作れればいいが……いけるのか?……もう1発、やってみるか……)
集中し、もう1発銃弾の生成を開始する。
身体の中を流れる霊子の量が目に見えて減っているのが分かる、明らかに光度が落ちた星々の煌めきはまるで都会の夜空の如くである。
(これは……キツイか?……)
時間的猶予はあまり無い。だが星斗は熊を倒すためには1発の銃弾では足りないと思ってしまっている。その直感は星斗自身の想いであり、銃弾生成に大きく影響し、銃弾の威力にも影響を与える。
本日5発目の銃弾の生成。今までで一番時間を要し、身体の内から、外から霊子をかき集めてくる。
乾いた雑巾を絞るように、霞を集めて飲み水を作るように。呼吸を意識し、効率的に周囲から霊子を取り込む。漂う霊子1粒1粒を意識し、こちらに寄せるように意識する。
星斗の身体の周りに霊子が集まり出す。空気中、土中、林の木々、周囲の知覚できる霊子をかき集めるイメージ。管理者の女に肉体の治癒をしてもらい、身体の中の霊子が戻った状態でこれだけ時間がかかるのだ。1日にそう何発も作り出す事は難しいのだろう。
漸く銃弾の形になり、真紅の想いを込めていく。雑念が入ったのか、少し斑らな弾丸の銃弾が完成した。
「――スゥゥゥゥ――ハァァァァァ――」
大きく息を吸って吐き出す、身体から霊子が抜けて自身の身体の重さを感じる。つい今朝までそんな事は思わなかった筈だが、霊子を取り込むようになってから身体は丈夫になり、身体能力も向上していたのだろう。元に戻っただけと言うのが正解だろうか。まるで宇宙から帰ってきた宇宙飛行士のようだ。
重い腕を上げ、掌の上の2発の銃弾を見る。
「よし、これでいける筈」
目の前には薙ぎ倒された木々が折り重なり、亜依が必死に囮となって熊を引き離してくれている。
拳銃の弾倉を開き、2発の銃弾を込める。
「あとは当てるだけだけど……」
林の中を暴れ回る熊にどうやって当てるか、そう思案する間に熊が痺れを切らす。
――グオオオォォォォ――
苛立ちの籠った咆哮。4足歩行で走り出す熊。体当たりで木々を薙ぎ倒しながら亜依に迫る。亜依も突然変わった熊の行動に驚き、一直線に逃げ始める。
それでも星斗達から離れるように囮となる事は忘れていない。しかし。
「そんな逃げ方じゃ捕まるぞ!」
恐ろしいほどの速度で走る熊、そもそも野生の熊は最後時速40~60キロメートル程の速度が出せる動物である。それが巨大化し身体が大幅に強化されたとなると、最早暴走するダンプと変わらない。
亜依も上空へ逃げることもできる筈だが、健気に囮になっている。このままでは捕まっていまう。
「亜依!こっちだ!」
亜依に気が付いて貰えるように、亜依と熊を左手に見ながら脇に逸れて走り出す星斗。亜依も星斗の叫び声に気が付き反応する。
親子と離れながら林の中を駆けて行くが、まだまだ身体に霊子が戻らない為か、ひどく遅く感じる。
「元の身体、こんなに遅いのか!」
あまり親子から距離を稼げないが亜依は熊を引き連れてこちらに向かってくる。
「狙うっきゃないよな!」
親子が熊の進行方向に被らないように逸らしながら、星斗は拳銃を構える。
亜依を捉えんと暴走する熊がこちらに気が付き、人間を見て本能が思い起こされたのか、眼を爛々と輝かせ襲いかかってくる。
「亜依!避けろ!」
星斗の言葉に上空へ飛び上がる亜依。
射線に誰もいなくなったことを確認して迫り来る熊を照星照門越しに見据える。
(外す訳にはいかない……ギリギリまで引き付けて撃つ……)
用心金の中に指を入れ、激鉄を起こしてよく狙う。
(あの巨体……ここなら外さない!)
必殺の弾丸を放とうと示指に力を込める。
――撃てる――
そう思った瞬間、熊が視界から消えた。
「――えっ――」
間の抜けた声が漏れる。
――メキメキメキメキ――
木立の軋む音が林の中に轟く。熊と対峙していた方向の真横から聴こえる樹木の悲鳴。顔だけ素早くそちらの方向に向けると、林の中の一層大きな樹の中程に熊が張り付いている、幹が大きくしなり、悲鳴と共にバキバキと破断していく。
熊は真っ直ぐに星斗を見据え、樹のしなりを利用して射抜かんとする、矢の如くこちらを狙っている。
凶悪な後ろ足の脚力をもって巨体が撃ち出される。
熊とは思えない動きに星斗の思考が置いていかれる。
(――横に――躱せない――前に!)
直感的に真横に避けても熊の巨体に巻き込まれてしまうと悟り、身を屈めて前に転がりながら躱す。
直後、真後ろに着弾する熊。鈍い轟音と共に土煙が舞い上がり、土や石が霰の様に降り注ぐ。
足場にされた巨木がメキメキと音を立てて倒れ、折れた枝葉が舞い散る。
前回り受け身の状態から更にゴロゴロと横向きに転がり、漸く止まる。素早く身体を起こして拳銃を構え、土煙の中を見据える。
濛々と立ち込める土煙が漸く晴れていき、薄らと熊の輪郭が見えてくる。
確実に仕留めるために急所を狙おうとタイミングを見計らう星斗。
――ドンッ――
地を蹴る音。風が舞起こり、土煙が渦巻く。
目の前の熊の輪郭が無くなり、巨大な影が星斗の上に迫る。
「――お前本当に熊かよ!」
巨体に似つかわしくない俊敏さ、熊とは思えないこちらを翻弄する動きに人間の様な悪意を感じる。
慌てて銃口を上空に向け、襲いかかる熊に向けて発砲する。
――ドンッ!!――
重たい発砲音と共に真紅に翠の混ざった弾丸が飛び出す。
弾丸は真っ直ぐに熊の巨体目掛けて空を切り裂く。
咄嗟のことで大して狙えなかったがこの巨体であり、胴体の何れかには命中するだろう。
吸い込まれるように熊の上半身に滑り込んで行く弾丸。
熊の鋼の体毛をすり抜け、分厚い鉄板の様な皮膚を貫き、筋肉を食い破る。
体内で止まった弾丸はその運動エネルギーを放出すると共に、真紅の死を撒き散らす。
――グァァァォァォォォォォ――
身体の内から食い破ろうと暴れ回る死。
肉体を、霊子を、ズタズタに引き裂きながら身体中を駆け巡る。
ルフのように霊子を強力に操り、抵抗できれば、身体の一部が死にゆくだけで済むのだが、熊はそこまでの技量を持ち合わせてはいない。
星斗に襲いかかる余裕も無くなり、飛び上がったまま地面に叩きつけられる熊。
星斗も避ける余裕は無く、本日2回目の対動物の人身事故である。
巨大な質量に轢かれ、普通なら即死する様な衝撃を身体に受ける。それでもまともに受け止めては不味い直感し、左手で体捌きながら身体を回転させて衝撃を去なす。
「――痛ってえ……何とか生きてるか……」
吹っ飛ばされ地面に打ち付けられながらも自身の無事を確認する、今日は地面に転がってばかりだと思いながら熊の様子を伺う。
――グォォォォ――
迫り来る”死”から逃れようと暴れ回る熊。
その巨体故、1発の弾丸に込められた死だけではすぐさま殺し切ることができない。
ましてや、雑念の混じった弾丸では。
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――逃げなければ――
謎の男に与えられた力と人間を憎めという使命。その使命に従えと身体の中の何かが訴えてくるが、圧倒的な死を回避しようとする本能がそれに打ち勝つ。
もたつく脚を無理矢理に立たせ、その場を立ち去ろうと足掻く。脚がもつれ、漸く立ちあがろうとする星斗を吹き飛ばす。
「ぐっは!」
再度巨体に轢かれて弾き飛ばされ、木に激突する。
肺の空気が抜け、朦朧とする。必死に駆け出して行く熊の背中を見ながら、もう1発の銃弾を撃ち込むことを決意する。
そこではたと気が付く。奇しくも熊が星斗から逃げる為に駆け出した先には、親子が倒れていることを。
「……おい!……そっち行くな!」
いまだ苦しい呼吸の中、声を振り絞るが、熊に聞こえる筈もなく星斗の声が虚しく響くだけであった。
立ち上がれず藻掻く星斗の横を亜依が飛んで行く。
「ちょっ!お前何するつもりだ!」
亜依が熊に追いつき、その鼻先を飛び回る。先程までこれで熊の気を引けたのだが、恐慌状態の熊には亜依の存在が認識されていないようだ。
暴走する熊が親子を目掛けて走る。
もう立ち上がる事も叶わない母親が、迫り来る熊から亜衣を庇って覆い被さる。亜衣もやっとの思いで母親の背中にその小さな手を回す。
熊の前に立ちはだかる亜依、亜衣の目からは小さくも頼もしい勇者の姿が見える、だがそれは蛮勇である。
(そんなことしたら……)
亜衣の心の声は届かない。
軋む身体に鞭打ち、立ち上がる星斗。
顔を上げた先に居るはずの熊が遠く離れて行くのが見えた。
拳銃を構え、震える手で熊を狙うが、照星と照門が合わない。
視界に霞がかかり、視界がボヤける。ボヤけた視界の先で亜依の光が飛び回っているのが見える、その光が突然消えた。
「亜依!」
亜依は親子を守ろうと必死に熊の目の前を飛び回るが、なかなか熊の気を引くことはできない。より強く熊にアピールしようと近付き、目や鼻を掠めてみる。
流石に熊も目や鼻先を刺激されては鬱陶しかったのか、蠅でも払うかのように亜依を叩き落とす。
亜衣のすぐ横に尻餅をつく亜依。痛そうにお尻を摩っている。
亜衣と目が合い、ニコリと微笑む。
――大丈夫だよ――
声は聞こえない、けれどもそう言っている様であった。
力の入らない手で、母親の背中をギュッと抱きしめる。
亜依を叩き落とした熊は、一瞬冷静さを取り戻す。
――グルルルルル――
目の前に倒れる2人の人間、強烈な使命が熊の本能を押し退けて顔を出す。
――人間を憎め、殺せ――
再び熊の頭の中は人間に対する憎悪で染まる。目の前の人間に恨みがある訳ではない、人間に何かやられた訳でもない、それでも頭の中で男が囁く。
――憎め、憎悪しろ、殺せ、人間を殺せ――
男が何をそこまでさせるのか、熊には分からない。だが抗えない使命として、熊はその使命を受認してしまう。
――ガァァァァァァァァ――
大きく立ち上がり親子を威嚇する。右脚を振り上げ、霊子を爪先に集中して必殺の一撃を振り下ろす。
「させるかぁぁぁぁ!!!!!」
熊が立ち上がった事により、的が大きくなる。覚束無い右腕を左手で支える、後は勘で撃つしかない。
「当たれこのヤロー!!」
せめてもとシングルアクションにするため撃鉄を起こし、力み過ぎないように引き金を引く、多少ガク引きになっても大丈夫なように熊の首筋下辺りを狙う。
SAKURAの銃身から押し出された弾丸が飛び出す。先程よりも紅い弾丸は狙いよりも下に逸れながら空を切り裂く。
弾丸は熊の脊柱に激突する。熊の鋼鉄の様な脊柱を砕き、破片が散弾の弾になって熊な内臓を食い破っていく。真紅の弾丸は心臓へと滑り込み”死”を解放する。物理的な死と霊子的な死が織り重なって熊の体内を駆け巡る。真紅の死は弾丸から解放され、熊の細胞1つ1つに死を齎す。そして死脳へを達する。
熊の意識が消えていく。
森の主として山々を駆け、獲物を狩った王者の矜持が消えていく。
野生動物としての本能も消え、最後に残るのは強烈な使命だけ。
消えゆく命の間際、熊は最後力を振り絞り、使命を果たさんと親子に向けてその前脚を振り下ろす。
致命の一撃は僅かな霊子を纏って降り注ぐ。
――させない――
亜依が親子を庇う様に再度立ちはだかる。
両手を広げて2人を庇うその姿は、蛮勇なれど亜衣にとっては紛れもない勇者であった。意地悪な男の子から庇ってくる友達の様な、優しくカッコいい存在。
一緒に遊んでみたかった、お喋りしてみたかった、叶わないと分かってしまったが、溢れる感情は涙となって頬を伝う。
圧倒的な質量の前に亜依の霊子の身体は千切れて吹き飛ばされる。
飛散する霊子の粒。
無情にも熊の爪は親子を貫く。
「やめろ――――!!!」
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