召喚者は一家を支える。

RayRim

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間章 1000年前の記憶

7話

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〈※※※※※〉

「これは〈魔国創士〉様。ご活躍はよく耳に届いておりますわ。」

 ニンゲンで言うなら歳は14、5、現在の高級品で綺麗に着飾られ気品たっぷりの候爵令嬢は、現れた〈魔国創士〉に挨拶をする。

「アリスだ。評判が貴族の方々の耳に届くのは光栄だよ。」

 伯爵の息子、エドヴィン・バッヘムに連れられ、貴族夫人らしく挨拶をする〈魔国創士〉。
 胎児の宿る腹がかなり目立っており、出産が近いのは誰の目にも明らかであった。

(下賤の者を受け入れるとは、この暗愚には貴族の誇りもないのかしら?)

 高位貴族の、しかも活躍目覚ましい者の後継者としてあるまじき行いに、令嬢は一言投げ付けたい思いに駆られたが、ここは伯爵邸である事を思い出して堪える。

「数多くの魔導具を世に送り出した事、父も称賛しております。」
「候爵様からもとは凄いじゃないか。」

 我が事のように喜ぶエドヴィンに対し、苛立たしさが増す令嬢。その姿は理想とする貴族らしさからは程遠く、その辺の兵と変わらぬ振る舞いに見えた。

(ああ、この方も父親同様に例の赤い甲冑を纏い、血を浴びてらっしゃるに違いありませんわ。
 そのような者に、正しき貴族の振る舞いを求めるのは酷ですわね。)

 そう思えば諦めが付くと己に言い聞かせ、令嬢はさっさとやるべき事を済ませる事にした。

「エドヴィン殿、ここから先は女性だけでよろしいでしょうか?」
「ああ、そうですね。では、私は陛下をお招きする準備もございますので。」

 とんでもない事を聞き、令嬢は一瞬だけ思考が止まる。

(陛下?なぜ?)

 世情に疎く、政治的な事を知らぬ令嬢には、遠いルエーリヴからこのタイミングでやって来る理由が分からなかった。

「エドヴィン、後からわたしも行くよ。図面だけ送って試験も見てないから心配なんだ。」
「そうかい?じゃあ、挨拶だけしたら戻ってくるよ。
 では、リリアン様、また後程。」

 綺麗な礼をしてから辞すエドヴィン。
 だが、魔王が近くに居るという事実に思考が止まったままで、リリアンと呼ばれた令嬢は気に留める事もなかった。

「リリアン様、大丈夫か?」
「え、ええ。なんともございませんわ。」

 変な汗を掻いているのを自覚する令嬢だが、偉そうに計画の実行役を買って出た手前、こんな事で諦める訳にはいかなかった。
 その瞬間、月光と魔導具に照らされた噴水から水が吹き上げ、きらめくのが令嬢の目に入った。

「…きれいですわね。」
「あれもわたしが設計したんだ。ポンプの動力には魔石を使っている。近くで見るともっと綺麗だから一緒に行こう。」

 身重にも関わらず、自らの足で、手を借りることもなく夜の光に照らされ歩く〈魔国創士〉の姿は、令嬢の目からも気高く美しいものに見えてしまっていた。
 それは認められない想いで、この小さな妊婦がより憎たらしい存在に感じてしまう。

(早く済ませませんと陛下がやってきて大事おおごとになってしまいますわ。)

 小さな妊婦の後を追い、噴水の前で立ち止まると闇の中で色とりどりに輝く飛沫と、その光に照らされ浮かび上がる彫刻に令嬢は目を奪われてしまった。
 自分の領内にこんな設備はなく、こんな物を考え付く職人も居ない。
 この小さな妊婦の中にどれ程の知識と発想が詰め込まれているのかと思うと、自分のやろうとしている事が極めて些末な事に思えてきてしまった。

「想像通りの飛沫しぶきにするのに苦労したよ。その為に鍛治魔法の調整もしたし、知り合いの『名工』の手を借りなくちゃいけなかった。魔石からの出力の最適化にも苦労した。
 でも、それに似合う物は出来たと自負している。将来、この子にも誇れる仕事を成したと思ってるよ。」

 堂々と作品を誇る姿は令嬢にとってあまりに眩しく、直視出来そうになかった。
 だが、ちっぽけなプライドが令嬢の暴走を後押しする。これで退いたら候爵家の名折れだと。

「〈魔国創士〉様、拙い物ですが私からのプレゼントですわ。」
「嬉しいな。なんだろう?」

 小さな箱を手渡す。
 そう。これでいい。大した事は起きない。少し調子に乗っている成り上がりを懲らしめるだけだ。



 ただ黒いモヤで驚かせるだけの物。そのはずだった。




 魔王、タマモ、ギン、ボブの4人は伯爵親子の歓待を受けており、他の領主を交えて今後の話をしている最中だった。
 魔王としては砦の補強、拡充、交易路の整備と話しておきたい事が多く、若きエドヴィンにとっても学べる貴重な機会なので、なかなか妻の元へと戻れずにいる。

「っ!」
「これは!?」
「スタンピードか?」

 タマモ、ギン、魔王の順に異常を感じ取り、話を切り上げて異変の場へと向かう。
 近付く程にその異常の原因が分かり、耐性の無い者は次々と気分を悪くして脱落し、残ったのは魔王、タマモ、ギン、ボブ、伯爵親子とその精鋭くらいだった。

 原因は候爵令嬢の悪戯だった。
 使い物にならなくなった奴隷や重罪人を贄にしてブラッド・クリスタルを生み出す儀式の存在は魔王も把握しており、即位してすぐに禁忌指定したにも関わらず、止めなかった領主は粛清対象にしていた。
 魔石以上の力を得られるブラッド・クリスタルだが、これが魔素を拡散し、魔物の発生を促していると検証して結論付け、情報公開もしている。

 転生を果たし、旅の中で魔力のみを高め続けた〈魔国創士〉にこの大きすぎる力は制御出来る範疇を越えており、自ら身体だけでなく魂も蝕み始めた。それは腹の中の子も同様。

「だめだ…わたしの…わたしたちの子だけは…」

 必死に制御を試みるが及ばない。

【アンティマジック】

 強烈な魔力の波動が暴走していた魔素と魔力の繋がりを切り破り、払い散らした。

 暴走魔力だけではなく、〈魔国創士〉の後ろで荒れ狂っていた噴水も止まり、何事もなかったかのような静寂が訪れる。

 それは魔王にとっては賭けだったが、正解だった事に一先ず安堵する。

「創士!」

 タマモが前のめりに倒れる〈魔国創士〉の身体を受け止めた。
 髪は真っ白になっており、左右対称だった角も歪に変形してしまっている。
 創士の手から箱が落ちると、中からブラッド・クリスタルだった物が転がり落ちるが既に白化し、砕けて風に吹き散らされた。

「なんでこんな物があるんだ!?」

 それがある事自体が魔王が激怒するには十分な理由で、伯爵も〈魔国創士〉も危険性を承知しており、持ち込んだとすればこの場に居るのはただ一人しかいない。
 横たわるボロボロの娘を掴み起こし、容赦なく頬を拳で叩くと衝撃で歯が飛ぶ。

「と、殿、やり過ぎでござる…」
「やりすぎだと!?この程度の事がか!?
 この娘のやった事に比べればまだ生温い!」

 魔王が〈魔国創士〉を【看破】した結果、異常と言えるほどのバッドステータスに冒されていた。
 そして、それは腹の中の子供も同様。この状態では無事に生まれて来れるかも怪しい。

「わ、わらくひは…」

 抗弁しようとする娘をギンの方へと投げ飛ばす。

「影に引き渡せ。徹底的に吐かせて調べ上げる。先祖がたまたま得た爵位を笠に着るのは無駄だと知らしめてやれ!」

 影と呼ぶ汚れ仕事部隊を口にした事に、ギンだけでなく伯爵も恐怖する。
 この娘がどうなろうと知ったことではないと言っているようなもので、ここ最近の落ち着いた雰囲気が完全に失せてしまっていた。
 そして、それは居合わせた領主とその親族が、再び粛清の嵐が訪れるのではないかと危惧するには十分な出来事。

「どうして上手くいかないんだ…」

 応急処置をするタマモとうなされる〈魔国創士〉の姿を見て、〈魔国覇王〉と呼ばれる男は己の無力さを強く嘆き、男以上に何も出来ない剣客と従者には掛ける言葉が思い浮かばなかった。




 令嬢から事情を洗いざらい吐かせると、〈魔国覇王〉は自らの手で焼き殺し、死体は灰にして野に埋めさせた。親元へ返すどころか、親族も罪人として厳罰に処する事を選択する。
 タマモは〈魔国創士〉の治療に専念したいと言ったが、気休め程度の治療より関係した領主の処罰の方を優先させた。
 南西の侯爵家は抵抗する間もなく一族は根絶やしにされ、密談の場にいた令嬢達は親が庇うようなら同様に、そうでないなら令嬢だけを野に埋める事を寝る間も惜しんで繰り返す。

 鳴りを潜めていたと思われていた〈魔国覇王〉の苛烈さが再び目を覚ました事に、ディモス領内は大いに揺れていた。

 同様の儀式を行っていた北部、西部の領主らは直ちに全てのブラッド・クリスタルを廃棄させたが、それが後にスタンピードの呼び水となり、領地を荒れさせる事になってしまう。
 東部、南部では〈魔国覇王〉に従って多くの領主が儀法共々封印する事を選んだが、中には従わなかった者もおり、それが1000年後に再び召喚された今崎 匠に関わる事件となるが、ここで語るべき事ではない。

 今回の子供の悪戯はあまりにも大きな代償をもたらし、ディモス領が荒れる原因となってしまう事は〈魔国覇王〉を含めた全ての領主が知る由もなかった。

「タクミ。」

 タマモが珍しく〈魔国覇王〉を名前で呼んだ。
 主従関係ではあるが、契約は非常にゆるく、〈魔国覇王〉も嫌になったら出て行ってもいいと即位した頃に言っており、ついにその時が来たかと内心では覚悟する。

「どうした?」
「創士はどうにもならなかったのか?魔法や薬でなんとかする事は出来ぬのか?」

 何度目か分からないタマモの問い掛け。同じように横に首を振る〈魔国覇王〉。
 連日の処罰で強面の眉間のシワが深くなり、顔だけでなく声にも威圧感が増していた。

『望んでこんな事をしているのではない。全て綺麗さっぱり解決出来るならそうしている。』

 口癖のように答えていた言葉も遂に出て来る事はなかった。
 それでも、南部に滞在し続けているのは最大限の譲歩で、会いたい時に会いに行けという〈魔国覇王〉の出来る限りの思いやりを、タマモも理解してはいた。

「タマモ、3日後に一度ルエーリヴに戻る。『リレーポイント』の最終チェックと輸送、侵攻の準備だ。」
「分かった。アリスにも伝えてくる…」

 そう言うと、顔だけでなく、やたら大きく見せている耳も尻尾も萎れ気味にタマモは部屋を後にした。

「見てるんだろ?出て来い。」

 誰も居ない部屋で〈魔国覇王〉がそう言うと、躊躇うかのような間をおいてから吟遊詩人が姿を現した。

「…この様で良いうたになりそうか?」
「それは受け手次第だ。どんな作品も受け手が評価するもので、作り手は思うままに表現するだけよ。」
「そうだな…」

 大きなタメ息を吐き、ポーションを飲んで胃の辺りをさする〈魔国覇王〉。
 事件の前は数日に一度だったポーションだが、今は日に2、3本にまで増えている。
 計画に対するあまりにも大きな障害は、〈魔国覇王〉の精神にも多大なダメージを与えていた。

「分かっちゃいたが、自惚れだったかな…」
「そうだな、と言えば満足か?」

 タマモが座っていた場所に当たり前のように座る吟遊詩人の言葉に、〈魔国覇王〉は小さく笑った。
 邪険にしてきた吟遊詩人に邪険にされている事が滑稽だったようで、思った以上に辛いという事をようやく自覚した。

「だが、汝以外にやれぬ仕事でもある。〈魔国覇王〉は恐らく今後は出て来ぬ二つ名で、汝だけのものになるだろう。」
「複雑だよ。武以外に頼れるものがない統治者なんて最悪だからな。」
「だからこそ、作れたもの、守れたものもある。」
「オレからは零れ落ちた物ばかりしか見えない。」
「隣の芝生は青く見えるものだろう?」
「…そうだったな。」

 大きなタメ息を吐き、魔王の服装に似合わぬ愛用の木製マグカップに水を注ぐと一気に飲み干した。

「これ、創士に貰った物なんだよ。
 内は洗浄と冷却、外は補強の刻印がしてあって、半永久的に使えるからって転生の旅の合間に配っていたヤツだ。」

 やっている事はあの頃も今も変わらなかった創士が、〈魔国覇王〉にはとても眩しい存在に思えていた。
 だからこそ、今回の事件が許せず、後に響こうともこのような方法を選ぶしかなかった。
 〈魔国覇王〉が役割を終えたら、次は〈魔国創士〉が時代を創る。
 そう思って与えた二つ名で、その先に期待した未来があった。

「もうチャートの修正は出来ない。完走の後の事は鍛えた若いヤツらに委ねるよ。」
「そうか。」

 短い吟遊詩人の返事。
 だが、〈魔国覇王〉にとってはそれだけで十分だった。

「全部終わったら一緒に呑もう。
 ルエーリヴの方に、作らせたワインの中でも上等なものがあるんだ。」
「ほう?それは楽しみだ。」
「その代わり、介抱は任せるぞ。吐くほど呑んでやるからな。」
「その無様な姿を詩にするのが楽しみだ。」
「徹底的に無様にうたってくれ。〈魔国覇王〉はどうしようもなくみっともない男だったとな。」

 最後に握手をして二人は別れる。
 少し長い握手からは、〈魔国覇王〉の強い無力感が伝わって来ていた。
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