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第2部
94話
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青の嫗の呼び名は藍となった。こちらも色だが、インディゴは遥香のために取っておく。
藍お婆、藍さんと呼ばれ、エディさんの茶飲み仲間が増える。アリスも旅の最中では一緒にお茶をする機会も多く、話し相手が増えて良かったと言っていた。
そして、遥香との面会だが、あの一太刀をべた褒めする一方で、少し面白いことが分かる。
『あの時、微かにだけど、時空への干渉が認められたわ。この言葉の意味が分かるでしょ、召喚者?』
その場に居て、他に該当するにはオレ、バニラ、アクアだが揃って意味が分かっている。当の遥香にはよく分からないようだが。
「世界の壁を越える可能性があったのか?」
『そうね。でも、それはただ強いだけで出来る事じゃない。恐らく、これまでの経験で触れた感触に対し、魔力が何か作用したのだと思うわ。 』
尋ねるバニラに藍が答える。
相変わらず包帯でグルグル巻きにされた手を見る遥香。
その手は様々な物に触れ、様々なものを斬ってきた。それはついに、次元の壁にまで届きそうになっている。
『あなたの師匠が口酸っぱく抜くなと言ったのは、万が一を考慮しての可能性もあるわね。』
「師匠は次元の壁を斬れるのかな?」
首を傾げる遥香だが、痛かったのか表情を歪めて元の姿勢に戻った。
『本人に確かめるのが良いでしょうね。ただ、この1000年、召喚以外で次元の壁を越えた例はないわ。』
「当事者に話を聞くしかないか…」
確かに、それが一番だろう。だが、素直に話してくれる気はしないが…
『きっとまともな答えはないわ。
正直、それを斬る意味がないし、斬ったところで何が起こるかは妾にも分からない。
ただ、違う世界と繋がるだけなら良いけど、それが世界の綻びとなり、崩壊への始まりになる可能性もあるのよ。』
「だが、召喚は何度も行われてきたが、それを起こしていない…
ただ闇雲に世界を繋いでいる訳ではないのか…」
腕を組み、考え始めるバニラ。
『ただ魔法を使うだけでは至れない式でしょうね。もっと高次元の視点から世界を見れないと生み出せない魔法よ。』
「もっと高次元…ああ、一人居たな。
それでいて、世界に干渉した存在が。」
視線だけバニラに向けながら、微かに頷く遥香。
「オーディンか。」
オレがそう言うと、タマモが影から飛び出してきた。
『ヤツがあそこに封じられた切っ掛けの一つじゃな。
妾も一緒に旅をして事情は知っておるから、それだけが原因ではないと断っておく。』
確か、世界に干渉しすぎたと聞いた気がする。
神らしきもの、とは思っていたが、やはりより高次元の存在であることに間違いはないようだ。
「知る限りでは、人間に手を貸しすぎた結果、あそこに居着く事になったという事だが?」
『そうじゃな。
ただ、この大陸に限った事ではないと覚えておくと良い。分け身の術くらい朝飯前じゃろ。』
「そうだよなぁ…」
次元が違う、というのは対峙しているからよく分かる。
ただまあ、制限付きとはいえ、勝っちゃってるのもいるから余計に評価がしにくかった。
「遥香、もう一度あの憎たらしい自称神に会いに行くぞ。」
「うん。でも、師匠に一度ちゃんと稽古つけてもらってからが良いな。」
「ああ、そうか。そうだな。そうしよう。」
更に鍛えて再戦を挑む気だろう。バニラの提案に条件付きで賛成した。
遥香の目標となる人物は多いが、その最たる者はオーディンに違いない。
「わたしも魔法をもっと研究するべきなんだろうな。だが、それ以上に解消しておきたい不便が多くて多くて…」
バニラに関しては、自由にさせ過ぎるとココア達のように別の可能性でやり直してしまいそうなので、今くらいがちょうど良いのでは?という思いもある。
1000年以上前にぶっ飛ばされた前科もあるからな。
「みんなその顔はなんだ?
いくらわたしでも、二度も大きな失敗はしないぞ?」
納得いかない様子だが、 こちらも納得できないのでしかたない。
納得とは別に、そもそも理解が及ばない者もいる。アリスとエディさんだ。
二人にとって世界の壁がどうこうというのは、あまりにも抽象的過ぎてよく分からないのだろう。
「召喚者って、世界の壁とかそういうの、当たり前に理解しているものなの?」
「理解はしていない。存在して当然だという認識だよ。それが無いとわたしたちがここにいる説明がつけられない。
同じ世界の別な星である可能性もあるが…」
「異なる太陽系へ行ったら魔法がありました、というのはロマンがありますよね。」
アクアの言葉に頷くオレたち。
観測は出来ても、到達は出来ていない場所だ。何があっても不思議じゃない。
「ただ、オーディンは世界を増やしてやり直していると言及している。
そして、この世界はオレたちの世界とは異なる世界であるともな。残念だが、それは認めないといけない。」
もし、世界が同じなら、ライトクラフトや魔法の力で人類未踏の地に挑戦もできただろうが、それは不可能なようだ。
「人生はクソゲーとは昔から言われていたが、あっちの人生は別ゲーだったという事だな。」
バニラの言葉に頷くオレとアクア。遥香も苦々しい表情で微かに頷いた。
「古来より、別ゲーの事を持ち込み、あーだこーだ言うのは嫌われるだけだからな。不満はあっても必要以上に言葉にするつもりはない。
不満なら、変えてしまえば良いだけだ。」
バニラの言葉に皆が苦笑いする。
それが出来るのは恐らくバニラだけなのだが、実績がありすぎて否定のしようがなかった。
「私たちの生活はその数々の不満に改善してもらったのね。感謝してるわ。」
バニラもただ闇雲にトライ&エラーを繰り返している訳ではない。梓を始め、様々な職人や場合によっては治療師からも教えを請い、魔法や魔導具を改善してきた。
自分だけではなく、皆が楽に暮らすために苦労を厭わない姿勢は本当に頭が下がる。
『さて、世界の本質に少し触れた訳だけど、帰ってからあなたはどうするのかしら?』
他の皆は既に決まっているようだが、オレは何をすべきだろうか。
「ミンスリフが海底をもう一度見て貰いたいって言ってたわよ。」
「もう1年だもんな。どう復興したかは気になる。」
だいぶ派手に壊され、復興も大変だっただろう。だが、暗い顔をせずにこちらに加わった事から、復興は上手くいったに違いない。
「まだちゃんと話が出来ていないからなぁ。色々と話もしたい。」
そう言うと、不信感に満ちた視線が一斉に向けられる。
「信頼がないなぁ…」
「旦那様は油断するとお嫁さんが増えますからね。」
「先にミンスリフに手を出すと、リリとバニラが怖いわよ?」
「ああ、その通りだ。ロッティと協力して枕にデストラップを仕掛ける事になるぞ。」
面と向かって物騒な事を言い出すバニラ。
枕が綺麗になっていたら疑う事にしよう…
「手を出そうにも、向こうの陛下と良い感じじゃなかったか?」
「それなんだけど、生まれの壁がどうにもならないみたいなのよ。兵士に蔑まれていたのは聞いているでしょ?」
「娼婦とか言われてたな。」
あの後の兵士達の処遇も気になる。
あれだけの事をして、何事もなかったかのように復職は難しいはず。それも含めて見ておきたかった。
「それもあったから、道筋を付けて全部後進に伝えてから出てきたそうよ。」
「そうか…」
「わたしには出来そうもない判断だよ。わたしなら意地でも全部やり遂げる。どっちもな。」
そこがバニラとミンスリフの大きな違いなのだろう。
言い換えると、それは作業に携わる者との信頼の差でもあった。
どうもバニラは学生時代の確執もあってか、ルエーリヴの役人や大人は一部の者しか信じていない節がある。
「バニラらしいわね。」
と、笑いながら言うアリス。だが、けど、と付け加える。
「あなたが主導しないと出来ない仕事ばかりだったじゃない。それは側で見てたからよく分かるわよ。」
「そっか。」
フォローするアリスの言葉に、バニラは少し恥ずかしそうな顔で返事をした。
1年で大きく変わる事はないだろうが、後始末が必要ならしておきたい。何処も何か言われる事はなかったが、多少なりとも心に引っ掛かる部分はあった。
「…もう一度、大陸を回るか。森の北部も、ビースト領もまた見ておきたい。」
「私はあなたについていくわよ。きっと、ユキも、ジュリアも、ココアもね。」
「ノエミとジェリーはもう少し社会に馴染ませたいが…」
「まあ、その辺はあちこちと話しましょうか。お爺とお婆も世話をしたがってるようだからね。」
フェルナンドさん夫妻なら喜んで引き受けてくれるだろう。ユキの母であるフブキさんも面倒を見てくれそうだが、本音としてはビクターを一番に可愛がりたいだけかもしれない。
「上の子達は寮に入れても大丈夫か?」
「もう2年くらいは欲しいわね。
ソニアが面倒を見ても良いと言っているわ。」
あれだけの数の子供たちを相手に授業や修練をこなしてきたのだ。4人くらいならどうって事ないのかもしれない。
『背負うものが増えると大変ね。世界の本質がどうこう言ってる場合じゃないようだもの。』
「全くだ。
だが、そこに触れるのはオレじゃない気がする。中途半端すぎるんだ。知識も、熱意も。」
『その知識と魔力なら十分に資格はあるはずよ?まあ、熱意は切っ掛けがないと難しいわよね。』
誰かの権利を使い、オーディンから根掘り葉掘り聞き出してばかりというのもなぁ…
「この世界を詳しくは知りたいが、別に脅かしたい訳じゃない。知るために取り返しのつかない事をするのは違うんじゃないか?」
『人体を知るには解体するのが一番よ。でも、生きたままそれが可能かしら?』
ずいぶんと物騒な事を言う。
「可能だ。X線写真のように、切らずとも世界を知る術はあるはずだ。」
答えはバニラの口から出てきた。
「それでも切らなくては見えない、よく分からない部分はあるだろう。だが、焦って全てを見る必要はない。段階を経ていかないと理解が及ばないからな。」
『よく分かってるじゃない。あなたたちの世代で世界を暴けると良いわね。』
「無理なら妹たちに託すさ。まあ、無理強いをする気はないがな。」
大変なものを託されそうな我が子だが、喜んで引き継ぐかというと無理そうな気がするなぁ…
「…頑張って私たちの世代で暴きましょうね。」
実母が苦笑いしながら言う。
そんな事に興味を持ちそうにないことや、荷が重すぎて託せないというのが本音だろう。
アレックスはともかく、今の悠里にはオレたちとは違う道を歩んでもらいたい。戦わずに済む、事務職や研究職が望ましいな。
「そうだね。だから私たちがもっと頑張らないと、強くならないといけない。
たった一太刀の本気で体が使い物にならなくなるんじゃ話にならないよ。」
『あなたのその一太刀に耐えられるのがどれくらいいるのかしらね?』
「耐えたのが目の前にいるよね。後、極致を持ててる人には届かないよ。それだけは分かる。」
耐えた、という言葉に度肝を抜かれる。
気付かなかったが、藍に当てていたらしい。
『甲羅の端が削れてしまったわ。素材になるから後で回収しましょう。』
「なんか申し訳ないな…」
『良いのよ。強者に敬意を払うのがドラゴンの礼儀。あなたたちにはその資格があるわ。』
右手を左胸に当て、恭しく礼をする藍。
アリスの記憶を参照したのか上品さがあり、高身長でスタイルも良いからか非常に美しく見える。
…なんだか、視線が痛い。
「やはり身長が高いのは良いわよね…」
「そうだな。わたしたちには望んでもなかなか…」
そうは言うバニラだが、転生前よりは背が伸びてきている。アリスは変わらないが。
「身長だけじゃないですからね…」
胸元を気にしながら言うアクア。背は4番、5番目くらいに高いのだが。
「わたしはお前が羨ましいよ。欲しかった物を全部持ってるからな。」
バニラが遥香の寝癖を撫でつつ、羨ましげにその髪と体を見る。
「そう?わたし、お姉ちゃんの方が可愛いと思ってるけど。」
「妹に可愛いと言われる8歳年上の姉の気持ちになってくれ…」
「悠里に可愛いと言われるようなものだものね。」
「それは複雑な気分…」
皆が笑い出し、遥香が痛みで呻いたところで面会は終了することになった。
「まだ痛むか?」
と、遥香に金属ストローでイグドラシル水を飲ませながら尋ねるバニラ。
「昨日よりはマシかな。ゆっくり寝て、気持ちも楽になったし。」
「良い傾向だ。動けない時は余計なことは考えなくて良い。出来るのは寝ること、食べることくらいだしな。」
「うん。私は自分の反省をする。魔力の練り方、体の動かし方、力の抜き方…
考えて直せるところは直したい。」
「頼もしいよ。」
魔法と櫛を使い、遥香の髪を整え終える。鏡を見せると、二人揃って満足そうな表情になるのを見て、アリスとアクアに笑みが浮かぶ。
体を動かさずに考えるのは大変だろうが、無駄にはならないだろう。
遥香はちゃんと考えられるし、修正も上手くやれる。動けるようになれば、更に腕前は上がるはずだ。
「遥香、お前はもう立派なサムライだよ。」
「サムライ…?」
オレの言葉にピンと来ない様子の遥香。当時10歳では分かるはずもないか…
刀に関しても曲がった片刃剣くらい認識だったし、時代劇とも無縁だったようだからな。
「武の道を極めようとしつつ、礼儀や作法も重んじる職業みたいなもんだな。」
「だから何かあったらすぐ死んでお詫びとか言うんだ?」
「わたしたちも偏った認識だが、お前はもっと酷いな…」
「そうですねぇ…」
呻くように言うバニラとアクア。
当時10歳には分かりにくいだろうな…
「まあ、詳しくはまた今度教えよう。今日はもう休め。」
「うん。サムライについて詳しく教えてね。」
そう言うと、体をベッドに倒し、大きく息を吐く。
「辛いか?」
「まだね。でも、寝て食べてるだけでも良くなってるのは分かっているから…」
急に眠そうになる遥香。
ようやく、薬が効いてきたようだ。
「わたしと違ってお前はよく食べて、眠れるからな。ゆっくり休め。」
「うん…」
瞼を閉じながら返事をすると、すぐに寝息が聞こえてくる。
「アクア、妹をよろしくな。」
「お任せください。わたしにとっても妹みたいなものですから。」
「わたしたちも姉妹みたいなものか。」
違いがあるとすれば、まともに戦えたか否かだろう。イグドラシルの頃に性格が災いしてまともに加われず、そこで引け目を負ってしまったようだ。
「そうですね、お姉ちゃん。」
「後は任せた、妹よ。」
遥香の世話はアクアに任せ、オレたちは部屋を後にする。
「さあ、やることはいっぱいある。遥香が動けないからってジッとしていられないからな。」
「オレは甲羅の回収ついでに釣りをしてくるよ。息子達と約束してるからな。」
「グロリアスの消耗品の交換をしたらわたしも行こう。釣りはやった事がないから気になる。」
「わたしもアイの服を完成させたら行くわね。もうちょっとだから。」
少し遅れた一家の夏休み。
束の間の休息をオレたちは存分に楽しむのであった。
藍お婆、藍さんと呼ばれ、エディさんの茶飲み仲間が増える。アリスも旅の最中では一緒にお茶をする機会も多く、話し相手が増えて良かったと言っていた。
そして、遥香との面会だが、あの一太刀をべた褒めする一方で、少し面白いことが分かる。
『あの時、微かにだけど、時空への干渉が認められたわ。この言葉の意味が分かるでしょ、召喚者?』
その場に居て、他に該当するにはオレ、バニラ、アクアだが揃って意味が分かっている。当の遥香にはよく分からないようだが。
「世界の壁を越える可能性があったのか?」
『そうね。でも、それはただ強いだけで出来る事じゃない。恐らく、これまでの経験で触れた感触に対し、魔力が何か作用したのだと思うわ。 』
尋ねるバニラに藍が答える。
相変わらず包帯でグルグル巻きにされた手を見る遥香。
その手は様々な物に触れ、様々なものを斬ってきた。それはついに、次元の壁にまで届きそうになっている。
『あなたの師匠が口酸っぱく抜くなと言ったのは、万が一を考慮しての可能性もあるわね。』
「師匠は次元の壁を斬れるのかな?」
首を傾げる遥香だが、痛かったのか表情を歪めて元の姿勢に戻った。
『本人に確かめるのが良いでしょうね。ただ、この1000年、召喚以外で次元の壁を越えた例はないわ。』
「当事者に話を聞くしかないか…」
確かに、それが一番だろう。だが、素直に話してくれる気はしないが…
『きっとまともな答えはないわ。
正直、それを斬る意味がないし、斬ったところで何が起こるかは妾にも分からない。
ただ、違う世界と繋がるだけなら良いけど、それが世界の綻びとなり、崩壊への始まりになる可能性もあるのよ。』
「だが、召喚は何度も行われてきたが、それを起こしていない…
ただ闇雲に世界を繋いでいる訳ではないのか…」
腕を組み、考え始めるバニラ。
『ただ魔法を使うだけでは至れない式でしょうね。もっと高次元の視点から世界を見れないと生み出せない魔法よ。』
「もっと高次元…ああ、一人居たな。
それでいて、世界に干渉した存在が。」
視線だけバニラに向けながら、微かに頷く遥香。
「オーディンか。」
オレがそう言うと、タマモが影から飛び出してきた。
『ヤツがあそこに封じられた切っ掛けの一つじゃな。
妾も一緒に旅をして事情は知っておるから、それだけが原因ではないと断っておく。』
確か、世界に干渉しすぎたと聞いた気がする。
神らしきもの、とは思っていたが、やはりより高次元の存在であることに間違いはないようだ。
「知る限りでは、人間に手を貸しすぎた結果、あそこに居着く事になったという事だが?」
『そうじゃな。
ただ、この大陸に限った事ではないと覚えておくと良い。分け身の術くらい朝飯前じゃろ。』
「そうだよなぁ…」
次元が違う、というのは対峙しているからよく分かる。
ただまあ、制限付きとはいえ、勝っちゃってるのもいるから余計に評価がしにくかった。
「遥香、もう一度あの憎たらしい自称神に会いに行くぞ。」
「うん。でも、師匠に一度ちゃんと稽古つけてもらってからが良いな。」
「ああ、そうか。そうだな。そうしよう。」
更に鍛えて再戦を挑む気だろう。バニラの提案に条件付きで賛成した。
遥香の目標となる人物は多いが、その最たる者はオーディンに違いない。
「わたしも魔法をもっと研究するべきなんだろうな。だが、それ以上に解消しておきたい不便が多くて多くて…」
バニラに関しては、自由にさせ過ぎるとココア達のように別の可能性でやり直してしまいそうなので、今くらいがちょうど良いのでは?という思いもある。
1000年以上前にぶっ飛ばされた前科もあるからな。
「みんなその顔はなんだ?
いくらわたしでも、二度も大きな失敗はしないぞ?」
納得いかない様子だが、 こちらも納得できないのでしかたない。
納得とは別に、そもそも理解が及ばない者もいる。アリスとエディさんだ。
二人にとって世界の壁がどうこうというのは、あまりにも抽象的過ぎてよく分からないのだろう。
「召喚者って、世界の壁とかそういうの、当たり前に理解しているものなの?」
「理解はしていない。存在して当然だという認識だよ。それが無いとわたしたちがここにいる説明がつけられない。
同じ世界の別な星である可能性もあるが…」
「異なる太陽系へ行ったら魔法がありました、というのはロマンがありますよね。」
アクアの言葉に頷くオレたち。
観測は出来ても、到達は出来ていない場所だ。何があっても不思議じゃない。
「ただ、オーディンは世界を増やしてやり直していると言及している。
そして、この世界はオレたちの世界とは異なる世界であるともな。残念だが、それは認めないといけない。」
もし、世界が同じなら、ライトクラフトや魔法の力で人類未踏の地に挑戦もできただろうが、それは不可能なようだ。
「人生はクソゲーとは昔から言われていたが、あっちの人生は別ゲーだったという事だな。」
バニラの言葉に頷くオレとアクア。遥香も苦々しい表情で微かに頷いた。
「古来より、別ゲーの事を持ち込み、あーだこーだ言うのは嫌われるだけだからな。不満はあっても必要以上に言葉にするつもりはない。
不満なら、変えてしまえば良いだけだ。」
バニラの言葉に皆が苦笑いする。
それが出来るのは恐らくバニラだけなのだが、実績がありすぎて否定のしようがなかった。
「私たちの生活はその数々の不満に改善してもらったのね。感謝してるわ。」
バニラもただ闇雲にトライ&エラーを繰り返している訳ではない。梓を始め、様々な職人や場合によっては治療師からも教えを請い、魔法や魔導具を改善してきた。
自分だけではなく、皆が楽に暮らすために苦労を厭わない姿勢は本当に頭が下がる。
『さて、世界の本質に少し触れた訳だけど、帰ってからあなたはどうするのかしら?』
他の皆は既に決まっているようだが、オレは何をすべきだろうか。
「ミンスリフが海底をもう一度見て貰いたいって言ってたわよ。」
「もう1年だもんな。どう復興したかは気になる。」
だいぶ派手に壊され、復興も大変だっただろう。だが、暗い顔をせずにこちらに加わった事から、復興は上手くいったに違いない。
「まだちゃんと話が出来ていないからなぁ。色々と話もしたい。」
そう言うと、不信感に満ちた視線が一斉に向けられる。
「信頼がないなぁ…」
「旦那様は油断するとお嫁さんが増えますからね。」
「先にミンスリフに手を出すと、リリとバニラが怖いわよ?」
「ああ、その通りだ。ロッティと協力して枕にデストラップを仕掛ける事になるぞ。」
面と向かって物騒な事を言い出すバニラ。
枕が綺麗になっていたら疑う事にしよう…
「手を出そうにも、向こうの陛下と良い感じじゃなかったか?」
「それなんだけど、生まれの壁がどうにもならないみたいなのよ。兵士に蔑まれていたのは聞いているでしょ?」
「娼婦とか言われてたな。」
あの後の兵士達の処遇も気になる。
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「それもあったから、道筋を付けて全部後進に伝えてから出てきたそうよ。」
「そうか…」
「わたしには出来そうもない判断だよ。わたしなら意地でも全部やり遂げる。どっちもな。」
そこがバニラとミンスリフの大きな違いなのだろう。
言い換えると、それは作業に携わる者との信頼の差でもあった。
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「バニラらしいわね。」
と、笑いながら言うアリス。だが、けど、と付け加える。
「あなたが主導しないと出来ない仕事ばかりだったじゃない。それは側で見てたからよく分かるわよ。」
「そっか。」
フォローするアリスの言葉に、バニラは少し恥ずかしそうな顔で返事をした。
1年で大きく変わる事はないだろうが、後始末が必要ならしておきたい。何処も何か言われる事はなかったが、多少なりとも心に引っ掛かる部分はあった。
「…もう一度、大陸を回るか。森の北部も、ビースト領もまた見ておきたい。」
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「まあ、その辺はあちこちと話しましょうか。お爺とお婆も世話をしたがってるようだからね。」
フェルナンドさん夫妻なら喜んで引き受けてくれるだろう。ユキの母であるフブキさんも面倒を見てくれそうだが、本音としてはビクターを一番に可愛がりたいだけかもしれない。
「上の子達は寮に入れても大丈夫か?」
「もう2年くらいは欲しいわね。
ソニアが面倒を見ても良いと言っているわ。」
あれだけの数の子供たちを相手に授業や修練をこなしてきたのだ。4人くらいならどうって事ないのかもしれない。
『背負うものが増えると大変ね。世界の本質がどうこう言ってる場合じゃないようだもの。』
「全くだ。
だが、そこに触れるのはオレじゃない気がする。中途半端すぎるんだ。知識も、熱意も。」
『その知識と魔力なら十分に資格はあるはずよ?まあ、熱意は切っ掛けがないと難しいわよね。』
誰かの権利を使い、オーディンから根掘り葉掘り聞き出してばかりというのもなぁ…
「この世界を詳しくは知りたいが、別に脅かしたい訳じゃない。知るために取り返しのつかない事をするのは違うんじゃないか?」
『人体を知るには解体するのが一番よ。でも、生きたままそれが可能かしら?』
ずいぶんと物騒な事を言う。
「可能だ。X線写真のように、切らずとも世界を知る術はあるはずだ。」
答えはバニラの口から出てきた。
「それでも切らなくては見えない、よく分からない部分はあるだろう。だが、焦って全てを見る必要はない。段階を経ていかないと理解が及ばないからな。」
『よく分かってるじゃない。あなたたちの世代で世界を暴けると良いわね。』
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「…頑張って私たちの世代で暴きましょうね。」
実母が苦笑いしながら言う。
そんな事に興味を持ちそうにないことや、荷が重すぎて託せないというのが本音だろう。
アレックスはともかく、今の悠里にはオレたちとは違う道を歩んでもらいたい。戦わずに済む、事務職や研究職が望ましいな。
「そうだね。だから私たちがもっと頑張らないと、強くならないといけない。
たった一太刀の本気で体が使い物にならなくなるんじゃ話にならないよ。」
『あなたのその一太刀に耐えられるのがどれくらいいるのかしらね?』
「耐えたのが目の前にいるよね。後、極致を持ててる人には届かないよ。それだけは分かる。」
耐えた、という言葉に度肝を抜かれる。
気付かなかったが、藍に当てていたらしい。
『甲羅の端が削れてしまったわ。素材になるから後で回収しましょう。』
「なんか申し訳ないな…」
『良いのよ。強者に敬意を払うのがドラゴンの礼儀。あなたたちにはその資格があるわ。』
右手を左胸に当て、恭しく礼をする藍。
アリスの記憶を参照したのか上品さがあり、高身長でスタイルも良いからか非常に美しく見える。
…なんだか、視線が痛い。
「やはり身長が高いのは良いわよね…」
「そうだな。わたしたちには望んでもなかなか…」
そうは言うバニラだが、転生前よりは背が伸びてきている。アリスは変わらないが。
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「昨日よりはマシかな。ゆっくり寝て、気持ちも楽になったし。」
「良い傾向だ。動けない時は余計なことは考えなくて良い。出来るのは寝ること、食べることくらいだしな。」
「うん。私は自分の反省をする。魔力の練り方、体の動かし方、力の抜き方…
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「頼もしいよ。」
魔法と櫛を使い、遥香の髪を整え終える。鏡を見せると、二人揃って満足そうな表情になるのを見て、アリスとアクアに笑みが浮かぶ。
体を動かさずに考えるのは大変だろうが、無駄にはならないだろう。
遥香はちゃんと考えられるし、修正も上手くやれる。動けるようになれば、更に腕前は上がるはずだ。
「遥香、お前はもう立派なサムライだよ。」
「サムライ…?」
オレの言葉にピンと来ない様子の遥香。当時10歳では分かるはずもないか…
刀に関しても曲がった片刃剣くらい認識だったし、時代劇とも無縁だったようだからな。
「武の道を極めようとしつつ、礼儀や作法も重んじる職業みたいなもんだな。」
「だから何かあったらすぐ死んでお詫びとか言うんだ?」
「わたしたちも偏った認識だが、お前はもっと酷いな…」
「そうですねぇ…」
呻くように言うバニラとアクア。
当時10歳には分かりにくいだろうな…
「まあ、詳しくはまた今度教えよう。今日はもう休め。」
「うん。サムライについて詳しく教えてね。」
そう言うと、体をベッドに倒し、大きく息を吐く。
「辛いか?」
「まだね。でも、寝て食べてるだけでも良くなってるのは分かっているから…」
急に眠そうになる遥香。
ようやく、薬が効いてきたようだ。
「わたしと違ってお前はよく食べて、眠れるからな。ゆっくり休め。」
「うん…」
瞼を閉じながら返事をすると、すぐに寝息が聞こえてくる。
「アクア、妹をよろしくな。」
「お任せください。わたしにとっても妹みたいなものですから。」
「わたしたちも姉妹みたいなものか。」
違いがあるとすれば、まともに戦えたか否かだろう。イグドラシルの頃に性格が災いしてまともに加われず、そこで引け目を負ってしまったようだ。
「そうですね、お姉ちゃん。」
「後は任せた、妹よ。」
遥香の世話はアクアに任せ、オレたちは部屋を後にする。
「さあ、やることはいっぱいある。遥香が動けないからってジッとしていられないからな。」
「オレは甲羅の回収ついでに釣りをしてくるよ。息子達と約束してるからな。」
「グロリアスの消耗品の交換をしたらわたしも行こう。釣りはやった事がないから気になる。」
「わたしもアイの服を完成させたら行くわね。もうちょっとだから。」
少し遅れた一家の夏休み。
束の間の休息をオレたちは存分に楽しむのであった。
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運命に翻弄されながらも、ロイは冒険者ギルドの解体所部門で働き始める。そこで彼は、生きている魔物から魔石を抜き取る能力を発見し、これまでの外れギフトが実は隠された力を秘めていたことを知る。
ロイはこの新たな力を使い、自分の運命を切り開くことができるのか?外れギフトを当りギフトに変え、チートスキルを手に入れた彼の物語が始まる。
迷い人 ~異世界で成り上がる。大器晩成型とは知らずに無難な商人になっちゃった。~
飛燕 つばさ
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孤独な中年、坂本零。ある日、彼は目を覚ますと、まったく知らない異世界に立っていた。彼は現地の兵士たちに捕まり、不審人物とされて牢獄に投獄されてしまう。
彼は異世界から迷い込んだ『迷い人』と呼ばれる存在だと告げられる。その『迷い人』には、世界を救う勇者としての可能性も、世界を滅ぼす魔王としての可能性も秘められているそうだ。しかし、零は自分がそんな使命を担う存在だと受け入れることができなかった。
独房から零を救ったのは、昔この世界を救った勇者の末裔である老婆だった。老婆は零の力を探るが、彼は戦闘や魔法に関する特別な力を持っていなかった。零はそのことに絶望するが、自身の日本での知識を駆使し、『商人』として新たな一歩を踏み出す決意をする…。
この物語は、異世界に迷い込んだ日本のサラリーマンが主人公です。彼は潜在的に秘められた能力に気づかずに、無難な商人を選びます。次々に目覚める力でこの世界に起こる問題を解決していく姿を描いていきます。
※当作品は、過去に私が創作した作品『異世界で商人になっちゃった。』を一から徹底的に文章校正し、新たな作品として再構築したものです。文章表現だけでなく、ストーリー展開の修正や、新ストーリーの追加、新キャラクターの登場など、変更点が多くございます。
異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!
夢・風魔
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若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。
ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。
そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。
視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。
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*カクヨムでも先行更新しております。
~僕の異世界冒険記~異世界冒険始めました。
破滅の女神
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18歳の誕生日…先月死んだ、おじぃちゃんから1冊の本が届いた。
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お遊び気分で指輪をはめて本を開くと、そこには2ページ目に短い文章が書き加えられていた。
その文章とは『さぁ、あなたの物語の始まりです。』と…。
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本作品は『カクヨム』で掲載している物を『アルファポリス』用に少しだけ修正した物となります。
せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
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とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。
チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい
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不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。
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