召喚者は一家を支える。

RayRim

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第2部

47話

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 1ヶ月近く世話になった長屋に別れを告げ、新居へと移ってきた。
 長屋の大家さんには、寂しくなると名残惜しそうにされてしまう。
 風呂もトイレも共用であったが、それはそれで良い体験になった。いつも洗ってから使っていたが。
 新居には既に生活感が漂っており、帰って来た気分になってしまっている。

「おかえり。風呂か?食事か?それとも…」
「おとーしゃま!」
「とーしゃま!」

 何か言おうとしたバニラの横を、ノエミとジェリーが横切って飛び付いてきた。

「おー、二人とも元気で嬉しいぞ。昨日は一緒に居れなくてごめんな。」
「おとーしゃま!はやくはやくー!」
「まてまて、靴脱がないと…」

 スリッパであることを見て慌てて靴を脱ぎ、幼い二人に居間へと引っ張られた。
 アリスと、先に来ていたユキとジュリアがお茶を飲んでおり、もうリラックスモードの様子。
 応接室を削ったり、居間もフルメンバーだとみっちりな広さだが、それが逆に良かったかもしれないな。

「旦那方も到着ですかい。」
「お先に寛いでたよ。」
「居心地が良さそうで何よりだ。」

 梓と頑張って建てた甲斐があるというものである。

「ところで、旦那様。バニラの渾身の」
「なにもなかった!なにもしなかった!」

 顔を赤くして、何か言おうとしたココアを遮るように否定するバニラ。何だか分からんが、何もなかったなら言及はしないでおこう。

「とーしゃま!モモちゃんだよ!」
「モモチャン?」

 何かを指すジェリーを抱き上げて尋ねると、ユキが膝の上のものを持ち上げた。まだら縞のまだ小さな猫がにゃーんと鳴く。

「色々あってな。飼うことになったんだ。
 これが桃に見えたからモモと名付けたよ。」

 バニラが背中の白い模様を指して言う。

「おねーちゃんにしては良い名前だねー」
「一言余計だ。だが、我ながら渾身のネーミングだと自負している。」
「雄だったら?」
「桃太郎だな。」
「モモちゃん、雌で良かったねー」

 そう言いながら梓が喉を撫でると、ゴロゴロと喉を鳴らし返した。

「オレたちも似たようなのを貰ったんだよ。」
『似てない!妾を獣と同じにするでないわ!』

 影からタマモが飛び出す。

『わー!』

 揃って歓喜の声を出す子供たち。

 『妾の名は玉藻。北の果ての守護者じゃ。
 あと、ヒガンとの縁は話すと色々と複雑になるから、知りたい者は後で尋ねよ。』

 自己紹介を聞き、固まる二名。

「あなた、まさか…」
「こんな小さいもの相手に…」
『か、か、かんちがいするでない!この者とはそういう関係ではないわ!』
「そう。良かったわ…」
「お前たちはオレをなんだと思っているんだ。」
『目を離すと無意識にたらし込むお人好し。』

 声を揃えて言う二人。
 ぐうの音も出ない。

「大変申し上げにくいのですが、お二人がいない間に未亡人を助けてしまいまして…」
『詳しく。』

 ケリーとその子供たちの事が、カトリーナから説明された。

「誤解を生むからと、今日はこちらに来ないそうです。」
「じゃあ、こちらから迎えにいきましょう。逆の立場だったら、そのまま来ない気がするもの。」

 遥香と柊の警備部組が付いており、万が一は無いと思うが、会うなら早い内が良いだろう。

「広さのわりに部屋が多かったのは、そういう事なんだな。」
「すまんな。少し不便になる。」
「良いのよ。親子でも、血縁でも、メイドでもない関係がこの子たちには必要だと思うから。」
「全部女の子らしいんだよなぁ…」

 一つ懸念を伝えると、急に表情が曇る男子の母たち。

「うちの子達が不安ね…」
「だ、大丈夫だと思いやすぜ…」

 なんとも微妙な表情を返す、アリス、ユキ、カトリーナ、息子の母らであった。




「お、奥様!わざわざこんな所に…」

 慌てて立ち上がり、深々と頭を下げるケリー。

「そんなに畏まらなくて良いわよ。
 だって、カトリーナと普通に話してたんでしょ?順番じゃ私は2番目だもの。」
「えっ…えぇ…?」

 その辺りはちゃんと話していなかったので、困惑するケリー。

「そもそも、結婚する前に家から出てるから貴族じゃないのよ。まあ、これを話すと長くなるから、またにしてちょうだい。」
「は、はぁ…」

 咳払いをして、バニラが気を取り直す。

「ケリーさんを迎えに来た。子供が多く賑やかすぎる家だが、ここで母子だけよりは良いと思う。」
「ケリー。一家以外と繋がりの薄い、子供の経験の為にも頼む。」

 バニラとオレがそう言うと、ケリーが自分の子供たちを見た。

「給金も弾むわ。それに、子供たちもすごくかわいいからちゃんとした服を用意してあげたいのよ。」

  羊系特有のふわふわ毛。栄養、衛生状態が改善されて艶は良くなったが、手入れまではちゃんとされていない。アリスとしてはそれがとても惜しいのだろう。

「ん?少し見せてくれるか?」

 何か気になったのか、靴を脱いで上がるバニラ。
 子供だけでなく、ケリーの体の状態も確認していた。

「火傷の跡があるな。そうか、リザレクションするほどじゃなくて見過ごしたか。」

 馴れ初めについては話してあるので、深くは追求しない。

【リザレクション】

 バニラが魔法を掛けると、みるみる内に傷が消え、想像しなかった光景が目の前に広がった。

「あっ…」

 目を点にするオレたちを見て、事態を察したケリー。
 余りの光景に、オレたちは言葉を失っていた。

「だ、黙っていて申し訳ございません…
 私は金毛羊なのです…」
『なんだってー!?』

 思わず声を上げるオレたち、プレイヤー組であった。




 人化出来る獣である金毛羊。
 神獣や霊獣と公式には呼ばれていたが、たびたびイベントで現れて、その毛を報酬として分けてくれたことから金鉱ちゃんとか呼ばれた憐れな神獣である。
 その髪はふわふわではなく、長くサラサラの金糸のようで、美しいの一言に尽きる。
 子供たちにはその因子は受け継がれていないようだが…

「その毛を売れば一生安泰だったのでは?」
「出所が不明ですし、羊が持っていたら怪しまれるだけですから…」

 その通りで反論できない。
 バレたりしたら、幽閉され、毛を刈られ続けるだけの人生になるだろうな…

「どうやってその特徴を抑えていたんだ?魔法とは思えないんだが。」

 気になったようで、バニラが尋ねる。

「強い熱に晒されると輝きが失われるのです。その程度なら生活魔法でも出来ますから。」
「自分でわざわざ髪を痛めていたのね…」
「火傷跡はそれだったか…」

 頭を抱えるバニラ。
 治すことで解決できない問題に遭遇し、悩ましいのだろう。これは少し、厄介な問題に思える。

「切ると輝きは消えるか?」
「そんな事は無いはずです。熱だけですので。」
「じゃあ、少し切らせてくれ。対策を研究したい。」
「…はい。」

 少し、躊躇ってからバニラの提案に乗ることにしたようだ。原因はバニラだが、そのバニラに火傷を治してもらっている事もあり、拒否する理由がなかったのだろう。
 髪をハサミでザクザクと毛先を揃えるように切り、切ったものはそのまま亜空間収納に入れて出してを繰り返し、状態の確認もしていた。

「このままじゃ出歩けないな。父さん頼む。」
「責任重大だな…魔法を見せてくれ。」
「はい。」

【灯火】

 ちょうど、ケリーの指先程度の大きさの火が灯る。

【灯火】

 トレースして同じくらいにしてみる。
 これなら同時にいくつでもやれそうだ。

「毛先から丁寧に、やり過ぎないようにな。やり過ぎると切れるから。」
「経験者は語る?」
「あれは悲惨だった。昔、料理の時にうっかり…って、遥香!何を言わせる!?」

 会った頃からそこまで髪の長くないバニラの事情は深く詮索はせず、作業を始める。
 最初は丁寧に距離と状態を確認。そう近付けなくても、輝きが失われ、子供たちと同じ白い髪になる。

「数を増やしても良さそうだな?」
「ああ。ふわふわにするのは、わたしたちに任せてくれ。」

【灯火】

 一気に10ほどの火を出現させ、髪から一定距離まま上へと移動させる。
 眩しいくらいの金の輝きは失われ、子供同様の白い髪になっていた。
 魔法を解除し、アリスと場所を変わった。

「ここからは私たちの出番ね。髪を洗う所から始めるわよ。」
「こ、ここで、ですか?」
「うちの長女の魔法を信じて。当世最高の術式士なんだから。」
「は、はい…」

 時間が掛かりそうな上、居ても邪魔だと思うので外に出ると、スッと離れる反応があった。

「ユキ。」
「把握しておりやす。もう少し、泳がしておきやしょう。」
「分かった。」

 オレよりも町の事に詳しいユキの判断だ。任せて間違いは無いだろう。

「しかし、また変わった拾い物でしたねぇ。」
「そうだな。偶然とはいえ、あそこで遥香を止めなくて良かったよ…」
「普通の羊だったら?」
「この辺のやり取りが無かっただけじゃないか?」
「ちげぇねぇですぜ。」

 クスクス笑うユキ。
 家の中では、女性陣があーだこーだと意見を言い合っている。久し振りの再開に、少しテンションが上がってしまっている気がするな。

「みんな、とりあえずで良いぞ。細かく色々とするのは帰ってからだ。」
『はーい。』

 不本意のようだが納得してくれる。
 流石に、ここで完璧を追求されるのは困るからな。

「お父さん、荷物は私が預かってるから、終わったらすぐに出れるよ。」
「そうか。変わりはなかったか?」
「…後で話すね。」
「分かった。」

 遥香と話し終えると、マリー、ミリー、メリーの3人が出てくる。
 まだ着替えていないが、髪に櫛が入ったのか、清潔感が増していた。

「うちのチビたちが惚れなきゃいいですが。」

 冗談めかしてユキがそんな事を言うが、3人揃って顔を赤くして俯いたり、背けたりしてしまった。

「お待たせしました。」

 ケリーも出てくるが、髪型が整えられた事で印象が大きく違っていた。
 これは、明日から職場が大変そうだな。

「じゃあ、行こうか。オレたちと、4人の新居へ。」
『おー!』

 ずっと何か不安そうにしていたケリーだったが、ここに来てようやくそれが消え、よそよそしい感じが拭えずに居た子供達もようやく年相応の表情を見せてくれる。
 新天地でのそう長くはない新生活に、ようやく足並みが揃った気がした。
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