177 / 307
第2部
16話
しおりを挟む
北部から帰還してもうすぐ2ヶ月。
その間にフブキさんはフェルナンドさんの元へと移っていた。今生の別れではないので、親子三代のお別れはあっさりしたものだ。
「お婆とは、今日でお別れですね。」
なんだかんだでお婆呼びが定着してしまったフブキさん。自分の事もお婆と呼んでいた。
「あたしもフブキ様について行かせてもらうよ。もう、あたしが居なくても大丈夫だろう?」
だが、婆やと呼ばれたエレナさんは別だ。10年も一緒に居ればこちらも寂しくなる。
「この前の事でよーく分かった。あたしみたいなのが付いて行ったらいつか邪魔になっちまう。そうなっちまったら悔やみきれないよ…」
しっかり考えての事だろう。オレに止める事は出来ない。
別れる際、婆や婆やと特に慕っていた悠里が一番悲しんでいた。一番振り回していた悠里だが、エレナさんもそれを楽しんでいた気がする。
「婆や…また会えるでしょ?」
「ええ、会えますとも。東部に来ればまた会えますから。」
オレたち夫婦たちには非常にあっさりとした挨拶だったが、子供たちとは、本当に一分一秒を惜しむような別れ方だった。
「あたしとしてはもっと早くハルカ様と出会いたかったねぇ…
どうしてこんなロクでなしを目標にしちまったんだか…」
エレナさん、それはオレも不思議だが、心に確定ダメージが発生するのでやめてほしい…
「ば、婆や、大丈夫。大丈夫だから…」
「ハルカ様が大丈夫と答えるのは大丈夫じゃないんだよ。」
そう言って、エレナさんは遥香を抱き締めた。
改めて、ハルカの成長を感じる。身長も体型も女性と呼んで差し支えないだろう。
もう、子供扱いは出来ない。
「…うん。安心してよ。もう白閃法剣は調子に乗らないから。」
「でも、自信は持っておくれ。あたしには、堂々と旗を掲げる白閃様が誇らしかったよ。」
「ありがとう、婆や。」
小言を度々言われ、生活改善に成功した遥香。
最近は、遥香が積極的にエレナさんを手助けする姿をよく見ていた。
昔、管理された生活を送っていた反動でだらけていたようなので、模範的な生活態度というのはしっかり染み付いていたようだ。
「婆や、お父様とお母様をお願いね。特にお父様は鍛え甲斐があるから。」
「かしこまりました。ジュリア様。」
次の犠牲者はフェルナンドさんか。今のうちに冥福を祈らせてもらおう…
まあ、オレのように匙を投げられる可能性もあるが。
「これ以上は名残惜しくなっちまうからね。」
「じゃあ、二人を送ってくる。」
「私も付き添いますわ。」
「私も。」
こうして、フィオナ、アリスと共にエレナさんとフブキを総領府に送った。
別れ際に一家の印が刻まれたタンブラーと、ノラが育てた花のブーケを渡すと、エレナさんは感極まり、フブキとアリスも釣られて涙ぐんでいた。
今生の別れではないのは分かっていても、やはり家族が離れるのは寂しいものを感じる…
家に帰ってくると、ドワーフの職人がやって来ていた。
「あんたがヒガンの旦那さんですか。あーしはこの度、旦那さん方の船を仕立てるお手伝いをしております船職人のローナと申します。」
女性だが、出会うなり頭を下げられたので、顔がよく分からない。
「ヒガンだ。そっちは順調か?
不都合があれば支援をするが。」
そう答えると、ローナは顔を起こして首を大きく横に振った。活発そうな顔付きの可愛らしい女性…ドワーフという事もあって成人しているのかよく分からないな。
「とんでもねぇ!今日は完成予定をお伝えに来ただけなんで。」
「ローナは若いけど腕の良い職人だよー。」
「まあ、今回の仕事は親方の助手なんですけどね…」
恥ずかしそうに答えるローナ。
助手というか、パシリにされているところか。若い内はこき使われているのはどこも一緒である。
「おまえがローナか。話は梓から聞いているぞ。魔導創士のバニラだ。」
奥からバニラが現れて握手を求めた。
体調も髪の色も元に戻っており、むしろ瞑想と調整を繰り返したおかげで、以前より調子が上がっているそうだ。
やはり困惑するローナ。握手はなかなか根付かないな。
「手を握り返すんだよー。それが私たちの流儀。」
「あ、ああ。そうでしたね。
…魔国創士の名は、名匠と共に職人世界に轟いております。光栄です!」
戸惑いは吹き飛び、キラキラした眼差しでバニラの手を握り返した。
風通しの良い地域の職人なら、知らぬ者はいない二人だ。好悪は別として。
「このタイミングという事は順調か?」
「へい!少しだけ遅れますが、概ね予定通りとなります。試作で出た問題点は解消されて、お渡しする分も現在5割程度の進行です。」
それを聞き、二人が考え込む仕草をする。
「という事は、問題点があったって事なんだー?」
「ほぼ、ライトクラフトのノウハウを注ぎ込んだんだが、浮遊車も改修が必要かもしれないな。」
書類を受け取ると、二人で半分ずつ読み始める。
「少し確認するから待っていてくれ。母さん。」
「はい、分かっております。では、応接室の方へお通ししますね。」
「お、おうせつ…いえ、あーしなら、その辺で時間を」
「柊、連れていってくれ。」
「姉さんも荒っぽいなぁ。」
苦笑いしながら、ドワーフ特有の小さくて重い体を軽々と持ち上げてみせる。
「ひい~!」
悲鳴を上げながら、ドワーフの少女は応接室へと連れていかれてしまった。少女で良いんだろうか?
「私が相手をするわ。」
「あたしもいきやしょう。海はよくわからねぇんで。」
そう言って、アリスとユキも応接室へと入って行った。任せておけば問題は無いだろう。
「トレーラーを出すか?」
今はノラの温室がある部分しか外に出しておらず、他は亜空間収納にしまったままだ。
「うーん。ちょっとすぐにはどうこう出来ないかもー。」
「そうだな。試作を作って実験してからだ。」
そう答えると、二人は紙を交換して再び読み始めた。
カトリーナの方を見ると、微笑んでからキッチンへと向かった。面倒を避けたようで遥香は姿すら見せていない。
気を利かせた梓が読んでいた紙を渡してきたが、おとーちゃんには理解できない内容だよ…
気密性や接合部分に問題がある、という事のようだ。その改善策と結果も記されており、試作は上手くいったらしい。
「うーん。気密が甘かったのかー…」
「水中は難しいなぁ…」
「バランスも良くなかったみたいだねー…」
葬儀のような雰囲気の二人。
大失敗ではなかったようだが、なかなかのしくじりだったようだ。
「ローナの所に行こうか。おとーちゃんもだよ。」
「発注者不在は良くないからな。」
二人に書類を押し付けられ、袖を掴まれながら応接室に向かうことになったのだった。
「来月、天気の良い時に進水。その後、仕上げ作業を行い、試験航行、点検、調整をして完成です。」
「これだけの課題改善、感服するよ。」
「そうだねー。ウォータージェットの形状改善、ライトクラフトの配置の最適化、船体もちょっと大きくなってる?」
変更後の物と設計図の写しを見比べながら、梓が驚いた表情で言う。
「いえ、大きさは変わってません。試験の結果、想像以上の耐久性があると分かりましたんで、その分だけ船室を広くしてるんです。」
「装甲、重くないの?」
「オーバーミスリルが軽い上に丈夫ですからね。主流の銅張りとは比べもんになりやせんよ!」
オーバーミスリルを使った船など他に無いだろう。これだけの大きさに使うのにかなり苦労もしたはずだ。
「側は丈夫でも、中はどうだ?」
「この装甲が抜かれるようなら、今の技術で対処ができる気がしやせんけど、親方は問題ねぇと言ってやす。
まあ、ライトクラフトの乗り物を入れとくとなると、空きが必要なんで、それに合わせて他も広げた感じです。」
「最初は逆に狭めてたのか…」
「隔壁で部屋を区切れますけどね。」
バニラとローナが紙を指差し合いながら話す。
一応、隔壁も備えてあるようだが、そんな物が必要な事は無いと思いたい…
「あと、船を飛ばせるようにしたいと親方が言ってやした。」
『飛ばす?』
流石に想定していなかったようで、バニラと梓が驚いた顔になった。
「ただ、普通に浮かすんじゃ船体が耐えられないようなんで、今後の課題だそうですが。」
『無理だったかー…』
二人揃ってガッカリする。
「船職人も負けてられないってことか。」
「そうですとも!いずれ空にも船を浮かべる!と意気込んでやしたよ。」
グッと握り拳を作り、宣言するように言うローナ。親方の真似だろうか?
「そうか。作れるようになったら依頼をさせてもらうよ。」
「その時をお待ちしております。ヒガンの旦那さん!」
こうして中間報告は終了し、ローナは家で一泊して帰ることになった。
梓以外ではあまり接することの無いドワーフだからか、ノエミとジェリーの玩具にされて気が休まらなかった事だろう。見てる分には微笑ましかったが。
進捗確認を含め、バニラと梓が先行してローナを送ることになった。
馬車旅らしいが、大丈夫だろうか?特に酔うバニラ。
それ以上に、二人揃って新作水着にルンルンだったな…
そんなことを思いつつ居間に戻ると、すぐに玄関のドアが開く音がする。
「だめだったよ…」
バニラだけぐったりして、泣きそうな声で戻ってきた。
病み上がりが無茶しやがって…
すぐに東部へ行っても良かったが、子供たちにはこちらにも慣れてもらいたい事もあり、母達と買い物に行ったり、メイド達と散歩をする機会を増やした。
自然が多く、公園のような広場が多いのが東部の特徴だ。遊ばせるにはちょうど良い。
常に遥香とアッシュをお供にしてるから、滅多なことも起きないだろうしな。
オレはというと、造船所に行けなかったバニラと新装備の訓練をしていた。
宙を駆け回る5つの黒い箱と5つの黒い柱。箱は家に積んであった木製の試作より一回り大きく、素材は箱も柱も側はオーバーオリハルコンとオーバーミスリルが2層ずつ、中心の枠はオーバーブルーメタルという重量級の凶器で、建物内で無闇に振り回せる物じゃない。
ライトクラフトとエアロジェットで動いているが、エアロジェット部分はウォータージェットと交換もできるそうだ。
箱と柱は離れているが、合体も出来る上に、基本的に組を作って連動させている。所有者専用のリレー機能も備えており、それぞれから魔法を発動できるが、発動点が10必要な状況は滅多に起こらないだろう。
バニラは箱2、柱2となっている。最大8まで増やせるようだが、ポジション的に余裕を持っておきたいらしい。
「遥香とフィオナには準備してないのか?」
「この大きさだからな。前衛だと邪魔になりそうだ。」
「箱だけだとどうだ?」
「そこまで器用に戦えるか、という問題がある。父さんくらいの位置なら良いが、二人はポジションが前過ぎて操作する余裕がない気がするんだ。
盾に仕込んだり、乗り物にするくらいなら良さそうだが。」
「ふむ…」
チャージしておいて、無詠唱で強烈なのを、という使い方や、緊急時の立て直しには使えそうだ。
『これ、どの程度まで防げるの?』
サクラがやって来て、オレの肩に座って尋ねてくる。
「柊の本気は無理だな。」
『参考にならないんだけど。』
「野盗、山賊なら薙ぎ倒せるってことだ。」
『ドラゴンは?』
「ブレスもあるから魔法で防御した方が確実だよ。」
『そういうんじゃなくて…』
「ドラゴンが乗って跳ねたくらいじゃ壊れない。」
ドラゴンが乗っても壊れない箱と柱という訳である。
『箱と柱じゃ風情が無いわね。名前は付けてあるの?』
「勝手に内心で呼んでる名前ならある。
アサルトピラーとジャック・イン・ザ・ボックスだ。」
「ビックリ箱か。」
『翻訳の違いかしら?』
「そうだな。」
「ビックリ箱じゃカッコ悪い。」
『どっちも一緒じゃない。』
「違う!違うんだ!」
バニラの操作していた柱が飛んで来て、オレの前に刺さった。
魔力の流れで軌道が読めるから驚きはしなかったが…
『ぎゃあっ!?』
サクラは違うようだ。
「す、すまん。そんなビックリするとは思わなかった…」
『これが凶器だって自覚しなさいよね!?』
もっともである。
ペコペコ頭を下げながら、秘蔵のチーズでご機嫌を取るバニラであった。
その間にフブキさんはフェルナンドさんの元へと移っていた。今生の別れではないので、親子三代のお別れはあっさりしたものだ。
「お婆とは、今日でお別れですね。」
なんだかんだでお婆呼びが定着してしまったフブキさん。自分の事もお婆と呼んでいた。
「あたしもフブキ様について行かせてもらうよ。もう、あたしが居なくても大丈夫だろう?」
だが、婆やと呼ばれたエレナさんは別だ。10年も一緒に居ればこちらも寂しくなる。
「この前の事でよーく分かった。あたしみたいなのが付いて行ったらいつか邪魔になっちまう。そうなっちまったら悔やみきれないよ…」
しっかり考えての事だろう。オレに止める事は出来ない。
別れる際、婆や婆やと特に慕っていた悠里が一番悲しんでいた。一番振り回していた悠里だが、エレナさんもそれを楽しんでいた気がする。
「婆や…また会えるでしょ?」
「ええ、会えますとも。東部に来ればまた会えますから。」
オレたち夫婦たちには非常にあっさりとした挨拶だったが、子供たちとは、本当に一分一秒を惜しむような別れ方だった。
「あたしとしてはもっと早くハルカ様と出会いたかったねぇ…
どうしてこんなロクでなしを目標にしちまったんだか…」
エレナさん、それはオレも不思議だが、心に確定ダメージが発生するのでやめてほしい…
「ば、婆や、大丈夫。大丈夫だから…」
「ハルカ様が大丈夫と答えるのは大丈夫じゃないんだよ。」
そう言って、エレナさんは遥香を抱き締めた。
改めて、ハルカの成長を感じる。身長も体型も女性と呼んで差し支えないだろう。
もう、子供扱いは出来ない。
「…うん。安心してよ。もう白閃法剣は調子に乗らないから。」
「でも、自信は持っておくれ。あたしには、堂々と旗を掲げる白閃様が誇らしかったよ。」
「ありがとう、婆や。」
小言を度々言われ、生活改善に成功した遥香。
最近は、遥香が積極的にエレナさんを手助けする姿をよく見ていた。
昔、管理された生活を送っていた反動でだらけていたようなので、模範的な生活態度というのはしっかり染み付いていたようだ。
「婆や、お父様とお母様をお願いね。特にお父様は鍛え甲斐があるから。」
「かしこまりました。ジュリア様。」
次の犠牲者はフェルナンドさんか。今のうちに冥福を祈らせてもらおう…
まあ、オレのように匙を投げられる可能性もあるが。
「これ以上は名残惜しくなっちまうからね。」
「じゃあ、二人を送ってくる。」
「私も付き添いますわ。」
「私も。」
こうして、フィオナ、アリスと共にエレナさんとフブキを総領府に送った。
別れ際に一家の印が刻まれたタンブラーと、ノラが育てた花のブーケを渡すと、エレナさんは感極まり、フブキとアリスも釣られて涙ぐんでいた。
今生の別れではないのは分かっていても、やはり家族が離れるのは寂しいものを感じる…
家に帰ってくると、ドワーフの職人がやって来ていた。
「あんたがヒガンの旦那さんですか。あーしはこの度、旦那さん方の船を仕立てるお手伝いをしております船職人のローナと申します。」
女性だが、出会うなり頭を下げられたので、顔がよく分からない。
「ヒガンだ。そっちは順調か?
不都合があれば支援をするが。」
そう答えると、ローナは顔を起こして首を大きく横に振った。活発そうな顔付きの可愛らしい女性…ドワーフという事もあって成人しているのかよく分からないな。
「とんでもねぇ!今日は完成予定をお伝えに来ただけなんで。」
「ローナは若いけど腕の良い職人だよー。」
「まあ、今回の仕事は親方の助手なんですけどね…」
恥ずかしそうに答えるローナ。
助手というか、パシリにされているところか。若い内はこき使われているのはどこも一緒である。
「おまえがローナか。話は梓から聞いているぞ。魔導創士のバニラだ。」
奥からバニラが現れて握手を求めた。
体調も髪の色も元に戻っており、むしろ瞑想と調整を繰り返したおかげで、以前より調子が上がっているそうだ。
やはり困惑するローナ。握手はなかなか根付かないな。
「手を握り返すんだよー。それが私たちの流儀。」
「あ、ああ。そうでしたね。
…魔国創士の名は、名匠と共に職人世界に轟いております。光栄です!」
戸惑いは吹き飛び、キラキラした眼差しでバニラの手を握り返した。
風通しの良い地域の職人なら、知らぬ者はいない二人だ。好悪は別として。
「このタイミングという事は順調か?」
「へい!少しだけ遅れますが、概ね予定通りとなります。試作で出た問題点は解消されて、お渡しする分も現在5割程度の進行です。」
それを聞き、二人が考え込む仕草をする。
「という事は、問題点があったって事なんだー?」
「ほぼ、ライトクラフトのノウハウを注ぎ込んだんだが、浮遊車も改修が必要かもしれないな。」
書類を受け取ると、二人で半分ずつ読み始める。
「少し確認するから待っていてくれ。母さん。」
「はい、分かっております。では、応接室の方へお通ししますね。」
「お、おうせつ…いえ、あーしなら、その辺で時間を」
「柊、連れていってくれ。」
「姉さんも荒っぽいなぁ。」
苦笑いしながら、ドワーフ特有の小さくて重い体を軽々と持ち上げてみせる。
「ひい~!」
悲鳴を上げながら、ドワーフの少女は応接室へと連れていかれてしまった。少女で良いんだろうか?
「私が相手をするわ。」
「あたしもいきやしょう。海はよくわからねぇんで。」
そう言って、アリスとユキも応接室へと入って行った。任せておけば問題は無いだろう。
「トレーラーを出すか?」
今はノラの温室がある部分しか外に出しておらず、他は亜空間収納にしまったままだ。
「うーん。ちょっとすぐにはどうこう出来ないかもー。」
「そうだな。試作を作って実験してからだ。」
そう答えると、二人は紙を交換して再び読み始めた。
カトリーナの方を見ると、微笑んでからキッチンへと向かった。面倒を避けたようで遥香は姿すら見せていない。
気を利かせた梓が読んでいた紙を渡してきたが、おとーちゃんには理解できない内容だよ…
気密性や接合部分に問題がある、という事のようだ。その改善策と結果も記されており、試作は上手くいったらしい。
「うーん。気密が甘かったのかー…」
「水中は難しいなぁ…」
「バランスも良くなかったみたいだねー…」
葬儀のような雰囲気の二人。
大失敗ではなかったようだが、なかなかのしくじりだったようだ。
「ローナの所に行こうか。おとーちゃんもだよ。」
「発注者不在は良くないからな。」
二人に書類を押し付けられ、袖を掴まれながら応接室に向かうことになったのだった。
「来月、天気の良い時に進水。その後、仕上げ作業を行い、試験航行、点検、調整をして完成です。」
「これだけの課題改善、感服するよ。」
「そうだねー。ウォータージェットの形状改善、ライトクラフトの配置の最適化、船体もちょっと大きくなってる?」
変更後の物と設計図の写しを見比べながら、梓が驚いた表情で言う。
「いえ、大きさは変わってません。試験の結果、想像以上の耐久性があると分かりましたんで、その分だけ船室を広くしてるんです。」
「装甲、重くないの?」
「オーバーミスリルが軽い上に丈夫ですからね。主流の銅張りとは比べもんになりやせんよ!」
オーバーミスリルを使った船など他に無いだろう。これだけの大きさに使うのにかなり苦労もしたはずだ。
「側は丈夫でも、中はどうだ?」
「この装甲が抜かれるようなら、今の技術で対処ができる気がしやせんけど、親方は問題ねぇと言ってやす。
まあ、ライトクラフトの乗り物を入れとくとなると、空きが必要なんで、それに合わせて他も広げた感じです。」
「最初は逆に狭めてたのか…」
「隔壁で部屋を区切れますけどね。」
バニラとローナが紙を指差し合いながら話す。
一応、隔壁も備えてあるようだが、そんな物が必要な事は無いと思いたい…
「あと、船を飛ばせるようにしたいと親方が言ってやした。」
『飛ばす?』
流石に想定していなかったようで、バニラと梓が驚いた顔になった。
「ただ、普通に浮かすんじゃ船体が耐えられないようなんで、今後の課題だそうですが。」
『無理だったかー…』
二人揃ってガッカリする。
「船職人も負けてられないってことか。」
「そうですとも!いずれ空にも船を浮かべる!と意気込んでやしたよ。」
グッと握り拳を作り、宣言するように言うローナ。親方の真似だろうか?
「そうか。作れるようになったら依頼をさせてもらうよ。」
「その時をお待ちしております。ヒガンの旦那さん!」
こうして中間報告は終了し、ローナは家で一泊して帰ることになった。
梓以外ではあまり接することの無いドワーフだからか、ノエミとジェリーの玩具にされて気が休まらなかった事だろう。見てる分には微笑ましかったが。
進捗確認を含め、バニラと梓が先行してローナを送ることになった。
馬車旅らしいが、大丈夫だろうか?特に酔うバニラ。
それ以上に、二人揃って新作水着にルンルンだったな…
そんなことを思いつつ居間に戻ると、すぐに玄関のドアが開く音がする。
「だめだったよ…」
バニラだけぐったりして、泣きそうな声で戻ってきた。
病み上がりが無茶しやがって…
すぐに東部へ行っても良かったが、子供たちにはこちらにも慣れてもらいたい事もあり、母達と買い物に行ったり、メイド達と散歩をする機会を増やした。
自然が多く、公園のような広場が多いのが東部の特徴だ。遊ばせるにはちょうど良い。
常に遥香とアッシュをお供にしてるから、滅多なことも起きないだろうしな。
オレはというと、造船所に行けなかったバニラと新装備の訓練をしていた。
宙を駆け回る5つの黒い箱と5つの黒い柱。箱は家に積んであった木製の試作より一回り大きく、素材は箱も柱も側はオーバーオリハルコンとオーバーミスリルが2層ずつ、中心の枠はオーバーブルーメタルという重量級の凶器で、建物内で無闇に振り回せる物じゃない。
ライトクラフトとエアロジェットで動いているが、エアロジェット部分はウォータージェットと交換もできるそうだ。
箱と柱は離れているが、合体も出来る上に、基本的に組を作って連動させている。所有者専用のリレー機能も備えており、それぞれから魔法を発動できるが、発動点が10必要な状況は滅多に起こらないだろう。
バニラは箱2、柱2となっている。最大8まで増やせるようだが、ポジション的に余裕を持っておきたいらしい。
「遥香とフィオナには準備してないのか?」
「この大きさだからな。前衛だと邪魔になりそうだ。」
「箱だけだとどうだ?」
「そこまで器用に戦えるか、という問題がある。父さんくらいの位置なら良いが、二人はポジションが前過ぎて操作する余裕がない気がするんだ。
盾に仕込んだり、乗り物にするくらいなら良さそうだが。」
「ふむ…」
チャージしておいて、無詠唱で強烈なのを、という使い方や、緊急時の立て直しには使えそうだ。
『これ、どの程度まで防げるの?』
サクラがやって来て、オレの肩に座って尋ねてくる。
「柊の本気は無理だな。」
『参考にならないんだけど。』
「野盗、山賊なら薙ぎ倒せるってことだ。」
『ドラゴンは?』
「ブレスもあるから魔法で防御した方が確実だよ。」
『そういうんじゃなくて…』
「ドラゴンが乗って跳ねたくらいじゃ壊れない。」
ドラゴンが乗っても壊れない箱と柱という訳である。
『箱と柱じゃ風情が無いわね。名前は付けてあるの?』
「勝手に内心で呼んでる名前ならある。
アサルトピラーとジャック・イン・ザ・ボックスだ。」
「ビックリ箱か。」
『翻訳の違いかしら?』
「そうだな。」
「ビックリ箱じゃカッコ悪い。」
『どっちも一緒じゃない。』
「違う!違うんだ!」
バニラの操作していた柱が飛んで来て、オレの前に刺さった。
魔力の流れで軌道が読めるから驚きはしなかったが…
『ぎゃあっ!?』
サクラは違うようだ。
「す、すまん。そんなビックリするとは思わなかった…」
『これが凶器だって自覚しなさいよね!?』
もっともである。
ペコペコ頭を下げながら、秘蔵のチーズでご機嫌を取るバニラであった。
0
お気に入りに追加
1,065
あなたにおすすめの小説
最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした
服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜
大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。
目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!
そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。
まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!
魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!
転生者は冒険者となって教会と国に復讐する!
克全
ファンタジー
東洋医学従事者でアマチュア作家でもあった男が異世界に転生した。リアムと名付けられた赤子は、生まれて直ぐに極貧の両親に捨てられてしまう。捨てられたのはメタトロン教の孤児院だったが、この世界の教会孤児院は神官達が劣情のはけ口にしていた。神官達に襲われるのを嫌ったリアムは、3歳にして孤児院を脱走して大魔境に逃げ込んだ。前世の知識と創造力を駆使したリアムは、スライムを従魔とした。スライムを知識と創造力、魔力を総動員して最強魔獣に育てたリアムは、前世での唯一の後悔、子供を作ろうと10歳にして魔境を出て冒険者ギルドを訪ねた。
アルファポリスオンリー
異世界に転生した俺は元の世界に帰りたい……て思ってたけど気が付いたら世界最強になってました
ゆーき@書籍発売中
ファンタジー
ゲームが好きな俺、荒木優斗はある日、元クラスメイトの桜井幸太によって殺されてしまう。しかし、神のおかげで世界最高の力を持って別世界に転生することになる。ただ、神の未来視でも逮捕されないとでている桜井を逮捕させてあげるために元の世界に戻ることを決意する。元の世界に戻るため、〈転移〉の魔法を求めて異世界を無双する。ただ案外異世界ライフが楽しくてちょくちょくそのことを忘れてしまうが……
なろう、カクヨムでも投稿しています。
どこにでもある異世界転移~第三部 俺のハーレム・パーティはやっぱりおかしい/ラッキースケベは終了しました!
ダメ人間共同体
ファンタジー
第三部 今最後の戦いが始る!!・・・・と思う。 すべてのなぞが解決される・・・・・と思う。 碧たちは現代に帰ることが出来るのか? 茜は碧に会うことが出来るのか? 適当な物語の最終章が今始る。
第二部完結 お兄ちゃんが異世界転移へ巻き込まれてしまった!! なら、私が助けに行くしか無いじゃ無い!! 女神様にお願いして究極の力を手に入れた妹の雑な英雄譚。今ここに始る。
第一部完結 修学旅行中、事故に合ったところを女神様に救われクラスメイトと異世界へ転移することになった。優しい女神様は俺たちにチート?を授けてくれた。ある者は職業を選択。ある者はアイテムを選択。俺が選んだのは『とても便利なキッチンセット【オマケ付き】』 魔王やモンスター、悪人のいる異世界で生き残ることは出来るのか?現代に戻ることは出来るのか?
チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい
616號
ファンタジー
不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。
迷い人 ~異世界で成り上がる。大器晩成型とは知らずに無難な商人になっちゃった。~
飛燕 つばさ
ファンタジー
孤独な中年、坂本零。ある日、彼は目を覚ますと、まったく知らない異世界に立っていた。彼は現地の兵士たちに捕まり、不審人物とされて牢獄に投獄されてしまう。
彼は異世界から迷い込んだ『迷い人』と呼ばれる存在だと告げられる。その『迷い人』には、世界を救う勇者としての可能性も、世界を滅ぼす魔王としての可能性も秘められているそうだ。しかし、零は自分がそんな使命を担う存在だと受け入れることができなかった。
独房から零を救ったのは、昔この世界を救った勇者の末裔である老婆だった。老婆は零の力を探るが、彼は戦闘や魔法に関する特別な力を持っていなかった。零はそのことに絶望するが、自身の日本での知識を駆使し、『商人』として新たな一歩を踏み出す決意をする…。
この物語は、異世界に迷い込んだ日本のサラリーマンが主人公です。彼は潜在的に秘められた能力に気づかずに、無難な商人を選びます。次々に目覚める力でこの世界に起こる問題を解決していく姿を描いていきます。
※当作品は、過去に私が創作した作品『異世界で商人になっちゃった。』を一から徹底的に文章校正し、新たな作品として再構築したものです。文章表現だけでなく、ストーリー展開の修正や、新ストーリーの追加、新キャラクターの登場など、変更点が多くございます。
神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜
月風レイ
ファンタジー
グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。
それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。
と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。
洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。
カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。
元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜
ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。
社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。
せめて「男」になって死にたかった……
そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった!
もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる