召喚者は一家を支える。

RayRim

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第1.5部

番外編 〈魔国創士〉は現場を調べる

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〈魔導創士バニラ〉

「お邪魔します。」

 なんだか揉めている様子のエレナ婆さん宅。
 隣人達を掻き分けて、家の中に潜り込んだ。

「今度はどこの悪ガキだい!」
「陛下から創士を賜った小娘です!」

 あまりの剣幕にわたしは思わず竦み上がる。

「あ、これは、失礼したね…」

 決まりが悪そうに謝るエレナさん。
 年少組がボロボロにされている姿に目を疑う。

「おい、お前達どうした。遥香とアクアはどうした?いや、その前に治療をするぞ。」

 うちで鍛えている連中だ。服はボロボロだが、体は軽傷にも満たない様子である。
 ヒールで全員を治し、洗浄と浄化できれいにしてやった。
 
「先輩、申し訳ございません…
 手を出すなと言われていましたので…」
「大怪我したり、拐われたヤツはいないな?」
「大丈夫です。みんないます。」
「遥香は?」
「後を追ってます。寝床を突き止めるって言っていました。」

 寝床を突き止めるか…
 それだけで済めば良いが、一応釘は刺しておこう。

(遥香、【念話】だ。届いているな?)
『うん。聴こえてるよ。』

 通話器から声が帰ってくる。話しても大丈夫という事だろう。

「全員無事だ。見た目ほど大したことはない。」
『うん、分かってる。それでも、傷付けられたものはあるから。』
「アクアはどうした?」
『お目付け役もいますよー…』
「じゃあ、寝床を突き止めたら帰ってこい。エレナさんを心配させるんじゃないぞ。」
『うん。わかった。向こうが動いたから追うね。』
「ああ。お前の事だから心配はしないでおくぞ。」
『ふふ。ありがとう、お姉ちゃん。』

 通話が終わる。全体に伝わってるはずなので、むしろ心配なのはリナ母さんだが…まあ、チビもいるし、大人しくしてくれているだろう。

「父さんは下ですか?」
「ああ。英雄様は子供たちをほっぽって調べものだそうだ。まったく…」

 遥香に任せている、という事情もあるが、今は居ない。戻ってくるまではわたしがここに居よう。

「先輩、ありがとうございます。もう大丈夫ですから。」
「服も破れているな。補修しておこう。」

 修理もして、見た目は綺麗さっぱりといったところだ。

「…全部魔法で済ませちまうのかい。大したもんだね。」
「よく知る制服だから出来るんですよ。ちゃんと補修素材もありますし。」

 狭い部屋に居心地悪そうにする年少組。帰しても良いが、少し話を聞いておこう。

「何があったか聞いても?」
「…あの子達の関係者だよ。金を借りてたらしくてね、あたしにゃ返す当てがないと言ったら暴れ始めて…」

 なるほど。そこに年少組が着いたと。遥香は更に遅れて到着した感じか。

「そうか。みんな、よく我慢したな。」

 一人ずつ、順番に頭を撫でてやる。背が高くて届かなかったヤツも居たが、頭を下げてもらった。
 全員、照れつつも、誇らしげな笑顔を見せる。

「まったく、あんたたちは見た目と中身が一致しなくて困るよ…」

 わたしの姿を見て、複雑そうな笑みを浮かべるエレナさん。わたしも眺める側だったらそう言う。

「子供たち、連中はわたしたちに任せてくれ。ちゃんと対処しよう。」

 十分強いが、荒事を解決させるにはまだ早い。
 ここからはわたしたちの仕事だ。

「エレナさん、わたしたちが来た理由は聞いていますか?」
「いや、聞いてないね。バタバタしてたから…」

 そのまま飛び出したか。
 アクアも、遥香に付いていくしかなかっただろうから仕方ない。

「実はおめでたが続いていまして。
 わたしたちは魔物や厄介事には百戦錬磨を自負しているが、子育ては未経験。」
「あたしにオムツを替えさせろって言うのかい?」
「いいえ。それは母や姉妹達、メイドたちでやります。経験の為にこの子達にもやらせる事もあるかもしれませんが。」

 顔を見合わせる年少組。宣言したから覚悟しろ。

「はぁ…ここも居辛くなっちまったからね…」
「バニラ。」

 父さんが地下室から出て来てわたしを呼ぶ。
 子供達を放り出してなにをしていたのか。

「待て、言いたいことは分かる。後でいくらでも説教も聞く。」

 分かっている様で、先手を打ってきた。

「後でブルーメタル抱きの刑だ。」
「いや、抱くだけなら…」
「何言ってる。
 クソ硬い三角形のブルーメタルの上に正座して、足にクソ重いブルーメタルを載せていくんだ。」
「大変申し訳ございませんでした。」

 魔国英雄は魔法だけでなく、土下座も美しかった。だが、謝ってももう遅い!

「ただいま。おばあちゃん、ごめんね。」
「良いんだよ。あの子らを匿ったツケを払ってるだけさ。」
「…旦那様はなぜ土下座を?」

 話がなかなか進まないので、土下座の旦那は放っておくことにした。

「後で良い。それより遥香、理由は伝えたから後は任せるぞ。」
「うん。おばあちゃん。」

 遥香が歩み寄ると、威圧を受けたかの様に後退りするエレナさん。
 それを見て、遥香は控えめに両手を広げ、なにもしないアピールをする。

「お母さんたちの力になって欲しい。お母さん達にはもうお母さんがいないから、おばあちゃんのアドバイスが必要なんだ。」
「いったい英雄様はどんな女を娶ったんだい。」
「物心付いたときから戦場暮らし、実母は子供の頃に他界し、継母からは疎んじられた元貴族の娘、冤罪で勘当された元放浪娘です。」

 …簡単に説明したが、母達の育ちが不穏で子育てが不安になってきた。

「放っておけない。ついていくよ。」
「ありがとう。おばあちゃん。」
「そのおばあちゃんというの、止めてくれないかね。血も繋がってないあたしにゃもったいないよ。」
 「安心してくれエレナさん。わたしたち姉妹も、親子も血縁じゃない。」

 驚いた表情を見せてから、タメ息を吐く。

「今さら一人増えたところで、ってところかい。」
「そんなことはない。エレナさんは唯一無二だからな。」
「ありがたく乗せられてやろう。老い先短いババアの命、高名なヒガン一家にくれてやるさ。」

 エレナさんの精一杯の強がりだろう。少し、名残惜しそうに部屋を見回す。

「まったく。こんなに散らかして去ることになるなんてね…」

 嘆きの言葉に年少組が声を上げる。

『わたしたちがなおします!』

 こうしてエレナさんの指揮のもと、年少組による迅速な引っ越し作業が始まった。




 その間に、わたしと父さんは地下へと降りる。
 遥香の言った通り、殺風景な地下室には何もなく、何も感じられない。いや、感じなさすぎる…

「バニラ、見えるか?」
「何も見えないな。」

 立ち止まり、虚空を指差す父さん。いったい何があるのだろう。

「ここで遥香が能力を解放。そして、一行はここで遥香を囲んでいた所、テレポートで逃げた。」

 そんな事が分かるのか。あれから調査も捜査の手も入っているのに。

「だいぶ痕跡が乱れてるな…遥香の魔眼の影響か?」
「捜査であれこれしてるだろうしな。」
「それもそうだが、二週間で…いや?そうか。」

 何かに気付いたのか、奥の部屋の壁を探る。
 その何かを見つけ、動かすと、コンクリートの壁がスライドし、装置が出て来た。面白い仕掛けだ。

「…これは。」
「読めるな?」

 転移門があった。連中は何処からか転移門持ち込んだのか…?
 結構な重さと大きさだが、亜空間収納が使えるなら移動させるのに問題はないだろう。

「転移門だ。機能を解析し、魔導具に応用したのか?」
「いや、魔導具とリンクさせた、という方が正しい痕跡だ。外と繋がっていた痕跡もある。
 アクティベート出来ないから、もう接続先は破壊済みか、止まっているな。」
「用心深い連中で頼もしいよ。」

 思い切りが良く、用心深い。もう一つのわたしたちを相手にしているかのような怖さがあるが、まあ、本来組織とはかくあるべきだ。
 つまらないプライドに凝り固まった不相応な地位の貴族も、身の程を弁えない未熟な冒険者も、信仰心を利用したチンピラに成り下がった新興宗教も、視野も思慮も欠けていたに過ぎない。

「これ以上、秩序を乱すような殺しをしないなら協力しても良いんだがな…」
「そうだな。わたしたち一家も、ショコラの事があるからな。手が穢れていないとは言えない。」

 頷くと、父さんが転移門を亜空間収納に片付けた。
 これで、二度とここへは戻れないだろう。

「その時は四女をどう説得するかだが…」
「母親達にも協力を仰ごう。」
「そうだな。」

 わたしたちだけで考える必要はない。一家全員で考えて、答えを出せば良い。
 それでダメならこっそり協力したり、道が重ならない様にすれば良いだけだ。
 皆の元へ戻ると、部屋はきれいになっており、壊れた家具類も元通りにされていた。だが、少し甘い。

「この棚、少し歪みがあるな。椅子も机も高さが揃っていない。」

 しょんぼりする後輩達と目を逸らす遥香。お前も後輩には甘いな。
 魔法で削り、最適な状態にすると歪みやばらつきが解消された。

「だが、それ以外はしっかり出来ている。及第点をやろう。」

 安堵のタメ息を吐く年少組と遥香。お前もか。

「もう地下は良いのかい?」
「出来れば埋めたいが、良いか?」

 父さんがエレナさんに尋ねる。

「ああ、どうせ誰にも見せられないからね。」
「わかった。」

【アースウォール】

  アースウォールで一気に通路を埋めてしまうのか。亜空間収納からいちいち土を流す訳にもいかない、と思ったが、また思い切ったな…

「出来てしまえば制御は必要ないからな。これでもう地下は使えない。」
「床板はわたしがやろう。」

 建築魔法で一気に床板を張り直してしまう。
 このくらいならわたしにも容易い。

「合格だ。どう見ても新品の床板だよ。」
「綺麗すぎて逆に怪しまれるよ。ボロのカーペットでも敷いておこうかね。」

 そう言って、テーブルの下のカーペットを移動させてしまった。哀れ、わたしの渾身の仕事…
 年少組も、また汚して、と言わんばかりに睨まないでくれ…

「…さあ、引っ越しの準備は終わりだ。英雄様の御宅へ案内してもらおうか。」

 こうして、一家に新たな家族が増えた。
 エレナ婆やとはそう長い付き合いにはならないだろうが、それは亜人換算でである。
 チビたちを見守る事が中心になるこれからの婆やの生活だが、意外な事が判明する。




「婆やはエレナだったんですかい!?」
「勘当された娘はリュドミラだったのかい!?」

 意外な繋がりが判明してしまった。
 どうやら、ユキの縁者の北方エルフらしく、学生時代には世話になっていたらしい。
 白髪は歳によるものでもあるようだが、元々だったのか…

「今じゃあたしも英雄の妻。あたしの世話をしたこと、誇っても良いんですぜ?」
「誇れるもんかい。あの跳ねっ返り、いつか何かやらかすと思ってたんだよ。」
「ぐぬぬ…」

 そう言って、ユキの頭を撫でる婆や。
 歳の離れた親子にも見える。

「生きてるどころか、立派に英雄夫人になってるなんて思ってもみなかった…
 良かった…本当に良かったよ…」

 そう言って、チビを抱いているユキを抱き締めた。

「婆や、チビが潰れちまいやす。」
「おっと、そうだったね。」

 チビの頭を撫で、ユキから離れる。

「婆や、リュドミラはもう死にやした。西の荒野で野垂れ死んだんです。ここにいるのは、ヒガン一家のメイド兼アサシンのユキです。覚えておいてくだせい。」
「…一族の柱となり得たのにメイドとは、分からないもんだねぇ。」
「婆や、ユキは一家の柱よ。ユキの代わりが居なくて困ってるんだから。」

 アリスの言葉に複雑そうな笑みを浮かべるユキ。アリスに褒められるとなぜそんな顔になるのか?

「大丈夫。この子が育てば、あたしの代わりくらい簡単にやれやす。だって、あたしと旦那の子なんですから。」
「灰色エルフかい…そうだね。可愛ければ生まれなんて関係ないね。」
「それこそ、うちのお嬢様達には灰色だなんて関係ありやせんからね。将来、チビに惚れないか心配ですぜ。」

 とんでもないことを言い出すユキ。
 だが、将来はどうなるか分からないからな。60年、70年後を楽しみにしよう。

「あんたがやらかして、また追い出されないか心配だよ。」
「大丈夫よ、婆や。やらかして追い出されるならもう追い出されてるから。」
「あたしが何をしたって言うんですかい!」
「向こうの庭で旦那様を襲って、裸のまま縛り上げられてたじゃない。」
「そんな事もありやしたね…」
「リュドミラ…」

 哀れむような表情を向けられ、顔を赤くしながら背けるユキ。
 まあ、あれは遥香にされたそうだが…

「こっちは…」
「アリスよ。父は今噂のドートレス。」
「ああ、急に金回りが良くなったって噂の…」
「原因はこの娘ですぜ。」
「…なんとなく察しはついてるよ。大きな変化の裏に、一家ありって事かい。」

 そう言ってタメ息を吐き、最後にリナ母さんを見た。

「カトリーナです。一家のメイドを束ねております。」
「こいつはご丁寧に。あたしはあんたの下に入れば良いのかい?」

 チビを抱くリナ母さんは首を横に振る。

「下に入る、と言うならアリスの下に。家の仕事は私たちメイドがおりますので。」
「しかし、あたしみたいなのがそれじゃ…」
「良いのよ。私たちに身分は関係ないから。」

 笑顔で言うアリス。

「全く、良い笑顔で言ってくれるじゃないか。
 あんな良い家に住める者の余裕だと思っておくよ。」

 先に家を紹介してあるので、その事を言っているのだろう。
 呆気に取られるのはいつものことだ。わたしたちに代わり、年少組が大はしゃぎで紹介してくれた。

「アリス様、この婆や、貴女の元で誠心誠意、勤めさせていただきます。今後は何卒よろしくお願いします。」

 ベッドに座ったままのアリスに跪き、礼をする婆や。

「そこまでしなくていいのよ、婆や。
 私はただの…ではないわね。紅黒縫士のアリス。姓を持たないアリスよ。」
「だけど、」
「だけどはなし。私たちはもう家族だから。」

 そう言って、手を差し出すアリス。
 大きなタメ息を吐き、婆やはその手を握った。

「よろしくね、エレナ婆や。」
「よろしく、アリス奥様。」
「今はまだこんなだけど、奥に引っ込んでるつもりはないからね?」
「チビどもだけではなく、奥様にも手を焼きそうだね。」

 婆やもなかなか苦労しそうである。

「あたしらは先に退院になりそうです。」
「アリスを置いていくのは忍びないですが…」

 二人は体調に問題はないからな。となると…

「アリスには健康のためにイグドラシル水を飲んで貰うか。」
「あんたたち、そんな罰当たりなもんまで用意してるのかい…」
「効果は絶大だぞ。メイドの声が自分の理想のものに変わった。」
「願いが形になるっておとぎ話じゃなかったんだね…」

 そういう話もあるのか。色々あるなイグドラシル。

「あたしは家に戻らせてもらうよ。ここに居ても出来ることはないからね。」
「あ、そうだ。」

 アリスがデザイン画を一枚差し出す。

「婆やの服は年少組の子たちに作ってもらって。厳しい時は、アズサに協力してもらってちょうだい。」
「あたしは別に…」
「私が気にするの。縫士は伊達じゃないと示したいから。」
「かしこまりました。」
「よろしい。」

 そう言われ、頭を掻く婆や。
 北方エルフの扱いは、アリスに叶う気がしない。

「じゃあ、お母さんたち、私たちは帰るね。お姉ちゃんは?」
「わたしはもう少し居よう。夕飯には帰るよ。」
「うん。」

 遥香と婆や達を見送り、部屋にはわたしと父さんと母さん達だけになる。

「はぁ…あんたが一人増えた気分ね。」
「失礼な。あたしはあんなに老けていやせんぜ。」
「そういうことにしておきましょう。」

 再び、タメ息。

「大丈夫ですかい?」

 子供をあやしながらも、ユキはアリスの事を心配する。

「大丈夫、とは言えないわね。ヒガン。」
「なんだ?」

 真剣な表情で父さんを見る。

「ダメな時はイグドラシルに連れていって。その為の準備はしてあるから。」
「…わかった。」

 苦々しい表情で父さんは提案を承諾する。

「この子達の弟妹は、この体じゃもう無理らしいの。本当は出産自体止められてたんだから。」

 担当医が再三ぼやいていた。成し遂げ、退院まではさせなきゃいけないとも。
 お互いの決意があってこその双子だ。姉として、ちゃんと成長見届けねばなるまい。

「2人じゃ足りない。私もお母様みたいに、3人産まないとね。」
「そうだな。」
「旦那には、もっと頑張ってもらいやしょう。あたしもあと2人くらい欲しいんで。」
「そうですね。私もあと3人くらい産まないと。」

 とんでもないことを言い出す3人。

「待て待て。それじゃ、父さんがいつまで経っても冒険にいけない。
 わたしは父さんと、世界を暴かないといけないんだからな。」

 わたしの宣言に、父さんが頭を撫でてくれる。

「そうだな。二人目以降はその後だよ。
 大丈夫。オレたちの時間は、まだまだあるからな。」

 そう、わたしたちの時間はまだこれから。
 もっとこの世界を暴いてからでも遅くはないはずである。
 魔眼狩り一行という懸念はまだ存在する。
 だが、わたしたちにはそればかり構っている暇はない。南方への助力も必要だろう。西の荒野をなんとかする計画も立てたい。バルサス大峡谷、北の果て、ドワーフの聖域、南の大珊瑚海だって見なくては。
 わたしたちの本当の冒険は、まだ始まってすらいないのだ。
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