召喚者は一家を支える。

RayRim

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第1部

95話

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 ルエーリヴへの徒歩の旅も終わり、一先ずの実家への帰宅を果たす。馬車を追い抜けそうな早足だったので、足の遅いジュリアとアリスがユキに煽られ無理をして死にそうになってしまったが。
 ジュリアはともかく、アリスの虚弱っぷりが心配だと言ったらめちゃくちゃ怒られてしまう。
 遥香やユキ辺りを基準にしたのがまずかったようで難しい。
 ステータスの信憑性は低いのだが、それでもアリスのSTR、AGI、VITの伸びが著しく悪いので、先天的に何か問題を抱えていない事を願いたい。未知の病は看破でも把握できないので、そうではないといいが。

 入都するとすぐにソニアが出迎えてくれた。

「ハルカさん、また成長してしまって…
 もうすっかり見た目はお姉様ではないですか。」

 頭一つ分くらい背の違う二人。成長期なので遥香はまだ伸びるだろう。
 背は伸びたと言っても、まだ中学生相当の歳の遥香と、同程度のソニア。揃って王都でトップクラスの学園を卒業しているので神童と呼んでも過言ではない。面と向かって言えば全力で否定されそうだが。

「なんだか私だけごめんね。」
「いえ、ビーストにそういう子は多いですから。何もハルカさんだけではございませんよ。」
「そうなんだ。」
「出来れば、一緒に成長したかったですわ。」
「…そうだね。」

 互いに困ったような笑みを浮かべつつ、それでもがっしりと手を握り合う。

「私も転生することに決めたから。
 今じゃお父さんもお母さんもディモスだからね。」

 オレとアリスを見て、言う遥香。
 知らなかったのか、ソニアは目をパチパチさせる。

「えぇー!?お姉様、聞いておりませんよ!?」
「驚かそうと思って。」
「ソニアちゃんは私の叔母さんだね。」
「お、おば…そ、そうですわね…ふくざつなきぶんですわ…」
「まあ、実際、歳はだいぶ上だしね。」

 腕を組み、ふーっと大きくタメ息を吐くソニア。変なところが姉に似過ぎである。

 「そろそろ家に行きましょう。けっこう無理して来たからくたくたで…」
「そうですわね。では、参りましょう。」

 今にも倒れそうなアリスが促すと、ソニア連れられ久し振りの『実家』への帰省である。
 外からの印象は変わらず、庭もしっかり手入れされていた。

「お帰りなさいませ、旦那様。お嬢様。」
『お帰りなさい!英雄様!』

 迎えてくれたのはセバスチャンと子供たち。
 セバスが迎えてくれたのは意外だった。

「…ただいま、セバス。みんな。」
「みんな、久し振り!」
「短い間だけどお世話になるわね。」

 久し振りのセバスと思わず握手を交わす。驚いたようだが拒否する様子はなかった。

「ソニアを支えてくれていたか。ありがとう。」
「私が出来ることは家の事だけでございます。カトリーナのようには参りません。」
「それでも、頼れる執事ですわ。夜になると帰ってしまいますが。」

 相変わらずの定時退勤。見習いたいものである。

「そちらのメイドは…」
「元同胞で奴隷だ。向こうで引き取った。動けない間は散々世話になったよ。」

 二人とも綺麗に礼をする。カトリーナに泣きそうなくらい仕込まれたからな。

「しっかり教育は受けているようですね。私が何か言うのも野暮でしょう。それに、今回は休養だと伺っておりますが?」
「ああ。その通りだ。」
「では、二人も大変だったでしょう。皆様、ご案内いたします。」

 オレ、アリス、遥香、ジュリアは元々の自室へ、メイドたちはメイド部屋へと案内された。
 久し振りの自室だが、二年は窓を閉め切っていて開けた覚えがない。
 今思うと、精神的に辛く、隔絶していたかったという事だろう。だが、今は違う。
 窓を開けるとすぐそこは訓練場。見慣れない子供たちが訓練をしていた。
 オレに気付いた様で、挨拶しながら深く頭を下げる。手を振って応えておこう。
 盆地ゆえか暑さがまだ厳しい。閉めた方が魔導具のお陰で涼しくなるが、今はこの空気を感じていたい。

「あ、その窓って開くのね。」
「当たり前だ。」

 やって来たアリスが意外そうに言う。
 そう思われていても不思議じゃないが。

「…お互い余裕がなかったのね。」
「そうだな。全く窓を開ける気なんて無かったからな…」

 お互い椅子に座って部屋を見渡す。

「やっぱりちょっと違うわね。こっちの方が少し立派なのかしら。」 
「向こうの家具は弟子のって言ってたからな。」

 同じようで少し違う部屋のあれこれ。
 椅子もこっちが座り心地が良い。

「やっぱり、帰って来たって気がしちゃうわね。生まれも、育ちも、仕事もこっちの方が長いからかしら。」
「それはそうだろう。オレには実家とすら思えるよ。」
「あなたたちにとっては間違いなく実家だものね。久し振りの実家はどう?」
「落ち着く。それに、知らない顔が増えた。」
「ソニアも頑張ってるってことね。」
「気付いてたか?お前とよく似たポーズをしてるの。」
「…あの子も苦労してるのね。」
「しばらくこっちに居る。積もる話もあるだろうし、今日はしっかり妹を労ってやれ。」
「…そうね。あの子に殴り飛ばされなきゃ、今頃ここにいないものね。」

 想像以上に酷い姉妹喧嘩だったようだ。
 後でソニアのステータスを見ておこう。

「…私、足手まといかな。魔法以外の伸びが悪いのはずっと気になってた。
 ソニアはあんなに強いのにね。」
「アリス。」

 手を取り、椅子から立ち上がらせ、抱き締めてベッドで寝転ぶ。
 暑いのだろう。少し汗ばんでいる。

「…デリカシーの無い問いだったな。ごめん。」

 ステータスの伸びが悪い事を尋ねた事を謝る。
 ゲームではない、作り直しが出来ない身体だ。考えが足りない質問だっただろう。

「こんな風に謝られたら許すしかないじゃない…」
「それもそうだな。」

 アリスの価値は違うところにある。身体の強さが必要な仕事はオレたちがやれば良い。

「私も気にしすぎたわ。ごめん。」
「気にしてたなら当然の反応だ。」

 若干、疲れが見える顔を撫でる。ようやく休養らしい休養ができるのだ。アリスにはしっかり休んでもらいたい。

「きっと酷い顔してるわよね…近くで見られるのは恥ずかしい…」
「お前も隠すからな。胃の事もそうだ。」
「何も起きなければ大丈夫よ。こうしてる時はちっとも痛くならないもの。」
「それは何よりだ。」
「…ずっとこうしてたい。」

 腕を枕にされて頭を撫でて居ると、いつのまにか寝息に変わっていた。

「ソニア。」
「あっ、いえ、覗くつもりは…」
「良いんだ。ちょっと窓を閉めてもらえると助かる。」
「はい…」

 動くに動けないのでソニアに頼む。部屋に冷気が溜まり始め、涼しくなってくる。

「こっちに来てくれ。話をしよう。」
「はい…」

 良い機会だ。一度、ソニアとは話がしたかった事があるからな。

「…こんな姿で申し訳ない。」

 腕枕のせいで、あまり動くとアリスを起こしそうだ。

「いえ、姉も苦労したのでしょう。顔を見れば分かります。」
「もう少し認めてやってくれ。間違いなく、うちを、一家を支えているんだから。」
「…そうでしたわね。」

 威厳というかそういうものが、何処かただの強がりに見えるアリスの比ではない。小さいのに凄みを感じることもあったくらいだ。

「一つ聞く、アリスの身体の弱さは昔からか?」
「はい。姉は小さい時から身体が弱かったそうです。そのせいか、背も伸びなくて…」

 その割に…うん。言葉にするのはよそう。
 基礎値、成長割合が低い、そんな感じか。鍛えて改善するものだろうか?

「その割に一人旅をしていたな。」
「…帰ってくるとぐったりでしたわ。今のように。」

 背丈の割に大きな手でアリスの頭を撫でる。
 ソニアは背が大きくなりそうな気がするな。

「きっと、母はお姉様に期待はしておりません。でも、父は心配しております。東へ向かわれてから、毎日お祈りしているようでしたからね。」
「…娘の安全はいつだって気になるよ。」

 娘が四人もいれば分かるどころではない。荒事を生業にしているから尚更だ。

「ソニア、お前に謝らないといけない事がある。」
「なんでしょうか?」

 すっかり忘れていたが、顔を見て思い出したことがある。

「魔法も棒術もちゃんと指導出来てなかったな。すまない。」
「ああ…」

 自分の口を押さえ、嗚咽が漏れてくる。

「覚えていて下さったのですね…もう、機会はないのだと思っておりました…」
「こっちに居る間はちゃんと指導する。棒術はもう教える事は無いだろうが、魔法はいくらでも教えられるからな。」
「ありがとうございます。」

 頭を下げて例を言う。

「妹がどれだけ強くなれるか楽しみだよ。」
「ああ、妹…そうでしたわね。今度からお兄様と呼ばせていただきますわ。」
「それはちゃんと結婚してからが良いかな。」
「では、これからお兄様と呼ばせていただきます。」

どうしても、そう呼びたいらしい。
 良い性格をしている。遥香とタメを張れるだけの事はあるな。

「せめて、御両親に…」
「大丈夫ですわ。お兄様。」

 実にむず痒い。
 将来はきっと大物になるだろう。

「妹よ。交代だ。…お前も休養が必要そうだからな。」

 アリスからゆっくり離れ、ソニアと入れ替わる事にする。
 流石に困惑したようだが、言われるままに従ってくれた。

「お兄様は?」
「居間にいくよ。ゆっくり休んでろ。」
「…ありがとうございます。」

 姉妹二人を残し、オレは居間へと静かに移動する。

「旦那、アリスとよろしくやってたんでは?」
「ソニアに任せてきたよ。
 二人とも、だいぶくたびれてるからな。」
「そうでしたか。」

 久しぶりのソファに深く座ると、ユキがオレの股の間に座って来た。

「代わりに、あたしを撫でてくれても良いんですぜ?」
「なんだか犬に見えてきた。」

  頭と首をワシャワシャと撫で回すと、流石にダメだったのか、跳ねるように立ち上がる。

「ユキチャン、犬みたい!」

 年少組、と呼んでた連中よりも幼いのがオレたちの様子を見て笑う。

「犬じゃねーです!旦那のせいですよ!?」
「そいつは済まなかった。」

 子供たちがやって来てペコリと頭を下げる。ユキは横に座らせておいた。

「おじさんが英雄様?」
「そう呼ばれる事もあるな。名前はヒガンだ。」
「ヒガン様、家名はないの?」
「まだ無いな。名乗っても良いんだが…」
「英雄様!オレと戦ってくれ!」
「お、威勢が良いな。ルールを決めようか。」
「戦うのは後にしてよー。もっとお話ししたい!」
「暴れん坊のジャリども、旦那と戦うためのルールを向こうで決めやしょう。」

 ユキが暴れん坊たちを連れて訓練場へと出ていった。扱い慣れてるな。

「もう少し話をしようか。他に聞きたい事はあるか?」
「アリス様とはどういう関係なのー?」
「結婚を約束している。ご両親に挨拶に行くつもりだ。」
『おおー!』
 
 ほぼ女子だらけ。こういう話が好きなのは、顔触れが変わっても変わらないな。

「ヒガン様はアリス様のどこが好きなの?」

 どストレートな質問を切っ掛けに、オーガロードのより激しい怒涛の質問ラッシュが始まる。
 隠さずしっかり答えた甲斐もあって、なんだか女子、と言うか女児たちと距離が縮んでしまった。
 呼びに来たユキに、なんだか微妙な表情をされてしまったのは言うまでもない。
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