召喚者は一家を支える。

RayRim

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第1部

92話

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 いつも通りの時間に起きると、アリスはまだ横で寝袋の中で寝息を立てていた。
 一緒に眠れば落ち着くと言われては邪険にできない。胃の事もある。

 服を着替えてテントの外に出ると、既に人が動き始めている。軍事拠点だからか、人が動き出すのも早いな。
 テントから武器を持ち出し、準備運動と基本動作の訓練を行う。いつも通りの日課をこなしていると違和感を感じる。振り向くと、遥香が離れて同じことをしていた。
 見られて慌てる素振りを見せるが、オレは気にせずに最後まで自分のペースで訓練を続ける。
 体を動かすのを終え、洗浄でさっぱりしたところで魔法制御の軽い訓練をする。

 もうこれ以上は伸びないと思っていたが、転生してからもう一段細かい制御が出来るようになっていた。ヴォイド・ストライクの周りにヴォイドストライク、という二重ヴォイドストライクという実用性の分からない事が出来てしまったので、次に使ってみようと思う。
 それを見ていた遥香が唖然としていた。ヴォイドはやべぇ、とは思っているようで、水で試しているが上手くいかないようだ。
 完全に塞ぐと魔力を遮蔽してしまうので、外側に穴を残すようにしてみろと教えると、なんとか出来るが不安定な上に全力で集中しているように見える。ちょっと実用的ではないな、と言うと、しょんぼりしていた。
 ダブルとでも呼称し、バニラに効率化を提案してみよう。

 視線を動かすと、見ていたアクアが泡を吹いて倒れており大騒ぎになってしまった。
 どうも、圧倒的な魔力を見てしまったのが原因のようである。気を付けねば…
 アリスにとても渋い顔で怒られたのは言うまでもない。

「装備はどう?かなり無茶したようだけど。」
「自然修復の範疇で収まってる。流石は梓の装備だよ。」

 ブレスをしっかり受け止めたが、どこもガタは来ていない。渾身の力作と疲れきった顔で言うだけのことはある。
 バニラのエンチャントも優秀で、装備の性能を120%発揮してくれる。

「今日はこっちに戻ってくる?」
「状況次第だ。ちゃんと通話器は使うよ。」
「それもそうね。」
「今日は遠出ですよね。どのタイミングで歌いましょうか?」

 準備を手伝っていたメイプルが尋ねてくる。
 砦内でも上場の評判で、後援会が早速立ち上がったらしい。どこの世界も行動の早いヤツはいるようだ。
 少なくとも、砦周辺での損耗がかなり減っているらしく、パーティーに縛られない支援効果の優秀さを証明する事となった。
 ゲームでも効果の高さは実証されていたが、なり手が少なかった不遇スキルである。歌、演奏、踊りを同時にこなすのはやはり難しいからで、メイプルがプレイヤーに居たらRTAに誘ってた可能性もあった。時間がなくて早々に辞めていたらしいのが実に惜しい…

「昨日の解放地点に着いてからだな。そこまでは特に問題も無いだろう。
 多分、今日は敵も大型化してくる。気を抜くなよ。」
『はい!』

 メンバー三人が声を揃えて返事をする。

「4人で挑むような相手ではないはずよね…」
「戦力による、としか言えないな。」
「あなたの言う戦力による、がよく分からないわ…」

 また渋い顔をするアリス。
 常識はずれであることに違いはないだろう。

「正直、ステータスが機能してる気がしないんだよ。スキルは確実に効いているが。」
「どういうこと?」
「オレのステータスは計算すると天文学的な数字になるわけだが、それでもアリスを抱き締めたり、違和感無く歩けている。」
「??」

 アリスにはピンと来ないようだ。同じくユキも。

「歩くのは月面みたいじゃないのがおかしい、という事ですか?」
「旦那様も遥香様も、一歩歩くごとに跳ねませんもんね…」

 アクアとメイプルの答えに頷く。
 恐らく、何かキャップが働いていないと、手加減があってもジュリアみたいに跳ねるように走ることになっていたはずだ。

「恐らく内部的に…見えない上限値が設定されている。それが壊れた表記なんだと思う。」
「転生して変わった?」
「表記は変わらんな。制御力は上がって、出せる量は増えてるが。」
「それがあの騒ぎという事ね…」
「すまなかった。」

 アクアには悪い事をしたと思っている…
 キャップがあるだろうという事を踏まえて、言っておかないといけないことがある。

「恐らく、オレたちは数字ほど強くはない。
 特に丈夫さはそれほどないのは、ヘイムダル戦のカトリーナの被擊を見て分かるな?」
「うん…」

 神妙な面持ちで頷く遥香。

「一撃が致命傷になると思え。特に大型はな。」
「分かった。」

 他にも色々と考えてもいるが、混乱させる必要はないだろう。
 遥香も色々と考えているだろうしな。

「…戦力の話と繋がりがよく分からないんだけど?」
「戦力とは何か、という話になるが…
 ステータスはあまり意味がない、というのは良いな?」
「うん。」
「他に戦力となるのは装備、魔法、スキルだろうな。」
「そうね。」
「装備は素材、魔法は式、スキルは育成時間次第でどこまでも伸ばせるが、ステータスは表記より低い上限があるようにしか思えない。
 耐性系スキルも、全部合わせても100%カットにはなっていないだろうな。だから、死ぬ時はあっさり死ぬ恐れがある。
 そして戦力だが、オレはそこに知識と技術も含まれると考えている。その二つがあれば、オレたちじゃなくても解放は可能だと思うんだよ。」
「…そう。」
「納得いかない様だな?」

 難しい顔をするアリスに問う。

「自惚れる訳じゃないけど、私たちは大陸最強の戦力だと思っているわ。私たち以外全てを相手にしても負けないと思っている。
 その言い方だと、私たちに知識や技術だけで勝てるとは思えないのよ。」
「そうだな。勝ち負けで言えば負けないだろうな。ただ、あらゆる犠牲に目を瞑った勝ちになる。」
「…答えを聞かせて。」

 アリスは解っているのだろう。それでも、確認したい、言葉として聞きたいといったところか。

「ソニア達、うちで鍛えた若い連中が確実に敵に回る。それが一番の理由だ。」
「……」

 多くは一家の為ではなく、自分の家やルエーリヴ、エルディー、故郷の為に学んでいた。大義無き反乱を起こした所で、ほぼ味方にはならないだろう。恐らく、フィオナ、ジュリアもだ。

「オレたちは間違いなく今は最強だが、2年間で次ぐ戦力も育っている。バニラ、梓、メイプル以外は代えが居る状況だな。」
「旦那も代えはおりやせんでしょう。」
「どうだろうな。召喚者にまだ同程度のが居るかもしれないぞ?」

 アリスが大きくタメ息を吐く。

「アンティマジックを使われて、数で攻められたら詰みよね…」
「そうだな。だからオレたちに野心を持つという選択はもう無い。国家運営に口出す事もできないよ。」
「そうね。それが良いわ。」
「アリスの胃が一番心配だからな。」
「もう…」

 照れた表情で苦笑いを返してくる。

「お父さんはスキルで魔法に変わるものは使えないの?」
「無いこともないが、というところだな。一人でソニア達と戦争をやるのは厳しい。
 普通に殴り合いに持ち込まれると、オレじゃ負ける可能性が高いからな。」
「妹の評価のされ方が複雑。
 でも、絶対に負けるとは言わないのね。」

 仮にオレたちが国にケンカを売った場合、ひたすら泥沼化する戦いになるだろう。誰も得をしない、誰も救われない、そんな戦いだ。

「今は、阻止する手段の無い影移動を使えるのが強すぎる。直接、指揮官を叩けるからな。混乱に混乱を重ねられる。
 演説中の要人を、行政施設を、治療院を、食糧倉庫を襲い続けるような戦いになるが。」
「…統治機能や生活基盤を殺す戦いになるのね。」
「行政が死ねばその都市は時間の問題だ。後は物理的に補給路を断ち、食糧を半分焼いて一部に毒でもいれてやれば良い。疑心暗鬼が都市を覆い尽くす。」

 そこまで説明すると、額を押さえながら手を出して話を遮られる。

「もういいわ…ごめん。ちょっと後悔してる。」
「旦那はそんな事しやせんよ。しやせんよね?」
「好き好んでこんな血も涙もない戦いができるか。」
「そんな戦いしたら、ソニア絶対怒るよ。想像するのも怖い。」

 顔に両手を当て伏せる遥香。
 鬼のような形相でフル装備。棒を地面に突き立てて、腕組みをして立ちはだかるソニアの姿が想像できる。

「お前たち、不穏な話はやめてくれ…心臓に悪い…」

 どの辺りから聞いていたのだろう。エディさんがやって来て、震えながら言う。
 再三に渡って野心がないことを、泣き出しそうなエディさんに説明し、なんとか宥める事ができた。

「ホントだな…?信じて良いんだな…?」
「そんな野心があるならこんな所に居ませんよ。」
「そうだな。…はぁぁ。」

 ようやく安堵したようで、大きく息を吐く。

「この後の事は聞いている。武運を祈っているぞ。」
「ありがとうございます。」

 礼をしつつ感謝の言葉を述べると、頷いて遥香を見る。

「終わったらソニアに顔を見せてやってくれ。手紙もないから心配している。」
「はい。分かりました。」
「終わったら一度エルディーに帰ります。両親にも顔を見せておきたいので。」
「そうか。アリスの父上は、活躍を喜んでいたからな。」
「そうですか…」

 苦笑いをするアリス。親御さんとの付き合いも考えないといかんな。

「では、ここで失礼する。私もアリスほどではないがあちこち顔を出さないとダメだからな。」
「あっ…」
「あっ?」
「いえ、その事は言ってなかったので…」
「…すまん!」

 エディさんは一目散に逃げ出した!
 エディさんがいなくなったので、アリスを見る。ばつの悪そうな顔で顔を背ける。

「色々な所から素材、特にオリハルコンを要求されてるのよ。武器さえあれば、と思われてるみたいで。
 だから取り分以外の素材は商会を通してエルディーに献上したわ。」
「それでも要求してくるか…」
「直接交渉なら、と思っているのでしょう。出せないものは出せないのにね。」

 頭を抱え、大きなタメ息を吐く。
 アリスに付きっきりのアクアも同じようで、珍しく、イライラしているのが滲み出ている。

「アクア、不作法を許すぞ。」
「ありがとうございます。何も言えなくてイライラしてましたよ。」
「御せないと分かれば面倒も減るだろ?」
「そうだと良いわね。これはちょっと楽しくなってきたわ。」
「あたし、鉄砲玉ですか?」
「なんだかわからないけど、良い武器になってもらうわよ。」

 そう言われ、鉄砲玉が困惑する。

「メイプル、何処から声が掛かっても、アリスが窓口になっていると答えろ。
 まだまだ手放す気はないからな?」
「ありがとうございます。旦那様。」
「シェラリア続けてなかったのが悔しいよ。RTAメンバーに誘ってたのにな…」
「え…えぇっ!?」

 目玉が飛び出しそうな程の驚き方。それほどの事だろうか?

「めちゃくちゃキツいポジションだけどな。」
「…誘われなくて良かったです。」

 寝食を削って歌い、演奏し、踊り続けるのだ。肉体を使わないFDMMOフルダイブでもキツいに決まっている。

「最悪、音楽が嫌いになる可能性もあった。」
「いったい何をさせようとしてるんですか!?」

 怒られました。
 まあ、そう断って勧誘はしたと思うが…

「今のポジションは楽しいか?」
「まだ周囲に理解を得られていないのはとても不安です。
 ですが、旦那様に、一家の皆様に誉めてもらえたのはとても自信になってますから。」

 出会った頃の面影は完全に消えている。自信もやる気も失って、ボロボロだったメイプルはもういない。
 実績を得て自信はある。街でも歌声は良いと噂になっていたのだ。このまま好きに音楽をやらせてやりたい。

「さて、そろそろ二日目を始めるか。」
「そうね。」
「うん。」
「気合いは十分でさぁ。」
「頑張るよ。」
「皆様お気をつけて。」
「今日も頑張ってパフォーマンスしますよー!」

 こうして旧ヒュマス領解放戦の二日目が始まった。
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