召喚者は一家を支える。

RayRim

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第1部

番外編 〈蒼刃閃姫〉は駆ける2

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〈蒼刃閃姫リンゴ〉

【エンチャント・ホーリー】
【エンチャント・ホーリー】
【フォースインパクト】

 三日の捜索と雑魚処理を経て、ようやく再戦を果たす。
 私とフィオナはエンチャント、ストお姉ちゃんはフォースインパクトを使い、三人揃って一気に距離を詰める。
 フォースインパクトでリーチの長いストお姉ちゃんが右から先制の一撃。だが、ケルベロスはしっかりとそれを横に跳んで避ける。しかし、それは想定の内。
 ジュリアの放った矢が胴に突き刺さった。
 当たった矢がひしゃげるだけで、刺さらなかった事を伝えると、矢じりをミスリル製の物に変え、エンチャント・ホーリーをしてから放っている。
 正直、ジュリアの魔法は下手くそも良いところだが、ホーリーもダークも矢じりだけならなんとかなるそうだ。

【サンクチュアリ】

 フィオナがフロストノヴァの聖属性版を展開。周囲のげろげろ、纏っているげろげろが吹き散らされるように消え、無防備となり真っ赤で毛の生えていない醜悪な体躯が晒される。

 「ステップ3!」

 フィオナの合図と共に私たちの位置が変わる。
 私が正面、フィオナが左側、ストお姉ちゃんが右側に回り込む。

【ホーリーストライク】
【ホーリーストライク】

 私とバニラお姉ちゃんの魔法がほぼ同時に炸裂する。効果は…薄い?
 それでも怯んだ様子を見せ、目を閉じている。

【ハードインパクト】

 ストお姉ちゃんの一撃がケルベロスの横っ腹に叩き込まれると、反対側のフィオナも剣を突き刺していた。

【バースト】
【ハードインパクト】

 フィオナのエンチャント破棄の反動で身体を捩った所を、ストお姉ちゃんが更に一発。
 首三つがギロッと横を向いたところで、矢が首にぶつかり、爆発。
 右首が一本だけ白目を剥いて項垂れた。
 私は素早くその首を強靭な金属ロープで縛って引く。

「捕まえたよ!」
「前に出るよー!」

 両手が塞がって盾が使えない私の前にバンブーちゃんが出てくる。

【ヴォイド・ストライク】

 バニラお姉ちゃんの魔法が真ん中の首に当たり、衝撃波でケルベロスごと引っ張られそうになるが、二人で縄を掴み、全力で踏ん張って堪える。
 真ん中の首が消え、縄の掛かっている首も垂れ下がり、向きもおかしくなっている。

 一吠えするとエネルギーに耐えきれなかった金属ロープが千切れ、聖域も消失。全身が大きな黒いげろげろに身体が覆われた。
 げろげろが消えると、現れたのは首が一本だけの普通の大きな狼。

「ステップ5!」

 フィオナの合図。これで最後だろうと見たようだ。
 狼の息は荒く、絶え間なくげろげろが口から漏れ出ている。
 再び剣と盾を装備し直し、私はバンブーちゃんの前に出た。

【インクリース・オール】
【バリア・オール】

 バニラお姉ちゃんの強化魔法を貰い、最後の一押し。

【サンクチュアリ】

 フィオナがもう一度、サンクチュアリを掛けるが効果が薄い。
 逆に、お返しと言わんばかりに、げろげろスプラッシュを浴びせられた。

「魔法で剥ぎますわよ!」

【ホーリーブラスト】

 フィオナが自ら聖属性魔法を放ち、周囲のげろげろを吹き散らしていく。
 かなりサンクチュアリの効果が低いとはいえ、聖属性魔法はしっかり強化されている。
 しかし、本体はほぼ無傷。げろげろもそのままだ。

「出るよ!」

 一声掛けて眼前に迫る。
 がぶっと一噛みしてきたのを通り過ぎ、避ける。すれ違い様に腹を切り裂く。通り抜けた所を尻尾で一叩きされるが盾で受け凌ぐ。だが、軽い身体では少し弾き飛ばされてしまう。
 更に狼はぐるっと尻尾を追うように一回転し、げろげろを被せられた。ダメージが無く、バリアも機能していない。
 げろげろブレスの動作を見て、フィオナとバンブーちゃんの二人が並んで防御魔法を展開。濁流のようなげろげろが向こうの皆に襲い掛かった。

【ハードインパクト】

 天空、超高高度から、流星の如く降ってきたストお姉ちゃんの蹴りが、ケルベロスの背に突き刺さった。私たちが注意を引いている間に、魔法で上空へと移動していたのだ。
 溜まっていたものを吐き出すかのように、一瞬だけ塊のようなげろげろを吐き出し、ケルベロスは大地に伏せた。衝撃でケルベロスの周囲が窪んでいる。

 その首、取る。

【エンチャント・ヴォイド】

 私の魔法の発動と同時くらいに、ストお姉ちゃんが踏み潰すかのように力強くジャンプして離れる。

「こんのおおおっ!」

 身体も魔力も全力の一振り。
 不安定な金色の魔力を帯びた一太刀が、最後の首を刈り取った。

 悪足掻きのようにげろげろを撒き散らし、巨体は朽ち果てていく。

「終わった…」

 全身、げろげろまみれになりながら、長い戦いの終わりを手にしていた。
 大量の素材と化すケルベロス。その中にある血の塊のような赤い石。鑑定結果はそれをオリハルコン鉱石だと伝えていた。



『勝ったー!』

 超高圧げろげろブレスを耐えたフィオナたちが、抱き合って勝利を喜びあっていた。

「リンゴさん、後処理は私たちが済ませます。この手紙と箱をソニアさんに渡してきて下さい。そして、」

 渡された物を亜空間収納に入れる。
 すると、フィオナがいきなり私を抱き締めた。予想していなかったので少しビックリする。

「今回のは良い飛び出しでしたわ。ちょっと私にはお願い出来ない動きでしたけど。」
「私の背なら行けると思ったからね。その後、尻尾に弾かれたけど。」
「無傷なら何も言えませんわ。」

 盾を見ると、思いっきり歪んでしまっている。この子に救われたようなものだ。

「手紙と箱はソニアちゃんに渡せば良いんだね?」
「ええ。その後は、エルフ領の東の森へ。魔力反応を見れば何処の家か分かりますわよね?」
「うん。道程も学校で習ったから分かるよ。」

 フィオナは私を見て、涙を浮かべながら嬉しそうに微笑む。
 誰が言い出したか分からない私の〈蒼刃閃姫〉のように、〈氷獄令嬢〉の二つ名を持つフィオナ。そんな二つ名が嘘っぱちだと思える優しい笑顔だ。

「リンゴ、これだけ持ってみんなを喜ばせてやってくれ。
 数十人分を総取り出来たから、分別に苦労しそうだ。」

 バニラお姉ちゃんの小さい体が抱えた、たくさんの素材も亜空間収納に入れる。

「一刻も早く、亜人連合の初勝利を伝えて下さいませ。お願いしますわ。」
「うん。任せて。」

 そのまま、私はアッシュ君を連れて全速力で国境を越え、ルエーリヴへと久し振りの帰還を果たした。




 既に夕暮れ。私は入都で揉めてしまう。
 一刻も早く手紙を届けたいのに、通してもらえない。審査官と言い合いをしていると、意外な助け船がやって来た。

「リンゴさん!」
「ソニアちゃん!」

 声の主に気付き、柵を飛び越えて抱き合う。

「こんな姿になって…でも、ご無事で何よりですわ。」
「失敗もあったけどね。」
「生きて戻る以上の成果はございませんわ。お疲れ様です…」

 ソニアちゃんの笑顔を見ていると、気が抜けてしまいそうになる。
 ダメだ。私の目的地はここではない。

「ソニアちゃん、この手紙と箱をお願い。
 それと、これでまたしばらくお別れだね…」

 頼まれた物を渡し、ライバルの硬く温かい手を握る。

「…心得ましたわ。
 しっかり、留守の間をお守りいたします。皆様に続く者達もしっかり育ててみせます。リンゴさんもしっかり目的を果たして来て下さいませ。」
「うん…またね、ソニアちゃん!」

 出来るだけ明るく、良い笑顔で私はソニアちゃんと別れ、急いでルエーリヴから離れた。

 まだ行ったことの無い木々に覆われたエルフの国。その東側へと、お母さんとお父さんの元へと、時々迷子になりながら走り続けるのだった。




 覚悟はしていたがとても遠かった。何日走り続けたのだろう。イグドラシルの大きさが距離感を、空を覆う木々が方向感覚を狂わせる。あと少し、あと少しと思い続け、迷った分を取り戻そうと休むことなく走り続けてしまった。
 身体がおかしい…身体も心も重い…みんなに会うのが怖い…

 私の身体は私だろうか?ちゃんと私でいるのだろうか?

 私たちは初めての事を成した。それをみんな褒めてくれるだろうか?
 オリハルコン以外に目もくれなかったら…
 そう思うと、堪らなく怖い。とても恐ろしい。何の為に戦ってきたのか分からなくなってしまう…

「でも…行かなきゃ…伝えなきゃ…」

 そう思い、私は影移動でお父さんの背後へと移動することにした。




 後で聞いたが、私は大惨事を引き起こしていたようである。
 ケルベロスのげろげろを浴びてから一切洗浄も浄化もせず、急いで移動したのが良くなかったようだ。一泊でもしていたら、間違いなく起きなかった惨事だろう。
 …やっぱり、私はまだ子供。すぐ目の前の目標以外が見えなくなる子供。経験も余裕も足りなさすぎる子供だ…

 蒼刃閃姫。とても嫌な二つ名だが、受け入れなくてはいけない。私は甘やかされていたのだ。
 恵まれた環境、装備、仲間に支えられて立っている。蒼刃は引き継いだだけ、姫という言葉は揶揄したものなのだろう。
 認めよう。私は一家のお姫様同然である事を。
 認めよう。姉たちが作った父の装備に助けられていることを。

 だが、私はイグドラシルを登り、ビフレストの向こうへと行く。
 常に前に立ち、皆の剣となり、盾となり進んで証明してみせよう。ただのお姫様ではないと。

 私の力の証明は姉達の魔法の、武器の、技術の証明だ。父の、母の訓練の証明だ。
 だから私はもっと強くならなくてはいけない。

 一人で戦い、英雄となった父の名に恥じぬように。共に立つ家族の名誉のために。

 だが、私は一人じゃない。理不尽に叱る者もいない。
 もう、暗い部屋の隅で、寂しくて、辛くて、夜な夜な泣く子供でもない。

「リンゴ様、いかがなさいましたか?」

 でも、時々は許して欲しい。
 私がずっと求めた温もりがここにあるのだから…

「なんでもないよ。」
「…抱き付きながらなんでもないと言われましても。」
「こうしたかっただけ。」
「…いつでも良いのですよ。でも、料理の時はダメですからね。」
「うん。わかってる。」
「たまには旦那様にも…」
「…なんか壊しちゃいそうで。」
「それは…しかたありませんね。」
「うん…」

 次にお父さんに抱き付く時は決めている。
 その日までもう少し走り続けよう。
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