召喚者は一家を支える。

RayRim

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第1部

52話

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「ふうおぉぉぉおお…」

 翌朝は変な声で目覚めを迎える。
 暴力的なカトリーナさんに抱き締められての目覚めらしい。

「おはよう、エディさん。」
「ふうぉっ!?」

 オレの挨拶でビクンと身体が跳ね上がる。

「なんなのだこれはどういうことなのだ…」

 顔を赤くしてぶるぶると震えていた。

「エディアーナ様、あまり動かないで下さいね。旦那様に見えてしまいますから。」
「見える!?なにが!?」

 何も言わずにエディさんの顔を自分の胸に押し付けた。

「ふごぉぉ…」

 想像を越える低音ボイスがカトリーナさんの胸から漏れ出てくる。どこから声出してるんですか。

「では、着替えてきますね。旦那様また後程。」

 自分の胸を隠すようにエディさんを抱き上げ、カトリーナさんが出ていった。

「凄かった…」

 それ以上の感情は持てなかった。

「何が?」

 リンゴさん、いつからその血眼で覗いていたんですか…
 カトリーナさんが全く気付いていなかった辺り、この娘にもう誰も敵わないのではないかという疑念が湧いてくる。

「早く自分の目で確認しておいで。」
「わかった。」

 ドアが開けっ放しなので、ここまでカトリーナさんの短い悲鳴が聞こえてきた。

「わ、私もあんなのあんな風に着れるかな!?」

 鼻息を荒くし、両手を胸に当てて戻ってくる。

「よく食べ、よく寝て、しっかり身体を作ろうな。」
「そうする!」

 正しいアドバイスなのかは分からないが、目を輝かせてリンゴが去っていく。
 今日も一日楽しくなりそうだ。そう思わせてくれる慌ただしい早朝のやりとりであった。




「バインバインだった…」
「バインバインか…」
「バインバインですか…」

 暗い表情で、小さい三人が隅でしゃがんで話し合っている。

「遺伝による部分もあるからねー…
 ストちゃんも大きいけど特に何もしてないよね?」
「私は小さい方が良かったよ…」
「ままならないもんだねー…」

 リンゴ経由で伝わってしまったようで今朝はその話題で持ちきりだ。

「私、痩せた影響でなんだか…」
「お腹はあまり変わってない様だけど、それ以外が顕著に痩せたわね。エルフの神秘よ…」
「どうしてこんなことになっちゃうの…」

  背は低いが出るところは出ているアリスと妙な痩せ方をしたらしいジュリア。シワが目立つのはそれでなのか。

「リンゴはどっちなんだろうなぁ。わたしは今のままでいてもらいたいが、もう身長が抜かれているし…」
「リンゴお嬢様は、たぶん凄い成長をすると思いやすぜ。ソニア様もですが。」
「わたし、二人の姉貴分として横に立つ自信がない…」
「メイド服を着やしょう。メイド服は良いものです。全てを隠してくれやす…経歴も…体型も…」

 そう言って、カトリーナさんを見る三人。

「隠せやせんね…」
「いや、隠すのは私たちの方で…」
「隠しても変わらないのではないか?」

 墓穴を掘り続ける三人。そろそろ誰か止めて上げて。

「私もお腹を隠して欲しい。」
「単純に着てみたい。」

 と言うジュリアとアリス。
 アリスに至っては隠すとか言う理由ですらない。

「ダメですよ。作るの大変なんですから。」
『手作りだった…!?』

 衝撃の事実が明かされる。

「ユキの普段のは私のお下がりを直した物です。もう50年くらい前ですか?」
「そうだな。私が引き抜いた時に与えたものだ。」
『えっ』

 全員がユキとカトリーナさんを見比べる。

「当時は私と変わらなかったぞ。あっという間に見下ろされるくらいに背も伸びてしまったが。」
「成長期で食事が劇的に改善されましたからね。」
「私はこんなだと言うのに、世は本当に不公平ではないか!」

 成長阻害の事は誰も言わない。
 エディさんは恐らくこれで良いのだろう。
 この姿で頑張る事こそが、エディさん自身の原動力なのだと思う。

「実はあたしも最近はこの辺りが…」

 胸に手を当てながら照れたように言うユキ。

「太ったんだ。太ったんだろう?そうだろう!?」
「バニラ様、言葉がキツいですぜ…その通りですが。」

 項垂れながら認めるユキ。

「痩せすぎてたくらいだからねー
 最初なんてその服もブカブカに感じたくらいだし。」
「そうですね。そろそろ一回り大きいものと交換しましょうか。」
「いえ、あたしの場合、身長は伸びてないので…」
「ちゃんと調整しておきますよ。」
「じゃあ、私も手伝うわ。興味もあるし、作り方が分かれば作業着にするのも面白そうだから。」

 なんだか全員揃ってメイド服を着る日がやって来そうな気がする。
 ストレイドは着ないかもしれないが…

「おお、ありがとうごぜいやす。」
「そう言えば、ユキの冒険服は誰が用意したの?あれもメイド服だったから不思議に思ってたのよ。」

 気になっていたのかアリスが尋ねる。
 手を挙げたのはバンブーだった。

「私だよー。服は買ってきた古着を使ってて、それに防御力と道具運用能力を持たせただけだけどー」
「それでちょっと出来が今一だったのね。
 言ってくれればちゃんとデザインから手伝ったのに。」

 アリスの言葉に苦笑いをするバンブー

「ユキちゃん、冒険服持ってないでしょ。 急だったから、実証試験のを使ってもらってたんだよ。防寒性能すら無かったんだから。
 服が大きすぎて防具で誤魔化してたくらいだしー」
「道中は走ってたからまだ良かったですけど、現地じゃ旦那にエンチャント貰う有り様でしたからね。外套もボロボロでいまいちでしたから。」

 ユキもバンブーと並んで苦笑いをする。

「私たちのも再調整が必要だし、まとめてデザインしましょうか。」
「そうだねー。
 ただ、二人はそう体型変わらないから良いけど、ジュリアちゃんが読めなくて…」
「お腹柔らかエルフは、いっそのこと体型戻したら?」
「お、お腹だってそんなに柔らかくないから!」
「あら、そうなの?」
「ひぃうっ!?」

 服の上からアリスに脇腹を掴まれたジュリアが悲鳴を上げる。
 がっしり掴めてしまっている辺り、本当にそこだけ肉が残ってるんだな…

「まあ、デザインと装備だけでも考えましょう。作るのは最後の方が良いでしょうし。」
「そうだねー。ジュリアちゃんの役割が多用だからしっかり練っておきたいもんね。」

 パワーアタッカーだったり、防御役だったり、狙撃手だったりと、とにかく色々な訓練をしているのを見ている。

「すぐに出ていくという事にならなくて安心したよー。
 三人とも、装備が本当に不安だったから。」
「わ、私もだったのね…」
「めちゃくちゃなアクセサリーを見ているからね。ちゃんと用意させていただきまーす。」
「よろしくお願いします…」

 胸を張るバンブーとしょぼくれながら頭を下げるアリスのやり取りに皆が笑う。
 こうして朝の雑談の時間が終わり、それぞれが自分のやるべき事をやる時間となったのだった。



「旦那様、奴隷を買おうかと思います。」

 カトリーナさんの突然の提案に、その場に居たリンゴ、バンブーが凍り付く。

「奴隷?」
「え、そこまで知識無くなってるの?」
「ピンと来なくてな…」

 バンブーから奴隷の説明をしてもらい、ようやくなんなのか理解する。

「今の我が国には犯罪奴隷と商業奴隷の二種がいます。
 犯罪奴隷は言葉通り、罪を犯した事により奴隷の身分となった者。商業奴隷は様々な理由で負債を抱え、権利と引き換えに負債を解消した者です。」
「ゲームにはなかったけど、現実にはやっぱりいるよねぇ…」

 頭を抱える様子でバンブーが呟く。

「気を付けなくてはならないのは、どちらが良いという事はないという事。個の事情は様々ですので。」

 その説明をジッと聞くリンゴと、頷くバンブー。

「犯罪奴隷もユキのような冤罪を受けての者もいます。やむを得ない理由があった者も居るでしょう。
 商業奴隷も破滅的なお金の使い方をしたり、身の丈を知らぬ故に奴隷となるしかなかった者も居ます。」
「見極めが難しいねー…」
「経歴は明かされるので情報が全く無い訳ではありません。買う際は、潜んでいるものを見極める必要があります。
 まあ、労働力として大量購入する際はその限りではありませんが。」
「うちにそこまで人は必要ないよね?」
「そうですね。だからこそ、見極める目を持たなくてはなりません。」

 訓練場の方を見るカトリーナさん。
 今日は盛況で、体だけでなく、魔法も鍛えている。バニラがここにいないのはそれが理由だが、今日は肉体派に混じってしごかれ、悲鳴を上げていた。

「それに、来年の今頃はここも寂しくなりますからね。」

 リンゴ以外の3人が卒業となり、先行してジュリアの地元であるエルフの森東部へとパーティーメンバー3人と一緒に居を移す事になっている。
 こちらに残るのはオレとカトリーナさんとリンゴだけになるが、色々な生産作業も必要になるそうなので頻繁に戻ってくるそうである。

「そうだねー…今は良いけどちょっと広すぎるよね。」
「ユキくらい信頼できる者をリンゴ様か旦那様に付けておきたいというのもあります。
 同等とはいかないでしょうが。」
「ユキちゃん、総合で首席卒業も狙えてたみたいだからね。破格の人材も良いところだよ。」

 カトリーナさんが立ち上がり、オレに手を差し出す。

「今日、明日で決めたいと思います。一緒に行きましょう。」
「わかった。」
「私たちも行くよー。」
「うん。お世話になるのは私だからね。」

 こうしてオレたちは、奴隷小屋と呼ばれる販売所へと向かったのであった。



「覚悟はしてたけど…」
「凄い臭い…」

 様々な悪臭が煮詰まったかのような臭いは流石にキツい。

「リンゴ様、看破を得る機会なのでじっくり見ていきましょう。」
「わかった…」
「私も頑張るよー…」

 商人に通されて一人ずつじっくり見ていく。
 生気の抜け切っているもの、敵意剥き出しの者、媚を売ってくる者、怯えて隅で縮こまる者と様々だった。
 種族は様々。本当に様々だった。中にはヒュマスなんかも居た。
 そんな中、どうにも気になるのが一人。足を止めて見るがこちらを見ようとしない。明らかに目を背けているのが居た。

「リンゴ、バンブー。」

 二人を呼んでその檻の中の人物を視るよう促した。

「…うん?」
「なんで、どうして。お母さん来て!」

 リンゴがただならぬ様子でカトリーナさんを呼ぶと、慌ててこちらにやって来た。

「どうされました?」

 カトリーナさんがオレが注視している檻の中を見ているが、事態が分かっていないようだ。

「バニラ…だよな?」
「…違います。そんな名前知りません。」

 檻の中の汚れきった少女は震えた声で否定する。
 横に居たカトリーナさんが驚愕の表情でオレたちを見る。

「間違いないよ。名前を隠していないけど、お姉ちゃんだよ…」
「どういう事?」
「…旦那様、これは博打になります。いかがなさいますか?」

 どうもこうもない。

「出会ってしまったんだ。この子にしよう。」
「分かりました。」
「おとーちゃん、よく気付いたね。髪型も風貌も変わりすぎて…」
「バステだらけだね…早く治さないと。」

 どんな事情があろうと奴隷は奴隷。
 魔導具によって様々な制限を掛けられつつ、オレたちに引き渡された。
 その場で洗浄と浄化をリンゴが掛けると、汚れとバッドステータスは消え去り、髪の伸びまくったバニラと呼ぶべき者がそこに居た。

「近くに奴隷でも入れる服屋があります。
 とりあえず、そこで服を揃えていきましょう。」

 服と下着をいくつか購入し、オレたちはすぐに帰宅する。
 躊躇いながらもとても小さな声で、ただいま、と安堵した様子で言うのがとても印象に残った。
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