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第1部
50話
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闘技大会二日目。今日で準々決勝から決勝まで行われるそうだ。
伯爵の心遣いで今日は馬車で現地に向かえる。
選手とサポートの面々は先に降りて選手用のゲートから入って行った。
サラ、ソニアにもそう伝えており、貴族用のゲートに入る前に合流する。
二人も色々なちょっかいを掛けられていたが、生半可な事は効果がないだろう。天然としっかり者のお嬢様の組み合わせはきっと難攻不落に違いない。
二人も一緒に伯爵の席の後ろの方へ行き、観戦の準備をする。
「カーチャンがみんなで食べろって持たせてくれたッス。」
そう言って出てくる大量のつまめそうな料理。流石にこの量は…
「私もいただこう。」
伯爵と側近までも手を伸ばしてきた。
みんなニコニコしながら食べてるのを見ると、かなり好評なようだ。
「戦場に出る機会が多いと、こういう食事が多くなってな。皆、忌避感がないのだよ。」
そういう事だったか。
伯爵と言えばけっこうな位だそうだが、舌は庶民的なようだ。
カトリーナさんでさえ盛った分をペロリと食べてしまう辺り、味もなかなかなのだろう。
そうこうしていると、準々決勝が始まる。
相変わらず、何をやっているのか分からない。
ストレイドたちと違い、速すぎるという訳ではないのだが、魔法を多用してくるとよく分からなくなる。
「へー、建築魔法を攻防に使う人もいるんだね。」
「奇策の部類ですが厄介なことこの上ないですね。感知系が優れていれば問題ないですが、弱いと見失いますからね。」
「それを測る意味もありそうだね。動きを予測して、変形させて頭にぶつけるのは痛そうだけど。」
「あれは魔力の流れを読めないと避けようがないですよ。
旦那様は対策とか考えてそうですけど。」
「多分、相手より広い範囲をコントロール下に置く、とか言うと思うよ?
コントロールさせなければ脅威じゃなくなるし。」
「…その発想はありませんでした。」
いったいオレはどういう思考をしていたのか。
リンゴもだいぶ染まってしまったようだが。
「それが一番確実ですわね。コントロールが奪えないならまとめて破壊してしまうのが確実でしょうか。細かくなるほど維持が大変ですので。」
「後は…おお、構造物の向こうで魔法が炸裂した。」
「設置式の時間差発動…これも正しい対処法ですわ。」
「誘導する見事な動きでした。これはもう」
「まだだよ。
おお…こっちも時間差発動。咄嗟のカウンターかな。」
「でも、もうどっちも立てませんわね。見事な引き分けでしたわ。」
この試合は引き分けに終わった。
「私は魔力がよく見えてないので、魔法戦はもうお二人には敵いませんね。」
「その代わり、お母さんには近接戦闘じゃストレイドお姉ちゃんも敵わないからね…
今度、私が見方を教えてあげるよ。」
「是非、お願いします。」
何を想像したのか、カトリーナさんがデレデレの表情になる。
リンゴが絡むとこの人はなぜこうなのか?
試合は進み、ストレイドたちの番になる。
「…トラブルですね。」
「何があったんです?」
場内アナウンスによると、装備の審査が間に合わなかったらしく、装備なしで戦うらしい。
ブーイングが起こるが、内容は選手ではなく運営サイドに大してである。
流石に伯爵自身は加わっていないが、部下や側近は黙っていられないようだ。
「皆さん、気を引き締めましょう。そして、何が起きても慌てないように。」
『はい。』
カトリーナさんの言葉に返事をすると、周囲の空気が一変する。
ピリピリし過ぎてとても居心地が悪い。
三人とも服だけ試合用のもので、それ以外は丸腰で出てきた。
だが、慌てる様子がないどころか、余裕と言いたげな雰囲気すらある。
試合はすぐに始まり一戦目はストレイド。
格闘と言えど武器無しでは…と思ったが、文字通りの瞬殺。なにをやったのか全く分からない。
「おお、フォースインパクトとハードインパクトの同時使用って、こういう現象が起こるんだね。」
「空気がおかしな動きをしましたね。あれを喰らうと衝撃がキツいでしょうね。」
「フォースの打撃は衝撃を内側に吸い込むような感じがするけど、ハードは弾き飛ばす感じだからね。お姉ちゃんも急いで調整したんじゃないかなぁ。」
という事らしい。バニラの入れ知恵か、普段からやっているのか、どっちだろうか?
「次は当然のようにフィオナが出てきましたね。」
「フィオナ様は魔導師としても優秀ですからね。ハンデにもならないでしょう。」
試合が始まると猛吹雪が舞台を覆う。
それだけではない。相手の装備が凍り始めていた。
「フィオナちゃんの装備、今は競技用に手加減する為の物って聞いたよ。それがないと、こうなっちゃうよね…」
「相手は降参みたいですわね。」
「格が違いすぎます。」
「選抜の決勝の時もだったけど、今日もあれ怒ってるよね。腕組んで一歩も動かないし。」
「装備だけが優れてるって煽られたのかも知れませんね。」
「魔法剣士が魔法使えないわけないのに。」
「多分、リンゴ様の周囲は使え過ぎてますので…」
大歓声を浴びてさっさと去るストレイド達だが、相手は激昂して設備に八つ当たりする。
それを係員が咎めるが、
「あ、ヤバい。」
リンゴがそう言った瞬間、抜いた剣で係員を斬り、会場が騒然とする。
兵が出動し、その選手は一気に取り押さえられ、連行された。かなり痛め付けられていたな。
「どんな立場だろうと、ルールを守れなければこうなるのは当然です。」
「皆が去った後で良かったよ。」
「わかっててすぐ立ち去ったみたいだよね。ユキの助言かな?」
事件はあったものの、大会は気を取り直して再開する。
準々決勝が終わると一時間の休憩が入り、再び伯爵がこちらへやって来る。
「あのような輩は年に一組、二組は出てくる。
それよりも、装備の審査が間に合わなかったという方が問題だ。関係者は何かしらの罰があるだろう。」
「旦那方、ちょっと困ったことになりまして。」
やめてびっくりするから急に人の影から出てこないで。伯爵もめっちゃむせてるから。
「装備が審査を通らないようです。昨日と変わりはないのですが、どうも様子がおかしくて。」
「…分かった。私の方で対応しよう。」
「伯爵様、ありがとうごぜぇやす。
では、あたしは戻りますね。」
再びオレの影に潜ってユキは去っていった。スキル活用してるなぁ…
「伯爵、ありがとう。」
「私にはこれくらいしかできないからな。
おい、行くぞ。」
側近たちを連れて伯爵が現場に向かっていった。
「お姉ちゃんたちが勝てば黙らせられる、と思ったけど難しいね。」
「どうも単純な価値観の問題、という話じゃなくなって来てますね。意図が読めません。」
サラの持ってきたつまみを食べながらカトリーナさんが言う。ずっとそれ食べてますね。
「他の貴族席も慌ただしいッスね。」
「前代未聞ですから。装備なしで近接も魔法も圧倒してしまうとか、聞いたことないですわ。」
「不正を仕掛けた結果、大恥かきましたからね。大会関係者含め、あの学校はこの後が大変ですよ。」
「何がしたいのかよくわからないな…」
オレの呟きに全員が力強く頷いた。
いよいよ準決勝が始まる。
審査が通ったようで、今度はちゃんと装備をしてきた。
相手もちゃんと礼をし、握手を求めてきたが、ストレイドたちはそれに応じなかった。
「あれもなんか仕込んでますね…」
「なんかおかしいなぁ…お母さんちょっと調べてきて良い?」
「深追いはダメですからね。少しでも何か分かったら戻ってきてください。」
「分かった。」
リンゴがカトリーナさんの足元にしゃがんだかと思うと姿を消す。おまえもできるのか。
「わ、私も…」
「ソニア様はお座り下さい。目立ちますので。」
「おめかしが仇になるなんて…」
人数も少ない方が良いだろうからね。我慢して欲しい。
そうこうしてると試合が始まる。
最初はパウラが出てきた。
暴力的とも言える一撃が相手の脛に入ったようで、相手は堪らず倒れ込む。降参はせず、再度立ち上がるがまた脛を押さえて倒れ込む。
「あの子があんな攻撃するのは珍しい。やはり、何かされているようですね。」
立ち上がったと思ったら、次の瞬間には場外に突き落とされていた。
「ここでも圧倒的だなぁ…」
「大人相手でも勝てるのは多くありませんからね。今年で二人が卒業と聞いて、来年の出場者は胸を撫で下ろしているでしょうね。」
「ストレイドとフィオナも飛び級か。パウラは?」
「あの子は座学が…」
「ああ…」
優秀だけど、誰もがという訳ではないようだ。
オレの回りは飛び級多くて感覚が狂うが。
「次もフィオナですね。」
「あの凄い吹雪に対抗出来るのかな?」
試合開始直後、互いに魔法を使うが、
「不発?」
「いえ…」
「ルール違反ですわ!」
ソニアが声を上げる。どういうことだ?
「アンティマジックを使われました!」
フィオナは驚いた様子だが、それだけ。
次の瞬間、何か挑発しようとしていた相手が場外に吹き飛ばされる。盾で思いっきり殴り飛ばされたようだ。
準決勝も問題は起きたが、難なく勝利を納めたのだった。
「剣を振るまでもないという事ですね。なかなか強烈なメッセージになりますよ。」
「あれ、剣とおなじくらい痛いッスよ…一度喰らって、腕がもげたかと思ったッス…」
想像すると寒気がする。
今回もまた、大歓声に包まれて三人は早々に立ち去ったのだった。
「終わっちゃった?」
「お帰りなさいませ。」
「ただいまー」
カトリーナさんの影から生えてくるリンゴ。心臓に悪い…
「どうも好き放題やってる人達が勝ち上がってるみたい。運営も見てみぬ振りどころか、積極的に加担してたよ。」
「はあ…どうしてこんなことに…」
頭を抱えるカトリーナさん。
「エディさんも見てきたけど、周囲の人と一緒に物凄く怒ってたよ。」
「全部把握してるでしょうからね…
エディアーナ様も気の毒に…」
遠い目になるカトリーナさん。食べる手が止まらない。ストレス太りするタイプだろうか?
「バニラお姉ちゃんももっと食べれば良いのに。」
「殿方は柔らかい女性が好みと聞いておりますし…」
ソニア、カトリーナさんはそんなに柔らかくなかったんだよ…
口に出せない思いを察したのか、カトリーナさんが顔を赤くした。
休憩時間は終わり、いよいよ決勝戦である。
満員御礼で客席は最高潮。ストレイド達は圧倒的な大歓声で迎え入れられる。
逆に、運営側は異常事態に苦慮しているのか何か慌ただしいが。
「凄い歓声。」
「圧倒的な強さを見せてきましたからね。人気も当然ですよ。」
対する相手は拍手も疎らで、歓声も大して上がらなかった。
「これは気の毒だ…」
「ここまであからさまだと確かに…」
ストレイド達は並んで礼をするが、相手はしない。それがブーイングを呼んだ。
「この場をなんだと思っているんでしょうか。
この場への敬意も、相手への礼儀もないなんて…」
憤るカトリーナさん。この国の人間としてはあり得ない姿なのだろう。
「ここに出るまでに、たくさんの汗と涙が流れている事を理解しているのでしょうか。」
「お母さん、相手に向かう怪しい魔力を感じる。コントロールしてるっぽいよ。」
「あぁ…全部そういう事でしたか…」
理由が分かったカトリーナさんが頭を抱える。
「アンティマジック届くけど。」
「やってください。」
【アンティマジック】
我を取り戻した様子で対戦相手がキョロキョロする。
フィオナが話し掛けると慌てて装備のチェックを始めた。
「なんかはずしましたわ。」
「取ってくる。」
「いえ、待ってください。」
係員がそれを回収すると、騎士に預け、預かった騎士は走って去っていった。
「いいの?」
「ええ。信じましょう。
私たちは三人の応援もありますからね。」
こうして決勝戦が始まる。
全く見えなかったが結果は二勝一敗。
カトリーナさんとリンゴとソニア曰く、互いに死力を尽くした戦いだったそうだ。
「世界は広いね。技術と立ち回りで三人のパワーに対抗しちゃった…」
「リンゴ様、私もそうですよ。」
「そうだった…お母さんもそうだったね。」
「負けてしまいましたが、あの三人は間違いなく誰かの目に止まったはずです。磨いてきたものは本物でしたからね。」
見ていた全員が、泣きながら礼をする相手の三人に拍手を送った。
必死で力を高め、技を磨いて来た者への最大の賛辞だろう。
「こういう試合見るとウズウズしてくるね!」
「ええ!すぐに体を動かしたい気分ですわ!」
リンゴとソニアが握り拳を震わせながら言う。
「リンゴ様、ソニア様、大捕物のお手伝いをしてくだせい。伯爵様に話はしてありやすんで。」
『まかせて!』
二人はユキと手を繋ぐと揃って影の中に沈んでいった。
「大丈夫?他所の子にあんな事させて…」
「大丈夫だと思いますよ。アリスの妹ですし。」
よくわからないが大丈夫なのだと信じよう。
こうして、大歓声の中、ストレイドの最初で最後の大舞台は終了した。
合流した三人の表情は晴れやかで、決勝の戦いは納得出来るものだったようである。
伯爵の心遣いで今日は馬車で現地に向かえる。
選手とサポートの面々は先に降りて選手用のゲートから入って行った。
サラ、ソニアにもそう伝えており、貴族用のゲートに入る前に合流する。
二人も色々なちょっかいを掛けられていたが、生半可な事は効果がないだろう。天然としっかり者のお嬢様の組み合わせはきっと難攻不落に違いない。
二人も一緒に伯爵の席の後ろの方へ行き、観戦の準備をする。
「カーチャンがみんなで食べろって持たせてくれたッス。」
そう言って出てくる大量のつまめそうな料理。流石にこの量は…
「私もいただこう。」
伯爵と側近までも手を伸ばしてきた。
みんなニコニコしながら食べてるのを見ると、かなり好評なようだ。
「戦場に出る機会が多いと、こういう食事が多くなってな。皆、忌避感がないのだよ。」
そういう事だったか。
伯爵と言えばけっこうな位だそうだが、舌は庶民的なようだ。
カトリーナさんでさえ盛った分をペロリと食べてしまう辺り、味もなかなかなのだろう。
そうこうしていると、準々決勝が始まる。
相変わらず、何をやっているのか分からない。
ストレイドたちと違い、速すぎるという訳ではないのだが、魔法を多用してくるとよく分からなくなる。
「へー、建築魔法を攻防に使う人もいるんだね。」
「奇策の部類ですが厄介なことこの上ないですね。感知系が優れていれば問題ないですが、弱いと見失いますからね。」
「それを測る意味もありそうだね。動きを予測して、変形させて頭にぶつけるのは痛そうだけど。」
「あれは魔力の流れを読めないと避けようがないですよ。
旦那様は対策とか考えてそうですけど。」
「多分、相手より広い範囲をコントロール下に置く、とか言うと思うよ?
コントロールさせなければ脅威じゃなくなるし。」
「…その発想はありませんでした。」
いったいオレはどういう思考をしていたのか。
リンゴもだいぶ染まってしまったようだが。
「それが一番確実ですわね。コントロールが奪えないならまとめて破壊してしまうのが確実でしょうか。細かくなるほど維持が大変ですので。」
「後は…おお、構造物の向こうで魔法が炸裂した。」
「設置式の時間差発動…これも正しい対処法ですわ。」
「誘導する見事な動きでした。これはもう」
「まだだよ。
おお…こっちも時間差発動。咄嗟のカウンターかな。」
「でも、もうどっちも立てませんわね。見事な引き分けでしたわ。」
この試合は引き分けに終わった。
「私は魔力がよく見えてないので、魔法戦はもうお二人には敵いませんね。」
「その代わり、お母さんには近接戦闘じゃストレイドお姉ちゃんも敵わないからね…
今度、私が見方を教えてあげるよ。」
「是非、お願いします。」
何を想像したのか、カトリーナさんがデレデレの表情になる。
リンゴが絡むとこの人はなぜこうなのか?
試合は進み、ストレイドたちの番になる。
「…トラブルですね。」
「何があったんです?」
場内アナウンスによると、装備の審査が間に合わなかったらしく、装備なしで戦うらしい。
ブーイングが起こるが、内容は選手ではなく運営サイドに大してである。
流石に伯爵自身は加わっていないが、部下や側近は黙っていられないようだ。
「皆さん、気を引き締めましょう。そして、何が起きても慌てないように。」
『はい。』
カトリーナさんの言葉に返事をすると、周囲の空気が一変する。
ピリピリし過ぎてとても居心地が悪い。
三人とも服だけ試合用のもので、それ以外は丸腰で出てきた。
だが、慌てる様子がないどころか、余裕と言いたげな雰囲気すらある。
試合はすぐに始まり一戦目はストレイド。
格闘と言えど武器無しでは…と思ったが、文字通りの瞬殺。なにをやったのか全く分からない。
「おお、フォースインパクトとハードインパクトの同時使用って、こういう現象が起こるんだね。」
「空気がおかしな動きをしましたね。あれを喰らうと衝撃がキツいでしょうね。」
「フォースの打撃は衝撃を内側に吸い込むような感じがするけど、ハードは弾き飛ばす感じだからね。お姉ちゃんも急いで調整したんじゃないかなぁ。」
という事らしい。バニラの入れ知恵か、普段からやっているのか、どっちだろうか?
「次は当然のようにフィオナが出てきましたね。」
「フィオナ様は魔導師としても優秀ですからね。ハンデにもならないでしょう。」
試合が始まると猛吹雪が舞台を覆う。
それだけではない。相手の装備が凍り始めていた。
「フィオナちゃんの装備、今は競技用に手加減する為の物って聞いたよ。それがないと、こうなっちゃうよね…」
「相手は降参みたいですわね。」
「格が違いすぎます。」
「選抜の決勝の時もだったけど、今日もあれ怒ってるよね。腕組んで一歩も動かないし。」
「装備だけが優れてるって煽られたのかも知れませんね。」
「魔法剣士が魔法使えないわけないのに。」
「多分、リンゴ様の周囲は使え過ぎてますので…」
大歓声を浴びてさっさと去るストレイド達だが、相手は激昂して設備に八つ当たりする。
それを係員が咎めるが、
「あ、ヤバい。」
リンゴがそう言った瞬間、抜いた剣で係員を斬り、会場が騒然とする。
兵が出動し、その選手は一気に取り押さえられ、連行された。かなり痛め付けられていたな。
「どんな立場だろうと、ルールを守れなければこうなるのは当然です。」
「皆が去った後で良かったよ。」
「わかっててすぐ立ち去ったみたいだよね。ユキの助言かな?」
事件はあったものの、大会は気を取り直して再開する。
準々決勝が終わると一時間の休憩が入り、再び伯爵がこちらへやって来る。
「あのような輩は年に一組、二組は出てくる。
それよりも、装備の審査が間に合わなかったという方が問題だ。関係者は何かしらの罰があるだろう。」
「旦那方、ちょっと困ったことになりまして。」
やめてびっくりするから急に人の影から出てこないで。伯爵もめっちゃむせてるから。
「装備が審査を通らないようです。昨日と変わりはないのですが、どうも様子がおかしくて。」
「…分かった。私の方で対応しよう。」
「伯爵様、ありがとうごぜぇやす。
では、あたしは戻りますね。」
再びオレの影に潜ってユキは去っていった。スキル活用してるなぁ…
「伯爵、ありがとう。」
「私にはこれくらいしかできないからな。
おい、行くぞ。」
側近たちを連れて伯爵が現場に向かっていった。
「お姉ちゃんたちが勝てば黙らせられる、と思ったけど難しいね。」
「どうも単純な価値観の問題、という話じゃなくなって来てますね。意図が読めません。」
サラの持ってきたつまみを食べながらカトリーナさんが言う。ずっとそれ食べてますね。
「他の貴族席も慌ただしいッスね。」
「前代未聞ですから。装備なしで近接も魔法も圧倒してしまうとか、聞いたことないですわ。」
「不正を仕掛けた結果、大恥かきましたからね。大会関係者含め、あの学校はこの後が大変ですよ。」
「何がしたいのかよくわからないな…」
オレの呟きに全員が力強く頷いた。
いよいよ準決勝が始まる。
審査が通ったようで、今度はちゃんと装備をしてきた。
相手もちゃんと礼をし、握手を求めてきたが、ストレイドたちはそれに応じなかった。
「あれもなんか仕込んでますね…」
「なんかおかしいなぁ…お母さんちょっと調べてきて良い?」
「深追いはダメですからね。少しでも何か分かったら戻ってきてください。」
「分かった。」
リンゴがカトリーナさんの足元にしゃがんだかと思うと姿を消す。おまえもできるのか。
「わ、私も…」
「ソニア様はお座り下さい。目立ちますので。」
「おめかしが仇になるなんて…」
人数も少ない方が良いだろうからね。我慢して欲しい。
そうこうしてると試合が始まる。
最初はパウラが出てきた。
暴力的とも言える一撃が相手の脛に入ったようで、相手は堪らず倒れ込む。降参はせず、再度立ち上がるがまた脛を押さえて倒れ込む。
「あの子があんな攻撃するのは珍しい。やはり、何かされているようですね。」
立ち上がったと思ったら、次の瞬間には場外に突き落とされていた。
「ここでも圧倒的だなぁ…」
「大人相手でも勝てるのは多くありませんからね。今年で二人が卒業と聞いて、来年の出場者は胸を撫で下ろしているでしょうね。」
「ストレイドとフィオナも飛び級か。パウラは?」
「あの子は座学が…」
「ああ…」
優秀だけど、誰もがという訳ではないようだ。
オレの回りは飛び級多くて感覚が狂うが。
「次もフィオナですね。」
「あの凄い吹雪に対抗出来るのかな?」
試合開始直後、互いに魔法を使うが、
「不発?」
「いえ…」
「ルール違反ですわ!」
ソニアが声を上げる。どういうことだ?
「アンティマジックを使われました!」
フィオナは驚いた様子だが、それだけ。
次の瞬間、何か挑発しようとしていた相手が場外に吹き飛ばされる。盾で思いっきり殴り飛ばされたようだ。
準決勝も問題は起きたが、難なく勝利を納めたのだった。
「剣を振るまでもないという事ですね。なかなか強烈なメッセージになりますよ。」
「あれ、剣とおなじくらい痛いッスよ…一度喰らって、腕がもげたかと思ったッス…」
想像すると寒気がする。
今回もまた、大歓声に包まれて三人は早々に立ち去ったのだった。
「終わっちゃった?」
「お帰りなさいませ。」
「ただいまー」
カトリーナさんの影から生えてくるリンゴ。心臓に悪い…
「どうも好き放題やってる人達が勝ち上がってるみたい。運営も見てみぬ振りどころか、積極的に加担してたよ。」
「はあ…どうしてこんなことに…」
頭を抱えるカトリーナさん。
「エディさんも見てきたけど、周囲の人と一緒に物凄く怒ってたよ。」
「全部把握してるでしょうからね…
エディアーナ様も気の毒に…」
遠い目になるカトリーナさん。食べる手が止まらない。ストレス太りするタイプだろうか?
「バニラお姉ちゃんももっと食べれば良いのに。」
「殿方は柔らかい女性が好みと聞いておりますし…」
ソニア、カトリーナさんはそんなに柔らかくなかったんだよ…
口に出せない思いを察したのか、カトリーナさんが顔を赤くした。
休憩時間は終わり、いよいよ決勝戦である。
満員御礼で客席は最高潮。ストレイド達は圧倒的な大歓声で迎え入れられる。
逆に、運営側は異常事態に苦慮しているのか何か慌ただしいが。
「凄い歓声。」
「圧倒的な強さを見せてきましたからね。人気も当然ですよ。」
対する相手は拍手も疎らで、歓声も大して上がらなかった。
「これは気の毒だ…」
「ここまであからさまだと確かに…」
ストレイド達は並んで礼をするが、相手はしない。それがブーイングを呼んだ。
「この場をなんだと思っているんでしょうか。
この場への敬意も、相手への礼儀もないなんて…」
憤るカトリーナさん。この国の人間としてはあり得ない姿なのだろう。
「ここに出るまでに、たくさんの汗と涙が流れている事を理解しているのでしょうか。」
「お母さん、相手に向かう怪しい魔力を感じる。コントロールしてるっぽいよ。」
「あぁ…全部そういう事でしたか…」
理由が分かったカトリーナさんが頭を抱える。
「アンティマジック届くけど。」
「やってください。」
【アンティマジック】
我を取り戻した様子で対戦相手がキョロキョロする。
フィオナが話し掛けると慌てて装備のチェックを始めた。
「なんかはずしましたわ。」
「取ってくる。」
「いえ、待ってください。」
係員がそれを回収すると、騎士に預け、預かった騎士は走って去っていった。
「いいの?」
「ええ。信じましょう。
私たちは三人の応援もありますからね。」
こうして決勝戦が始まる。
全く見えなかったが結果は二勝一敗。
カトリーナさんとリンゴとソニア曰く、互いに死力を尽くした戦いだったそうだ。
「世界は広いね。技術と立ち回りで三人のパワーに対抗しちゃった…」
「リンゴ様、私もそうですよ。」
「そうだった…お母さんもそうだったね。」
「負けてしまいましたが、あの三人は間違いなく誰かの目に止まったはずです。磨いてきたものは本物でしたからね。」
見ていた全員が、泣きながら礼をする相手の三人に拍手を送った。
必死で力を高め、技を磨いて来た者への最大の賛辞だろう。
「こういう試合見るとウズウズしてくるね!」
「ええ!すぐに体を動かしたい気分ですわ!」
リンゴとソニアが握り拳を震わせながら言う。
「リンゴ様、ソニア様、大捕物のお手伝いをしてくだせい。伯爵様に話はしてありやすんで。」
『まかせて!』
二人はユキと手を繋ぐと揃って影の中に沈んでいった。
「大丈夫?他所の子にあんな事させて…」
「大丈夫だと思いますよ。アリスの妹ですし。」
よくわからないが大丈夫なのだと信じよう。
こうして、大歓声の中、ストレイドの最初で最後の大舞台は終了した。
合流した三人の表情は晴れやかで、決勝の戦いは納得出来るものだったようである。
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洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。
カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。
元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜
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彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。
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もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!
フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
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400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
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