召喚者は一家を支える。

RayRim

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第1部

18話

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最後は高等部の校舎。
 それぞれの道が決まる年頃なのか、服装や体格でおよそ方向性が見えてくる。
 共通の制服である生徒も多いが、立ち振舞いにらしさが見えてくる。
 バニラは魔法使いの共通科。術式士の専門というのはないらしく、広く浅く学ぶのを選んだようだ。
 魔法の専門というと、古代の研究やら、魔導具の研究という事になるらしい。
 特に魔導具開発は分野が細分化されていて、生活に産業に軍事にと欠かせない。まあ、アンティマジックで無効化されてしまう問題はあるが。

「いや、しかし、これは…」
「やれば解ることだ…ですから!」

 早速、バニラが先生に食って掛かっていた。
 先生がこちらに気付き、来るように促される。

「ちょうど良かった。娘さんが出来ると言って聞かないもので困っておりまして…」

 二人が検討していたのは多重ループ術式についてだ。
 内容は、洗浄、浄化、修復、移動のループか。特にミスも問題も無いようだが?

「四項目、しかも高度魔法に分類されている浄化、修復が入っていたら試験でも実行できる者なんて…」

 魔法の難易度を意識したことはないのだが、浄化が難しいとされているのは魔力の量、行程、項目が多いからか?実際、術式も、浄化と思われる分だけで他の倍は量がある。
 修復も高度に思われるが、修復用素材があれば、復元ポイントに形状を戻すだけなので技術は必要ない。ただ、本格的な修理をしないと、強度や耐久性が徐々に低下するのは避けられないが。

「やってみましょう。カトリーナさん。」
「えっ」

 先生の反応より早く、カトリーナさんが亜空間収納から汚れ物を出し、適当に散らかす。
 習得はせず、魔法が起動するように魔力を流す。
 汚れ物が一ヶ所に集まり、まとめて洗浄される。次に浄化が欠けられ、洗浄で落ちない不浄要素が除去された。最後に乾燥して、きれいに折り畳んで重ねられていく。
 全部オレの下着じゃないか!なんでそんな所にあるんですかね…

「こんなこともあろうかと。」

 いや、ドヤ顔しなくて良いですからね?

「先生、いかがでしょう?」
「私が間違ってたよ…だが、魔導具とするにしてもサイズの問題が…」

 あくまでも認めたくない先生。

「家事を担う者として、『タライ』と同等以上でも問題ないと思いますが。クローゼットと一体でも良いくらいです。
 洗濯の手間と労力に比べたら、多少の大きさなど気になりませんので。」
「…そうですか。」

 そういえばあったなタライ。当たり前のようにみんな使ってて気に留めなかったが。

 魔導具とは、いくら複雑でもおかしな間違いがない限り、魔力を流せるなら誰にでも扱える道具である。故に、検証できる範囲でユニークでは無いものが多い。ユニークなものはおかしな処理がある可能性を排除できないからな。

「あの、ヒガンさんは実績も無く、独学でしたよね…?」

 職員が改めて尋ねてくる。

「はい。」
「どうしてこんな人をヒュマスは追放したのか…」

 それはオレが一番知りたい事だ。



 見ていた生徒が騒ぎ出し、教室が大変な事になりそうだったので、オレたちは早々に退散することにする。
 先生や生徒に挨拶をする暇もなく、早くストレイドのいる闘技場へ向かうしかなかった。

 普通に様々な催し物が出来そうな闘技場。体育館の言い換えくらいに思っていたが、数千人くらい収用出来そうな客席から舞台までかなり離れており、高さにもだいぶ差があった。
 戦闘科に所属しているので、教室にいるよりこっちにいる方が長くなるらしい。ここからでは分からないが、客席の下の空間には様々な設備があり、道具も片付けられているそうだ。

 女子たちの中、一人だけ身体の鍛え方が違うストレイドは遠くからでも簡単に見付けられる。
 いや、鍛え方で言うならば、ビーストやドワーフの娘たちも劣らないのだが、見た目の特徴からして違うのでそれは除外する。

「恐らく、また大騒ぎになりますので出来れば何もしないように…」

 職員に釘を刺されて観客席から様子を伺う事にした。

「血の気の多そうな連中だからなぁ…」

 男子の中にこちらに気が付き、ピーピー指笛を鳴らす者、カトリーナさんに卑猥な言葉を向ける者も居た。うちの怖くて大事なメイドに許さんぞ小童こわっぱ

「お気になさらずに。あの程度の野次、雨季の温い風のようなものですから。」

 不愉快なことは間違いないようだ。

「今期の学生のお手並み拝見といきましょう。」

 どうやら、ストレイドの力量を測る為に、他の生徒と模擬戦をやるようだ。
 ストレイドは手の保護具くらいで武器は無し。相手は片手剣のみ。さて、どの程度か。
 
「ああ、見るまでもありませんね。」

 カトリーナさんが嘆くような口調でわざとらしく言う。
 
「これではただのお遊戯会。本物とは程遠いですから。」

 気持ちはわかる。妙な型があるようで、それに従って動いているように見える。ただ、それは形式的なもので、実戦で役立つようには見えない。
 魔法についても同様だ。華美なアレンジがされた魔法で無駄が多い。戦闘も完全にターン制と、訓練として見ても役に立つとは思えない。初等部ならわかるのだが…

「なんかガッカリだな…」
「一番、ガッカリしてるのはきっと」

 うちの娘は相手の剣をへし折り、一発かまして勝利する。
 喜びも何もなく、淡々と礼をして次に移った。

「これはあいつの為にならないよなぁ…」

 それが一番の不安だ。勉強や人付き合いで得るものはあるかもしれないが、肝心の部分がこれでは…

「そうですね。やはり、家にもう一人斡旋するよう上申します。」
「お願いします。」

 ヒュマスよりはレベルが高いのだろうが、これはあまりにも肩透かしである。
 儀礼や形式に特化しているのを見てしまい、来る学校を間違った気がしてきた。
 闘技場内は静まり、卑猥な声を飛ばしていた連中が一番縮こまっている。
 一発かましてやった結果、この中で最も強い事を誇示して見せたのだ。舐めるようなヤツは

「ようヒュマス!どんな魔法で誤魔化したんだ!」

 居たかー…

「そんなものは必要ない。」
「は?冗談キツいぜ。ヒュマスが魔法なしで勝てる訳ないだろうが!」

 大きなため息を返すストレイド。
 先生の所に行き何やら話す。そして、オレたちを手招きした。
 どうやらお呼びが掛かったようである。

「カトリーナさんは?」
「行きましょうか。」

 オレたちは5メートルほどの高さの観客席から飛び降り、駆け足でストレイドの元へ行く。

「何をしたら良い?」
「アンティマジックを掛けて欲しい。」
「アンティマジック?」

 ん?まだ普及してないのか。まあ、色々とぶち壊す魔法だからなぁ。

「魔法の無効化魔法です。」
「は?」
「原理は強烈な魔力の波を起こして魔法を撹乱する、と言ったところでしょうか。ちなみに、魔導具や魔法装備にも効きますよ。」

 ピンと来ないようなので、コートの四隅、真ん中に人を立たせてライトの魔法を使ったところでアンティマジック。
 魔法の光は形を維持できなくなり、あっという間に消えた。

「なんだこれは革命が起きるぞ!?」

 良い反応だ。うちの娘の傑作を世に広めてくれたまえ。
 まあ、継続使用ができない欠点があるからな。意外と使いどころが限られる。

「それより、うちの娘と誰がやりあうんだ?」

 うちの娘を強調して挑発する。

「オレだ。」

 トラ系のビーストがこちらにやって来る。
 女子のようだが、体躯はオレよりガッシリしており、身体もしなやかそうだ。
 肉食獣人特有のフィジカルの強さは怖い。
 武器は持っておらず、こちらも格闘だろうか。

「こういうのを待ってたんだ。ガッカリさせるんじゃないよ?」
「期待に報えるよう善処する。」

 二人がコートに入ると、カトリーナさんが審判を買って出る。

「身内だろ?贔屓する気じゃねーよな?」

 トラ娘の疑念はもっともだが、

「うちの娘を甘やかす気はありません。今までも、これからも。」

 あなた、わりと甘やかしますよね。特に末っ娘を。

「お、おう。おまえも大変だな…」
「うむ…」

 なんだか同情されるストレイドだが、良いのかそれで。
 まあ、連日ボコボコにされているオレも、誰かに同情されたい気持ちが無くはないが…

「始めよう。」

 カトリーナさんが明かり用の魔法の光を二人の間に浮かべる。

【アンティマジック】

 再び魔法を掛け、魔法の光が消えた所でトラ娘が全身のバネを生かして蹴り込む。
 鋭い一撃だが読んでいたかのようにストレイドは左へ避け、カウンターの左フックを放つ。
 完全に見えない位置からの一撃だったはずだが、トラ娘はしっかり避けてバク転しながら蹴りをお見舞い。
 腕をかすった様ではあるが、ダメージにはならないだろう。距離を開けられて最初の攻防はここで終わる。
 一呼吸置き、次に先手を打ったのはストレイド。一気に距離を詰めて殴り合いに持ち込もうとするが、トラ娘の長い脚がそれを阻む。
 ストレイドの突きを脚で払うの連続。演武のような動きに見えるが、両者の顔に全く余裕はない。距離を詰めたいストレイド、長い脚で有利に戦いたいトラ娘というところか。

「野蛮な…優雅さが欠片もない。」

 生徒の一人が吐き捨てるように呟く。
 実力主義の国は何処へ行ったんだ、と思うような反応。
 儀礼的な武術…武道か。それも悪くはないが、戦闘科を名乗るには相応しくない。
 攻防は考えている間も続いており、互いにかすりはするが一撃が入らず。
 トラ娘はトラとは思えないくらい跳ね、ヤケクソ気味のパンチを放つが、ストレイドは反らして避け、カウンターの…

「そこまで。決定打が無かったので引き分けとします。」

 妨害が消えた所で終了。
 膝蹴りが寸止めのような形でトラ娘に刺さる直前で止められていた。

「カァーッ!届かなかったかー!」

  互いに最初の位置に戻り、礼をする。
 ストレイドも悔しかったようで、表情にそれが滲み出ていた。

「お前、強ぇじゃねーか!またやろうぜ!」

 トラ娘がストレイドに抱き付き、眩しすぎる笑顔で再戦をねだる。

「私からもお願いしたい。お前となら何度でも戦える。」
「嬉しいこと言ってくれるねぇ!アハハ!」

  正反対の二人だが、両者の様子を見る限り、上手くやっていけそうだな。

「ヒガン様、一応聞いておきますが、彼女の種族はわかりますか?」
「トラ娘。」
「ネコです。絶対に間違えないでくださいね。タイヘンナコトになりますから。」

 タイヘンナコトに凄みを感じ、震え上がる。
 見た目で呼ぶのはやめよう…
 巨大な体躯の教師がこちらにノシノシとやって来る。見た感じは獅子のようで、凄みを感じる。

「いやはや、良いものを見せてもらいました。トレーニングの一貫で、体術は教えておりましたが、魔法があるからと皆あまり熱を入れてくれず困っておりまして…
 熱を入れる者もいますが、才能を発揮できずに腐ってしまうばかりでお恥ずかしい…」

 そうだろうなぁ。アンティマジックの登場直前まで、近接特化はゴミ扱いされてたくらいだからな。

「アンティマジックが広まれば戦いは変わります。兵がぶつかり合う戦場では、魔法も魔法装備も役に立たなくなりますからね。」

 オレの言葉を聞き、周囲がざわめき出す。
 魔法の否定だ、という声もあれば、戦いが変わるのを早く故郷に伝えなきゃ、という声も聞こえた。
 懐かしいなこの感じ。この賛否や戸惑いをバニラは一身に受け止めたわけか。

「私に言わせれば、今のこの国は魔法と魔導具に頼りすぎなのです。基礎の疎かな青二才が
戦士を名乗るなど片腹痛い。」

 最後、嘲笑が抑えられてませんよカトリーナさん。

「我ら、魔法戦士を愚弄する気か!」
「メイド風情が生意気な!」

 身形の良い、良家と思われる方々がいきり立つ。気持ちはわかる。わかるぞ。

「まあ、待て。オレも魔法剣士だから気持ちはわかる。頼りの手札が失くなる怖さもわかる。」

 カトリーナさんの前に立ち、ボンボン達を宥める。アンティマジックを使った張本人が剣士だってこと、忘れていませんかね。

「魔導師としても、戦士としても戦えるようになれば良い。戦士として戦えない相手なら、ケツ捲って逃げりゃ良いんだ。弓師だってそうだろ?」

 恐らく、比率的弓師が多いであろうエルフの一団を見る。

「その通りですわね。長弓を用いる場合は特にですわ。」

 麗しいエルフのリーダーらしき少女?が代表して言う。

 あるレイドで、近接はタンクの重騎士ビルドのみ、他全部長弓というのを経験したことがある。
 ヘイトコントロールの為に部隊を分散、四方から攻撃して真ん中に釘付けにするという作戦だ。
 その時は、ボスの攻撃範囲に入ったら、重騎士はその場でヘイトを稼いで死守。弓師は全力で後退し、ヘイトが他部隊へ移ったら弓師が復帰というのを繰り返した。
 開発は対策に全域範囲の魔法を使える様にもしたが、仕組み上ボスだろうが効いてしまうアンティマジックの登場で、それ以上の対策は諦めた様である。
 以降は、地形でその包囲フルボッコ戦術ができないように対策された。開発も大変だったに違いない。

「戦う事は命と向き合う事だ。格好を整える事を悪いとは言わんが、相手が同じステージで戦ってくれるとは限らんぞ。」
「我々が向き合っていないと…?」
「あなた方のはお遊戯です。型通りに動き、ルールに従って勝ち負けを決めるだけ。あらゆる手段を用いて命を刈り取るという気迫がない。」

 そこまで言って大きなため息を吐く。

「まあ、戦功があらかじめ用意されている、貴族様には関係のない話ですが。」

 これが今のこの国の現実なのだろう。誰かが命懸けで作った戦功を誰かが権力で自分の者にする。
 家の為、と言えば聞こえは良いかもしれないが、それは人の為にはなっていないのだ。
 もしかしたら、カトリーナさんも用意する側だったのかもしれない。

 「まだ愚弄するか!処断してくれる!」

 こちらに踏み込んでくる小童に向けて【威圧】を発動する。

「ギ、ギギギ…!」

 恐怖で身体が硬直し、それ以上は進む事も、プライドが逃げることも許さないのだろう。
 目が血走り、顔に血管が浮かび上がる。
 心意気だけは認めてやろう。

「ご苦労様。」

 剣を取り上げ、軽く突くとそのまま後ろに倒れた。

「ボウケンしゃ…ゴトキに…」

 一割で抑えたので、人としての尊厳を破壊するような事はなかったが、プライドはズタズタだろう。すまんな。

「お前らが話題にしてた南門事件の犯人だ。この方が本気を出したらどうなるか分かっているな?」

 沸き立つビースト、エルフ。外国人である彼女らは、しっかり下地を作って来てるだろうからな。
ディモスでも、同じ派閥ではない者は興味深そうにこちらを見ているが、同派閥と思われる者は困惑を隠しきれない。

「オレもうちのメイドには一度も勝てた事がないんだがな。」
「十年は負けるつもりありませんからね。」

 十年は遠いなぁ…
 更に沸き立つビースト、エルフ。派閥外のディモスも歓声を上げ始めた。

「お前たち、静かにしろ。」

 獅子教師の一喝で静まる生徒たち。
 顔を見ると、それぞれの心の中のものを抑えきれないのがよく分かる。
 期待、渇望、不安、絶望。みんなまだ若いんだから絶望するには早い。

「今、オレたちは時代の変わる瞬間を目の当たりにした。これは孫の代まで語れる事だ。
 だが、その先の事はどうか?誇れるものにできるのか?
 道を誤らぬよう、しっかり考えて将来に活かすように。」

 ちょうどチャイムがなる。
 終わりの礼をすると、我先にとオレたちに生徒が殺到する。
 ストレイドの周りにもトラ…ネコ娘とエルフリーダーちゃんとその友人たちがおり、あれこれ身振りをしながら話をしていた。もう大丈夫そうだ。

「お、お二人は本当に夫婦じゃないのですか!」
「夫婦ではありません。そこだけはハッキリさせておきます。」

  うん。そこはハッキリさせておいた方が良いかもしれませんね。心は泣いてなんかいないぞ!
 
「手の掛かる旦那様と四人の娘の御世話をするのが私の役目。でも、私たちは間違いなく家族ですから。」

 一瞬、その場が静まり返り、悲鳴に似た歓声と指笛が響く。なんなんだこの状況。

「あー!居る!間違いなく後世に語り継がれる一幕に居る!」
「父よ、母よ!ワタシは歴史の生き証人になりましたー!」
「治療兵ー!ダメそうなヤツがいるぞー!」

 皆、揃って想像力が逞しい。これが若さというものか…
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