召喚者は一家を支える。

RayRim

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第1部

番外編 魔法術式士は迷う1

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〈召喚者■ ■■■〉

 幾度となく願った夢が現実になった。
 目の前の光景を見た最初のわたしの思いはそれだった。しかし、夢も現実になれば、どうしようもなくクソな部分が見えてくる。

「どうかお願いします。我々を…ヒュマスをお救いください…!」

 わたしはこの声が堪らなく嫌いだった。作り込んだわざとらしい声色。そして、数々の悪名高きイベントの犯人。ヒュマスの王女イザベラだ。
 純白のドレスに身を包み、強調してみせる豊満な胸。何度もいでやりたいと思ったか分からない。

「何あれコスプレ?」
「マジ、女の人レベル高くね?女優かなにか?」
「おおあ…こんなことが私の身に起こるなんて…!」

 知らぬが仏とはよく言ったものだ。目の前にいるのは善意と悪意の概念すら持たない、暴走王女だというのに。
 こっそり数歩下がって周囲を見る。
 そんな中、明らかに王女の話を聞いていないヤツがいる。見た感じ、中年に入り欠けたオッサンのようだが…

「我々ヒュマスは、北の亜人連合による侵略の憂き目に遭っております。かつて、栄華を誇っていた我が国も今では惨憺たる有り様…
 何卒、異界より召喚されし皆様の力で我らに勝利を…」
「わかりました。その願い、私たちが聞き届けましょう!」

 イザベラが言い終えるのとほぼ同時に、男が声を上げて前に進む。
 知らないとは幸福なことである。
 その後もこの国の窮状を長々と語るが、負けてる側にも関わらず、利権を要求し続けた結果総スカンを喰らったという所だろう。
 住むには厳しい獣人国家にもそっぽ向かれているのだから、余程の外交下手だ。

「皆様にはお部屋を用意しております。兵に案内させますのでどうぞお寛ぎ下さい。」

 言われるままにわたしたちは部屋を出るが 、

「おい、そこのヤツ。言われた通りついてこい。」
「あ、あぁ…」

 一人だけ遅れたヤツが居た。さっきのオッサンだ。
 考え事をしていたのだろうか。こんな所で悠長によくそんな事が出来るな、と思うと同時にとても興味が湧いた。
 いったい、何を考えていたのだろう?
 立ち止まり、オッサンに並ぶ。意外と背が高く、完全に見上げる形だ。
 なんて声を掛けよう。
 自然に、それでいて、堅苦しくなく…
 短い時間に考え、決めた。

「なあ、あんたも気付いてるんだろ?」

 それがわたし、バニラとヒガンの最初の会話だった。
 
 
〈召喚者バニラ〉

 とにかく、魔法に関しては規格外の塊のような男だった。
 式なしに魔力を当たり前のように扱い、式による制御という概念のない第二世代術式をコントロールし切る異常な制御力。同じ人間だとは到底思えなかった。
 名前はヒガンと名乗り、由来は世界最速全ボス撃破RTAを達成した時の名前だと言っている。
 当時は無関係なことだと思って見てなかったが、時間指定の魔法の発注があったなと改めて思い出す。その時の依頼者がbotamochiという名前で何だか美味しそうだと思ったのを覚えている。後日、それがそのRTAの走者だったと知って度肝を抜かれ、震えたものだ。
 それがヒガンだったと気付いたのは、こちらで出会って随分と経ってからで…我ながら情けない話である。

 この男の規格外さは育成の早さが拍車を掛けている。種族補正込みでも早すぎるのだ。
 気が付けば全属性魔法を使えるようになり、気が付けば曲芸のような動きが出来るようになっている。暇さえあれば訓練をしており、側に居るこっちの気が休まらない。
 だが同時に、次はどんなものを見せてくれるのかというワクワクもある。だからわたしは、この男と城を出た事を後悔した事はなかった。
 なんでもそれなりにこなす。それがヒガンの印象。
 こなせるが、それなり。テントの補修などはわたしがやった方が上手く出来ていたが、料理はスキルが生えるまでは負けていた。あのただのすまし汁のようなスープにだけは、永遠に勝てる気がしない…




 二度目の襲撃で一気に旅の仲間が増えた。
 落ち着いた二人旅も良かったが、五人の旅も悪くない。
 一人は元プレイヤーのバンブー。たけのこ印と言えば、誰もが知っていると言っても過言ではない名工だ。わたしより年下という事に衝撃を受ける。背も高く、しっかりしているので年上だと思っていた…
 一人は格闘技経験者と思われるストレイド。合流したその日に、性別を偽りたいと言われて体型を変化させるシェイプシフトの魔法を教えている。簡単だが最初は苦労するその魔法で、自身の胸を完全に隠してみせた。…いらないなら分けてもらいたい。
 最後の一人はリンゴ。窒息し欠けてた所をヒガンが救出した美少女だ。なんだこの生き物は。こんな漫画のヒロインのような理想的な顔立ちと体型の女児がいるなんて…
 どうも顔の怖いヒガンを警戒しているのか、馴れ合うつもりがなさそうに見える。雰囲気だけだが。

 癖の強い仲間たちとの旅も楽しかった。ゲームではVR酔いが酷くて出来なかった長旅自体が楽しいのだが、話し相手が増えるともっと楽しい。
 リンゴと名乗る美少女だが、その観察眼とヒガンに対する負けん気が凄い。
 砦の拡張作業の際、感知酔いで3度も吐いた(恐らくもっと吐いてる)そうだが、それでもヒガンの作業を見続ける根性は真似できない。気持ち悪くなったらそこで諦めてしまうからな…
 曲芸染みてきたトレーニングにも挑み続けている。最後はちゃんと基礎を教えてもらう辺り、ちゃっかりしている娘だ。
 わたしも激しいトレーニングに付き合いたいが、怖くて付き合えない。実はこれはVR内で、VR酔いが現実に引き戻すのではないか。そう思うと、この幸せな時間が消えてしまいそうで、あまり激しい動きはできそうにない。馬で移動していて吐いた時は本当に怖かった。

「なあ、バニラは見ているだけで良いのか?」

 一度、たった一度だけその訓練に誘われたのだ。
 見ているだけでは退屈だろうと思ったのだろう。見ているだけでも楽しい。だが、加わればもっと楽しいのは分かっている。それでも、怖さには勝てなかったのだ。

「見てるだけで良いよ。術式士に身体を鍛える必要はないからさ。」
「そうか。」

 リンゴが不満そうな表情になったのをよく覚えている。きっと見抜かれたのだろう。
 その後も度々、リンゴにそういう表情をされる事があったが、それも決まって何かを誤魔化す時で、この娘に嘘は吐けないなと思わされてしまう。
 一度、バンブーとその話をした事があった。

「あの子、一度、嘘が切っ掛けでとんでもない事件に発展した事があってね。危うく警察沙汰になり欠けたんだよー。
 それからは嘘はどんな些細なものも見逃さない感じになっちゃって…
 まあ、嘘は必要なこともあるから、そこの匙加減は上手くやって欲しいかな。それがあの子のためでもあるし。」
「分かった。じゃあ、特別な事はしないでおくよ。」

 小さいのになかなかの経験をしている。嘘が切っ掛けで警察沙汰になり欠けるとは、余程の事だったのだろう。
 それで嘘に敏感になりすぎるのは、生き辛そうだな…
 まあ、この中に息するように嘘を吐く輩が居ないのが救いだろうか。

 …考えてみれば、みんな何かしら隠し事を持っている気がする。
 わたしはVR酔いが怖いこと、ストレイドは性別、ヒガンも何か隠しているような気がする。バンブーはよく分からない。
 幼い子供の教育にとって言い環境なのかは分からないが、悪くはならないようにだけしたいものである。
 わたしも18だ。いつまでも子供じゃないからな。



 背伸びは出来そうになかった。
 目の前に横たわり、身体が塵になっていく魔物を見てそう確信した。
 殺されるかと思った。堪らなく怖かった。
 身体の震えが止まらない。
 …漏らしてしまった。

 近くに誰もおらず、塵になった魔物を倒したヒガンは違う場所の魔物にトドメを刺すところ。
 自分に洗浄を掛け、服と身体を綺麗にする。浄化も掛けておこう。
 落ちている魔石を拾い上げ、立ち上がるとヒガンがやって来た。

「怪我はないな?」
「…大丈夫、だ。」

 虚勢を張る。立つのも辛い。歩けば足元がもつれてしまいそうだ。
 それでも、ヒガンに洗浄と浄化を掛ける。精一杯の虚勢だ。

「おう。すまんな。」

 正直、戦っている時のヒガンの顔は怖い。
 元々、怖い顔なのだが、それが更に怖くなる。それあっという間に解消されるのを見て、終わったのだと安堵した。

「ちょっと街道から逸れると魔獣か…
 早くエルディーに行きたい所だな。」
「…そうだな。」

 返事をすると手を差し伸べてくる。

「戻ろう。足元に気を付けろよ。」

 初めてだった。男の人に手を引いてもらうのは。
 とても大きく、力強い手。この手を離さなければ大丈夫。不覚にもそう思ってしまう。
 思わず力を入れたところでぐっと身体を引き寄せられ、身体を抱えられる。

「な、なにを」

【ファイアストライク】

 ヒガンの手から放たれた火の玉が、向かってきた魔獣を消し飛ばした。
 自分で描いた魔法だが、ここまで威力が高いと流石に驚く。

「急ぐぞ。」
「お、おう…」

 ヒガンにお姫様だっこされ、あっという間にみんなの待つ街道へと飛び出た。
 手を引かれるのも初めてだったのにこれはあまりにも…

「バニラちゃん、大丈夫?」
「だ、大丈夫。なんともない。」

 バンブーに声を掛けられ、我に返った。
 しかし、ヒガンの服を掴む手に力が入り、

「おやおや?」
「な、なんだその目は…」

 バンブーが意味深な眼差しを向けてくる。

「いえ、バニラちゃんはそういう趣味なのかなと思いまして。
 ずっとお姫様だっこされてるし。」
「ひ、ヒガン!早く下ろしてくれ!恥ずかしい…」

 言われるままに下ろしてくれるヒガン。

「ちょっと破れてるな。」
「あー、ホントだー。」

 ヒガンとバンブーがわたしの姿を見て言う。
 転んだ拍子に穿いていたタイツが破れてしまったようだ。少し血が出ている。

「このくらい良い。それより先に進むんだろう?」

 ヒールで血を止めて、先に行くのを促す。

「そうだな。リンゴは背負っていこう。」
「俺が背負う。ヒガンは自由な方が良いだろ?」
「すまんな、ストレイド。」

 男装の麗人が横にいたリンゴを背負い、ヒガンの後ろを歩き出した。

「…本当に大丈夫だった?なんかあまり顔色良くないけど。」

 バンブーが心配そうに尋ねてくる。

「大丈夫だ。まだ、少し気持ちの整理ができてないけど、身体はなんともないから。」
「そう。無理しないでね。バニラちゃんくらいなら背負えるから。」
「ありがとう。」

 年下にちゃん付けされるのは不本意だが、まだ好意には甘えておこう。
 正直、今はこの世界でも一人で立ち続ける自信はない。だから、お人好しでお節介な仲間たちの支えがとても心強かった。
 …ヒガンの手も、身体もとても温かかった。その温かさをわたしは信じたかった。
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