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正述心緒
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キスをしてしまってから、少しだけ距離を置くようにしたのは、自分の気持ちがよくわからなかったからだ。透子は、完全に冗談だと受け止めていたから、まったく問題は無いハズだったのに。
「なにやってんの? 相変わらず…」
久々に電話してきて、開口一番それかよ…と思いながら、電話を耳で押さえつつ、車のドアを開けた。
「連絡取りたいって、透子んから電話あったよ。番号変わったって、連絡してなかったの?」
「まあ、必要ねえし…」
そう言うと、シンジはわざとらしいほど大きく、はぁ~とため息をついた。
「どうすんの、教えて大丈夫?」
「ああ…」
シンジはもう一度ため息をついて、了解、と言った。
多分、知ったのだろう。自分の設計した案件が乗っ取られそうになっている事を。だから、間違いなく連絡してくる―――そう思いながら、携帯電話を見つめ続けた。
程なくして、透子―――と表示された番号から電話が掛かった。
指定したホテルのラウンジは、商談等で何度か使った事があった。…女を連れて来た事も。
席についてすぐ、やって来たフロアスタッフに、一部屋チャージしてもらうように頼むと、部屋のタイプを聞かれ、少し悩んでからスイートのツインを頼んだ。
どうかしている…と自分でもわかったけれど、あからさまにダブルを頼まなかっただけ、この時はまだ少し、まともだったのだろう。
頼んだウォッカを口に含んだ所で、スタッフに案内された透子がやって来た。
相変わらずほっそりとした体をパンツスーツに包んで。
昨夜は、あの後どうしたんだろう…と、オレンジジュースを頼んでいる横顔を密かに伺う。
正直に言えば、意外だった。
もちろん、透子が誰かと付き合うという事があってもおかしくない。ただ、もしあるとしたら、もっと違うタイプを選ぶんじゃないかと思っていたのだ。
例えば、結婚しました葉書に、ガタイの良い職人気質の男が写っていたら、何となく納得していたんじゃないだろうか。
もう一口、口に含んで昨日の男を思い浮かべた。
名前を呼ばれた途端、透子の顔が変わった。
綻ぶ、とでも言うんだろうか。
初めて見た笑顔だった。
大学ではいつも、面白そうな顔だったり、馬鹿笑いだったり―――要するに、女を感じさせるような顔を、透子はしていなかったのだ。
それが意図的なものだったのかどうかは、もうわからないけれど、少なくとも、自分は見た事が無かったのだ。
振り向いた先にいたのは、若い男だった。…おそらく、年下だろう。
少し色の薄い髪、細身だが案外筋肉がついていると、セーターから除く腕を見ればわかる。女のような顔をしているが、もちろん、女には全く見えない。
当たり前のように透子の腰に腕を回し、当然の権利とばかりに頰に触れ、真っ直ぐにこっちを見返してきた―――威嚇するように。
昨夜も、あの腕に抱かれたんだろうか…。
グラスを持つ細い手首を見ながら、苦い思いを噛み締めた。
どうして気付かなかったんだろう。
今なら、本気でそう思う。
それでもまだ、仕方の無い事だと諦められたハズだった。
「…カズ?」
電話に出た声の、その甘さに、衝撃が走った。
クス…と笑う声も、綻ぶ唇も。
透子の性格からいって、その男に何も言わずここに来るとは思えなかった。特に深い意味も無く、ただの連絡事項として。
だから、電話をかけてきたのは、その男の独断だ。
そう思いついた途端、暗い思いが湧き上がった。
―――買ってやるよ。
口許を歪めながら、ショットグラスを手に取った。
頭の中ではわかっていた。
きっと、透子の気持ちは変わらないと。
そういう女じゃない。
わかってる。
部屋に連れて入った時点では、まだ理性が残っていた。
エレベーターで戻した時は、本気で慌てた。
ただ、幸いというのか―――透子は何も食べていないようで、吐きだした物はほとんど水だったのだ。
ベッドに寝かせて、タオルを絞り、口許を拭ってやる。
一応化粧はしているようだが、タオルにそれ程付かない所を見ると、相変わらずの手抜き化粧のようだ。
色が白い分、何も付けなくても唇が赤い。指先で触れて、直ぐに離した。
軽く頭を振ってからフロントに電話をかけて、ランドリーサービスを頼む。取りに来る前にと、まず自分が脱いでローブを羽織った。パジャマも置いてあったが、後でいいだろう。
透子の背中に腕を入れて少し抱き起こし、上着を脱がせる。カットソーは大丈夫そうだな…と思いながら、パンツのホックを外し、サイドファスナーを下ろした。
一瞬、躊躇ってから、手の平を差し入れて、パンツを下ろす。意外にも、ショーツはレースで、そう言えば、パンツスタイルには響かないインナーを履くのだと、誰かが言っていた事を思い出した。
それでも、ストッキングを履いていないのは透子らしい。
剥き出しの足に、爪先だけやはりレースの靴下を履いているのが、やけに扇情的で、無意識に手の平を太股に滑らせると、透子が何か呟きながら足を動かし、その瞬間、内腿が垣間見えて、息を呑んだ。
膝を掴んで、押し開く。
腿の内側、付け根の辺りに、赤い印が付けられていた。
わざとなのかどうかは、どうでもよかった。
ただ、あまりの生々しさに、目の前が真っ赤に染まったような気がした。
カットソーの裾を掴んで、めくり上げる。
膨らみを包むレースの際から、やはり赤い印が覗いている。
そのまま、カットソーを引き抜いても、透子は目を覚まさなかった。
ドアフォンが鳴って、脱がしたスーツを掴んで立ち上がる。
スタッフに預けてドアを閉めると、部屋のライトを落とした。
そのまま、ローブを床に落とし、仄暗い部屋を通って、透子の眠るベッドに潜り込んだ―――
「なにやってんの? 相変わらず…」
久々に電話してきて、開口一番それかよ…と思いながら、電話を耳で押さえつつ、車のドアを開けた。
「連絡取りたいって、透子んから電話あったよ。番号変わったって、連絡してなかったの?」
「まあ、必要ねえし…」
そう言うと、シンジはわざとらしいほど大きく、はぁ~とため息をついた。
「どうすんの、教えて大丈夫?」
「ああ…」
シンジはもう一度ため息をついて、了解、と言った。
多分、知ったのだろう。自分の設計した案件が乗っ取られそうになっている事を。だから、間違いなく連絡してくる―――そう思いながら、携帯電話を見つめ続けた。
程なくして、透子―――と表示された番号から電話が掛かった。
指定したホテルのラウンジは、商談等で何度か使った事があった。…女を連れて来た事も。
席についてすぐ、やって来たフロアスタッフに、一部屋チャージしてもらうように頼むと、部屋のタイプを聞かれ、少し悩んでからスイートのツインを頼んだ。
どうかしている…と自分でもわかったけれど、あからさまにダブルを頼まなかっただけ、この時はまだ少し、まともだったのだろう。
頼んだウォッカを口に含んだ所で、スタッフに案内された透子がやって来た。
相変わらずほっそりとした体をパンツスーツに包んで。
昨夜は、あの後どうしたんだろう…と、オレンジジュースを頼んでいる横顔を密かに伺う。
正直に言えば、意外だった。
もちろん、透子が誰かと付き合うという事があってもおかしくない。ただ、もしあるとしたら、もっと違うタイプを選ぶんじゃないかと思っていたのだ。
例えば、結婚しました葉書に、ガタイの良い職人気質の男が写っていたら、何となく納得していたんじゃないだろうか。
もう一口、口に含んで昨日の男を思い浮かべた。
名前を呼ばれた途端、透子の顔が変わった。
綻ぶ、とでも言うんだろうか。
初めて見た笑顔だった。
大学ではいつも、面白そうな顔だったり、馬鹿笑いだったり―――要するに、女を感じさせるような顔を、透子はしていなかったのだ。
それが意図的なものだったのかどうかは、もうわからないけれど、少なくとも、自分は見た事が無かったのだ。
振り向いた先にいたのは、若い男だった。…おそらく、年下だろう。
少し色の薄い髪、細身だが案外筋肉がついていると、セーターから除く腕を見ればわかる。女のような顔をしているが、もちろん、女には全く見えない。
当たり前のように透子の腰に腕を回し、当然の権利とばかりに頰に触れ、真っ直ぐにこっちを見返してきた―――威嚇するように。
昨夜も、あの腕に抱かれたんだろうか…。
グラスを持つ細い手首を見ながら、苦い思いを噛み締めた。
どうして気付かなかったんだろう。
今なら、本気でそう思う。
それでもまだ、仕方の無い事だと諦められたハズだった。
「…カズ?」
電話に出た声の、その甘さに、衝撃が走った。
クス…と笑う声も、綻ぶ唇も。
透子の性格からいって、その男に何も言わずここに来るとは思えなかった。特に深い意味も無く、ただの連絡事項として。
だから、電話をかけてきたのは、その男の独断だ。
そう思いついた途端、暗い思いが湧き上がった。
―――買ってやるよ。
口許を歪めながら、ショットグラスを手に取った。
頭の中ではわかっていた。
きっと、透子の気持ちは変わらないと。
そういう女じゃない。
わかってる。
部屋に連れて入った時点では、まだ理性が残っていた。
エレベーターで戻した時は、本気で慌てた。
ただ、幸いというのか―――透子は何も食べていないようで、吐きだした物はほとんど水だったのだ。
ベッドに寝かせて、タオルを絞り、口許を拭ってやる。
一応化粧はしているようだが、タオルにそれ程付かない所を見ると、相変わらずの手抜き化粧のようだ。
色が白い分、何も付けなくても唇が赤い。指先で触れて、直ぐに離した。
軽く頭を振ってからフロントに電話をかけて、ランドリーサービスを頼む。取りに来る前にと、まず自分が脱いでローブを羽織った。パジャマも置いてあったが、後でいいだろう。
透子の背中に腕を入れて少し抱き起こし、上着を脱がせる。カットソーは大丈夫そうだな…と思いながら、パンツのホックを外し、サイドファスナーを下ろした。
一瞬、躊躇ってから、手の平を差し入れて、パンツを下ろす。意外にも、ショーツはレースで、そう言えば、パンツスタイルには響かないインナーを履くのだと、誰かが言っていた事を思い出した。
それでも、ストッキングを履いていないのは透子らしい。
剥き出しの足に、爪先だけやはりレースの靴下を履いているのが、やけに扇情的で、無意識に手の平を太股に滑らせると、透子が何か呟きながら足を動かし、その瞬間、内腿が垣間見えて、息を呑んだ。
膝を掴んで、押し開く。
腿の内側、付け根の辺りに、赤い印が付けられていた。
わざとなのかどうかは、どうでもよかった。
ただ、あまりの生々しさに、目の前が真っ赤に染まったような気がした。
カットソーの裾を掴んで、めくり上げる。
膨らみを包むレースの際から、やはり赤い印が覗いている。
そのまま、カットソーを引き抜いても、透子は目を覚まさなかった。
ドアフォンが鳴って、脱がしたスーツを掴んで立ち上がる。
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