花の名前

はなの*ゆき

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時の訪れ

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 そこにあるのに、見えないもの―――
 人の気持ちも、そうなのかも知れない。


 上手くすれば見えるかも―――と言っていた流れ星。

 実は、“こと座流星群”というのが見られる時期だったと、後から教えてくれた。

「ちょうど見に行こうと思ってたんだ。だから、ついで。」

 と言って笑っていたのを思い出す。
 明るい光の下で改めて見た笑顔は、感情があるような、無いような、どこか捉えどころが無いものだった。
 熱が無い―――と、亜衣子サンが言っていたけど、その位がちょうど良かった。距離を置いて付き合えるというのが気楽だったからだ。

 それなのに、なんで、こんな事になってるんだろう―――?



 執拗なまでに絡め捕られ、幾度となく吸われた舌先は痺れて、自分のものとも思えない。
 ようやく解放された唇は、酸素を求めて閉じることが出来ないのに、そこにまた繰り返しキスを落とされる。脇を通って背中に回されたカズの腕に支えられていなければ、床にへたり込んでいるかもしれない。

「…っ!」

 頬を掠めたカズの唇が、耳朶を食んで舐めた。
 ビクッと背中を反らして強張る体を、カズが強く抱き締める。

「どっちにする?」

 掠れた声が耳元で囁いた。

「トーコさんとこと、俺の部屋と。」
「…え…」

 咄嗟に言われた意味がわからずボンヤリとしていると、首筋に顔を埋めて、ふ、とカズが笑う。

「じゃあ、ここで。」

 言うなり、強く首筋に吸い付かれた。
 仰け反って逃げようとしても、押した肩はびくともしない。
 背中から回された手がオフネックの緩やかな襟元を押し退けて入り込み、手の平で撫で下ろしながら肩を剥き出しにされて、ゾクリと背筋が震えた。

「いやっ、んっ、う…」

 カズは抗議の声を唇で塞ぎ、肩を掴んで押さえ込みながら、今度は反対の手で襟をかき分ける。ひたりと押し当てられた手の平は熱く、肌を探るように円を描きながらカップの内側に入り込み、指先が先端を掠めた瞬間、電流のような衝撃が走った。
 カズの手の平は、そのまま掬い上げるように膨らみを包み込み、先端を親指で挟むようにしながら揉み拉く。
 そんなことをされたのは初めてだった。

 大学の時も、就職をしてからも。
 周りは男ばかりだったし、実習や仕事の邪魔になるとスカートも履かず、出来るだけ女を強調しない服装と言動を心掛けていたから、飲みの席で悪ふざけをされるぐらいで、そもそも男性と二人きりになる事が無かった。
 だから、油断していたのかもしれない。

 胸の先端が凝りのように硬く尖り、そこを摘ままれて強く扱かれると痛いはずなのに、1番先端の皮膚の薄い場所を押し潰されると、なんともいえない甘い痺れが体の芯を貫いて、声にならない声が鼻から漏れる。
 肩から撫で下ろされた手が腰を引き寄せ、片足を腿の間に割り込ませながら押しつけられた下腹部が、お腹の奥深い場所を探るように動くと、やるせない気持ちになって居たたまれず、必死で首を動かして唇を外した。

「や…」

 自分で驚く程に、弱々しい声だった。
 それでも、なんとか逃れようと体を捩り、腕を突っぱねると、不意にカズの腕の力が緩んで、体が傾ぐ。
 危うく横向きで床に倒れ込むところをカズに支えられ、意図せず正面から向き合って、ドクン、と心臓が音を立てた。

 そこにいたカズの顔は、今まで見たことが無かった。
 普段からは想像もつかないほど熱を帯びた瞳は、どこか潤んで見える。見つめられるだけで背筋がゾクゾクとして、カズの腕に置いた手が微かに震え、その事に気付いたカズが、クスリ、と笑った。その笑顔すら艶めいて見えるのは何でなんだろう?

「そんなに、嫌?」
「え…?」

 咄嗟に何を言われたかわからず、間の抜けた声を出すと、カズが大きく息を吐いて立ち上がった。思わず身をすくませると、カズがため息をつく。
 顔を上げると、表情を無くした暗い瞳が見下ろしていた。
 ゴクッと息を呑むと、カズはもう一度ため息をついて踵を返し、リビングを出て行った。
 ガタガタという音に、カズがバイクで出て行った事に気付く。

 程なく静かになった部屋の中で、しばらく動く事も出来ずに、冷たい床の上に座り込んでいた。
 さっきまでの熱が引いて、むしろそれまで感じたことがないほど、体が冷えているようなそんな気がして、ギュッと、自分で自分を抱き締める。
 何か、取り返しのつかない事になったような気がして。


 そして、その夜、カズは家に帰ってこなかった。
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