花の名前

はなの*ゆき

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時の訪れ

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 完全に油断していた。

 咄嗟に閉じることの出来なかった歯の間からねじ込まれたものが何か、気が付いて目を見開く。

「っん、う…」

 大きな手の平で後ろ頭を摑まれたままで、首を振って逃れる事も出来ないでいると、カズが頰を傾けるように角度を付けて、更に深く舌を差し込んでくる。
 絡みつくような動きで、舌の裏側の柔らかな場所をざらりと舐められた瞬間、心臓が鷲摑みにされたように撓り、そこから痺れるような感覚が体中に広がって、思わずギュッと目を閉じた。

 キスが触れるだけのものじゃ無い事位、もちろん知識として知っていた。でも、こんなのって―――

 カズは唇を離さないまま、何度も角度を変えて、その度に唇を割り広げるように強く押しつけながら、差し込んだ舌で舌を絡め捕っては吸い、口の中を嘗め回す。
 唇を隙間無く塞がれてまともに息も出来ず、頭が朦朧とする中で喉に流れ込む唾液を無意識に飲み込むと、腰に回された腕に、更に強く引き寄せられる。
 心臓がドクドクと激しく脈を打ち、そこから痛いような痺れるような何かが生まれて体中へと広がっていき、初めての感覚に思わず身を捩った。

 もう、やめて―――

 ギュッと強く、カズの服を掴んで握りしめる。
 不意に、カズが動きを止めた。

 唇が離れるのと同時に、腕の力が緩んで、ガクッと膝が折れる。崩れ落ちそうになった体を、再び抱き寄せられた。
 カズの首筋に顔を埋めて、喘ぐような息を繰り返す。体が小刻みに震えるのは、寒さのせいじゃなかった。むしろ熱い。
 肩を抱く腕に力を込めながら、耳元に唇を寄せて、カズが大きく息をつく。その息の熱さにすら、眩暈がしそうだった。

「これがキス・・だよ、トーコさん。」

 囁くように言われて顔を上げた。
 覗き込む瞳は細められて、でもさっきとは違う熱を帯びて艶めき、唇は微笑みを形作っている。
 大きな手の平が頰を包み、まだ震える唇を親指でなぞられる。どっちのものかわからない唾液を拭い取るようにしながら、更に唇を開いた。

「トーコさんの、ファーストキスだ。…もう、誰にも許さないで。」

 誰にも…って、何だか人聞きの悪い事言われてると、ぼんやりとした頭で思う。
 飲みの席では、記憶にある限りじゃせいぜい2,3回…5回もいってないはず…たぶん。
 キスとまともにカウント出来るのなんて、あの時・・・1回きり―――

 思わず目の前にある顔をまじまじと見返した。
 そういえば、さっき何か言ってた…?

 付き合ってた訳では無かった、と思う。
 ただ、お父さんの闘病中にお母さんを手伝って、弟妹の世話をしてたのを知ってた。
 何かをしてあげることも、中途半端に励ます事も出来なくて、ただ、さよならのその時に、瞬きをした瞬間に涙が零れて、自分でも戸惑ったし、向こうも驚いていた。
 何で泣くんだよ、と言って、乱暴に親指で涙を拭われて、ゴメンと謝った唇に、彼の唇が一瞬、触れた。

 最後だから―――と言って。
 もう1度近付いてきた唇に、目を閉じて応えた。
 彼が行けなかった大学に行く自分には、もう会いたくないだろうとわかっていたから。

 触れただけのキスだったけど、それがあったから、酔った彼女持ちの先輩にキスされても、同じゼミの男友達のおふざけも、“事故”だと割り切る事が出来たのだ。
 大丈夫、大したことじゃない。
 だって、ちっとも苦しくないし、泣きたい気持ちにもならないから、こんなのはキスじゃない―――と。


 不意に影が差して、はっとした次の瞬間には再び唇を塞がれ、今度は強く下唇を咬まれる。
 驚いて押し返すと、カズがまたさっきのように冷たい目をしていた。
 くっ、と形の良い唇を歪めて笑う。

「キスぐらいじゃだめか…」

 そう呟くと、肩を抱いたまま、バイクに向けて歩き出す。
 引っ張られるように一緒に歩く耳元で、カズの声が低く響いた。

ここ・・でされるのと、ホテルに行くのと、家に帰るの、どれがいい?」

 一瞬思考が止まった。
 聞き間違い―――?
 顔を上げると、ひどく面白くなさそうな顔をしている。
 というか、機嫌が、悪い?

「家に…」

 帰る、という言葉にかぶせるように「わかった」と言われ、カズに渡されたヘルメットを被る。

 とりあえず、帰ろう。

 嫌な予感を振り切って、躊躇いながらも、カズの腰に腕を回した。
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