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1.Cape jasmine
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亜衣子さんのお店を出る時には、夜の10時を回っていた。
今日から試験期間に入ってたんだけど…と母に言ったら、「あ、そう」で済まされる。
「定期テストなんて、授業でやった事しか出ないでしょ?」
どっかの誰かにも、普段の授業をまともに受けてたら点取れるだろ?と、真顔で言われた事を思い出して苦笑した。これだから理系は…。
「その顔。」
「…えっ?」
不意に言われて驚く。母がちょっと首を傾げるようにして、ふっ…と微笑んだ。
「あんたはホント、カズによく似てる。」
「あたし…?」
母は視線を逸らして、空を見上げた。追いかけた先に、煌々と月が輝いている。繁華街は街灯が強くて分からないけど、この月なら本を読める位に明るいかもしれない。あの夜みたいに。
いつか―――と。
いつか、羽衣を返す時が来る―――
そう言っていた父の顔は、寂しげで。
何処か儚い夢のような夜だった。
でもその時は。
その羽衣を身に纏うのが父の方になるなんて、思いもしなかったけど。
「はい、お待たせ」
カチャリ、と目の前に置かれたのは、切り分けられたシフォンケーキ。沢山のベリーとホイップクリームのトッピングに、“Happy birthday”と書かれたチョコのプレートが飾られている。
「コーヒー、大丈夫?もう遅いけど」
「あ、はい。大丈夫です」
「ホントに?」
どういう意味だろう?
亜衣子さんは苦笑すると、母が消えたレストルームの方を見る。
「2人ともそうなのよね…ホント、平気な顔するの上手なんだから」
独り言の様にそう言って、今度は母の席にケーキを置く。
こっちはホイップクリームだけだった。バースデーケーキというにはちょっと意外?
「…あの日もね、言ったのよ?ちゃんとケーキ屋さんで買った方がいいんじゃないの?って。…そしたら」
言われて思わず顔を上げると、亜衣子さんがクスッと笑ってウインクした。
「『だって、お母さんを喜ばせたいってうちのコが言うんだから仕方ないでしょ?自分の誕生日なのに』って、どこの親バカかと思ったわよ。ホント嬉しそうに、トーコさんどんな顔するかな?って、…あんな笑顔も出来るんだ、って」
そう、言われて。
不意に亜衣子さんの笑顔がぼやけた。
「えっ、カスミちゃん?!」
俯いた途端、ポロリ、と零れたものがテーブルの上に落ちる。込み上げる何かを抑える様に口元を手で覆った瞬間、ふわり、と何かに包まれた。
「…ちょっと亜衣子さん、何うちのコ泣かせてんの?」
「ええー、そんなつもりなかったんだけど…」
ギュッと腕に力が篭るから、慌てて頬を拭った。
「大丈夫、何でもない」
説得力も何も無いくぐもった声だったせいか、母がため息をついて頭をポンポンした。子供の頃みたいに。そのまま“いいこ、いいこ”とでもいうように髪を撫でられ、無意識に目を閉じる。こんな風にされたのはいつぐらいぶりだっけ…? ナオ以外の誰かに―――
「ホントはあの時やっとくべきだったよね…こういう事」
しみじみ、という風な言葉に顔を上げた。気付いた母が、ふっ、と笑って頬を撫でてくれる。流石にちょっと恥ずかしくなって、身体を起こした。
「まあ、しょうがないわよ。子供なんてあっという間に大きくなるんだから。慰めてもらうんなら、もう親より彼氏よね?」
同意を求められても…と戸惑っていると、亜衣子さんが首を傾げた。
「あら、それ、プレゼントじゃないの?彼氏からの」
亜衣子さんの視線の先に気が付いて驚く。
「…プレゼント、です、けど」
「そうよね~、カスミちゃん自分で買うタイプには見えないし。それ、ローズクォーツ?可愛いわね」
言われて胸元に手をやると、小さな塊に指先が触れた。こういうのしてたら、彼氏がいるように見えるんだろうか。
「まあ、プレゼントとしては無難よね」
「そうね~、指輪と違ってサイズ関係ないし、お値段もまあ手頃なのあるし、それなら普段使いもしやすそうよね」
値段…そう言えばこれ、いくらするんだろう。“幼馴染”にあげるんだから、そんなに高くはないだろうけど。
「確か、ピンクムーンストーンて書いてあった、かな…」
「ピンクムーンストーン?聞いた事無いわね?ブルーはよくあるけど」
「そうなんですか?…人気無いヤツなのかもしれないですね」
セール品だったのかも…そう言いながら、コーヒーカップを手に取った所で、母が呆れたようにため息をついた。
「逆よ。ムーンストーンの中でも、ピンクは希少性が高いの。あの子、良く見つけたわね…」
言われて手が止まる。母が肩を竦めると、亜衣子さんが目を輝かせながら身を乗り出してきた。
「何、何?知ってるコなの?」
「隣に住んでる」
「なぁに、その顔。娘の父親みたいよ~」
「近いものはあるかもね」
「あらあら!ねね、カッコいいの?そのコ」
興味津々といった顔で聞いてくる亜衣子さんに苦笑した。
「彼氏じゃないです。ただの幼馴染」
その言葉に、2人が揃って妙な顔になった。
「カスミちゃん、それ自分でおねだりしたの?」
「え、まさか」
即座に否定すると、母がやれやれといった顔で頬杖をついた。
「あのね、男がアクセサリー贈ってくる理由なんて一つよ」
「理由って…」
「自分の贈ったものを身につけて欲しいの。要は、独占欲、ね」
今日から試験期間に入ってたんだけど…と母に言ったら、「あ、そう」で済まされる。
「定期テストなんて、授業でやった事しか出ないでしょ?」
どっかの誰かにも、普段の授業をまともに受けてたら点取れるだろ?と、真顔で言われた事を思い出して苦笑した。これだから理系は…。
「その顔。」
「…えっ?」
不意に言われて驚く。母がちょっと首を傾げるようにして、ふっ…と微笑んだ。
「あんたはホント、カズによく似てる。」
「あたし…?」
母は視線を逸らして、空を見上げた。追いかけた先に、煌々と月が輝いている。繁華街は街灯が強くて分からないけど、この月なら本を読める位に明るいかもしれない。あの夜みたいに。
いつか―――と。
いつか、羽衣を返す時が来る―――
そう言っていた父の顔は、寂しげで。
何処か儚い夢のような夜だった。
でもその時は。
その羽衣を身に纏うのが父の方になるなんて、思いもしなかったけど。
「はい、お待たせ」
カチャリ、と目の前に置かれたのは、切り分けられたシフォンケーキ。沢山のベリーとホイップクリームのトッピングに、“Happy birthday”と書かれたチョコのプレートが飾られている。
「コーヒー、大丈夫?もう遅いけど」
「あ、はい。大丈夫です」
「ホントに?」
どういう意味だろう?
亜衣子さんは苦笑すると、母が消えたレストルームの方を見る。
「2人ともそうなのよね…ホント、平気な顔するの上手なんだから」
独り言の様にそう言って、今度は母の席にケーキを置く。
こっちはホイップクリームだけだった。バースデーケーキというにはちょっと意外?
「…あの日もね、言ったのよ?ちゃんとケーキ屋さんで買った方がいいんじゃないの?って。…そしたら」
言われて思わず顔を上げると、亜衣子さんがクスッと笑ってウインクした。
「『だって、お母さんを喜ばせたいってうちのコが言うんだから仕方ないでしょ?自分の誕生日なのに』って、どこの親バカかと思ったわよ。ホント嬉しそうに、トーコさんどんな顔するかな?って、…あんな笑顔も出来るんだ、って」
そう、言われて。
不意に亜衣子さんの笑顔がぼやけた。
「えっ、カスミちゃん?!」
俯いた途端、ポロリ、と零れたものがテーブルの上に落ちる。込み上げる何かを抑える様に口元を手で覆った瞬間、ふわり、と何かに包まれた。
「…ちょっと亜衣子さん、何うちのコ泣かせてんの?」
「ええー、そんなつもりなかったんだけど…」
ギュッと腕に力が篭るから、慌てて頬を拭った。
「大丈夫、何でもない」
説得力も何も無いくぐもった声だったせいか、母がため息をついて頭をポンポンした。子供の頃みたいに。そのまま“いいこ、いいこ”とでもいうように髪を撫でられ、無意識に目を閉じる。こんな風にされたのはいつぐらいぶりだっけ…? ナオ以外の誰かに―――
「ホントはあの時やっとくべきだったよね…こういう事」
しみじみ、という風な言葉に顔を上げた。気付いた母が、ふっ、と笑って頬を撫でてくれる。流石にちょっと恥ずかしくなって、身体を起こした。
「まあ、しょうがないわよ。子供なんてあっという間に大きくなるんだから。慰めてもらうんなら、もう親より彼氏よね?」
同意を求められても…と戸惑っていると、亜衣子さんが首を傾げた。
「あら、それ、プレゼントじゃないの?彼氏からの」
亜衣子さんの視線の先に気が付いて驚く。
「…プレゼント、です、けど」
「そうよね~、カスミちゃん自分で買うタイプには見えないし。それ、ローズクォーツ?可愛いわね」
言われて胸元に手をやると、小さな塊に指先が触れた。こういうのしてたら、彼氏がいるように見えるんだろうか。
「まあ、プレゼントとしては無難よね」
「そうね~、指輪と違ってサイズ関係ないし、お値段もまあ手頃なのあるし、それなら普段使いもしやすそうよね」
値段…そう言えばこれ、いくらするんだろう。“幼馴染”にあげるんだから、そんなに高くはないだろうけど。
「確か、ピンクムーンストーンて書いてあった、かな…」
「ピンクムーンストーン?聞いた事無いわね?ブルーはよくあるけど」
「そうなんですか?…人気無いヤツなのかもしれないですね」
セール品だったのかも…そう言いながら、コーヒーカップを手に取った所で、母が呆れたようにため息をついた。
「逆よ。ムーンストーンの中でも、ピンクは希少性が高いの。あの子、良く見つけたわね…」
言われて手が止まる。母が肩を竦めると、亜衣子さんが目を輝かせながら身を乗り出してきた。
「何、何?知ってるコなの?」
「隣に住んでる」
「なぁに、その顔。娘の父親みたいよ~」
「近いものはあるかもね」
「あらあら!ねね、カッコいいの?そのコ」
興味津々といった顔で聞いてくる亜衣子さんに苦笑した。
「彼氏じゃないです。ただの幼馴染」
その言葉に、2人が揃って妙な顔になった。
「カスミちゃん、それ自分でおねだりしたの?」
「え、まさか」
即座に否定すると、母がやれやれといった顔で頬杖をついた。
「あのね、男がアクセサリー贈ってくる理由なんて一つよ」
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