雨に薫る

はなの*ゆき

文字の大きさ
上 下
26 / 84
1.Cape jasmine

26

しおりを挟む
『宅配便でーす』

 リビング入口横のモニターを見て、母が部屋を出ていった。
 場所的に仕方ないのはわかるんだけど、二人で残されるとか、正直居たたまれない。

 ちらりと見遣ると、目が合った先輩がへらりと笑った。

「 失敗しくったなぁ…」
「え?」
「いや、やっぱ、カウントしときゃ良かったって…」
「はぁ?!」
「や、冗談、冗談。ゴメンね?」

 人の良さそうな笑顔が逆に胡散臭い…。

「先輩、性格悪いって、言われませんか?」
「俺?いやぁ?これでも部長だし…」
「えっ、部長さんなんですか?」
「驚くとこそこ?まぁ、一応ね」
「…三年生一人なんですか?」
「そんな訳ないでしょ、ひどいなぁ…」

 苦笑しながらそう言って先輩は、脇に置いていたリュックを取って背負った。
 よく見ると、サイドに“NAGASHINO”というロゴが入っている。

「まあ、とりあえず今日のところは帰るんで、マネージャーの件、試験の間に考えといてくれると嬉しい。あ、もういっこの方もね」
「もういっこ…」
「えーと、付き合ってって、俺言ったよね?」

 そう言えば…と視線が泳ぐ。

「それも冗談にしといてもらえませんか…」
「えー、無理だよ。一目惚れなんだし」

 思わず瞬いた。一目惚れ?私に?

「冗談ですよね?」
「いや、全然。最初見た時すげー 好みタイプと思ってさ。したらなんか野球詳しいし」
「別に詳しくはないんですけど…」
「でも、打ったバッターがどっちに走るかはわかるでしょ?」
「えっ、そんなレベルなんですか?」
「まぁ、それは冗談だけど」
「……」

 てへっと言わんばかりの顔に半眼になる。
 やっぱりこの人胡散臭い。

「絶対やりません」
「ええ~、そこを何とか」
「ムリです。私、家事いえのことやってるから、晩御飯の準備とか買い物とかしないといけないし」
「そーなの?あ、それは、そっちを優先してもらっても…」
「そんなマネージャーいらなくないですか?」
「~~~~そ、や、…えー」

 さすがに先輩が困り顔になったのを見て、内心ほくそ笑んだ。
 このまま諦めてもらおう、そう思ったのに。

「別にやってもらわなくてもいいんだけどね」

 その言葉に振り向くと、母が小さな小包を手に立っていた。私と目が合うと、ふ…と目を細めて微笑む。

「散々甘えてたあたしが言うのもなんだけどね。どうせ二人なんだし、晩御飯なんてテキトーでいいじゃない?惣菜でも冷食でも」
「でも…」
「洗濯だって掃除だって、二人でやればいいんだから、あんたはもっと好きにすれば・・・・・・いいよ」

「好きに―――って…」

「マネージャーでなくても、バイトするとか。色々やってみたらいいんじゃない?高校生なんだし」

「……」

 呆然とした。
 まさか、今さら、そんな事言われるなんて……

「とりあえず時間だから、出るわ。コーヒー入れられなくて、小石クンには悪いんだけど」
「あー、いえいえ、俺は全然」
「そ?じゃ、出よっか」
「あ、ハイ…」

 促して母が先に先輩をリビングから出した後、私の所に歩いてくる。手に持っていた小包を渡されて、反射的に受け取った。

「今日は晩ご飯作らなくていいよ」
「え…」
「7時に駅前で待ち合わせしよう。外に食べに出るから、それなりのカッコしてきて」

 言葉も無く立ち竦む私の頬に、母の手が触れる。

「お祝いしよう。7年分・・・



 ―――今、なんて…
 驚いて顔を上げた私に、母が優しく微笑んだ。


『ほら、泣かないの』

 そう言って。
 昔、まだ父が生きていた頃に時折見せてくれた笑顔だと、気付いた時には母はもう部屋を出ていた。







 私の誕生日は、父の命日だ。


 だから、7年前のあの日から、母とは・・・お祝いした事が無かった。それは仕方の無い事だとわかっていたから、いつも、隣でナオとかなちゃと一緒にケーキを囲んでいたのだ。

 その場で渡されるのは、たっくんとかなちゃからのプレゼントと、「トーコさんから」という注釈付きのプレゼントで。でも多分、かなちゃからなんだろうと、ずっと思っていた。
 ナオはいつもフライングで、当日より前に「ほら」ってくれるのだけど、それも、もう無い。

 だから、今年はプレゼントもケーキも無しだろうと思っていたのに。


 手渡された小包に視線を落とす。
 宅配便のロゴが入った小さな紙袋に貼られた送り状の文字は、幼い頃からよく知ったものだった。

 “進藤 素直”

 送り主の名前を見て、トク…と胸が鳴った。フルネームをまともに見たのは久しぶりだ。
 小学生の頃、キラキラネームだと言って怒っていたっけ。

『まあまあ、良いじゃないか。加南子さん、散々悩んで付けたんだよ?』

 そう言って父が取りなしても、ナオの膨れっ面は収まらなくて、頭を撫で撫でしてあげてた事を思い出す。じゃあ、呼ぶ時は“ナオ”にするね?って言ったら、やっと納得してくれて。

 すっかりガタイが良くなっちゃったから、今だと確かにキラキラっぽいかもしれない。でも、もう物理的にも離れちゃったのに律儀に送ってくるんだから、それ程外れた名前では無いかもね。
 そう思いながら、閉じてある紙テープを破って開けると、中から細長いケースが出てきた。
 ケースの真ん中を押さえるように持ってパカリと開ける。


 中に入っていたのは、小さな半透明の石が光る、可愛い小花のチャームが付いたネックレスだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

パート先の店長に

Rollman
恋愛
パート先の店長に。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

処理中です...