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憂鬱な月曜日
気持ちはヒーロー?実際は…
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翔眞は経験上、そういうヤツらとは視線を合わせてはいけない―――と覚っていたから、目の前の集団の誰とも目線を合わせない様にしながらぐるりと視線を巡らせた。
部屋の隅で小さくなっている部員3人を見つけて、内心でホッと息をつく。
「神崎さん。」
呼びかけると、小柄な肩がびくりと跳ねた。
それはまるで肉食獣に追い詰められた野兎のようで、翔眞は気の毒になってしまう。
それもこれも、コイツらのせいか―――と思うと、自然に顔が強張った。
「この人達は一体どうされたんですか?」
「あ、あの…皆さん、入部希望で…」
そう言いかけた彼女の声を、甲高い声が遮る。
「ハイ、ハイッ、センセー、しつもーん!」
「きょーはSP居ないんですか~?」
「ベ○ツ待機~?」
それらの言葉に、翔眞の頰がピクリと引き攣る。だから言ったじゃないか!と内心で舌打ちした。
実のところ翔眞は、小学生時代こそ家から遠い学校に1人で通うのは大変だろうという親心から、朝倉さんの車で送り迎えをされていたが、中学からは部活を始めた事もあって、普通に電車通学をしている。
高級車はあくまでも対外用に家元が使うもので、そもそも個人所有ではなく、法人である遠野流の所有なのだ。
毎日そんなものに乗って通学とか、翔眞にしてみれば漫画の読み過ぎだとしか思えないが、目の前の集団の脳味噌には、花畑でも存在しているのだろうか。
「センセー、1年生ってマジで?」
「彼女いるんですか~?」
「バッカ、王子だよ?婚約者がいるに決まってんじゃん~」
「えー、それでもいー」
アハハ~ッ―――という笑い声に、翔眞の怒りが沸点に達した。
パンッ―――と。
空間を切り裂くように、高く音を立てて手を打ち合わせる。ようやく口を噤んだ集団を、翔眞は目を細めながら見下ろした。
王子とか婚約者とか、お前ら全員バカじゃねえの?と、怒鳴りつけたい気持ちを抑え込むように、一瞬だけ目を閉じてから、彼女達を見据える。
さて、どうしてくれようか?
とは言え、ここは部活動の場だ―――と、翔眞は思い直すと同時に、心の中でにやりとほくそ笑んだ。
「わかりました。―――皆さん、入部希望ということで、よろしいですね?」
一部で何やら奇声が上がったが無視。
「では、稽古を始めましょう。まずは、全員三組に分かれて下さい。」
そこまで言ったところで、
「あ、あの、遠野先生?…」
小さな声に、翔眞は顔を上げた。
部長である神崎美織の顔が、少し青ざめているように見える。
翔眞は自分に活を入れるべく、眉間に力を入れた。
彼女(達)の為にも、やってやる!―――と。
「一組は“茶筅通し”を、もう一組は“袱紗捌き”を練習します。神崎さん達がそれぞれ指導して下さい。残りは俺が、“お辞儀と歩き方”の練習をします。」
そう、俺が。
教えてやろうじゃないか、直々にな。
この時翔眞は、自分がどんな顔をして、どんな雰囲気を醸し出していたのか、当然ながら自分では全く分かっていなかった。
さて、翔眞が始めた稽古は、割稽古と呼ばれるもので、一番最初にするものとして妥当な稽古である。
“茶筅通し”と“袱紗捌き”は、茶道ならではだから当然として、“お辞儀と歩き方”の練習は何をするのか?
そう思いながらも、最初の一組目は翔眞との稽古に喜色を滲ませながら、ひとまずは神妙に正座をしていた―――が。
「それではまず、その場でお辞儀。礼に始まり礼に終わる―――これは武道に限らず、日本において道を極める者全てに求められる礼節の基本です。」
という言葉に、そこに座っていたほぼ全員が言葉を無くした。
あれ?ここって、お茶飲むクラブだよね?…と。
だが、翔眞の無言の威圧に押され、そろそろと頭を下げたその瞬間だった。
「手は膝の前に着いて、腰を浮かさずにお辞儀。」
そうして何度もお辞儀を繰り返す頃には、少女達の足はかなり痺れてきていたのだが、崩そうと身を捩ると直ぐに、
「足を崩して良いとは言ってませんが?」
との静かな声。
続けて、
「では次に、1人ずつ襖を開ける練習をします。」
の言葉に、思わず息を呑んだのは恐らく1人では無い。
一番襖に近かった生徒が促されて立ち上がろうとしたが、立ち上がった瞬間、バランスを崩して横向きに倒れ込んだ。
その様子に、翔眞はため息をついた。
「お点前の時は、水の入った道具を持って立ち上がる事があります。無理をせずに、立ち上がれるようになってから立ち上がって下さい。」
優しいように聞こえなくもない言葉に、他の生徒が怖ず怖ずと手を上げる。
「あ、あの、じゃあ…足、崩していいですか?」
その言葉に、翔眞は微かに眉を上げると、ニッコリ―――と、実にいい笑顔で言ってのけた。
「お点前の最中に崩す事は出来ません。これも練習です。」
えぇ~っっ、という悲鳴のような声が上がるが、もちろん無視。
渋々稽古を続けるものの、ダメ出しの連続で、当然正座の時間も続いていくから、最後の1人になる頃には皆、声を上げることも出来ないほど、足が膨張したように痺れまくっていた―――のに。
「では、次の組に交代しましょう。」
そう言った翔眞が、平然と立ち上がり、スタスタと部屋を横切って行くのを、その場にいた全員が呆然と見送ったのは当然であった。
人間じゃ無い―――と思ったかどうかはわからないが。
因みに、正座には長時間し続ける為のコツがある。
親指を重ねるとか、前側に重心を置くとか、もちろん日々の積み重ねもあるのではあるが、
それでも多少痺れた場合も、立ち上がる前につま先を立てるように指を反対に曲げ、床に押し付けて体重をかけると、存外直ぐに痺れが治まるのだ。
それを彼女達に言わなかったのは、もちろん敢えてな訳で、足を崩させなかったのも計画的犯行である。
かくして、今日。
部室に来ていた“自称”新入部員が、3人に減っていた事に、翔眞はしてやったりと思っていたのだった。
平穏な部活動の時間を確保するまで、あと一息だ―――と。
部屋の隅で小さくなっている部員3人を見つけて、内心でホッと息をつく。
「神崎さん。」
呼びかけると、小柄な肩がびくりと跳ねた。
それはまるで肉食獣に追い詰められた野兎のようで、翔眞は気の毒になってしまう。
それもこれも、コイツらのせいか―――と思うと、自然に顔が強張った。
「この人達は一体どうされたんですか?」
「あ、あの…皆さん、入部希望で…」
そう言いかけた彼女の声を、甲高い声が遮る。
「ハイ、ハイッ、センセー、しつもーん!」
「きょーはSP居ないんですか~?」
「ベ○ツ待機~?」
それらの言葉に、翔眞の頰がピクリと引き攣る。だから言ったじゃないか!と内心で舌打ちした。
実のところ翔眞は、小学生時代こそ家から遠い学校に1人で通うのは大変だろうという親心から、朝倉さんの車で送り迎えをされていたが、中学からは部活を始めた事もあって、普通に電車通学をしている。
高級車はあくまでも対外用に家元が使うもので、そもそも個人所有ではなく、法人である遠野流の所有なのだ。
毎日そんなものに乗って通学とか、翔眞にしてみれば漫画の読み過ぎだとしか思えないが、目の前の集団の脳味噌には、花畑でも存在しているのだろうか。
「センセー、1年生ってマジで?」
「彼女いるんですか~?」
「バッカ、王子だよ?婚約者がいるに決まってんじゃん~」
「えー、それでもいー」
アハハ~ッ―――という笑い声に、翔眞の怒りが沸点に達した。
パンッ―――と。
空間を切り裂くように、高く音を立てて手を打ち合わせる。ようやく口を噤んだ集団を、翔眞は目を細めながら見下ろした。
王子とか婚約者とか、お前ら全員バカじゃねえの?と、怒鳴りつけたい気持ちを抑え込むように、一瞬だけ目を閉じてから、彼女達を見据える。
さて、どうしてくれようか?
とは言え、ここは部活動の場だ―――と、翔眞は思い直すと同時に、心の中でにやりとほくそ笑んだ。
「わかりました。―――皆さん、入部希望ということで、よろしいですね?」
一部で何やら奇声が上がったが無視。
「では、稽古を始めましょう。まずは、全員三組に分かれて下さい。」
そこまで言ったところで、
「あ、あの、遠野先生?…」
小さな声に、翔眞は顔を上げた。
部長である神崎美織の顔が、少し青ざめているように見える。
翔眞は自分に活を入れるべく、眉間に力を入れた。
彼女(達)の為にも、やってやる!―――と。
「一組は“茶筅通し”を、もう一組は“袱紗捌き”を練習します。神崎さん達がそれぞれ指導して下さい。残りは俺が、“お辞儀と歩き方”の練習をします。」
そう、俺が。
教えてやろうじゃないか、直々にな。
この時翔眞は、自分がどんな顔をして、どんな雰囲気を醸し出していたのか、当然ながら自分では全く分かっていなかった。
さて、翔眞が始めた稽古は、割稽古と呼ばれるもので、一番最初にするものとして妥当な稽古である。
“茶筅通し”と“袱紗捌き”は、茶道ならではだから当然として、“お辞儀と歩き方”の練習は何をするのか?
そう思いながらも、最初の一組目は翔眞との稽古に喜色を滲ませながら、ひとまずは神妙に正座をしていた―――が。
「それではまず、その場でお辞儀。礼に始まり礼に終わる―――これは武道に限らず、日本において道を極める者全てに求められる礼節の基本です。」
という言葉に、そこに座っていたほぼ全員が言葉を無くした。
あれ?ここって、お茶飲むクラブだよね?…と。
だが、翔眞の無言の威圧に押され、そろそろと頭を下げたその瞬間だった。
「手は膝の前に着いて、腰を浮かさずにお辞儀。」
そうして何度もお辞儀を繰り返す頃には、少女達の足はかなり痺れてきていたのだが、崩そうと身を捩ると直ぐに、
「足を崩して良いとは言ってませんが?」
との静かな声。
続けて、
「では次に、1人ずつ襖を開ける練習をします。」
の言葉に、思わず息を呑んだのは恐らく1人では無い。
一番襖に近かった生徒が促されて立ち上がろうとしたが、立ち上がった瞬間、バランスを崩して横向きに倒れ込んだ。
その様子に、翔眞はため息をついた。
「お点前の時は、水の入った道具を持って立ち上がる事があります。無理をせずに、立ち上がれるようになってから立ち上がって下さい。」
優しいように聞こえなくもない言葉に、他の生徒が怖ず怖ずと手を上げる。
「あ、あの、じゃあ…足、崩していいですか?」
その言葉に、翔眞は微かに眉を上げると、ニッコリ―――と、実にいい笑顔で言ってのけた。
「お点前の最中に崩す事は出来ません。これも練習です。」
えぇ~っっ、という悲鳴のような声が上がるが、もちろん無視。
渋々稽古を続けるものの、ダメ出しの連続で、当然正座の時間も続いていくから、最後の1人になる頃には皆、声を上げることも出来ないほど、足が膨張したように痺れまくっていた―――のに。
「では、次の組に交代しましょう。」
そう言った翔眞が、平然と立ち上がり、スタスタと部屋を横切って行くのを、その場にいた全員が呆然と見送ったのは当然であった。
人間じゃ無い―――と思ったかどうかはわからないが。
因みに、正座には長時間し続ける為のコツがある。
親指を重ねるとか、前側に重心を置くとか、もちろん日々の積み重ねもあるのではあるが、
それでも多少痺れた場合も、立ち上がる前につま先を立てるように指を反対に曲げ、床に押し付けて体重をかけると、存外直ぐに痺れが治まるのだ。
それを彼女達に言わなかったのは、もちろん敢えてな訳で、足を崩させなかったのも計画的犯行である。
かくして、今日。
部室に来ていた“自称”新入部員が、3人に減っていた事に、翔眞はしてやったりと思っていたのだった。
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