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妖精の呪い
しおりを挟む――長耳族の子供が路上で魔法を使用、3人が火傷――
ああ、長耳族とは本当におぞましい。
暗い自室でひとりパソコンに向かうアレンは、自身の書いた記事を眺めながら嘆息した。
この国の国民は約8割が人間で、残りが国の西側に住まう長耳族である。そして互いを好ましくは思っていない。
人間であるアレンも例に漏れず、長耳族が嫌いだった。
粗暴でズルくて不当に国に守られている卑怯者。ネットを探せば長耳族が物を壊しただの、人間に嫌がらせをしたり、魔法で仕事を横取りしたりだのと迷惑行為がいくつも見つかる。
正義感の強さを自負するアレンには、事実が公正に伝わらないことは耐え難かった。
長耳族は、人間には見えない妖精とやらの力を借りて、自在に炎や水を生み出すという。多くの人間は気づいていないが、町中を殺人兵器が闊歩しているに等しいのだ。長耳族の危険性はもっと世界に知られるべきだとアレンは考えていた。
「や。順調かい?」
綺麗に整頓されたアレンの部屋に、一人の男が土足で砂を落としながら入ってきた。黒のフードとマントで頭と全身をすっぽり覆い、外からは口元しか見えない不審な恰好だ。
アレンは近づいてきた彼を一瞥だけすると、パソコンの画面へと視線を戻した。
「ああ、今日も上々だ。数分で閲覧数は15万、閲覧者による拡散の数は2000を超えた」
SNSと呼ばれるツールを用い、インターネットを介して全世界へと自分の意見を投稿する。それは今や、人々の間で当たり前の日常の一部となっている。
その中からより人の目に触れるべきものを掘り起こし、記事として再発信することは、アレンにとって誇らしい正義の行動だった。
男はアレンの横から画面を操作し、記事に寄せられたコメントを表示した。
『長耳族はろくでもない奴ばかり』『差別するな』『妖精がいなきゃ何もできないくせに』『そのうち俺たちの家とか燃やしだすぞ』『国から出ていけ』――
「ボクの復讐も叶いそうで安心したよ。明日からしばらく来ないから、よろしく頼むね」
マントの男はそう言い残し、アレンの部屋から音もなく姿を消した。
*
『やばい瞬間を撮ったかもしれない』
アレンはある日、一つの投稿を発見して目を見開いた。
数日前、人間の航空貨物機が長耳族の町へ墜落したことは記憶に新しい。
その原因や責任の所在について、ネット上では激しい論争と中傷が飛び交っていた。アレンが簡易的に記事へまとめると、閲覧数は瞬時に300万に達し、やがて拡散数は10万を超えた。
そんな中で見つけた一枚の写真。
それは――航空機へ誰かが魔法を撃った瞬間だった。
――航空機事故、長耳族による撃墜の可能性――
アレンはすぐに記事を書き上げた。
閲覧数が500万を超えたころ、拡散数は20万にまで上っていた。際限なく数字は増え続け、同時に記事へはコメントが殺到した。
『長耳族は殺人鬼だ!』『怖い、もう先に皆殺しにしてほしい』『俺の言った通りだったろ』
『氷山の一角だろうな、きっと他にも』『こんな奴らを国が守った結果がこれだ』――
その日から、人間が長耳族を襲う事件、長耳族が人間を襲う事件が急増した。
記事にすると閲覧数はいずれも100万前後だが、拡散数はばらついた。加害者が人間のときの方が減る傾向で、1000に届かないこともある。
『長耳族どもの本性が出た!』『死んでくれ』『いいぞ! もっと思い知らせろ』『殺人鬼と仲良くする人間も同罪だ!』――
アレンは記事を投稿するたびに、背筋に冷たいものが流れるのを感じていた。
本当に、自分は正しいことをしているのだろうか。
だが投稿するニュースを作為的に選んでしまえば、もはやそれは公正な報道ではなく悪だ。
――我が国が、〝和平推進連盟〟から除名――
『奴らのせいだ!』『長耳共は責任取って死ね!』
和平推進連盟の一員であることは、世界から優良国と見られている証でもあった。
この記事は、閲覧数500万、拡散数は2万程度で落ち着いた。
*
「や。久々だね」
聞きなれた男の声が響いたのは、アレンが本日分の記事を投稿し終えた直後だった。
物が散乱した部屋の中を縫うように、パキパキと割れたガラスを踏む音が近づいてくる。
アレンは軽く舌打ちをして、不愉快そうに振り返った。
「おまえ……!」
アレンは何の用だと言おうとして、直後に思考が吹き飛んだ。
今日はマントの男がフードを被っておらず、顔の左右から長い耳が突き出ていたからだ。
「そんなに驚くものかい? 見ての通り、ボクは長耳族さ」
「おい、お前は……こうなってしまったことに、俺に文句はないのか?」
「どうして? キミに教えたのはボクだよ? 記事を作って、真実を伝えるべきだって」
男はさも不思議そうに、わざとらしい笑顔を作った。
「最初から言ってたはずだよ。ボクの目的は、復讐だって」
――政府、長耳族の人権の制限を発表 魔法は実質使用禁止へ――
さっき公開した記事の閲覧数はすでに300万。拡散数は2万を超えている。
『ざまあみろ!』『まだぬるい! 奴らに人権はない!』『俺らが苦しんだ分、お前らも苦しめ』『油断するな、奴らへの批難は続けるぞ!』――
「キミは知ってるかい? この国の、国外での今の評判を」
アレンはマントの男に誘導されて、我が国を紹介する国外の記事のコメントを見た。
――某国、長耳族への迫害が激化――
『近づいてはいけないよ。あの国には鬼しか住んでない』『あの国での事業からは手を引く』『俺たちは、長耳族が亡命するなら支援する』『あの国は滅ぼすべきだ。妖精と鬼の国』――
アレンは愕然とした。よもや我が国が、ここまで諸国に嫌われていようとは。
「もうひとつ、キミに教えてあげよう」
マントの男がアレンの肩に手を置いて、口元を釣り上げた。
「航空機撃墜の写真、あれ、ボクが合成で作ったんだ。よくできてるでしょ。キミは嫌いな長耳族の評判を貶めて、ボクは嫌いなこの国の評判を貶めた。Win-Winってやつさ」
直後、アレンは何かに取り憑かれたように、がむしゃらに記事を書き始めた。
――すべては陰謀だった!! 航空機の写真は捏造だ! 長耳族への嫌悪をあおり、争うよう仕組まれていた――
アレンは泣くほどの後悔と、謝罪を記事の中へと書き連ねた。
自分が引き金を引いてしまった。騙されていた。この国はもう、元の姿を取り戻せない。
数時間後、記事の閲覧数は10万程度に落ち着いた。
拡散数は、67から増える兆しがない。
記事には、そこそこの量のコメントが寄せられた。
『はぁ? 長耳族は間違いなく悪だ!』『隠ぺい工作だよ! ライターさん騙されないで!』『奴らを許すな!』『悲報、ライターが陰謀論に呑まれる』――
*
長耳族のほとんどは、今までは人間と同様に平和を望み、人間と同じように穏やかな暮らしを日々送っていた。
そんな何もない日常がニュースとなることや、影響力あるインフルエンサーの目に留まることは、ついになかった。
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