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早乙女静香ルート
幸せの定義1
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※この作品は同人ゲーム「男子校でハーレムが作れる俺マジ勝ち組」からテキストを抜き出したノベル版です。
ゲームテキスト形式なので背景やキャラ名の指定が残っています。
原作ゲームは18禁ですが、今作は18禁シーンを削除し全年齢版として公開します。
PCを持っていない方のために、同じく全年齢版の体験版プレイ動画もございます。
詳しくは「はとごろTIMES」のホームページをご覧下さい。
また、漫画も投稿しています。そちらも是非ご覧下さい。
《教室》
静香が戻った翌日。
授業開始の五分前になっても、教室に静香の姿はなかった。
零時
「遅いな……」
桃滋楼
「ホントに実家に戻して大丈夫だったんだろうな」
零時
「俺だってわかんねーよ」
伏嶋と二人で静香の登校を待つ。
このまま姿を見れないのではと不安がよぎるが、その直後に静香が教室に駆け込んできた。
静香
「はぁっ、お、遅れた……」
零時
「お、遅いじゃねーかよ。心配したぞ」
静香
「すまないな、別に悪いことがあったわけではない」
その言葉をすぐに信用することはできなかった。昔から自分の傷を隠すことだけは上手かったから。
しかし、昨日までは見るだけで調子が悪そうだったのに今はそうではない。顔色はむしろ良くなっている。
いいことなのに、心が痛む気がした。
桃滋楼
「何でこんな遅かったんだ?」
静香
「それはその……べ、弁当を作って……」
桃滋楼
「は?」
静香
「いつまでも料理ができないままではダメだから、これからは練習していくべきだと……母さんが」
桃滋楼
「あ……ああ、そうなのか……」
静香
「僕も突然こんなことを言われて戸惑ったのだが、確かに料理くらいできておかねばと思ってな」
零時
「……仲良く、やってんだな……」
静香
「ああ……僕もまだ信じられていない」
どうやら俺の心配は余計だったようだ。
静香は戸惑いながらも母の優しさを受け取り、幸せになろうとしている。
きっと早乙女家の朝は、これ以上ないくらい微笑ましかったに違いない。
火を使うことに慣れてない娘に、つきっきりで教える母。
やっぱり、これでよかったんだ。
桃滋楼
「で? どーなんだ、弁当の出来は」
静香
「う……桃滋楼も意地の悪いことを聞く」
桃滋楼
「そりゃ一日で上手くなるわけねーか。どんなの作ってきたのか昼休みに見てやるよ」
静香
「ま、まだ人に見せられたものではない! やめてくれ!」
桃滋楼
「やだね。焦げたおかずに舌鼓うってやる。四ッ橋も静香の手作り食いてーだろ?」
零時
「え、あ……そ、そりゃあ当たり前だろ。俺の彼女だぞ」
静香
「だから余計に嫌だと言っているんだ!」
……これでよかった、はずなのに。
どうしてだろう。何かが違うと感じている自分がいた。
《中庭》
それから、昼休みは静香の作ってくる弁当を三人でつつくのが日課になった。
火の調節が苦手なことは知っていたから、初日に弁当箱を開けて出てきた小さい隕石みたいなものには驚かなかった。
でも、日を重ねるにつれ上達していくことには驚きを隠せなかった。
桃滋楼
「一週間もしねーのに、見た目めっちゃ良くなったじゃねーか」
静香
「そ、そうだろうか……」
桃滋楼
「真面目だからちゃんと教わりゃ覚えんだな」
零時
「味も普通に美味いしな」
静香
「あ、あまりそう褒められると照れるではないか」
静香と心さんの生活は、その後も問題なく進んでいるようだった。
静香にもおかしいところはない。何もかもがうまくいっている。
それでも、どうしてか素直に喜べない。
もしかして、俺は心さんに嫉妬してるのか?
静香を幸せにできるのは俺じゃなくて心さんだったから……?
……馬鹿らしい。自分の無力さを棚に上げて何考えてんだ。
喜ばなければいけない。こんな感情、静香に知られてはいけない。
静香はもう幸せにならなきゃいけないんだから、邪魔をしてはいけない。
騒
「あれ、先輩教室にいないと思ったらこんな所にいたんですね」
零時
「あ……」
気がつくと、後ろから騒に声をかけられていた。
騒の顔を見るのは久しぶりな気がした。きっと今まで静香に気を使っていたんだろう。
騒
「一つの弁当広げてなにしてんです?」
桃滋楼
「静香の手作り評価してんだよ」
騒
「えっ、これしずかちゃん先輩が作ったんですか?」
静香
「ん……ま、まぁな」
………………あれ?
たった一言だが、その返事には違和感を覚えた。
騒も気がついたようで、困ったような顔で静香を見る。
静香
「なんだ、どこか可笑しいのか? 確かにあまり綺麗ではないが……」
騒
「い、いや、普通にすごいと思いましたよ。料理できないって聞いてましたから驚いただけです」
静香
「それなら練習の甲斐があったというものだ」
騒
「……あ、あの……しずかちゃん先輩」
静香
「どうした?」
騒
「い、いえ……」
そこでようやく伏嶋も気がついたようで、ハッとした顔で静香を見る。
あの静香が「しずかちゃん」と呼ばれても反論しない。
たったそれだけなのに、とても悪いことが起こったような気がしてしまう。
静香
「な、なんだ、三人揃って黙りこんで」
零時
「な、なんでもないよ。騒も食ってくか?」
騒
「あ……は、はい。先輩が誘ってくれるならどんなものでも食べますっ」
静香
「なんだその言い方は」
騒
「いーじゃないですか、これくらい彼女の余裕で大目に見てくださいよぉ」
静香
「くっ……相変わらず腹の立つ」
桃滋楼
「まーまー」
《教室・夕方》
静香が帰ってから、俺は伏嶋と騒を無人の教室に呼んだ。
零時
「静香がしずかって呼ばれるのを嫌ってたのはさ、女っぽいってだけじゃないんだ」
零時
「あいつの母親はかなりの男嫌いで、静香は生まれつき避けられてた。虐待も……当たり前みたいにあった」
零時
「そんな母親が、せめて名前だけでも男から遠ざけたくてつけたらしい」
零時
「最初は読みもそのまま『しずか』の予定だったけど、父親がそれだと可哀想だからって変えたんだ」
零時
「しずかって呼ばれると母親のことが浮かんでくるから嫌いなんだって、小学校の頃に言ってた」
騒
「それじゃ、あたし今まですっごいサイテーなことしてたんじゃないですか」
零時
「いや、そんなことない。昔の話だ。今はそうして笑い話にしてやった方が静香の気は晴れてたと思う」
零時
「あいつは、いつまでも和解出来ない母親に囚われていたくないって、ずっと言い続けてたから」
桃滋楼
「でも今はその母親のところに戻ってる」
騒
「先輩の魔法がしずかちゃ……いえ、静香先輩を女にしたから、嫌われることもなくなった」
零時
「そんなとこだ」
桃滋楼
「でも、今日のあいつはしずかって呼ばれても何の反論もしなかった」
零時
「多分、母親にそう呼ばれてるんだろうな」
騒
「元々女ってことになってるから、読み方を変えたことも忘れてる……?」
騒
「それって、ほんとに静香先輩にとっていいことなんでしょうか?」
零時
「分からないけど……嫌われるよりはいいに決まってる」
騒
「そう、ですね……なんだか難しいです」
桃滋楼
「しばらくは様子を見るしかねーよな」
騒
「そうですね。今度からは静香先輩の言葉におかしいとこがあっても、今日みたいな態度はとらないようにします」
零時
「そうしてくれると在り難い」
騒
「これでもあたし、静香先輩のことそこそこ好きですからね」
桃滋楼
「俺も気をつけるよ。下手なことして静香傷つけたくねーからな」
零時
「二人とも……」
心強い言葉に、話してよかったと思った。
嫉妬なんかしてる場合じゃない。俺も、あいつのためを第一に考えよう。
そう決めるが、心の痛みは消えなかった
《静香視点》
そこは、みたこともない優しい世界だった。
家に戻ると、笑顔で迎えてくれる人がいる。
「今日はどんなことがあったの?」と聞かれ、僕は色々な話をする。
僕の作った弁当を毎日楽しみにしてくれる友達がいる。図書室で見つけた面白い本がある。
勉強は楽しい。学校生活も楽しい。そんな話を、夕食を食べながら続ける。
母さんは僕の話を聞いて、それはよかったね、あなたが楽しいのは私も楽しい、と言ってくれる。
都合が良すぎて、夢なのではと何度も疑った。
不安になって母さんの頬にそっと触れた。
母さんは頬に触れる僕の手を、ふわりと包み込むように握って「どうしたの?」と聞く。
その手があたたかくて、つい涙をこぼしてしまった。
いきなり泣き出す僕を見て母さんが焦る。そんな姿もやっぱり嬉しくて、涙をとめることはできなかった。
僕を溶かすような、幸せな場所。
そんなところにいるのに、時々身を裂かれるような思いをすることがあった。
《早乙女家・リビング》
静香
「今日の弁当は零時にも褒められたよ。母さんが教えてくれたおかげだ」
心
「……そう…………」
母さんは零時の名前を聞くと、決まって機嫌を悪くする。他の男子生徒の名前を出しても一緒だった。
母さんの男嫌いは治っていないから、僕は零時のことを気安く話せない。
僕が好きな人のことを、母さんに分かってもらえる日はこない。
心
「そうそう、そのタイミングでひっくり返すの」
日課になりつつある、母さんの料理講座。
火の調節が苦手だった僕も、かなり上達することができた。
けれど、この時母さんは決まってこう言う。
心
「しずかは女の子なんだから、やっぱり料理は上手くなきゃね」
そう、今の僕は女の子だ。だから何もおかしいことはない。
それなのに、その言葉を聞くととても怖くなる。
心
「しずかは本当に本が好きなのね。私はこんなにたくさん読めないわ」
心
「昔は私が読んであげてたけれど、追い抜かれちゃったって感じだわ」
たまに僕の記憶に無い昔の話をする。どこにでもありそうな幼子をあやす話。
本当に僕の話をしているのか不安になる。けれど、嬉しそうに話す母の顔を見ると余計なことは言えない。
それとも僕が覚えていないくらい小さい頃にあったことなのだろうか。
分からない……わからない……
心
「今日の晩御飯はハンバーグにしたの。あなた好きだったでしょう?」
静香
「うん……そうだね」
嫌いでもないけれど、特別好きでもない料理だった。何故好きだと思われているかすら分からない。
口に入れてもなにも感じない。ただこの人が嬉しそうだから、美味しそうに食べる。
心
「やっぱりあなたのその顔が一番嬉しいわ、しずか」
静香
「…………うん」
今僕はどういう顔をしているのだろう……きっと笑えているはずだ。
だってこれは、幸せな家庭なんだから。
《早乙女家・静香の部屋》
心
「あら、勉強中だった?」
静香
「ううん、終わったとこ。何か用だった?」
母さんの手には、冬物の白いワンピースがあった。
心
「そろそろ冬だし、新しい服を買ってきたの。しずかに似合うかなって思って」
その言葉は、自分に言われているのだという気がしなかった。
母さんが何を見ているのか、わからない。
静香
「……せいかだよ、母さん」
何かを考えるより先に、口からそんな言葉がこぼれた。
言ってから後悔した。下手に母さんの記憶を刺激してしまえば、この生活が崩れてしまうかもしれない。
それは駄目だ。ここは僕の望んだ幸せな家庭。手放すわけにはいかない。
心
「せいか……って誰のこと? しずかのお友達」
ぐわんと目の前が歪んだ気がした。
静香
「…………うん」
視界がぐるぐると回るけれど、机を支えにしてなんとか倒れないように保つ。
よかった、何も思い出さなかったみたいだ。
……よかった。そう、よかった……
静香
「ごめん母さん、明日早く起きたいしそろそろ寝るよ」
心
「あ、そうね。明日も料理頑張りましょう。おやすみなさい、しずか」
静香
「……うん、おやすみ」
母さんが出て行った後、どさりと床に倒れ込む。そのままうずくまってこみ上げてくる何かに耐えた。
笑っておやすみと言ってくれたのに、何がいけないのか。
こんなに幸せなのに、他に何かを望むのか。
そんなことはない。そう自分に言い聞かせ、邪念を振り払うように布団にもぐった。
そんなことが何日も、何日も続いた。
クリスマスを一緒に過ごした。この歳になって初めてプレゼントを貰った。
一緒に年を越した。今年もよろしく、とお互いに言い合った。
ぜんぶ、あたりまえのこと。
悪いことなんて何一つないんだ。嫌な予感なんかしていない。これでいい。これで、いい……
ゲームテキスト形式なので背景やキャラ名の指定が残っています。
原作ゲームは18禁ですが、今作は18禁シーンを削除し全年齢版として公開します。
PCを持っていない方のために、同じく全年齢版の体験版プレイ動画もございます。
詳しくは「はとごろTIMES」のホームページをご覧下さい。
また、漫画も投稿しています。そちらも是非ご覧下さい。
《教室》
静香が戻った翌日。
授業開始の五分前になっても、教室に静香の姿はなかった。
零時
「遅いな……」
桃滋楼
「ホントに実家に戻して大丈夫だったんだろうな」
零時
「俺だってわかんねーよ」
伏嶋と二人で静香の登校を待つ。
このまま姿を見れないのではと不安がよぎるが、その直後に静香が教室に駆け込んできた。
静香
「はぁっ、お、遅れた……」
零時
「お、遅いじゃねーかよ。心配したぞ」
静香
「すまないな、別に悪いことがあったわけではない」
その言葉をすぐに信用することはできなかった。昔から自分の傷を隠すことだけは上手かったから。
しかし、昨日までは見るだけで調子が悪そうだったのに今はそうではない。顔色はむしろ良くなっている。
いいことなのに、心が痛む気がした。
桃滋楼
「何でこんな遅かったんだ?」
静香
「それはその……べ、弁当を作って……」
桃滋楼
「は?」
静香
「いつまでも料理ができないままではダメだから、これからは練習していくべきだと……母さんが」
桃滋楼
「あ……ああ、そうなのか……」
静香
「僕も突然こんなことを言われて戸惑ったのだが、確かに料理くらいできておかねばと思ってな」
零時
「……仲良く、やってんだな……」
静香
「ああ……僕もまだ信じられていない」
どうやら俺の心配は余計だったようだ。
静香は戸惑いながらも母の優しさを受け取り、幸せになろうとしている。
きっと早乙女家の朝は、これ以上ないくらい微笑ましかったに違いない。
火を使うことに慣れてない娘に、つきっきりで教える母。
やっぱり、これでよかったんだ。
桃滋楼
「で? どーなんだ、弁当の出来は」
静香
「う……桃滋楼も意地の悪いことを聞く」
桃滋楼
「そりゃ一日で上手くなるわけねーか。どんなの作ってきたのか昼休みに見てやるよ」
静香
「ま、まだ人に見せられたものではない! やめてくれ!」
桃滋楼
「やだね。焦げたおかずに舌鼓うってやる。四ッ橋も静香の手作り食いてーだろ?」
零時
「え、あ……そ、そりゃあ当たり前だろ。俺の彼女だぞ」
静香
「だから余計に嫌だと言っているんだ!」
……これでよかった、はずなのに。
どうしてだろう。何かが違うと感じている自分がいた。
《中庭》
それから、昼休みは静香の作ってくる弁当を三人でつつくのが日課になった。
火の調節が苦手なことは知っていたから、初日に弁当箱を開けて出てきた小さい隕石みたいなものには驚かなかった。
でも、日を重ねるにつれ上達していくことには驚きを隠せなかった。
桃滋楼
「一週間もしねーのに、見た目めっちゃ良くなったじゃねーか」
静香
「そ、そうだろうか……」
桃滋楼
「真面目だからちゃんと教わりゃ覚えんだな」
零時
「味も普通に美味いしな」
静香
「あ、あまりそう褒められると照れるではないか」
静香と心さんの生活は、その後も問題なく進んでいるようだった。
静香にもおかしいところはない。何もかもがうまくいっている。
それでも、どうしてか素直に喜べない。
もしかして、俺は心さんに嫉妬してるのか?
静香を幸せにできるのは俺じゃなくて心さんだったから……?
……馬鹿らしい。自分の無力さを棚に上げて何考えてんだ。
喜ばなければいけない。こんな感情、静香に知られてはいけない。
静香はもう幸せにならなきゃいけないんだから、邪魔をしてはいけない。
騒
「あれ、先輩教室にいないと思ったらこんな所にいたんですね」
零時
「あ……」
気がつくと、後ろから騒に声をかけられていた。
騒の顔を見るのは久しぶりな気がした。きっと今まで静香に気を使っていたんだろう。
騒
「一つの弁当広げてなにしてんです?」
桃滋楼
「静香の手作り評価してんだよ」
騒
「えっ、これしずかちゃん先輩が作ったんですか?」
静香
「ん……ま、まぁな」
………………あれ?
たった一言だが、その返事には違和感を覚えた。
騒も気がついたようで、困ったような顔で静香を見る。
静香
「なんだ、どこか可笑しいのか? 確かにあまり綺麗ではないが……」
騒
「い、いや、普通にすごいと思いましたよ。料理できないって聞いてましたから驚いただけです」
静香
「それなら練習の甲斐があったというものだ」
騒
「……あ、あの……しずかちゃん先輩」
静香
「どうした?」
騒
「い、いえ……」
そこでようやく伏嶋も気がついたようで、ハッとした顔で静香を見る。
あの静香が「しずかちゃん」と呼ばれても反論しない。
たったそれだけなのに、とても悪いことが起こったような気がしてしまう。
静香
「な、なんだ、三人揃って黙りこんで」
零時
「な、なんでもないよ。騒も食ってくか?」
騒
「あ……は、はい。先輩が誘ってくれるならどんなものでも食べますっ」
静香
「なんだその言い方は」
騒
「いーじゃないですか、これくらい彼女の余裕で大目に見てくださいよぉ」
静香
「くっ……相変わらず腹の立つ」
桃滋楼
「まーまー」
《教室・夕方》
静香が帰ってから、俺は伏嶋と騒を無人の教室に呼んだ。
零時
「静香がしずかって呼ばれるのを嫌ってたのはさ、女っぽいってだけじゃないんだ」
零時
「あいつの母親はかなりの男嫌いで、静香は生まれつき避けられてた。虐待も……当たり前みたいにあった」
零時
「そんな母親が、せめて名前だけでも男から遠ざけたくてつけたらしい」
零時
「最初は読みもそのまま『しずか』の予定だったけど、父親がそれだと可哀想だからって変えたんだ」
零時
「しずかって呼ばれると母親のことが浮かんでくるから嫌いなんだって、小学校の頃に言ってた」
騒
「それじゃ、あたし今まですっごいサイテーなことしてたんじゃないですか」
零時
「いや、そんなことない。昔の話だ。今はそうして笑い話にしてやった方が静香の気は晴れてたと思う」
零時
「あいつは、いつまでも和解出来ない母親に囚われていたくないって、ずっと言い続けてたから」
桃滋楼
「でも今はその母親のところに戻ってる」
騒
「先輩の魔法がしずかちゃ……いえ、静香先輩を女にしたから、嫌われることもなくなった」
零時
「そんなとこだ」
桃滋楼
「でも、今日のあいつはしずかって呼ばれても何の反論もしなかった」
零時
「多分、母親にそう呼ばれてるんだろうな」
騒
「元々女ってことになってるから、読み方を変えたことも忘れてる……?」
騒
「それって、ほんとに静香先輩にとっていいことなんでしょうか?」
零時
「分からないけど……嫌われるよりはいいに決まってる」
騒
「そう、ですね……なんだか難しいです」
桃滋楼
「しばらくは様子を見るしかねーよな」
騒
「そうですね。今度からは静香先輩の言葉におかしいとこがあっても、今日みたいな態度はとらないようにします」
零時
「そうしてくれると在り難い」
騒
「これでもあたし、静香先輩のことそこそこ好きですからね」
桃滋楼
「俺も気をつけるよ。下手なことして静香傷つけたくねーからな」
零時
「二人とも……」
心強い言葉に、話してよかったと思った。
嫉妬なんかしてる場合じゃない。俺も、あいつのためを第一に考えよう。
そう決めるが、心の痛みは消えなかった
《静香視点》
そこは、みたこともない優しい世界だった。
家に戻ると、笑顔で迎えてくれる人がいる。
「今日はどんなことがあったの?」と聞かれ、僕は色々な話をする。
僕の作った弁当を毎日楽しみにしてくれる友達がいる。図書室で見つけた面白い本がある。
勉強は楽しい。学校生活も楽しい。そんな話を、夕食を食べながら続ける。
母さんは僕の話を聞いて、それはよかったね、あなたが楽しいのは私も楽しい、と言ってくれる。
都合が良すぎて、夢なのではと何度も疑った。
不安になって母さんの頬にそっと触れた。
母さんは頬に触れる僕の手を、ふわりと包み込むように握って「どうしたの?」と聞く。
その手があたたかくて、つい涙をこぼしてしまった。
いきなり泣き出す僕を見て母さんが焦る。そんな姿もやっぱり嬉しくて、涙をとめることはできなかった。
僕を溶かすような、幸せな場所。
そんなところにいるのに、時々身を裂かれるような思いをすることがあった。
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「今日の弁当は零時にも褒められたよ。母さんが教えてくれたおかげだ」
心
「……そう…………」
母さんは零時の名前を聞くと、決まって機嫌を悪くする。他の男子生徒の名前を出しても一緒だった。
母さんの男嫌いは治っていないから、僕は零時のことを気安く話せない。
僕が好きな人のことを、母さんに分かってもらえる日はこない。
心
「そうそう、そのタイミングでひっくり返すの」
日課になりつつある、母さんの料理講座。
火の調節が苦手だった僕も、かなり上達することができた。
けれど、この時母さんは決まってこう言う。
心
「しずかは女の子なんだから、やっぱり料理は上手くなきゃね」
そう、今の僕は女の子だ。だから何もおかしいことはない。
それなのに、その言葉を聞くととても怖くなる。
心
「しずかは本当に本が好きなのね。私はこんなにたくさん読めないわ」
心
「昔は私が読んであげてたけれど、追い抜かれちゃったって感じだわ」
たまに僕の記憶に無い昔の話をする。どこにでもありそうな幼子をあやす話。
本当に僕の話をしているのか不安になる。けれど、嬉しそうに話す母の顔を見ると余計なことは言えない。
それとも僕が覚えていないくらい小さい頃にあったことなのだろうか。
分からない……わからない……
心
「今日の晩御飯はハンバーグにしたの。あなた好きだったでしょう?」
静香
「うん……そうだね」
嫌いでもないけれど、特別好きでもない料理だった。何故好きだと思われているかすら分からない。
口に入れてもなにも感じない。ただこの人が嬉しそうだから、美味しそうに食べる。
心
「やっぱりあなたのその顔が一番嬉しいわ、しずか」
静香
「…………うん」
今僕はどういう顔をしているのだろう……きっと笑えているはずだ。
だってこれは、幸せな家庭なんだから。
《早乙女家・静香の部屋》
心
「あら、勉強中だった?」
静香
「ううん、終わったとこ。何か用だった?」
母さんの手には、冬物の白いワンピースがあった。
心
「そろそろ冬だし、新しい服を買ってきたの。しずかに似合うかなって思って」
その言葉は、自分に言われているのだという気がしなかった。
母さんが何を見ているのか、わからない。
静香
「……せいかだよ、母さん」
何かを考えるより先に、口からそんな言葉がこぼれた。
言ってから後悔した。下手に母さんの記憶を刺激してしまえば、この生活が崩れてしまうかもしれない。
それは駄目だ。ここは僕の望んだ幸せな家庭。手放すわけにはいかない。
心
「せいか……って誰のこと? しずかのお友達」
ぐわんと目の前が歪んだ気がした。
静香
「…………うん」
視界がぐるぐると回るけれど、机を支えにしてなんとか倒れないように保つ。
よかった、何も思い出さなかったみたいだ。
……よかった。そう、よかった……
静香
「ごめん母さん、明日早く起きたいしそろそろ寝るよ」
心
「あ、そうね。明日も料理頑張りましょう。おやすみなさい、しずか」
静香
「……うん、おやすみ」
母さんが出て行った後、どさりと床に倒れ込む。そのままうずくまってこみ上げてくる何かに耐えた。
笑っておやすみと言ってくれたのに、何がいけないのか。
こんなに幸せなのに、他に何かを望むのか。
そんなことはない。そう自分に言い聞かせ、邪念を振り払うように布団にもぐった。
そんなことが何日も、何日も続いた。
クリスマスを一緒に過ごした。この歳になって初めてプレゼントを貰った。
一緒に年を越した。今年もよろしく、とお互いに言い合った。
ぜんぶ、あたりまえのこと。
悪いことなんて何一つないんだ。嫌な予感なんかしていない。これでいい。これで、いい……
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