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3.disguise
epilogue
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その日、珍しいものを見た。
教室の入り口を少し出たところで、真壁が女子生徒と話していた。
相手の女子に見覚えはない。他所のクラスから特進科にやってくる生徒も珍しければ、それと真壁という組み合わせも異様だ。
そわそわしながら見守ってしまう。そんな俺に気づいた工藤が寄ってきて、同じようにそわそわしはじめた。
「え、ダレあれ」
「知らねぇ。一年っぽくはあるけど」
部活も塾もない俺らに、後輩と接点を持つ場はない。
真壁は初対面には丁寧すぎる対応をするが、今はなにやら楽しげだ。時折微笑み返したりして、親密そうに見えなくもない。
やがて女子を廊下に残し、真壁だけが教室の中に戻った。その足は園田の席へと向かう。
「園田さん、お客さんがいらしてます」
「えっ? あ、鈴ちゃん!」
その名前には覚えがあった。去年の学園祭、園田をデートに誘った子だ。
この学校を志望していると言っていた。どうやら無事入学できたようだ。特進でもなければ、さして難しくはなかっただろうが。
園田が女子生徒の方に向かっていく。その間に、俺と工藤は真壁を捕まえた。
「今の、園田の知り合いだよな?」
「ええ。呼んで欲しいと言われました」
「それにしちゃー、なーんか楽しくお喋りしとらんかった?」
「別に変なことはしていませんよ。馬に蹴られたくはありませんから」
あの子が園田に好意を持っているのは察したらしい。それにしても、やはり機嫌がいい。仮面モードではかなり分かりにくいが、俺達には普段との差が感じ取れる。
何を話していたのかと問い詰めると、真壁は苦笑しながら肩をすくめた。
「彼女、家政科だそうで。授業でクッキーを作ったそうです。意中の相手に届けに来たのでしょう」
「……あぁ、そういう」
ベタなラブコメを感じる一方、園田にそれをやってしまったかという、余計な心配が込み上げた。隣で工藤も「あちゃー」と言いながら額に手を当てている。
園田は過去の経験から、他人の手作りを信用していない。特に女性の手作りは人一倍警戒している。バレンタイン、クラスで義理チョコを配っていた女子に「市販?」と聞いて、ヤバい彼女でもいるのかと少し噂になったくらいだ。
真壁だってそれを知っているはずなのに、何故か心配する素振りはなく、むしろ楽しそうにしている。どういうことなのか、余計にわからなくなった。
その日の昼休み、園田から神妙な顔つきで頼みごとをされた。
「その、すっっっっっごく言いにくいんだけど、お願いがありまして……」
言いながら、そっと小袋を差し出す。可愛らしくラッピングされたクッキーだった。
「ひとつ食べてほしい、です」
「…………」
人から、しかも女子から好意で貰ったものを、友人に毒見させようとしている。
園田も本当はこんなことしたくないのだろう。俺達と目を合わせず、明後日の方向を見て冷や汗を垂らしていた。
俺と工藤が反応できずに出遅れていると、横から真壁が手を伸ばし、ひょいっと一つ摘まんで持っていく。
「こうなると思ってたんだよ。ま、遠慮なくいただくぜ」
授業で作ったものが怪しいわけもない。甘党の真壁にとっては棚から牡丹餅だろう。
いや、それにしても、そう簡単に食えるかコレ。
普段図々しい工藤ですら「真壁、遠慮とかねーの?」と引き気味に言った。
「いや、だって分かってたし。オレらが毒見して園田の手に渡んならいいだろ。ん、素朴でうまっ」
「それにしたってさぁ、園田に持ってきたのに、知らん男に食われるとか可哀想じゃん」
その言葉は誰よりも園田に刺さっているようで、見えない矢をその身に受けていた。
真壁は「大丈夫だいじょうぶ」と言いながら、俺と工藤にも、味違いを一つずつ取り分けた。
「オレちゃーんと説明しといたから。園田多分他の奴に食わせるって」
「えっ!?」
それに反応したのは園田で、明後日へ向けていた視線を、ぐりんと真壁に戻した。
「なっ何勝手に言ってんの! え、何言ったの!?」
園田は真壁の肩を掴み、血相変えて食いかかる。ここまで焦る姿、なかなか見れるものではない。
真壁がやたら楽しそうにしていたのも、これを想像していたからだろう。乱暴に揺さぶられながら、けらけらと笑っていた。
「オレも可哀想だと思ったから、ちょっとお節介っていうか?」
「だから何言ったのかって聞いてるんだけど!」
真壁はキレ気味の園田の手を肩から払い、少し距離を取る。こほんと一つ咳ばらいをして、いつもの仮面を身に纏った。
「『呼ぶのは構いませんが、先に謝罪を。そのクッキーを渡すのであれば、一つは僕が頂いてしまうと思います。園田さん、手作りが少し苦手なようですから。毒見と言うと聞こえは悪いですが、そうすれば彼も受け取れます。ご容赦ください』」
あの時の会話の再現だろう。驚くくらい流暢だ。普段異性との接点などないくせに、慣れた様子すら感じさせる。
普段から「この仮面はこれで便利」と言っていたが、こんな使い方もできるのか。本人にそのつもりはないだろうが、見ようによっては、園田目当ての女子を口説いているようだ。
「『もし次があるなら、ほんの少し量を多くしてはいかがでしょう。慣れてしまえば問題ないそうなので、回数を重ねるのが良いと思います。それでは、呼んできますね』って感じ」
「~~~~~~っ!!」
園田は顔を真っ赤にして、声にならない声を上げて悶えていた。
友人の恋路を最大限に応援しつつ、自分はいい顔をし、クッキーというおこぼれにも罪悪感なくありついている。それを全て計算でやっているのが恐ろしい。長年かけて構成した理想の姿を、完璧と自称するだけある。
「もう、次からは毒味なんて頼まないから! はいはい、お気遣いありがとうございますぅ!」
「おや、当たり前のように次があると思ってらっしゃる。モテる男は違いますね」
などと言って園田を揶揄っている真壁も、その気になったらモテそうだ。今のを見る限り。
真壁がすでに食べているので俺らはいい気もしたが、配られた分は貰ってしまおう。
手に乗せられたクッキーを口に放り込む。賞味期限が考慮された市販品とは違い、シンプルで美味かった。
「これいけんね。いーなー家政科、授業でこんなん作んだ」
「鈴ちゃん服飾進むから一年の間だけだよっ」
ぷりぷり怒りながら、園田もクッキーを頬張った。
なんだかんだ言いつつ俺と工藤が食うまで手を付けなかったあたり、園田の心に残った傷の大きさが分かる。口ではああ言っていたが、次も毒見は頼まれる気がする。真壁の機転は無駄になるまい。
「彼女とかできちゃったら、おれらそっちのけられるかもねぇ」
「そ、そういうんじゃないし。そっちのけないし。ていうか、彼女どうこうは全員同じでしょ」
「いや、俺は恋愛とかちょっとな。癖もだいぶ落ち着いたけど、まだ犯罪者予備軍だし」
「今はそういうの抜きで考えようよ。全部受け入れてくれる人前提にするとか」
「いや無理、絶対無理。受け入れてくる時点で無理。絶対もっといいヤツいんのに、わざわざ俺選ぶその感性が無理。絶対まともに現実見えてねーじゃん。信用できねぇ。いつか裏切って警察に突き出される気がする」
「立川はもうちょっと自己評価高くていいと思うよ」
「本気で全力拒否してるのが悲しいですね」
「恋愛する才能ゼロすぎてウケる」
「うるせーな、そういう工藤はどうなんだ」
「おれもキョーミないんだよねぇ。女子の嘘ニガテだし。恋って嘘がつきものじゃん? 良くみせるための嘘見抜いちゃうの、キツくてさぁ」
「工藤、お姉さんと結婚するとか言うと思ってた」
「ねーちゃんはすでに家族なんだから、結婚するまでもなく一生一緒なんだが?」
「いや、姉の方は嫁に行ったりすんだろ」
「はぁ!? いかねーし、いかさねーし! 仮にねーちゃんと結婚する男がいるとしても、あらゆる手を尽くして婿に来させるし!」
「他の男と結婚するところまでは譲れるんだ」
「ねーちゃんが結婚するほど認めた男なら、俺も愛せる気がする」
「あなたが愛する必要は一ミリもなさそうですが」
「姉夫婦と3Pするところまではイケる」
「とんでもなく邪魔ですね、この弟。ちょっと本気で気色悪いです」
「そういう真壁はどーなん? まだ恋愛禁止とか言われんの?」
「禁止はしないでしょうが、認められもしないでしょう。過剰な制限こそなくなりましたが、門限や購入品の許可制はまだ残っていますし。デートとか行くのに、ママがお金くれないから~帰らないと怒られるから~なんて、男として死んでも言いたくねぇ」
「門限残ってたのか。うちに来るとき気にしてたか?」
「立川家は例外なので、位置情報送れば泊まりも許可されます」
「もう立川が彼女じゃん」
「なんでだよ。普通来る側が女じゃね?」
「え、立川さん僕のことそんな目で……? すみません、交際相手は異性がいいです。同性はちょっと」
「俺もそうですけど!?」
「へー、真壁、彼女は欲しいんだ? どんな子がいいの?」
「タイプとか考えたことねぇんだよ、今までがアレだったから。とりあえず甘党同士? お菓子作ってくれんの良いと思った。あと外面だけでも『ユウリ』に釣り合ってねぇとな。清廉潔白、品行方正、丁寧で物分かりが良けりゃ完璧。背はオレより低くないと嫌だな。映画の好みも合ってて欲しい。それから……」
「ちょーめんどくせー」
「もう自分と付き合った方が早いんじゃない?」
「こんだけ完璧な仮面つけてると、恋愛面にも弊害出るんだな」
「てめぇら、聞いといて好き勝手言うんじゃねぇよ!」
「てか、こんだけ秀才集まって全員才能ねぇの? ふっ……ふは、あははっ! むり、笑う、おれらビジュそこまで悪くねぇのに……ひひひひっ!」
工藤が全員の顔を見渡してゲラゲラ笑い始める。失礼極まりないが、不思議とつられて笑ってしまった。
俺が釣られると、連動するように園田と真壁も落ちた。全員で顔を見合わせ、それぞれ腹やら口元を押さえて笑い合う。
高校生らしく色恋の話をしていても、各々の事情が垣間見えてしまう。
全員どこかおかしくて、理解できない面を持つ。他の場所で同じ話はできないだろう。
羊の群れから離れた間だけ許された時間。
こんな時間がいつまで続くのかは分からない。きっと、永遠には続かない。
羊の中に紛れて消えていくのか、他の山羊に出会って変わるのか、先の可能性はいくらでもある。
けれど、そんな先の不安は、先で対処すればいい。
今は年相応に、この時間を楽しむ子山羊でいようと思う。
そのためにできることは全力で。一年間そうしてきた経験が、確かな自信になる。
「あー笑った。もぉ全員恋愛面ダメダメのダメ人間なのは、よぉーく分かったしさぁ。話変えよー」
「3Pとか言っていた人に仕切られるのも腹立たしいですが、概ね同意です」
「じゃあ修学旅行の話とかどう? そのうち班分けとか決めるよね」
「絶対この四人だ。でないと俺がどこにも行けねぇ。県外の観光地なんて絶対やる。確実に盗む。止めてくださいお願いします!」
これもまた、一年で培った身の守り方であり、学生生活を楽しむための手段だった。
END.
教室の入り口を少し出たところで、真壁が女子生徒と話していた。
相手の女子に見覚えはない。他所のクラスから特進科にやってくる生徒も珍しければ、それと真壁という組み合わせも異様だ。
そわそわしながら見守ってしまう。そんな俺に気づいた工藤が寄ってきて、同じようにそわそわしはじめた。
「え、ダレあれ」
「知らねぇ。一年っぽくはあるけど」
部活も塾もない俺らに、後輩と接点を持つ場はない。
真壁は初対面には丁寧すぎる対応をするが、今はなにやら楽しげだ。時折微笑み返したりして、親密そうに見えなくもない。
やがて女子を廊下に残し、真壁だけが教室の中に戻った。その足は園田の席へと向かう。
「園田さん、お客さんがいらしてます」
「えっ? あ、鈴ちゃん!」
その名前には覚えがあった。去年の学園祭、園田をデートに誘った子だ。
この学校を志望していると言っていた。どうやら無事入学できたようだ。特進でもなければ、さして難しくはなかっただろうが。
園田が女子生徒の方に向かっていく。その間に、俺と工藤は真壁を捕まえた。
「今の、園田の知り合いだよな?」
「ええ。呼んで欲しいと言われました」
「それにしちゃー、なーんか楽しくお喋りしとらんかった?」
「別に変なことはしていませんよ。馬に蹴られたくはありませんから」
あの子が園田に好意を持っているのは察したらしい。それにしても、やはり機嫌がいい。仮面モードではかなり分かりにくいが、俺達には普段との差が感じ取れる。
何を話していたのかと問い詰めると、真壁は苦笑しながら肩をすくめた。
「彼女、家政科だそうで。授業でクッキーを作ったそうです。意中の相手に届けに来たのでしょう」
「……あぁ、そういう」
ベタなラブコメを感じる一方、園田にそれをやってしまったかという、余計な心配が込み上げた。隣で工藤も「あちゃー」と言いながら額に手を当てている。
園田は過去の経験から、他人の手作りを信用していない。特に女性の手作りは人一倍警戒している。バレンタイン、クラスで義理チョコを配っていた女子に「市販?」と聞いて、ヤバい彼女でもいるのかと少し噂になったくらいだ。
真壁だってそれを知っているはずなのに、何故か心配する素振りはなく、むしろ楽しそうにしている。どういうことなのか、余計にわからなくなった。
その日の昼休み、園田から神妙な顔つきで頼みごとをされた。
「その、すっっっっっごく言いにくいんだけど、お願いがありまして……」
言いながら、そっと小袋を差し出す。可愛らしくラッピングされたクッキーだった。
「ひとつ食べてほしい、です」
「…………」
人から、しかも女子から好意で貰ったものを、友人に毒見させようとしている。
園田も本当はこんなことしたくないのだろう。俺達と目を合わせず、明後日の方向を見て冷や汗を垂らしていた。
俺と工藤が反応できずに出遅れていると、横から真壁が手を伸ばし、ひょいっと一つ摘まんで持っていく。
「こうなると思ってたんだよ。ま、遠慮なくいただくぜ」
授業で作ったものが怪しいわけもない。甘党の真壁にとっては棚から牡丹餅だろう。
いや、それにしても、そう簡単に食えるかコレ。
普段図々しい工藤ですら「真壁、遠慮とかねーの?」と引き気味に言った。
「いや、だって分かってたし。オレらが毒見して園田の手に渡んならいいだろ。ん、素朴でうまっ」
「それにしたってさぁ、園田に持ってきたのに、知らん男に食われるとか可哀想じゃん」
その言葉は誰よりも園田に刺さっているようで、見えない矢をその身に受けていた。
真壁は「大丈夫だいじょうぶ」と言いながら、俺と工藤にも、味違いを一つずつ取り分けた。
「オレちゃーんと説明しといたから。園田多分他の奴に食わせるって」
「えっ!?」
それに反応したのは園田で、明後日へ向けていた視線を、ぐりんと真壁に戻した。
「なっ何勝手に言ってんの! え、何言ったの!?」
園田は真壁の肩を掴み、血相変えて食いかかる。ここまで焦る姿、なかなか見れるものではない。
真壁がやたら楽しそうにしていたのも、これを想像していたからだろう。乱暴に揺さぶられながら、けらけらと笑っていた。
「オレも可哀想だと思ったから、ちょっとお節介っていうか?」
「だから何言ったのかって聞いてるんだけど!」
真壁はキレ気味の園田の手を肩から払い、少し距離を取る。こほんと一つ咳ばらいをして、いつもの仮面を身に纏った。
「『呼ぶのは構いませんが、先に謝罪を。そのクッキーを渡すのであれば、一つは僕が頂いてしまうと思います。園田さん、手作りが少し苦手なようですから。毒見と言うと聞こえは悪いですが、そうすれば彼も受け取れます。ご容赦ください』」
あの時の会話の再現だろう。驚くくらい流暢だ。普段異性との接点などないくせに、慣れた様子すら感じさせる。
普段から「この仮面はこれで便利」と言っていたが、こんな使い方もできるのか。本人にそのつもりはないだろうが、見ようによっては、園田目当ての女子を口説いているようだ。
「『もし次があるなら、ほんの少し量を多くしてはいかがでしょう。慣れてしまえば問題ないそうなので、回数を重ねるのが良いと思います。それでは、呼んできますね』って感じ」
「~~~~~~っ!!」
園田は顔を真っ赤にして、声にならない声を上げて悶えていた。
友人の恋路を最大限に応援しつつ、自分はいい顔をし、クッキーというおこぼれにも罪悪感なくありついている。それを全て計算でやっているのが恐ろしい。長年かけて構成した理想の姿を、完璧と自称するだけある。
「もう、次からは毒味なんて頼まないから! はいはい、お気遣いありがとうございますぅ!」
「おや、当たり前のように次があると思ってらっしゃる。モテる男は違いますね」
などと言って園田を揶揄っている真壁も、その気になったらモテそうだ。今のを見る限り。
真壁がすでに食べているので俺らはいい気もしたが、配られた分は貰ってしまおう。
手に乗せられたクッキーを口に放り込む。賞味期限が考慮された市販品とは違い、シンプルで美味かった。
「これいけんね。いーなー家政科、授業でこんなん作んだ」
「鈴ちゃん服飾進むから一年の間だけだよっ」
ぷりぷり怒りながら、園田もクッキーを頬張った。
なんだかんだ言いつつ俺と工藤が食うまで手を付けなかったあたり、園田の心に残った傷の大きさが分かる。口ではああ言っていたが、次も毒見は頼まれる気がする。真壁の機転は無駄になるまい。
「彼女とかできちゃったら、おれらそっちのけられるかもねぇ」
「そ、そういうんじゃないし。そっちのけないし。ていうか、彼女どうこうは全員同じでしょ」
「いや、俺は恋愛とかちょっとな。癖もだいぶ落ち着いたけど、まだ犯罪者予備軍だし」
「今はそういうの抜きで考えようよ。全部受け入れてくれる人前提にするとか」
「いや無理、絶対無理。受け入れてくる時点で無理。絶対もっといいヤツいんのに、わざわざ俺選ぶその感性が無理。絶対まともに現実見えてねーじゃん。信用できねぇ。いつか裏切って警察に突き出される気がする」
「立川はもうちょっと自己評価高くていいと思うよ」
「本気で全力拒否してるのが悲しいですね」
「恋愛する才能ゼロすぎてウケる」
「うるせーな、そういう工藤はどうなんだ」
「おれもキョーミないんだよねぇ。女子の嘘ニガテだし。恋って嘘がつきものじゃん? 良くみせるための嘘見抜いちゃうの、キツくてさぁ」
「工藤、お姉さんと結婚するとか言うと思ってた」
「ねーちゃんはすでに家族なんだから、結婚するまでもなく一生一緒なんだが?」
「いや、姉の方は嫁に行ったりすんだろ」
「はぁ!? いかねーし、いかさねーし! 仮にねーちゃんと結婚する男がいるとしても、あらゆる手を尽くして婿に来させるし!」
「他の男と結婚するところまでは譲れるんだ」
「ねーちゃんが結婚するほど認めた男なら、俺も愛せる気がする」
「あなたが愛する必要は一ミリもなさそうですが」
「姉夫婦と3Pするところまではイケる」
「とんでもなく邪魔ですね、この弟。ちょっと本気で気色悪いです」
「そういう真壁はどーなん? まだ恋愛禁止とか言われんの?」
「禁止はしないでしょうが、認められもしないでしょう。過剰な制限こそなくなりましたが、門限や購入品の許可制はまだ残っていますし。デートとか行くのに、ママがお金くれないから~帰らないと怒られるから~なんて、男として死んでも言いたくねぇ」
「門限残ってたのか。うちに来るとき気にしてたか?」
「立川家は例外なので、位置情報送れば泊まりも許可されます」
「もう立川が彼女じゃん」
「なんでだよ。普通来る側が女じゃね?」
「え、立川さん僕のことそんな目で……? すみません、交際相手は異性がいいです。同性はちょっと」
「俺もそうですけど!?」
「へー、真壁、彼女は欲しいんだ? どんな子がいいの?」
「タイプとか考えたことねぇんだよ、今までがアレだったから。とりあえず甘党同士? お菓子作ってくれんの良いと思った。あと外面だけでも『ユウリ』に釣り合ってねぇとな。清廉潔白、品行方正、丁寧で物分かりが良けりゃ完璧。背はオレより低くないと嫌だな。映画の好みも合ってて欲しい。それから……」
「ちょーめんどくせー」
「もう自分と付き合った方が早いんじゃない?」
「こんだけ完璧な仮面つけてると、恋愛面にも弊害出るんだな」
「てめぇら、聞いといて好き勝手言うんじゃねぇよ!」
「てか、こんだけ秀才集まって全員才能ねぇの? ふっ……ふは、あははっ! むり、笑う、おれらビジュそこまで悪くねぇのに……ひひひひっ!」
工藤が全員の顔を見渡してゲラゲラ笑い始める。失礼極まりないが、不思議とつられて笑ってしまった。
俺が釣られると、連動するように園田と真壁も落ちた。全員で顔を見合わせ、それぞれ腹やら口元を押さえて笑い合う。
高校生らしく色恋の話をしていても、各々の事情が垣間見えてしまう。
全員どこかおかしくて、理解できない面を持つ。他の場所で同じ話はできないだろう。
羊の群れから離れた間だけ許された時間。
こんな時間がいつまで続くのかは分からない。きっと、永遠には続かない。
羊の中に紛れて消えていくのか、他の山羊に出会って変わるのか、先の可能性はいくらでもある。
けれど、そんな先の不安は、先で対処すればいい。
今は年相応に、この時間を楽しむ子山羊でいようと思う。
そのためにできることは全力で。一年間そうしてきた経験が、確かな自信になる。
「あー笑った。もぉ全員恋愛面ダメダメのダメ人間なのは、よぉーく分かったしさぁ。話変えよー」
「3Pとか言っていた人に仕切られるのも腹立たしいですが、概ね同意です」
「じゃあ修学旅行の話とかどう? そのうち班分けとか決めるよね」
「絶対この四人だ。でないと俺がどこにも行けねぇ。県外の観光地なんて絶対やる。確実に盗む。止めてくださいお願いします!」
これもまた、一年で培った身の守り方であり、学生生活を楽しむための手段だった。
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