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3.disguise

3.disguise_15

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 夜。俺の家に訪れた園田は、部屋に入るなりブイサインを向けて勝ち気に笑った。
「完全勝利っ!」
 そう高らかに宣言する後ろで、工藤が若干引きつった顔をしている。
 どうやら事は上手く運べたらしい。喜ぶべきだが、一介の高校生が同級生の親を丸め込んだのだと思うと、畏怖を交えずにはいられない。もっとこう、苦労した感じで戻ってくると思っていたのに。
「いや、園田やべぇわ。おれ絶対コイツ敵に回さん。こりゃ怒らせたらマジでいかん」
「ちょっと工藤、人聞き悪い。俺そんな物騒な感じにしなかったでしょ?」
「お宅の息子の面倒全部見ます宣言してんのに、物騒になんねぇのがこえーんだって」
 部屋の奥で工藤の取ったノートを広げていた真壁も、信じられないといった顔で目をぱちぱちさせていた。
 結論から言うと、次のテストまでの期間、生活ルールと勉強方法については一切関与しないことの言質が取れたという。しっかり録音もしてきたようで、抜け目がなさ過ぎて恐ろしい。
 真壁母は園田曰く「意外と感情論にならない、ちゃんと会話できる人」で、工藤曰く「真面目しすぎてタガが外れちゃった系」だそうだ。真壁はおそるおそるという表情をしながらも、それなりに興味深そうに聞いていた。自分の母親への評価など、そうそう聞けるものではない。複雑な感情が渦巻いているのだろう。
「厳しすぎんのが支配とか虐待って、全然思っとらん感じ。そーせんと、あの子はちゃんとできないって、本音で言ってた。真壁は今までキツいルールでもこなして、挽回してきちゃったから。それが正解になってったんだろーなぁ」
「そんな制限なくたって真壁はちゃんとできる人だから、絶対大丈夫だから、もっと信じてあげて下さいって言った。あとはとにかく理論武装。記憶と密接に関係するのは睡眠とストレス。いかに効率よく睡眠をとりストレスを軽減するかって話から、させている連絡や報告をやめる方向に持ってった。勉強も量より質。二位と三位が面倒見ますよ、任せて下さいで押し切れた」
 ふん、と胸を張られるが、本当に末恐ろしくて背筋が凍る。
 同じことを俺や工藤が言っても、胡散臭すぎて詐欺にしか聞こえないだろうに。園田が言えば、この人は良く見ている、考えてくれていると、そういう気持ちにさせられる。実際そこに嘘はないのだが、信じてもらうのは簡単ではない。
 人は都合のよすぎる話ほど疑いたくなる。園田の案では、真壁の母親もとくに損をしない。誰も困らない。だから怪しい。それを話術と表情と雰囲気でねじ伏せてしまうのは、とんでもない才能だろう。園田が善人で本当に良かったと思う。
「そういうわけだから、期末までは連絡もスマホチェックもナシね。もし他のルールを提示されたら教えて。第三者目線で必要かどうか判断するから」
「あ、ありがとうございます。なんというか……言葉が出ません」
「別に感謝とかもいいよ。外野が何を頑張ったって、最後は真壁の期末次第になる。その辺はプレッシャーかけちゃってごめんね」
「いえ、圧は元からありましたから、大差ありません」
「これで少しは家にも帰りやすくなるかな。何かあったら俺達に連絡入れてね。咄嗟の逃げ場所もここがあれば……」
「あ、そのことなんだけど。こっちからも進展がある」
 真壁と視線を合わせる。真壁はこくりと頷き、口を開く。
「佐藤先生から父に連絡を取って下さったそうです」
 帰り際に呼び止められたのはこの件だった。
 真壁の両親は八年ほど前に離婚していて、父親とは音信不通だったらしい。原因は教育方針の違い。父親は厳しくしすぎる方針に反対だったようで、離婚前は口論が絶えなかったという。
 以前、小学生の頃は母親が学校に乗り込んだ、と言っていた。幼かった分、今より過剰に縛っていたのだろう。ついていけなくなった父親が離別するのも頷ける。
 母親が親権を譲るはずもなく、離婚後も関わらせないように遠ざけていた。当然連絡先など真壁すら知らなかったが、佐藤先生は、小学校の関係者から辿ったらしい。
「父も僕のことは気にかけていたそうです。母の性格上、下手をすれば警察沙汰も考えられるため、近づけなかったと。こちらの事情を伝えたら、親身に聞いてくれたと先生は言っていました」
 つい先ほど真壁母と対峙してきた二人は、なるほどと納得したような顔で聞いていた。
「明日会う約束も取り付けて頂きました。今の父の状況は分かりませんが、緊急避難場所として頼ることができないかを聞いてこようと思っています」
 いざという時の逃げ場所というのは心の支えだ。たとえ一度も頼らなかったとしても、存在することに意味がある。父親であれば、他人である俺よりも罪悪感なしに頼れるだろう。
「そっか、いい返事貰えるといいね」
「はい。結果次第ではありますが、明日は自宅に戻っても平気だと思います」
 ふうと一息入れて、真壁は改めて俺達に向き直る。
「本当に気が楽です。けれど、同時に不安です。正直、夢を見ているのではないかと……そんな想像が消えません。それくらい、自分に都合が良いことばかりで」
「ほんっとに真面目だなぁ。だいじょーぶだって。ほら、現実現実」
 工藤が真壁の額をトントンと指でつつく。
「現実だとしても、こんな恩、どう返したら良いでしょう」
「どーとでもなるって。高校、まだ二年あっし。その後も人生なげーんだから」
「というか、そこまで恩売ってるつもりないんだけどね。俺なんかほぼ自己満足で動いてるし。言い方悪いけど、自分がスッキリしたいだけだから」
「俺は犯罪者予備軍だからな。ワケ知ってて付き合ってくれる時点でお釣りがくる」
「おれもおんなじ。嘘がわかるとか、秘密抱えてるヤツにしか言えんし。お互い様じゃねーとこえーもん。何も考えず喋れるってだけで守る価値アリ。せっかく出会えた山羊同士、助け合いじゃん?」
「山羊……?」
「一生懸命フツーっぽくしてる、羊の毛皮をかぶった山羊」
「不思議な例えです。草食動物同士なのに、正体を隠すんですね」
「おれら、そんな感じじゃね?」
「羊の群れに山羊を混ぜると、山羊はリーダーの役割を担うといいます。そんな器でしょうか」
「え、そうなん!? でも羊のフリしてっから関係なくね? 仲間外れってバレんのイヤじゃん」
「それは嫌ですね。なるほど、納得できる気がしてきました」
 真壁の場合、この仮面がそのまま羊の毛皮だ。その内側は決して狼ではない。むしろ羊に怯えている。偽物だと指摘されるだけで、自分を壊してしまうくらいに。
 それぞれ抱えている事情は違う。同じ山羊は存在しない。互いを理解することはできない。
 それでもこうして集まれば、純粋に楽しむことも、互いを補い合うこともできる。
 口には出さないが、大事にしていきたい関係だ。
「んじゃま、今日は休んどった間の授業だけ取り戻しておしまいかねぇ。立川どこまで進んだぁ?」
「午前分は終わった」
「午後は工藤も寝てたでしょ。教えてあげるから、ちゃーんと聞いてなよ? あ、真壁の荷物持ってきたよ。言われてた教科書類とかは大雑把に詰めてきちゃった」
「ありがとうございます」
 教材とノートを広げた机を四人で囲う。狭い中でわいわい集まるのは、快適ではないがそれなりに楽しかった。自宅なら癖を気にする必要もない。もっと早くこういう時間を作ってもよかったな、なんて思った。
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