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3.disguise

3.disguise_09

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 テストが返却された翌日から、その兆候は見え始めた。
 真壁の順位は予想通り落ちていた。
 やはり最近の不調が影響したらしい。自己採点で分かってはいただろうが、落胆を隠しきれていなかった。学費免除を失う程ではなかったようだが、表情を見る限り、首の皮一枚で繋がっている様子だ。
 返却日以降、真壁は始業ギリギリで登校するようになった。
 間に合っているのだから問題はないが、いつも優等生らしく余裕を持って行動していたからこそ一際目立った。
 休み時間には机に向かい、終業と同時に下校する。とくに誰かと会話することもない。
 いつも通りの姿。だが、どこか違和感があった。切羽詰まったような、焦っているような雰囲気を感じた。
 声をかけることは躊躇った。余裕をもって行動できていない現実を、本人が一番気に病んでいるように見えたから。下手に口を出して、追いつめてしまうのではないか。そんな不安にかられた。工藤も同じ心境のようで、様子を気にしながらも少し距離を取っていた。
 園田だけはたまに話しかけていたが、あまり良い反応は得られていなかった。
「真壁、顔色悪いよ? 大丈夫?」
「問題ありません。自分の不出来が原因ですから。お気遣いありがとうございます」
 丁寧すぎる拒絶が返ってくるばかりで、取り付く島もない。出会った頃にタイムスリップしたみたいだ。
 まるで食事に行ったあの日のことが、なくなってしまったかのように。
 そんな状況のまま一週間ほど経った頃、俺は佐藤先生に、放課後相談室に来るようにと個別で呼び出された。要件は、真壁についてだった。
 教師目線からも調子を崩していることが気になったようで、クラスメイトの視点から何か気になることはないかと聞かれた。
 うまく答えられずにいると、先生は困ったように頭に手を当てる。
「他でも聞いてみるわ、ありがとう」
「すみません、力になれなくて」
「いいえ、これは私の仕事だもの。立川君も気にしすぎないで。ああ、そうだ。文理選択、立川君は文系よね。どっちを選ぶか、友達同士で話したりした?」
「園田と工藤とは少し」
そう答えて、真壁の希望を知らない事に気づいた。
「今だけしかできない会話を楽しむのも高校生の仕事。お互い役目を頑張りましょうね」
 俺が気にしすぎないようにか、または真壁と会話するきっかけの提供か。おそらく両方だったのだろう。教師という立場上、生徒の交友関係にまで指図はできない。大人の事情を含んだ言い回しだった。
 一礼して相談室を出る。その道すがら、さきほどの文理選択について考えた。
 もしかしたら、真壁も文系希望なのかもしれない。佐藤先生がわざわざ話題に出したのもそうだが、最近の真壁の焦りようがそこに起因するのではと思えた。
 真壁は理数系の方が得意だ。けれど、学びたいことと得意はイコールにならない。そもそも真壁の家庭事情を鑑みると、本人に選択権がない可能性すらある。勝手な想像だが、あれだけ厳しくて志望大学が自由ということはないだろう。
 希望が同じなら話が広げられるかもしれない。仮にこの想像が外れても、園田と工藤が理系希望だ。そちらに任せたらいい。
 佐藤先生の遠回しな気遣いに感謝しながら、教室に戻った。
「あれ」
 話題をふるにしても、真壁はすぐ帰宅してしまうから明日だろう。そう思っていたが、教室にはまだ真壁の姿があった。
 机に突っ伏したまま動かない。どうやら眠ってしまっているらしい。あまりにも珍しくて見入っていると、さらに奥の席に座っていた園田と目が合った。近くに来いとジェスチャーされる。
「真壁、起こした方がいいんじゃないか?」
 声のボリュームを最小限にしてそう聞く。園田は困ったように頬を掻いた。
「一応さっき声はかけたんだけど、反応なくって」
 園田の性格から、見るからに寝不足な相手を無理に起こすのは難しいだろう。工藤ならば無遠慮に大声で起こせそうだが、生憎今日は帰ってしまったようだ。
 教室に残っている生徒は他にいない。困り果てていたところに俺が戻ってきたというわけか。
 本音を言えばこのまま眠らせてやりたいが、真壁の親がそれを許すのかが分からない。
 深呼吸して心に鬼を宿し、突っ伏している真壁の肩をゆすった。
 少し揺らしただけでは反応がなく、ぐっと力を込めると、気だるそうに重い頭を上げた。
「ん……? なん、ですか……?」
「起きたか?」
「たちかわ、さん? ……ッ!?」
 俺の姿を認識した途端、真壁はがばっと飛び起きる。
 辺りを見回し、ここが教室であることに気づくと、慌ただしく鞄からスマホを取り出した。
 時間を確認する。終業からほんの一時間程度しか経っていないのにも関わらず、さあっと顔を青くした。俺達のことなど気にする素振りを見せず、そのままどこかへ通話をかけはじめる。
 口を挟む隙すらなく、園田と二人、たた茫然と見入ってしまう。
 通話相手に繋がった途端、真壁はぴしりと姿勢を正し、余裕のない怯えた幼子のような声を発した。
「て、定期連絡に遅れてしまい、申し訳ございません。……まだ、学校です。すぐに帰宅いたします。えと……終業のホームルームまでは、覚えているのですが……眠ってしまった、ようです。はい……返す言葉もございません……不注意で、気が抜けていました。完全に私の落ち度です。申し訳ございません。遅れは、必ず取り戻します。…………っ、仰る、通りです。不出来なばかりに、お手数をおかけして、申し訳ございません」
 今にも気を失いそうな顔で、ひたすらに謝罪を述べる。電話でなければ土下座でもしそうな勢いだった。
 通話を終えると、すぐに席を立つ。その時にようやく俺と目が合った。動揺で目が見開かれる。居ると気づいていたのに、分かっていなかった。そんな顔だ。
 何かを言いたそうにしたが、ぐっと唇を噛んだ後、逃げるように教室から去っていった。
 取り残された俺達は、しばらく何も言えないまま、ただ過ぎ去った後の扉を見ていた。
 今の光景をどう受け止めたらいいのか分からない。
 分からないながら、家庭の事情だからと目をそらすのを、心が嫌がった。
「さすがに、おかしいんじゃないか、アレ」
 絞り出すようにそう言うと、園田が顔を歪めた。
「おかしいよ、あんなの。俺、もっと無理にでも起こせばよかった」
「真壁が寝てるの、いつ気づいたんだ?」
「十分くらい前……」
「じゃあ誤差だろ、気にしすぎるな。起こして良かったって思っておこうぜ」
「思えないけど……今知ったことは、無駄にしたくない」
「……だな」
 無理にでも真壁と話す機会をつくるべきだ。
 そう意気込むが、その後で今が金曜日であることに気づく。俺も園田も、真壁の連絡先を知らない。以前聞いたのだが、真壁侑李のスマホに下手な記録を残せないからと断られてしまった。もちろん家など知るはずもない。教師に聞いても個人情報は教えてくれないだろう。
 連絡手段がなければ、土日にできることはない。
 歯がゆい気持ちのまま、工藤にだけ連絡を取って状況を共有した。
 たった二日。その時間はとてつもなく長く感じた。
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