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3.disguise
3.disguise_06
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冬期講習最終日。終了の鐘の音と同時に、多くの生徒がざわめき立つ。
講習が終われば年末年始。予定のある生徒も多いだろう。俺も大晦日から叔父夫婦宅に戻る予定なので、帰って大掃除と準備をしなければならない。
「あ」
筆記用具を片付けていて、講習中にシャーペンの芯が空になってしまったことを思い出す。
園田に万引きバレした時のことが未だに少しトラウマなので、一人で買いに行くのは避けたかった。叔父に頼んでもいいが、たまに帰る時くらい迷惑をかけたくないし、大晦日までの数日間使えないのも不便だ。友人を頼れる今日のうちに買っておくのがいいだろう。
「工藤、この後なんだけど」
「わりー立川、おれ今日ちょっと急ぐから!」
頼みの綱の工藤は、てきぱきと荷物を鞄に詰めて颯爽と出て行ってしまった。あまりのスピード感に反応することすらできなかった。
工藤が去ったことで、その前の席に座っていた真壁が視界に入る。
「……真壁、ちょっといいか?」
「はい?」
「この後なんだけど、ちょっとその、買い物とか行けないデスカ」
「何ですか、その取って付けたような丁寧語」
怪訝な顔をされる。それはそうだ。言っている俺も違和感がすごかった。
真壁にはまだ窃盗癖を打ち明けていない。話してもいいと思い始めているが、タイミングが掴めず今に至っている。やはり何度経験しても緊張は消えないものだ。
「何かの誘いでしょうか。申し訳ありませんが、お断りします。計画が狂いますので」
「あ、いや、帰りにちょっと文具買うだけ。時間とらせないから」
「僕が行く必要はないのでは?」
「理由は行きながら話す。無理なら諦めるけど……一人だとちょっと困るんだ」
言ってはみたものの、学校帰りの寄り道など真壁が了承するとは思えない。完全にダメ元だった。
しかし、覚悟していた二度目の拒否はなかった。真壁は何か考えるような仕草をした後、鞄からスマホを取り出し、無表情のまま操作する。
「駅前本屋の文具館で構いませんか?」
「ああ、シャー芯買えたらどこでも」
真壁は十秒ほどスマホを見た後、画面の電源を落とし、鞄に仕舞い直した。
「行きましょうか」
「いいのか?」
「ルーズリーフのストックが欲しかったので、ついでに済ませます」
そうと決まれば時間を無駄にしない、と言わんばかりに歩きだす。俺は慌てて鞄に荷物を詰め、コートを羽織り、その後を追った。
学校から少し離れたあたりで、誘った理由――窃盗癖について打ち明けた。
園田や工藤と違い、突拍子もない話を受け入れる土台はない。それでも話そうと思ったのは、真壁の『仮面』を知ってしまった負い目が半分。その仮面が完璧で、俺の話程度では崩れないだろうという打算的な信用が半分だった。
「そういうわけで、俺が変なことしないか監視して欲しいんだ」
「見ているだけで良いなら、構いません」
「……自分から話しておいてなんだけど、疑ったりしねぇの?」
「無意味ですから。犯罪行為を手伝えというなら別ですが、止めろというなら、仮に嘘でも僕に不都合はありません」
こんな話をすんなり信じることもないが、無駄に疑って労力を割くこともない。真壁らしい返答に、ほんのすこし緊張が緩んだ。信用して良かったと思う。あとで何かお礼をしないとな。
話しながら歩いていれば、目的の本屋にはすぐたどり着いた。入り口前で足を止めると、それに気づいた真壁も立ち止まる。
「入る前に、その、鞄持ってもらえるか? 盗ったものを入れる場所がなくなるだけで違うんだ」
「構いません」
どうぞ、と手を差し出される。財布だけ取り出し、勉強道具しか入っていない鞄を手渡そうとして……少し渋った。
どうしたのかと真壁が首をかしげる。
「いや、なんか、イジメで荷物持ちさせてる気分で」
いかにも真面目ですといった外見の真壁に鞄を持たせるのは、なんともいえない罪悪感があった。ちゃんと頼んで了承を得ているというのに。
真壁はぱちぱちと瞬きした後、俺の言っていることを理解し、物言いたげな視線をこちらへ向けた。
差し出していた手を引っ込め、そのまま迷いない動きで眼鏡を外し、丁寧に鞄へ仕舞う。
ジトッとこちらを睨むと、人が変わったかのように盛大なため息を吐く。ぐしゃぐしゃと乱暴に後ろ髪を掻き、再度面倒そうにこちらへ手を向けた。
「うだうだ言ってんじゃねぇよ、オレだって暇じゃねぇんだっつの。さっさと寄越しやがれ」
「え、あ、おう。助かる」
あまりの変貌っぷりに呆気にとられつつ、鞄を渡した。真壁は自分の分と合わせて肩に担いてふんぞり返る。先程まで感じていたイジメっぽさは完全に消えていた。
「ったく、図体のわりに繊細だな。んなこと気にすんなら最初から誘うんじゃねぇよ」
「わ、悪い……。でもマジで助かるよ」
「いい子の『ユウリ』に感謝すんだな。おら前歩け。視界に入れてりゃいいんだろ?」
「手元とか見ててくれたら有難いです、はい」
促され、文具売り場のある場所へと移動する。目的のもの以外を見る必要はないので、すぐにたどり着いた。
真壁に監視された状態で、シャーペンが並ぶコーナーへ入る。商品を手に取ったところで、真壁が気だるそうに口を開いた。
「フツーに買えそうじゃん。オレ必要あったか?」
「店出るまで気が抜けないんだ。そうだな……」
無意識な窃盗なんて話が伝わらないのは、リアリティがないからだろう。普通の人は窃盗を身近に感じていない。そうそう盗まれることはないし、盗まれても気づける、見ていれば分かると思っている。スリなんかは、その油断をつけば大抵うまくいくものだ。
だとすれば、少し身近にしてみれば伝わるだろうか。とはいえ、頼みを聞いてくれた友人の持ち物はスリたくない。
「とりあえず注意して見ててくれたらいいよ。あ、やっぱそっちのやつにしようかな」
真壁の目の前で、手にしていた商品を戻して別の商品を取る。真壁は面倒そうな顔のまま、その様子をじっと見ていた。
手に取った商品を、再度棚へ戻す。
「…………?」
買わないのか、と不思議そうな顔をする真壁の前に立ち、真正面から向き合った状態で、何も持っていない両手を掲げて晒した。
「俺の右ポケット、確認してくれ」
「はぁ?」
真壁は怪訝な顔をしながらも、俺のコートの右ポケットに手を入れた。そして、そこに入っているものに気づいて目を見張る。
入っていたのは、最初に棚に戻した方の商品だった。真壁はポケットからそれをとり出し、まじまじと見つめる。どれだけ見ようが、入れた瞬間が分からなかった事実は変わらない。
左手で商品を取り換えてる隙に右で盗っただけだが、見ていろと言われたのに見逃してしまったのは、それなりにショックだろう。
「今のは意図してやったけど、無意識でも似たようなことができる」
「手品かよ。……いや、悪い。完全にナメてた」
「無意識下だと今みたいな視線誘導は難しいから、ちょっと違うけどな。見られてるだけで防止効果あるんだ」
「なんつーか、苦労してんだな」
この程度は俺の癖のごく一部。理解されたなんて到底思えないが、ある程度は納得して貰えたようだ。今は、いたずらに真壁を付き合わせているわけでないと伝わればそれでいい。
「言っとくけど、園田と工藤くらいしか知らないことだからな。誰にも言うなよ」
「はっ、クラスメイトを貶めるような噂なんかするわけねーだろ。『ユウリ』の品が下がる」
「そう言うだろうと思ったから、今日は真壁を頼ったんだ」
「……チッ」
わかりやすく舌打ちされた。少し頬が赤いので、照れているのだろう。
「そういうわけだから、マジで助かってんだ。今日の礼はするからさ」
「いーよ、別に。オレはオレの用で来ただけだ」
言いながら、欲しいと言っていたルーズリーフのある棚へと移動し、A4サイズを二束ほど手に取った。
レジに向かう途中、まとめて払おうかと聞いたが、レシートが欲しいからと断られた。
「今日の礼になるなら、俺が金出してもいいんだけど」
「ウチはこーゆーの細かく管理してんだよ。んなに礼がしてぇのか? いいっつってんのに。オレよかよっぽど真面目だな」
「こういう協力を当たり前にしたくねーんだ。甘えきってたら直せない気がするからさ」
「難儀なこって。じゃ、アレ。購買のパン奢ってくれよ」
「購買の? コンビニとかじゃなくてか?」
「あそこに売ってるチョコチップのパンがいい」
購買は園田の弁当がない時に利用するので、その時の記憶を掘り起こす。チョコチップが散りばめられた、パンというよりケーキ生地に近い商品があったような気がする。
購買で買えるのだから、値段は高が知れているだろう。そんなものでいいならと了承すると、真壁はパッと顔を上げ、きらきらと目を輝かせた。
「いいのか!? アレ気になってたんだ! ぜってぇだぞ、約束だかんな!」
「お、おう。すげぇ食いつくじゃん」
「買ったら誰も見てねぇ所で渡せよ。『ユウリ』はバランス良い食事が絶対だから、見られるわけにいかねぇ」
「わかった。お前も苦労してんな」
「へへ、これでまだ頑張れるってもんよ。休み明けが待ち遠しいぜ」
普通は明けないことを願うものだと思うが、ここまで喜んでいるのに水を差すこともない。抑えきれずにあふれ出た満面の笑みに、真壁もこんな顔をするんだなと、驚きを通り越して感心してしまった。パン一つでそれを引き出せてしまったのは、少し複雑だ。
会計を済ませ、店を出る。出る時にもチェックは欠かさない。未会計商品を持っていないことを確認し、預けていた鞄を受け取る。
真壁は再び眼鏡をかけ、先ほどまでの喜びなどなかったかのように、すんとした表情に戻った。
「用事は済みましたので、失礼いたします」
「ああ、ありがとな。また三学期」
「はい」
素っ気ない挨拶とお辞儀を返し、名残を惜しむこともなく去っていった。
あれだけの喜びをさっと隠してしまうのだから恐れ入る。以前工藤が真壁の嘘に過剰反応したのも、仮面が完璧すぎたせいかもしれない。隠された本音と、見せている姿の差があまりにも大きい。
さっきの約束は、そんな真壁が曝け出した素の願望だ。忘れるわけにはいかない。
スマホを取り出し、来年のカレンダーに予定を登録しておく。テスト後あたりでいいだろう。いつもの空き教室に誘えば、園田達も喜ぶかもしれない。
そんな期待をしながら、俺も帰路についた。
講習が終われば年末年始。予定のある生徒も多いだろう。俺も大晦日から叔父夫婦宅に戻る予定なので、帰って大掃除と準備をしなければならない。
「あ」
筆記用具を片付けていて、講習中にシャーペンの芯が空になってしまったことを思い出す。
園田に万引きバレした時のことが未だに少しトラウマなので、一人で買いに行くのは避けたかった。叔父に頼んでもいいが、たまに帰る時くらい迷惑をかけたくないし、大晦日までの数日間使えないのも不便だ。友人を頼れる今日のうちに買っておくのがいいだろう。
「工藤、この後なんだけど」
「わりー立川、おれ今日ちょっと急ぐから!」
頼みの綱の工藤は、てきぱきと荷物を鞄に詰めて颯爽と出て行ってしまった。あまりのスピード感に反応することすらできなかった。
工藤が去ったことで、その前の席に座っていた真壁が視界に入る。
「……真壁、ちょっといいか?」
「はい?」
「この後なんだけど、ちょっとその、買い物とか行けないデスカ」
「何ですか、その取って付けたような丁寧語」
怪訝な顔をされる。それはそうだ。言っている俺も違和感がすごかった。
真壁にはまだ窃盗癖を打ち明けていない。話してもいいと思い始めているが、タイミングが掴めず今に至っている。やはり何度経験しても緊張は消えないものだ。
「何かの誘いでしょうか。申し訳ありませんが、お断りします。計画が狂いますので」
「あ、いや、帰りにちょっと文具買うだけ。時間とらせないから」
「僕が行く必要はないのでは?」
「理由は行きながら話す。無理なら諦めるけど……一人だとちょっと困るんだ」
言ってはみたものの、学校帰りの寄り道など真壁が了承するとは思えない。完全にダメ元だった。
しかし、覚悟していた二度目の拒否はなかった。真壁は何か考えるような仕草をした後、鞄からスマホを取り出し、無表情のまま操作する。
「駅前本屋の文具館で構いませんか?」
「ああ、シャー芯買えたらどこでも」
真壁は十秒ほどスマホを見た後、画面の電源を落とし、鞄に仕舞い直した。
「行きましょうか」
「いいのか?」
「ルーズリーフのストックが欲しかったので、ついでに済ませます」
そうと決まれば時間を無駄にしない、と言わんばかりに歩きだす。俺は慌てて鞄に荷物を詰め、コートを羽織り、その後を追った。
学校から少し離れたあたりで、誘った理由――窃盗癖について打ち明けた。
園田や工藤と違い、突拍子もない話を受け入れる土台はない。それでも話そうと思ったのは、真壁の『仮面』を知ってしまった負い目が半分。その仮面が完璧で、俺の話程度では崩れないだろうという打算的な信用が半分だった。
「そういうわけで、俺が変なことしないか監視して欲しいんだ」
「見ているだけで良いなら、構いません」
「……自分から話しておいてなんだけど、疑ったりしねぇの?」
「無意味ですから。犯罪行為を手伝えというなら別ですが、止めろというなら、仮に嘘でも僕に不都合はありません」
こんな話をすんなり信じることもないが、無駄に疑って労力を割くこともない。真壁らしい返答に、ほんのすこし緊張が緩んだ。信用して良かったと思う。あとで何かお礼をしないとな。
話しながら歩いていれば、目的の本屋にはすぐたどり着いた。入り口前で足を止めると、それに気づいた真壁も立ち止まる。
「入る前に、その、鞄持ってもらえるか? 盗ったものを入れる場所がなくなるだけで違うんだ」
「構いません」
どうぞ、と手を差し出される。財布だけ取り出し、勉強道具しか入っていない鞄を手渡そうとして……少し渋った。
どうしたのかと真壁が首をかしげる。
「いや、なんか、イジメで荷物持ちさせてる気分で」
いかにも真面目ですといった外見の真壁に鞄を持たせるのは、なんともいえない罪悪感があった。ちゃんと頼んで了承を得ているというのに。
真壁はぱちぱちと瞬きした後、俺の言っていることを理解し、物言いたげな視線をこちらへ向けた。
差し出していた手を引っ込め、そのまま迷いない動きで眼鏡を外し、丁寧に鞄へ仕舞う。
ジトッとこちらを睨むと、人が変わったかのように盛大なため息を吐く。ぐしゃぐしゃと乱暴に後ろ髪を掻き、再度面倒そうにこちらへ手を向けた。
「うだうだ言ってんじゃねぇよ、オレだって暇じゃねぇんだっつの。さっさと寄越しやがれ」
「え、あ、おう。助かる」
あまりの変貌っぷりに呆気にとられつつ、鞄を渡した。真壁は自分の分と合わせて肩に担いてふんぞり返る。先程まで感じていたイジメっぽさは完全に消えていた。
「ったく、図体のわりに繊細だな。んなこと気にすんなら最初から誘うんじゃねぇよ」
「わ、悪い……。でもマジで助かるよ」
「いい子の『ユウリ』に感謝すんだな。おら前歩け。視界に入れてりゃいいんだろ?」
「手元とか見ててくれたら有難いです、はい」
促され、文具売り場のある場所へと移動する。目的のもの以外を見る必要はないので、すぐにたどり着いた。
真壁に監視された状態で、シャーペンが並ぶコーナーへ入る。商品を手に取ったところで、真壁が気だるそうに口を開いた。
「フツーに買えそうじゃん。オレ必要あったか?」
「店出るまで気が抜けないんだ。そうだな……」
無意識な窃盗なんて話が伝わらないのは、リアリティがないからだろう。普通の人は窃盗を身近に感じていない。そうそう盗まれることはないし、盗まれても気づける、見ていれば分かると思っている。スリなんかは、その油断をつけば大抵うまくいくものだ。
だとすれば、少し身近にしてみれば伝わるだろうか。とはいえ、頼みを聞いてくれた友人の持ち物はスリたくない。
「とりあえず注意して見ててくれたらいいよ。あ、やっぱそっちのやつにしようかな」
真壁の目の前で、手にしていた商品を戻して別の商品を取る。真壁は面倒そうな顔のまま、その様子をじっと見ていた。
手に取った商品を、再度棚へ戻す。
「…………?」
買わないのか、と不思議そうな顔をする真壁の前に立ち、真正面から向き合った状態で、何も持っていない両手を掲げて晒した。
「俺の右ポケット、確認してくれ」
「はぁ?」
真壁は怪訝な顔をしながらも、俺のコートの右ポケットに手を入れた。そして、そこに入っているものに気づいて目を見張る。
入っていたのは、最初に棚に戻した方の商品だった。真壁はポケットからそれをとり出し、まじまじと見つめる。どれだけ見ようが、入れた瞬間が分からなかった事実は変わらない。
左手で商品を取り換えてる隙に右で盗っただけだが、見ていろと言われたのに見逃してしまったのは、それなりにショックだろう。
「今のは意図してやったけど、無意識でも似たようなことができる」
「手品かよ。……いや、悪い。完全にナメてた」
「無意識下だと今みたいな視線誘導は難しいから、ちょっと違うけどな。見られてるだけで防止効果あるんだ」
「なんつーか、苦労してんだな」
この程度は俺の癖のごく一部。理解されたなんて到底思えないが、ある程度は納得して貰えたようだ。今は、いたずらに真壁を付き合わせているわけでないと伝わればそれでいい。
「言っとくけど、園田と工藤くらいしか知らないことだからな。誰にも言うなよ」
「はっ、クラスメイトを貶めるような噂なんかするわけねーだろ。『ユウリ』の品が下がる」
「そう言うだろうと思ったから、今日は真壁を頼ったんだ」
「……チッ」
わかりやすく舌打ちされた。少し頬が赤いので、照れているのだろう。
「そういうわけだから、マジで助かってんだ。今日の礼はするからさ」
「いーよ、別に。オレはオレの用で来ただけだ」
言いながら、欲しいと言っていたルーズリーフのある棚へと移動し、A4サイズを二束ほど手に取った。
レジに向かう途中、まとめて払おうかと聞いたが、レシートが欲しいからと断られた。
「今日の礼になるなら、俺が金出してもいいんだけど」
「ウチはこーゆーの細かく管理してんだよ。んなに礼がしてぇのか? いいっつってんのに。オレよかよっぽど真面目だな」
「こういう協力を当たり前にしたくねーんだ。甘えきってたら直せない気がするからさ」
「難儀なこって。じゃ、アレ。購買のパン奢ってくれよ」
「購買の? コンビニとかじゃなくてか?」
「あそこに売ってるチョコチップのパンがいい」
購買は園田の弁当がない時に利用するので、その時の記憶を掘り起こす。チョコチップが散りばめられた、パンというよりケーキ生地に近い商品があったような気がする。
購買で買えるのだから、値段は高が知れているだろう。そんなものでいいならと了承すると、真壁はパッと顔を上げ、きらきらと目を輝かせた。
「いいのか!? アレ気になってたんだ! ぜってぇだぞ、約束だかんな!」
「お、おう。すげぇ食いつくじゃん」
「買ったら誰も見てねぇ所で渡せよ。『ユウリ』はバランス良い食事が絶対だから、見られるわけにいかねぇ」
「わかった。お前も苦労してんな」
「へへ、これでまだ頑張れるってもんよ。休み明けが待ち遠しいぜ」
普通は明けないことを願うものだと思うが、ここまで喜んでいるのに水を差すこともない。抑えきれずにあふれ出た満面の笑みに、真壁もこんな顔をするんだなと、驚きを通り越して感心してしまった。パン一つでそれを引き出せてしまったのは、少し複雑だ。
会計を済ませ、店を出る。出る時にもチェックは欠かさない。未会計商品を持っていないことを確認し、預けていた鞄を受け取る。
真壁は再び眼鏡をかけ、先ほどまでの喜びなどなかったかのように、すんとした表情に戻った。
「用事は済みましたので、失礼いたします」
「ああ、ありがとな。また三学期」
「はい」
素っ気ない挨拶とお辞儀を返し、名残を惜しむこともなく去っていった。
あれだけの喜びをさっと隠してしまうのだから恐れ入る。以前工藤が真壁の嘘に過剰反応したのも、仮面が完璧すぎたせいかもしれない。隠された本音と、見せている姿の差があまりにも大きい。
さっきの約束は、そんな真壁が曝け出した素の願望だ。忘れるわけにはいかない。
スマホを取り出し、来年のカレンダーに予定を登録しておく。テスト後あたりでいいだろう。いつもの空き教室に誘えば、園田達も喜ぶかもしれない。
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