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3.disguise
3.disguise_03
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翌日の昼休み、園田と工藤に事情を話し、俺は一人屋上に向かった。
屋上への扉は閉ざされており、周囲には使用していない机や、過去に学校行事で使われたのであろう小道具が乱雑に置かれていた。窓はなく、電気もついていないため薄暗い。
「あれ」
屋上へ通じる扉のドアノブを回すが、硬い感触が返ってくる。しっかりと施錠されていた。
今日は真壁が来ていないのだろうか。そう思って扉に耳を当ててみると、かすかだが向こう側から男の声が聞こえた。
いちど開錠して外に出た後、向こう側から施錠し直したのか。
一人になるという目的があるのだから、おかしくはない。しかし、外から声が聞こえたのは気になった。
もういちど、意識を集中させて聞いてみる。やはり外には誰かがいて、会話をしているようだ。
扉を隔てているせいか、声色ではうまく判断できない。喋り方に抑揚があり、普段聞いている真壁のそれとは一致しない。別人だろうか。
もう少し耳を澄ませてみる。声の主が扉に近づいたのか、先ほどより聞き取れるようになった。
「やっぱさぁ、周りからよっぽど可哀想に見えてんだよ。いいように使われてる感じ? じゃなきゃあの園田が、二日連続で話しかけてこねぇって。ったく、今まで通り空気読んで避けてりゃいいってのに、うっぜぇ。『ユウリ』じゃ教師のこと拒否もできねーし、めんどくせぇな」
ハッキリと内容まで聞こえたが、より分からなくなってしまった。
これは誰だ?
真壁の話をしている。それはわかる。逆に言えばそれしか分からない。
真壁のことを名前で呼んでいるのだから、かなり親しい人間だろう。この二日間、園田が話しかけては撃沈していることまで知っている。
疑わしいのは特進科のクラスメイトだが、この口調と抑揚で話す人物は思い当たらない。
会話相手は真壁だろうか。それを確かめたかったが、いつもの丁寧すぎる言葉は聞こえてこない。
「妙にうざかった工藤が絡んで来なくなったと思ったらこれだ。あいつらグルで何かしてんじゃねーの? いやまぁ、日頃の態度は悪かったかもしんねぇけど。ユウリが恨まれてんだとしたら、だりぃな」
……なんか、あらぬ方向で誤解されている。
園田は善意百パーセントで接しているし、工藤が最近大人しいのも気を遣ってのこと。それがこの男には全く伝わっていない。真壁本人がどう思っているのかは分からないが、この向こうにいるなら、男と同じ勘違いをしていてもおかしくない。
今すぐ飛び出して行って誤解だと訴えたくなるが、鍵をかけて密会しているところに出ていけば悪化を招きそうだ。
というか、盗み聞きをしているこの状況がそもそも良くないのでは?
自覚した途端に罪悪感が襲ってきた。ついに会話まで盗むようになったか、俺。
扉から少し距離を取り、屋上へ向かう階段の手すりに寄りかかる。
真壁は別に悪いことをしているわけではない。正式に鍵を借りて屋上に入り、親しい人間とお喋りしているだけ。あえて介入する理由はない。教室に戻った時に、屋上使うのは先生が心配するぞと一声かけるだけでいい。
向こう側から鍵がかけられている時点で俺の目論見は失敗している。諦めて戻ろう。
そう思い、立ち去ろうとした時だった。
背後からガチャリと開錠する音が響く。
咄嗟に振り返ってしまい、扉を開けて中に入ってくる男と目が合った。
そこにいたのは真壁だった。
真壁ひとり、だった。
「立川さん? 何故こんな所に……」
中に入り、扉を閉める。誰かを待つ様子もなく、そのままポケットから鍵を取り出し施錠した。
その動作があまりにも自然すぎて、他に誰もいないのかという質問は、言葉にできなかった。
代わりに出てきたのは、最初から用意していた建前だけ。
「昨日たまたま佐藤先生から、お前がここ使ってんの聞いてさ……。寒いし先生心配してたから、一声かけようかと思って」
「わざわざ、そのために?」
「鍵かかってたから、諦めようとしてたけど」
「そうですか。心配をかけてしまうのは不本意ですので、気をつけます。ご足労頂きありがとうございます」
いつも通りの丁寧すぎる口調。
聞こえたものとは、似ても似つかない。
「なに、してたんだ、屋上なんかで」
あまりにも状況が理解できず、考えるより先に口が動いた。
真壁はとくに困った様子を見せることなく、さらりと答える。
「電話です。迷惑にならないような場所をと思いました」
言いながら、耳につけていたイヤホンマイクを外した。
真壁がそう言うなら、そうなのだ。それ以上を聞くべきではない。隠しているものを不用意に暴くべきではない。
ああ、工藤はいつもこんな心境なのか。そんなことを漠然と考えた。
動揺を押さえつけ、「じゃあな」と一言だけ残し、その場を立ち去る。そのまま急ぎ足で園田と工藤のいる空き教室に戻った。なんとなく、二人の顔が見たかった。
二人は俺の様子がおかしいことにすぐ気がつき、何があったのかと聞かれる。
その質問にどう返したらいいのか分からず、黙り込んでしまう。
「よくわからんケド、真壁クンには会えたん?」
「一応……。なんというか、見るべきじゃないものを見た気がして、うまく言えない」
「なんか、よくないこと?」
「いや、良くないとまでは……」
「ふぅん。じゃ、言わずにすむならその方がいーよ」
俺の心を見透かすように工藤が言う。実際、半分くらいは見透かされているだろう。
混乱しながらも、とりあえず最近の行動が誤解を招いていることだけ伝える。
二人とも真壁との関係を悪化させたくはないので、どうしたものかと困り果てていた。
俺も今日一日で、だいぶ真壁を遠く感じるようになってしまった。
それから、下手に疑われるよりは今まで通りにした方がいいだろうという結論に達し、真壁との距離は元に戻った。
俺は教室でたまに話す程度。園田と工藤は、意識しつつも極力話さないようにする。
真壁のほうも、園田と工藤に鋭い視線を向けることが減った。日頃の態度が悪い自覚はあったようだから、意図的に直したのだろう。
このまま適度な距離を保つべきなのかもしれない。そう思い始めた。
だから、その接触は不慮の事故だった。
屋上への扉は閉ざされており、周囲には使用していない机や、過去に学校行事で使われたのであろう小道具が乱雑に置かれていた。窓はなく、電気もついていないため薄暗い。
「あれ」
屋上へ通じる扉のドアノブを回すが、硬い感触が返ってくる。しっかりと施錠されていた。
今日は真壁が来ていないのだろうか。そう思って扉に耳を当ててみると、かすかだが向こう側から男の声が聞こえた。
いちど開錠して外に出た後、向こう側から施錠し直したのか。
一人になるという目的があるのだから、おかしくはない。しかし、外から声が聞こえたのは気になった。
もういちど、意識を集中させて聞いてみる。やはり外には誰かがいて、会話をしているようだ。
扉を隔てているせいか、声色ではうまく判断できない。喋り方に抑揚があり、普段聞いている真壁のそれとは一致しない。別人だろうか。
もう少し耳を澄ませてみる。声の主が扉に近づいたのか、先ほどより聞き取れるようになった。
「やっぱさぁ、周りからよっぽど可哀想に見えてんだよ。いいように使われてる感じ? じゃなきゃあの園田が、二日連続で話しかけてこねぇって。ったく、今まで通り空気読んで避けてりゃいいってのに、うっぜぇ。『ユウリ』じゃ教師のこと拒否もできねーし、めんどくせぇな」
ハッキリと内容まで聞こえたが、より分からなくなってしまった。
これは誰だ?
真壁の話をしている。それはわかる。逆に言えばそれしか分からない。
真壁のことを名前で呼んでいるのだから、かなり親しい人間だろう。この二日間、園田が話しかけては撃沈していることまで知っている。
疑わしいのは特進科のクラスメイトだが、この口調と抑揚で話す人物は思い当たらない。
会話相手は真壁だろうか。それを確かめたかったが、いつもの丁寧すぎる言葉は聞こえてこない。
「妙にうざかった工藤が絡んで来なくなったと思ったらこれだ。あいつらグルで何かしてんじゃねーの? いやまぁ、日頃の態度は悪かったかもしんねぇけど。ユウリが恨まれてんだとしたら、だりぃな」
……なんか、あらぬ方向で誤解されている。
園田は善意百パーセントで接しているし、工藤が最近大人しいのも気を遣ってのこと。それがこの男には全く伝わっていない。真壁本人がどう思っているのかは分からないが、この向こうにいるなら、男と同じ勘違いをしていてもおかしくない。
今すぐ飛び出して行って誤解だと訴えたくなるが、鍵をかけて密会しているところに出ていけば悪化を招きそうだ。
というか、盗み聞きをしているこの状況がそもそも良くないのでは?
自覚した途端に罪悪感が襲ってきた。ついに会話まで盗むようになったか、俺。
扉から少し距離を取り、屋上へ向かう階段の手すりに寄りかかる。
真壁は別に悪いことをしているわけではない。正式に鍵を借りて屋上に入り、親しい人間とお喋りしているだけ。あえて介入する理由はない。教室に戻った時に、屋上使うのは先生が心配するぞと一声かけるだけでいい。
向こう側から鍵がかけられている時点で俺の目論見は失敗している。諦めて戻ろう。
そう思い、立ち去ろうとした時だった。
背後からガチャリと開錠する音が響く。
咄嗟に振り返ってしまい、扉を開けて中に入ってくる男と目が合った。
そこにいたのは真壁だった。
真壁ひとり、だった。
「立川さん? 何故こんな所に……」
中に入り、扉を閉める。誰かを待つ様子もなく、そのままポケットから鍵を取り出し施錠した。
その動作があまりにも自然すぎて、他に誰もいないのかという質問は、言葉にできなかった。
代わりに出てきたのは、最初から用意していた建前だけ。
「昨日たまたま佐藤先生から、お前がここ使ってんの聞いてさ……。寒いし先生心配してたから、一声かけようかと思って」
「わざわざ、そのために?」
「鍵かかってたから、諦めようとしてたけど」
「そうですか。心配をかけてしまうのは不本意ですので、気をつけます。ご足労頂きありがとうございます」
いつも通りの丁寧すぎる口調。
聞こえたものとは、似ても似つかない。
「なに、してたんだ、屋上なんかで」
あまりにも状況が理解できず、考えるより先に口が動いた。
真壁はとくに困った様子を見せることなく、さらりと答える。
「電話です。迷惑にならないような場所をと思いました」
言いながら、耳につけていたイヤホンマイクを外した。
真壁がそう言うなら、そうなのだ。それ以上を聞くべきではない。隠しているものを不用意に暴くべきではない。
ああ、工藤はいつもこんな心境なのか。そんなことを漠然と考えた。
動揺を押さえつけ、「じゃあな」と一言だけ残し、その場を立ち去る。そのまま急ぎ足で園田と工藤のいる空き教室に戻った。なんとなく、二人の顔が見たかった。
二人は俺の様子がおかしいことにすぐ気がつき、何があったのかと聞かれる。
その質問にどう返したらいいのか分からず、黙り込んでしまう。
「よくわからんケド、真壁クンには会えたん?」
「一応……。なんというか、見るべきじゃないものを見た気がして、うまく言えない」
「なんか、よくないこと?」
「いや、良くないとまでは……」
「ふぅん。じゃ、言わずにすむならその方がいーよ」
俺の心を見透かすように工藤が言う。実際、半分くらいは見透かされているだろう。
混乱しながらも、とりあえず最近の行動が誤解を招いていることだけ伝える。
二人とも真壁との関係を悪化させたくはないので、どうしたものかと困り果てていた。
俺も今日一日で、だいぶ真壁を遠く感じるようになってしまった。
それから、下手に疑われるよりは今まで通りにした方がいいだろうという結論に達し、真壁との距離は元に戻った。
俺は教室でたまに話す程度。園田と工藤は、意識しつつも極力話さないようにする。
真壁のほうも、園田と工藤に鋭い視線を向けることが減った。日頃の態度が悪い自覚はあったようだから、意図的に直したのだろう。
このまま適度な距離を保つべきなのかもしれない。そう思い始めた。
だから、その接触は不慮の事故だった。
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