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3.disguise
3.disguise_01
しおりを挟む薬物事件が解決し、胸のつかえがおりた状態で迎えた中間テスト。本日、その結果が返ってきた。
「工藤、何位だ?」
「立川先言って」
「……はち」
「んがっ!? 負けた! おれ十二だったぁ。くそー、ここまで下がるかぁ」
二人して、配られた順位票を握りしめて項垂れる。
テスト前にあれだけよそ事をしていれば、当然成績は下がる。直前二日で追い込みをかけたところで、足りない分をカバーするには至らない。怪我を負った工藤は、俺よりも時間と集中力を欠いたことだろう。
しかし、十位以内を保てて良かった。これより下がると学費免除が危うい。明確に何位以上という規定はないが、二桁まで落ちたらさすがに影響ありそうだ。
俺と工藤がこうなっているのだから、当然園田も同じ状況のはず。
そう思って様子を伺うと、園田は俺達二人からほんの少し距離を取り、気まずそうにしていた。
「…………園田、何位?」
「……い、一位」
「何でお前は上がってんだよ!」
元々園田は一位と二位を行ったり来たりしていた。今回であれば、確実に二位以下に落ちるはずだと思っていたのに。
「なんというか、その、危ない状況の方が集中力上がるんだよね。今回倒れたりしたから、むしろ捗った……かな」
人は危機に瀕した時、通常よりも能力を発揮する。いわゆる火事場の馬鹿力というやつだ。
危機的状況を何度も経験しているであろう園田は、人一倍それを発揮しやすいのかもしれない。
しかし、それで一位を取れてしまうのが恐ろしい。順位争いで園田を超えるのは難しそうだ。
トップの座は、いつも水原という女子と園田の二人が取り合っている。水原は普段ぽやぽやしている女子だが、一度見聞きしたものは忘れないらしく、暗記問題の多い科目はほぼ満点を叩き出す。とても超えられる気がしないので、他の生徒は一位と二位を諦めている。
俺と工藤はその直下、三から五あたりを争っていたのだが……今回ばかりは仕方ない。今後同じことは起こらないのだから、次挽回すればいいだろう。
「順位争いとかキョーミなかったけど、最近三位キープしてたから妙に悔しー」
ふと。
順位争いというワードから、真壁を連想した。
おそらく順位が原因で俺達を敵視していた真壁。普段何位なのかは知らないが、これだけ下がってしまえば、さすがに抜かれただろう。
そう思い、真壁の方を見る。
真壁は普段通り正された姿勢で席につき、順位票を両手で握りしめ、じっと見ていた。
表情に変化は見られないが、こちらを睨んでいない時点で、だいぶ良い結果なのだろうと想像できた。
真壁とは学園祭の時少し会話ができた。何気なしに話しかけたら、あの時のように自然に話せるのかもしれない。
けど、成績関連は地雷な気もする。下手なことを言って嫌味だと認識されたくはない。
機会があったときでいいか。そう思い、教壇へと視線を戻した。
その機会は、意外と早く訪れた。
テスト返却から三日後。教室で真壁がスマホを眺めていた。
とくに何か操作している様子はないが、画面を見る表情は、ほんの少しだけ和らいでいる。普段真顔か仏頂面ばかりなので、そのわずかな変化ですら目を引いた。
学園祭の時、真壁はスマホを持っていないと言っていた。親が許可しないから持てないと。
暇つぶしになればと俺のスマホを貸した時、興味津々といった様子で使い方を聞いていたのを思い出す。
「良かったな、買えたのか」
気が付いたら、そう話しかけていた。
真壁は一瞬驚いたように顔を上げたが、目が合った時には、いつもの真顔になっていた。
「立川さん」
「んっ!?」
呼ばれただけで変な声をあげてしまった。真壁は俺の反応の理由が分からないようで、不思議そうに眉をひそめた。
「いや、同級生にさん付けで呼ばれたの、初めてで」
「そうなんですか?」
「同い年の男にさんって付けるイメージなかったからさ」
「社会に出れば男女年齢問わずさんを付けるのですから、問題ないかと」
「慣れねーだけで問題とは思ってねぇよ。それよりスマホ、良かったじゃん。許可取れたんだ」
本題に戻す。真壁は画面が暗いままのスマホに視線を戻した。
「ええ。中間テストの結果が良かったので交渉しました」
「俺と工藤が落ちてるから、抜かれただろうとは思ってた」
「そうですか。それはどうもありがとうございます」
「嫌味か」
「半分は。本調子でないというのは聞こえていましたから。僕も良かった方ですが、実力で勝てたかは分かりません。不調のおかげでこれが手に入ったのも事実です」
だから、嫌味も兼ねたお礼か。正直といえば正直だ。
「三位以内でなければ許されなかったでしょう」
「あ、おれの三位寝取ったの真壁クンなんだ?」
「!?」
真壁が驚いてスマホを机に落とした。すぐに拾い、声の主を睨みつける。
いつの間にか俺の隣に工藤がいた。机に肘を付け、真壁と目線を合わせてにやーっと笑う。
真壁の口が、工藤を認識した瞬間わずかに動いた。舌打ちに見えたが、音は聞こえなかったので気のせいだろう。
もう慣れてしまったから忘れがちだが、工藤は胡散臭い。真壁は昔の俺のように、この笑顔を警戒していることだろう。
「何か文句でもおありですか? あなたの調子がどうであろうと、結果は結果です」
「文句? ないない。純粋に気になってただけだし。怪我のせいで~なんて言い訳せんよ?」
「怪我?」
強張っていた空気が、ふっと和らいだ。
俺達が薬物事件を追ってアレコレしていたことを真壁は知らない。当然工藤の怪我など知る由もない。
あの後見せられた工藤の腹部は、それなりの痣になっていた。本人は「自業自得だし、痛み止め貰ってっし平気」と言っていたが、テスト期間中はかなり痛んだろう。それは工藤の順位にしっかりと表れている。
「怪我で、順位を落としたんですか……?」
「影響ないってっちゃ嘘だけど、あんま勉強せんかった方が原因としちゃーデカいかなぁ。色々あって集中できんかったし」
「そうですか」
「心配してくれんの?」
「人が怪我をしたら気になるのは当然です。心配ではありません。それより、そんな理由で勝ちたくありませんでした」
「だからぁ、べんきょーしてなかったからだって。テストってそーゆーモンっしょ」
「僕の気持ちの問題です」
「あっそ、真面目だねぇ。じゃ、期末もおれに勝てばいーんじゃね?」
「……言われなくても、そのつもりです」
真壁はそっぽを向いて言う。工藤はそれを見て、にまりと笑みを深めていた。
そのやり取りを横で見ていて少し感動する。この二人が、棘はあれど、まともに会話をしている。
やはり順位争いという障害さえなければ、それなりの関係でいられるのか。学生であるが故の衝突。悲しいが、これも今しかできない経験の一つなのだろう。
「ま、理由がどーであれ今回はおれの負けですから。勝者の真壁クンにはこれをあげよう」
思い出したように、工藤がポケットから白い包みを取り出した。
「なんですか、それ」
「べっこう飴」
「何故ポケットから……」
「え、好きだから」
このやり取り、懐かしいな。
「頭使うなら糖は必須っしょ」
「結構です」
「ありゃ、甘いものダメ系?」
「得意ではありません」
「……甘いもの、すき?」
「何故聞き直すんですか。好きではありません」
「なんで、そういうこと言うの」
「だから……」
「なんで」
妙に食い下がる。
そのしつこさが鼻についたのだろう。真壁は面倒そうに、反らしていた視線を工藤に向ける。
二人の視線がぶつかると、怯んだのは真壁の方だった。
いつのまにか、工藤からあの笑みが消えていた。
「なんで、そんな嘘……」
工藤の口元が、不快感で歪んでいる。
瞳は不安げに揺れ、まるで叱られた子供のように真壁の顔色を窺っていた。
工藤らしからぬその姿に、真壁は文句を言うのも忘れて狼狽える。
やがて工藤は手に持っていた包みを開け、中身を口に放り込んで噛み砕いた。
「ごめん」
ただ一言の謝罪を残し、自席へと去っていく。
取り残された真壁は、何が何だかわからず茫然としていた。
「嘘、なんて……」
工藤が嘘を見破ることを知らなければ、ただの奇行に見えただろう。
しかし、本当に嘘を見抜かれたのであれば、その事実は心にわだかまりを残す。
「真壁。工藤、別に無理強いしようとしたわけじゃないと思うから」
「そう、ですか。そのわりには、しつこくされました」
「悪かったと思ってるから、謝ったんだと思う」
「様子がおかしかったように感じました」
「なんとかしとく。気にしないでやってくれ」
「……受け取れないのは、事実です。改めて断っておいてください」
零すように。
自分自身に言い聞かせるように、その言葉は紡がれた。
「『僕』には、許されていないんです」
ちいさく、誰にも届かないくらい、ちいさく。
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