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2.lie

2.lie_09

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 教室には誰もいなかった。夕日が差す中、園田と二人で喋りながら机の中身を鞄に移していく。
 と、見覚えのある、しかし身に覚えのないノートが机に入っていることに気づく。
 久々に、さーっと血の気が引いた。
 俺の動きが止まったのに気づいた園田が、手元を覗き込んでくる。状況を理解したようで「あっ」と声を漏らしていた。
「やっちまった。これ、工藤の……」
 あろうことか、工藤のノートを盗ってしまったらしい。
 いつ盗ったのかは分からないが、何故盗ったのかは察しがつく。昨日と今日、やたらご機嫌な様子でノートを書いていたので、気になっていたんだ。
 いや、だからって盗るか、俺。友達失格だろ……。
 がっくりと項垂れていると、園田がよしよしと慰めてくれた。
「とりあえずチャットで伝えたら? 探すかもだし」
「そ、そうだな。一応確認だけして……」
 外見はただの大学ノートなので、本当に工藤ものか確かめるため適当に開く。字を見れば分かるはずだ。
 自然と開かれたページには、一枚の紙が挟まっていた。
「これは……」
 挟まっていたのは、高校生を対象にした薬物乱用の注意喚起を促すチラシだった。
 開かれたページを見ると、一般的に出回っている薬物の種類や症状がメモ書きされている。
 昨日と今日、これを調べていたのだろうか。
 薬物事件を追うことになり、足掛かりにと思ったのかもしれない。俺は種類にまで気が回っていなかったので、こういう視点もあったかと気づかされる。症状についても、知っておけば挙動観察に活かせるだろう。
 工藤のメモ書きは、脳への影響に焦点が当てられているようだ。嘘を察知できるからこその観点だろうか。
 端の方には落書きがある。角のある黒い動物の絵だった。何故かナイフとフォークを持っている。薬物とは関係なさそうだ。
 真面目なのか不真面目なのか分からないのが、実に工藤らしい。
「黒山羊さん、読まずに食べてるね」
「あ、これ山羊か」
 間違いなく工藤のノートだ。確認できたので、すぐに謝罪連絡をする。ジト目顔のキャラクターが「仕方ないから許してあげる」と言っているスタンプが返ってきた。
 明日ちゃんと謝って、何か奢るくらいはしよう。


 しかし、その機会はなかなか訪れなかった。
「工藤、ノートほんと悪かった。返すな」
「いーよ別に。おれは心が広いかんねぇ。見られて困るモンでもねーし」
「落書きはしてるみたいだけど」
「うわ、マジで見てるし!」
「悪かった。ごめん。工藤のか確かめたかったんだよ。無意識だったから」
「……ふーん」
 俺の言葉に嘘がないと分かったからか、工藤はいつものように胡散臭く笑った。
「立川、なんかおれに聞きたいこと、ない?」
「は? いや、別に……。あ、放課後とか、何か詫びくらいしようかとは思ってた。予定あるか?」
「んぇ? そんな気にせんでもいーのに。んー、しばらく都合わりーかなぁ」
 その言葉通り、工藤はその日から放課後すぐに姿を消すようになった。
 聞けば、普段家にいない姉が帰ってきているのだと言う。
「ねーちゃん、自営でコンサル業やってんだけど、警察とも契約があんの。おれより高性能な嘘発見器だかんね。薬物とかは多分専門外だろうけど、なんか聞けないかと思ってさぁ」
 なんて、ニコニコ笑顔で話していた。
 シスコンを自称しているくらいだ。姉との時間を最優先にしたいだろうに、ちゃっかり協力も忘れない。有難いことだ。
 そういうわけで、ノートの謝罪は言葉だけに留めておき、調査の方は園田と二人で続けることになった。

 数日後、佐藤先生からカメラの設置ができたと連絡を受け、視聴覚室に向かった。
 証拠にすることを目的としているので、録画機能もつけてくれていた。園田と二人、手分けして録画映像とリアルタイム映像を確認してみる。
 遠くから設置しているため、人物はかなり小さく映っていた。
「誰が映ってるかは判断できそうだけど、表情とかまではわかんねーな。けっこう荒い。ソロで映れば挙動はわかるけど」
「部活終わりは人が雪崩れて出てくるから、紛れられるとわかんないね。他の部の人も前通るし」
 元々ダメ元くらいの気持ちで設置を頼んだが、本当にダメそうで意気消沈する。とはいえ、今は他に手がかりもない。
「しばらくはコレを確認しながら、他にできることがないか考えるか」
「え、来週も?」
「都合悪いか?」
「そうじゃなくて。テスト期間に入るから、来週から部活なくなるよ?」
「あっ」
 言われて思い出す。再来週は中間テストだ。部活動は一週間前から停止期間に入る。普段縁がないから完全に抜けていた。
 俺としても、一週間前はさすがに勉強しないとまずい。日頃からしてはいるが、今はこの調査のため、普段よりだいぶ量を減らしている。学費免除がかかっている以上、疎かにしていられない。
 しかし、テスト期間中に部室棟に近づくヤツがいたら絶対怪しい。見ておきたい。録画を後で追ってもいいが、気になって集中できなくなるのも避けたい。
「み、見ながら勉強するかな……? 俺やるから、園田はいいよ。さすがに悪い」
「何言ってんの、付き合うよ。俺はそこまで勉強時間減ってないしね」
「マジかよ」
「倒れてから一週間はバイト禁止って言われててさ。テスト期間は元々シフト入れてないし、夜ぜんぶ使える」
 にっと笑って言われる。確か園田、前回は学年二位だったはず。余裕綽々というわけだ。
 心強い園田のお言葉を頂き、俺達はカメラチェックを継続した。
 テスト期間に入ると、各部室には鍵がかけられる。部室棟への人の出入りは、たまに生徒が物を取りに来る程度になった。
 人が来ないなら、怪しまれずに中を見るチャンスだ。先生から鍵を拝借し、園田に人が来ないことをカメラで確認してもらいながら、中に侵入した。
 物の配置が変わらない程度にロッカー内部を確認する。一度調べられているからか、どのロッカーも必要以上に物がなく、運動部にしては綺麗な印象を受けた。多少ゴミがある程度だ。他にもいくつか気になるものはあったが、残念ながら決定的な証拠になるものは見つからない。
 早々に見切りをつけ、映像監視に戻ることにした。
 あまり大きな期待はせず、その後も勉強をメインにして、映像を流しっぱなしにする。
 一応工藤にも逐一状況は伝えていたが、こちらに顔を出すことはなかった。
 工藤は曖昧な笑みを浮かべて「映像見るとか、おれ絶対寝るし。必要んなったら呼んでよ」と言った。
 その時の声色が妙に儚げで、視線もこちらを向いていなかったのが、少しだけ気になった。
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