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2.lie
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しおりを挟む翌日、園田は欠席だった。
どうやら過保護な兄に絶対安静を言い渡されたらしい。バイトも代わられた、暇だとチャットで嘆いていた。
ちなみに検査結果は当然ながら陰性。分かり切っていたことだが、第三者への証明ができるのは大きい。
こちらからは『昨日の薬物がどうとかいう件、気になるから少し調べてみる』と返信を打った。
まずは養護教諭に接触することにした。
放課後に保健室を訪れ、昨日園田に話した薬物事件について、詳細を教えてほしいと伝える。
あまり混乱を招きたくないと渋られてしまったので、単刀直入に「俺を疑ってるんですよね」と鎌をかけた。養護教諭は驚いた顔で「きみが渦原さんの言ってた」と呟く。成功だ。この迷惑極まりない予想は当たっていた。
どうやらこの人は俺のことを知らず、疑いをかけた当人ではないらしい。表情と声色に、少しだけ同情を含んでいた。いい人なんだろう。そこに付け入らせてもらうことにする。
こちらにやましい感情はない。親が犯罪者だというだけで、自分に関係のない罪まで押し付けられては辛い。晴らせる疑いなら晴らしたい。それを正直に伝えた。予想通り、養護教諭は真摯に聞いてくれた。
「そういうことなら、僕に話せることは話そう。僕もね、そんな理由で生徒を疑うのは反対だったんだ」
昨日も園田の症状から薬物中毒を疑ったが、保健室で落ち着かせた後、すぐに誤解だと気づいたらしい。パニック障害を持っていたのではないかと逆に聞かれた。俺達も詳しく聞けていないので、多分そうだと曖昧な答えしか返せなかった。
それから、養護教諭は薬物関連の情報を話し始める。
聞き出せたのは、この学校から出た逮捕者について。普通科二年の田倉という男子生徒らしい。未成年なので名前は報道されていないが、二年の生徒に聞けばどうせ分かってしまうからと教えてくれた。
野球部所属。スポーツ推薦組だが、大会での失策がきっかけで部内で爪弾きにされるようになった。二軍降格もあったようで、捕まる前はほとんど部活に出ず、不登校気味になっていたという。たまに登校しては、ふらっと特定の部員と会ってすぐ帰っていたらしい。
これだけ聞くと、ドラマで見たようなベタすぎる展開だ。ヤクに手を出す理由もわかりやすい。
「でも、この人が捕まって終わりにはならなかったんですか」
「入手経路が掴めていないんだ。スマホは持っていたけど、あまりネットはやらない子だったようでね。SNSのアカウントを調べても何も出てこなかった。積極的に人と関わるタイプではなく、交友関係は狭く深い。兄弟もいない。部活動に熱心で、他のことを疎かにしてしまうほどだった」
「あからさまに部活関係が怪しい、ってことですか」
「そうだね。当然野球部の生徒は全員警察に事情聴取されたし、身体も所持品も検査してる。うちと練習試合をした他校まで調べたけど、何も出てこなかった」
「捜査、警察なんですね。マトリって厚労省じゃなかったですっけ?」
「その辺は僕も詳しくないけど……やり取りしているのは警察だね。ここが学校だからかな?」
少年課が担当しているのだろうか。課が違うとはいえ、警察と聞くとどうも警戒してしまう。
「部活以外の交友関係も当然洗ってますよね?」
「もちろん。学校が認識している範囲は全て」
「それで何も出なかったから、次に疑われるのが、校内で一番犯罪に近い俺ってわけか。園田が倒れたことも踏まえると、妥当っちゃ妥当だな」
「立川、まだ全部未遂なのにねぇ」
工藤にそう言われドキリとした。薬物とは関係ないが、犯罪は本当に身近だ。下手に疑われて警察にマークされたりしたら、別件逮捕されかねない。これは本気で調べるのが自分のためな気がしてきた。
「それで、昨日園田と話したのは、さっき名前が出てきた先生ですか?」
「うん。昨日ここにいたのは、僕と渦原っていう社会科の先生の二人だよ。渦原さんは逮捕された子の担任をしていたから、そのままこの件の担当者にされてるんだ」
特進では見たことがない教師だった。俺を疑い、園田にいらんことを吹き込んだ人物。顔もわからないが、お前は絶対許さん。
「ありがとうございます、助かりました」
「いいえ、こちらも早く解決したいですから。潔白、証明できるといいね」
そう言って、養護教諭は柔らかく微笑んだ。めっちゃいい人なので、今度から怪我したら迷わずここに来ようと思った。
色々と情報を得られたので、次は二年生の教室がある階へ向かった。ターゲットは例の逮捕者の担任だ。
渦原とかいう教師。ハナから許すつもりはなかったが、会話をしたら本気でキレそうになった。
園田のことを心配する素振りもなく、紛らわしいのが悪い、特進は勉強だけしていろと言ってきた。さすがに言葉はもう少し丁寧だったが、要約するとそんな感じだ。初手で殴らなかった俺を褒めてほしい。
このままだと怒りに任せて帰り際に財布をスリそうなので、両手を使わないよう腕組みし、工藤にバトンタッチした。
工藤は一歩前に出て、にんまり笑う。普段よりは控えめだが、胡散臭さが隠しきれていなかった。
「おっしゃるとーり、おれら特進なんで勉強してたいんですけど、色々気になって集中できなくって。とことん調べてスッキリしたいんですよ。トモダチ想いの優等生なんでっ」
明らかに調子の乗った工藤の態度に、渦原は眉をひそめ、不愉快そうにフンと鼻を鳴らした。
居眠り常習犯がよく言うと思ったが、接点のない教師にそんな情報は伝わっていないようだ。伝わっていれば反論されたに違いない。
「ちょー怪しくて態度のわるい立川クンが疑われるのは、まぁわかるんですけど」
おい、態度悪いってなんだ。必要か、その言葉。
「立川クン、他の科の人と接点なんかないんですよねぇ。あったらわかります。喋るだけで珍しーんで」
「要領を得ないな……。結局、田倉と直接関わることはなかったと言いたいのか? そんなこと言いきれんだろう。放課後もあるし、今の時代いつでも呼び出せる」
「いやいや、ありえないって分かってて言うの、やめましょ?」
ズバリと言い切られ、意表をつかれた渦原が、ごくりと唾をのんだ。
「捕まった時点で連絡手段になるモノは調べてるハズ。なかったっしょ、立川のなんて。あったらこんな遠回しに疑いませんよねぇ。校内では会ってない。連絡できない相手と外で落ち合うなんて無茶すぎ。何か証拠の残らない方法でやり取りしてたとでも言います? モールス信号とか? ふはっ、さすがにそれはアニメの見過ぎかぁ。隙を見て連絡先を消したんだ~とかも、まぁ無理でしょうねぇ」
……こいつ、クッソ煽るじゃん。
工藤は一方的に捲し立て、完全にペースを掴んでいる。渦原は口こそ黙っているが、青筋立てて唇を噛みブチギレ寸前だ。胡散臭いニヤニヤ顔でここまで言われて、キレるなと言う方が難しい。
主導権を譲ることなく、さらに続ける。
「せんせー、ホントは立川疑ってないっしょ?」
「な、なにを言ってる! 接点が見つからなくとも、疑う余地は……」
「ない。思ってない。嘘です。いくら調べても掴めないから、ぐーぜん園田が倒れた件をこじつけて、それっぽく報告したいだけなんじゃないですかぁ?」
「そんなわけがないだろう!!」
「うげぇ、マジかよ。図星ひいちゃったじゃん」
べぇっと苦々しい顔で舌を出す。今の否定がよほど不味かったらしい。
「工藤、その辺でいいから。俺疑ってた言質とれたし」
「くっそ、想像の百倍サイアク。どーせ園田にも、ヤクって決めてかかってボロクソ言ったろ。サイテー」
「というか、俺の親の罪状が薬物関係じゃない時点で筋通ってねーから。渦原先生、どうせ知らないんですよね?」
「か、関係ないというなら、証明できるか?」
「できるけど、こんな信用できない人に言うの嫌です。うちの担任が証言してくれるんで」
吐き捨てるように言った。合わせてもう一度、工藤がべーっと舌を出す。もう完全に教師相手のやり取りではない。
ちなみに廊下で捕まえてこの会話をしているので、遠巻きに何人かに覗き見されている。さすがに目撃者がいる会話の内容を捻じ曲げたりはしないだろう。仮に曲げられても、スマホで録音しているので問題ないが。
根拠のない噂を流されたら、録音データを使ってやり返す。対策としては、こんなもんでいいだろう。
ありがとうございましたと言うだけ言って、さっさと立ち去る。
「立川、録音してんだっけ?」
「ん? さっきまではな」
工藤はムムムと唸りながら、両手で自分の頬を挟む。
「モールス信号のくだりはいらんかったなぁ、はずかし」
こいつはこいつで、内心ブチギレで冷静じゃなかったようだ。
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