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1.crime
1.crime_04
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結論から言うと、その日は弁当箱を買いに行けなかった。
午後の授業で抜き打ち小テストを出され、合格ラインを越えられず、補習になってしまった。
買い物対策を考えてるうちに、解答欄をずらすというアホを極めた失敗をした。普通に凹んだ。
帰宅した頃には、目をつけていた店は閉店間際。学校から直行すれば間に合っただろうが、学生服では絶対に行きたくない。
ポケットのない服装で、財布一つだけ持っていく。これが考えていた対策だったのだ。
近所に開いてる店もあるが、どこもそれなりに大きい商業施設だ。色々と疲れ切っている今、気を抜いてふらっと行くのは怖かった。
翌日。金曜日。学校で園田に、ダメだったと伝える。
「あの補習、そんな長かったんだ」
「気が散ってたせいで時間くった」
「へぇ。気をつけよ」
学費免除組の俺らは、特進でも成績上位になる。補習なんて初めての経験だった。園田はまだ一度も受けていないだろう。
「……なぁ、昨日言ってたやつなんだけど」
「うん?」
「買いに行くの、やっぱ付き合ってもらえるか?」
「えっ? いいけど」
驚かれたのは、昨日俺が顔面蒼白で嫌がったからだろう。
今でも嫌なのは変わらない。けど、昨日一日時間を置くことで、少しだけ考え方を変えようと思えた。
俺が昨日一番キツかったのは、園田から誘われたとき。そして、それを断ったときだ。
貧血になったのかというほど、頭がぐらついた。誘いをたった一回断るだけで。
今後三年間、同じ状況は多々あるだろう。全て拒絶していくことを想像して、無理だと悟った。
こうならないために他人と距離を置いていた。けど、なってしまった今、もう距離は置けない。
失いたくないなら、対策をするしかない。
昨日着替えて行こうとしたように、普段からとっている窃盗対策はいくつかある。使えるものがあるはずだ。
たとえば、他人の目が多い場所を選ぶこと。
当たり前のことだが、人の目があれば盗みにくくなる。
無意識とはいえ、人の視線とカメラの範囲は確実に気にしている。監視されている中では、ほぼ確実に盗らない。もちろん隙があればやるだろうが……。
園田と一緒に行くこと。それを、園田を監視役にすると考える。
仲良くしたいと言ってきた時の鋭い視線を思い出す。あれを前にして盗みなんて自殺行為だ。
正直賭けだと思う。園田にバレたくないのに、園田を利用するなんて。
でも、だからこそ適任のはずだ。
試すなら、今がいい。知り合って一ヵ月程度。最悪の事態でもダメージは一番少ない。
「今日バイト?」
「ううん」
「じゃ、放課後に頼めるか?」
「いいよ。どこ行く?」
「うちの方にある店がいい。一回着替えてから行きたいし」
「えっ、もしかして制服で寄り道ってダメだったりする?」
「それはいいと思うけど。まぁ、俺の事情で」
「そういうことなら。あー焦った。このままバイトとか、時間つぶしのカフェとか普通に入ってたよ」
「その辺の奴らも普通に制服で遊んでんじゃん」
「あ、確かに」
あははと笑うのに、俺もつられる。
俺でも他人と笑うとかできたんだな、なんて思った。
放課後、園田と二人で校舎を出る。
駅までは一度行っているし、人通りも多い。電車内も満員でなければよほど問題ない……と信じる。
歩きながら、園田は他愛ない話をふってくれる。
「あそこにあるハンバーガーの店、気になってるんだよね」
「あれ? チェーンだろ?」
「俺の地元にはなかったからさ。行きたいんだけど、家の方にはないから兄ちゃん誘い辛くて」
「飲食系か……」
考えてみると、飲食店で何かを盗った記憶はない。座って食事をするだけだから当然かもしれないが。
そうか、帰りに飯食うとか、そういうのは不可能じゃないのか。
「今度行くか?」
「え、いいの!?」
「そんな驚くか……あ、いや、そうか。校外か」
「や、やっぱダメ……?」
「いや、いいぜ。俺もしばらく食ってなかったし」
学校帰りに友達とハンバーガーなんて、最高に高校生らしいんじゃないか?
普通の高校生活なんてものを諦めていたぶん、期待に心が躍ってしまう。
園田も同じなのか、子供っぽさ倍増の笑みを浮かべていた。
「こういうの憧れてたんだ! ザ・高校生って感じ」
「園田なら俺以外誘って行けるだろうに」
「うちのクラスの人、ちょっと誘いづらくない? ほら、俺ら免除組だしさ」
「あー、わかる」
普通程度の勉強量で特進の籍を維持するのは難しい。学費免除は、さらにその中で上位をキープしていなければならないという条件がある。
まだ入学して間もないが、周りは塾に追われていたり、長期休暇の講習を探していたり、余裕らしいものがない。
対して成績上位にいながらバイトまでしている園田は、余裕綽々に見えてしまう。良く思わない奴もいるだろう。
それがなくとも、余裕がない時に、余裕がある人間から遊びに誘われたらイラっとくる。人のいい園田がそれを気にしないわけがない。
「俺としても、園田いつ勉強してんだよとは思うけどな」
「けっこうしてるのに。バイトあっても、十八時までは暇だからやるし。家事あるのは立川も同じじゃん」
「俺の家事はクッソ雑だぞ」
「俺だってそんな几帳面にやんないよ。要領がいいだけ~」
「自分で言うのかよ」
「いい師匠がいるからね」
「師匠?」
「受験前にお世話になった家庭教師。勉強から家事までなんでもこなすパーフェクト超人」
「家庭教師の範囲超えてるだろ、それ」
そんな話を続けているうちに、自宅前まで辿り着く。
家に上げても良かったが、どうせ何もない。すぐ済むからと玄関で待ってもらった。
部屋に戻り、まず鞄をひっくり返して中身を全て出す。
そして制服。ブレザーの内側、ポケット、シャツの中、ズボンとベルトの間を順番に確認する。
どこにも見覚えのないものはない。よし、第一段階クリアだ。
すぐに服を、昨日着ようとしていたものに着替える。ポケットのないカーディガン、同じくポケットのない無地で薄手のシャツ、バックポケットのみのジーパン。これで財布以外は所持できない。
モノを隠せないことを最優先にしたので、正直見てくれは二の次だ。これ大丈夫だろうか。違和感とか持たれないだろうか。そんな不安は拭えないが、待たせ続けることもできない。財布だけを尻ポケットにねじ込んで玄関へ急いだ。
「悪いな、待たせた」
「ううん。でも俺だけ制服ってのも目立たないかな」
「そ、そんなことないだろ」
確かに……と思ったが、周囲の目を引くのは今回の作戦的にはプラスだ。
利用してばかりで申し訳ないが、このままがいいだろう。園田にはもう一度心の中で謝った。
向かったのは、家から駅に戻る道の途中にあるショッピングセンター。
入っている雑貨屋のキッチン用品売り場へ行けば、目当てのものはすぐ見つかった。
園田は他の物も色々見て楽しんでいたが、俺は興味を持たないようにするので必死だった。表面では会話を合わせつつ、弁当箱弁当箱と心の中で念仏のように唱えていた。
「けっこう種類あんだな」
「でも柄とか恥ずかしいし、結局このあたりのシンプルなやつになるんだよね」
「あー、そうだな。この中ならこっちだわ」
「あとは大きさかな。入れたいご飯の量に合わせてくれれば」
「このくらいか?」
「それで足りる? 二段あったほうが良くない?」
「普段パン食ってる量、こんなもんじゃね。デカいと大変とかねーの?」
「どうせ隙間は冷食で埋めるし、材料費出してくれるなら全然」
「てか今更気づいたけど、タッパーとかでも良かったんじゃ……」
「えー、弁当箱がいいって! 高校生だよ!? 学食・購買・弁当のどれかでしょ!」
「まあ、わかるけど」
高校生活にちょっと夢見てる者同士、そのあたりは共感できた。
なんか楽しいな、こういうの。
ただ弁当箱選んでるだけで、会話に中身なんてない。面白いことも言ってないのに。
「これさぁ、弁当箱入れるバッグ? みたいなんも買った方がいいよな」
「ここで買ってもいいけど、百均にもあると思うよ。こういうとこなら入ってない?」
「ひゃっ……んんんんん」
百円ショップ。こいつは雑貨屋やホームセンターなんかより強敵だ。
お手頃サイズの小物が選り取り見取り。人も多く、商品も手狭に並べられ、カメラの死角つき放題。俺からしたら、ご自由にお盗り下さいと言われているようなものである。
盗りやすすぎて、親の逮捕後は近寄らないようにしていた。ここ二年は入っていない。
叔父さん相手なら代わりに買ってきてと頼めるが、園田にそう言うのは不審すぎる気が……。
「こっちで買うわ。こういうのは金出した方が長持ちする気がする」
「それはあるね」
サイズさえ合えば何でもいい。適当に選び、手に取る。
後は会計する時に、他の物を持ってないか確認するだけ……。
「あ」
ふと、弁当箱の隣の棚に並べられている水筒が目に入り、つい足を止めた。
「園田、いつも水筒使ってるよな。節約効果どう?」
今までの会話同様、何気なしにそう聞いた。
すぐに返事があると思ったのだが、園田は一瞬、困ったように顔を伏せた。
「えっと……どうだろ……ペットボトル買うよりはいいと思うけど」
「……?」
歯切れが悪い。なんだろう。
気になるが、そこまで追求するほどではない。こういう場面で深入りしないのが俺らの関係だ。
「でも洗うのめんどくせーよな。家で茶作るのですら面倒なのに」
「だいぶメンドいよ。すぐ臭くなるし。保冷保温は便利だけど」
「じゃー水筒はいいか」
保冷保温……か。
確かに夏と冬は有難いだろうが、今のような春の時期には、そこまで恩恵はなさそうだ。
恩恵もなく、節約のためでもない。他の目的があって、面倒でも水筒を持ってきている。
聞く気はないが、どういう理由があるのだろう、と少し気になった。
「俺、ちょっと百均も寄りたい。さっき話に出した時、欲しいもの思い出したからさ」
雑貨屋を出た後でそんなことを言う園田に、ダメですなんて言えるはずもない。
店の前で待とうかと思ったが、理由を勘ぐられるかもしれない。気にしすぎかもしれないが、友達付き合いの経験がなさすぎて、自分の行動に違和感があるのかないのか判断ができない。
結果「なら俺はその間にトイレ行ってくる」なんて荒業で回避することにした。
個室に入り、大のフリしてスマホを弄って時間を稼ぎ、カモフラのため手まで洗って出る。
買い物一つするだけなのに、何してんだろう俺。
一人になった途端どっと疲れが押し寄せた。いつもの倍以上神経を使っているからだろう。
楽しいけど、頻繁には無理だな。身が持たない。やっぱ学校内が一番落ち着く。
トイレから戻り、店の前のベンチに腰掛けて一人溜息をこぼした。
辺りを見回すが、園田の姿はない。まだ店内だろうか。
どこにいるのかと確認しようとして、連絡先を交換していなかったことに気が付く。席が前後でいつでも話せるから、すっかり失念していた。
手だてがなくなり、店内に目を向ける。
レジが出入り口のそばにあるようで、少し近づけば、並んでいるかどうかくらいは見えそうだ。
ベンチから立ち上がり、少しだけ店内に近づく。
レジにはかなり人が並んでいた。さすが金曜の夜、どこでも混むもんだ。
「っと」
店側に寄りすぎて、手前に並べられていた商品に少し足を掠めてしまった。
そこはアウトドア用品がまとめて陳列されている棚だった。当たったのは、簡易的なクーラーボックス。軽い発泡スチロールなので、少し掠った程度でだいぶ傾いてしまっている。
このサイズなら盗ることはないだろうから、普通に触れて向きを整えておいた。
同じ棚には弁当箱やブルーシートも並んでいた。先週までゴールデンウィークだったので、家族で外出する層に向けた陳列だろう。
元々の目的だったこともあり、弁当箱に目が向いてしまう。さっき購入したものより小ぶりのものばかりだった。
さすがにこれでは物足りないだろう。向こうで買って正解だったな。
弁当箱の隣に視線をずらすと、そこには箸が並んでいた。
そういえば箸の存在忘れてたな。ケース付きを買った方がいいんだろうが、とりあえずは家に割箸あるしそれでいいか。
「ごめん、お待たせ。レジけっこう並んでた」
後ろから声を掛けられ、振り返る。会計を終えた園田が立っていた。
「そんな待ってねーよ」
「ほんと? あ、そうだ。連絡先教えてよ。レジ待ち長そうって連絡しようとして気づいた」
「それ俺も思った」
二人で店から離れ、チャットアプリのIDを交換する。
スマホは高校入学と同時に持ったので、友達の連絡先を入れるなんて初めてだ。
不思議と、さっきまで感じていた疲れが消えていた。
「そろそろ帰ろっか」
「だな」
名残惜しさを感じたが、長居は無用だ。園田から言い出してくれたのは有難い。
ああ、そうだ。今日買った弁当箱、渡しておかないとな。
そう思い、手に持っている袋を見て――息が止まった。
「――――ッ!?」
袋の中にあるのは、弁当箱二つと、それを入れる保冷バッグだけ。
そのはずなのに。
そこに、箸が入っていた。
さっきまで見ていた、すぐそこの棚に並んでいるのと同じもの。
息ができないのに、心臓がばくばくと跳ねる。酸素が足りなくてくらくらする。
いつ?
いつ俺はこれを入れた?
わかってる。今さっき見ていた。その時だ。でもあの時、園田に声をかけられて……。
ばっと園田の顔を見る。
いきなり目が合って、驚いた顔をされた。
袋の中を気にするような素振りはない。
見られて……ない?
「どうかした……?」
「あ、いや……は、箸……ほら、そこにあるじゃん。さっき買ってなかったと思って」
「そういえば忘れてたね」
「悪いけど俺、ここで買ってくるわ。待ってて」
逃げるように背を向けた。棚から取るふりをして、袋から未会計の箸を取り出す。
大丈夫。店から離れてないし、これは未遂だ。盗ってない。すぐに気づけたのは不幸中の幸いだ。
レジに並び、他の物を見ないように目を伏せた。
完全に油断していた。雑貨屋で買ってすぐ袋ごと園田に渡しておけば良かった。
ようやく呼吸の仕方を思い出し、息を整える。変わらず心臓はうるさいままだ。
これだけ気をつけていたのに。
そんなこと考えても仕方ないが、考えずにはいられなかった。
箸を購入した後、袋ごと園田に渡し、まっすぐ帰宅した。
対策をして、常に気を張っていた中での犯行は、かなりショックが大きかった。
その場では「良かったほう」と自分に言い聞かせたが、一晩明けて迎えた土日は最悪の気分だった。
一歩も外に出る気がせず、引きこもって通販で買いこんだレトルトで食いつないだ。
こういう気分の時、読書やゲームなんかは全く手につかなくなる。
やることがないので適当な動画を流し、教材と向き合う。
悲しきかな、学生の本分である勉強だけは捗った。
午後の授業で抜き打ち小テストを出され、合格ラインを越えられず、補習になってしまった。
買い物対策を考えてるうちに、解答欄をずらすというアホを極めた失敗をした。普通に凹んだ。
帰宅した頃には、目をつけていた店は閉店間際。学校から直行すれば間に合っただろうが、学生服では絶対に行きたくない。
ポケットのない服装で、財布一つだけ持っていく。これが考えていた対策だったのだ。
近所に開いてる店もあるが、どこもそれなりに大きい商業施設だ。色々と疲れ切っている今、気を抜いてふらっと行くのは怖かった。
翌日。金曜日。学校で園田に、ダメだったと伝える。
「あの補習、そんな長かったんだ」
「気が散ってたせいで時間くった」
「へぇ。気をつけよ」
学費免除組の俺らは、特進でも成績上位になる。補習なんて初めての経験だった。園田はまだ一度も受けていないだろう。
「……なぁ、昨日言ってたやつなんだけど」
「うん?」
「買いに行くの、やっぱ付き合ってもらえるか?」
「えっ? いいけど」
驚かれたのは、昨日俺が顔面蒼白で嫌がったからだろう。
今でも嫌なのは変わらない。けど、昨日一日時間を置くことで、少しだけ考え方を変えようと思えた。
俺が昨日一番キツかったのは、園田から誘われたとき。そして、それを断ったときだ。
貧血になったのかというほど、頭がぐらついた。誘いをたった一回断るだけで。
今後三年間、同じ状況は多々あるだろう。全て拒絶していくことを想像して、無理だと悟った。
こうならないために他人と距離を置いていた。けど、なってしまった今、もう距離は置けない。
失いたくないなら、対策をするしかない。
昨日着替えて行こうとしたように、普段からとっている窃盗対策はいくつかある。使えるものがあるはずだ。
たとえば、他人の目が多い場所を選ぶこと。
当たり前のことだが、人の目があれば盗みにくくなる。
無意識とはいえ、人の視線とカメラの範囲は確実に気にしている。監視されている中では、ほぼ確実に盗らない。もちろん隙があればやるだろうが……。
園田と一緒に行くこと。それを、園田を監視役にすると考える。
仲良くしたいと言ってきた時の鋭い視線を思い出す。あれを前にして盗みなんて自殺行為だ。
正直賭けだと思う。園田にバレたくないのに、園田を利用するなんて。
でも、だからこそ適任のはずだ。
試すなら、今がいい。知り合って一ヵ月程度。最悪の事態でもダメージは一番少ない。
「今日バイト?」
「ううん」
「じゃ、放課後に頼めるか?」
「いいよ。どこ行く?」
「うちの方にある店がいい。一回着替えてから行きたいし」
「えっ、もしかして制服で寄り道ってダメだったりする?」
「それはいいと思うけど。まぁ、俺の事情で」
「そういうことなら。あー焦った。このままバイトとか、時間つぶしのカフェとか普通に入ってたよ」
「その辺の奴らも普通に制服で遊んでんじゃん」
「あ、確かに」
あははと笑うのに、俺もつられる。
俺でも他人と笑うとかできたんだな、なんて思った。
放課後、園田と二人で校舎を出る。
駅までは一度行っているし、人通りも多い。電車内も満員でなければよほど問題ない……と信じる。
歩きながら、園田は他愛ない話をふってくれる。
「あそこにあるハンバーガーの店、気になってるんだよね」
「あれ? チェーンだろ?」
「俺の地元にはなかったからさ。行きたいんだけど、家の方にはないから兄ちゃん誘い辛くて」
「飲食系か……」
考えてみると、飲食店で何かを盗った記憶はない。座って食事をするだけだから当然かもしれないが。
そうか、帰りに飯食うとか、そういうのは不可能じゃないのか。
「今度行くか?」
「え、いいの!?」
「そんな驚くか……あ、いや、そうか。校外か」
「や、やっぱダメ……?」
「いや、いいぜ。俺もしばらく食ってなかったし」
学校帰りに友達とハンバーガーなんて、最高に高校生らしいんじゃないか?
普通の高校生活なんてものを諦めていたぶん、期待に心が躍ってしまう。
園田も同じなのか、子供っぽさ倍増の笑みを浮かべていた。
「こういうの憧れてたんだ! ザ・高校生って感じ」
「園田なら俺以外誘って行けるだろうに」
「うちのクラスの人、ちょっと誘いづらくない? ほら、俺ら免除組だしさ」
「あー、わかる」
普通程度の勉強量で特進の籍を維持するのは難しい。学費免除は、さらにその中で上位をキープしていなければならないという条件がある。
まだ入学して間もないが、周りは塾に追われていたり、長期休暇の講習を探していたり、余裕らしいものがない。
対して成績上位にいながらバイトまでしている園田は、余裕綽々に見えてしまう。良く思わない奴もいるだろう。
それがなくとも、余裕がない時に、余裕がある人間から遊びに誘われたらイラっとくる。人のいい園田がそれを気にしないわけがない。
「俺としても、園田いつ勉強してんだよとは思うけどな」
「けっこうしてるのに。バイトあっても、十八時までは暇だからやるし。家事あるのは立川も同じじゃん」
「俺の家事はクッソ雑だぞ」
「俺だってそんな几帳面にやんないよ。要領がいいだけ~」
「自分で言うのかよ」
「いい師匠がいるからね」
「師匠?」
「受験前にお世話になった家庭教師。勉強から家事までなんでもこなすパーフェクト超人」
「家庭教師の範囲超えてるだろ、それ」
そんな話を続けているうちに、自宅前まで辿り着く。
家に上げても良かったが、どうせ何もない。すぐ済むからと玄関で待ってもらった。
部屋に戻り、まず鞄をひっくり返して中身を全て出す。
そして制服。ブレザーの内側、ポケット、シャツの中、ズボンとベルトの間を順番に確認する。
どこにも見覚えのないものはない。よし、第一段階クリアだ。
すぐに服を、昨日着ようとしていたものに着替える。ポケットのないカーディガン、同じくポケットのない無地で薄手のシャツ、バックポケットのみのジーパン。これで財布以外は所持できない。
モノを隠せないことを最優先にしたので、正直見てくれは二の次だ。これ大丈夫だろうか。違和感とか持たれないだろうか。そんな不安は拭えないが、待たせ続けることもできない。財布だけを尻ポケットにねじ込んで玄関へ急いだ。
「悪いな、待たせた」
「ううん。でも俺だけ制服ってのも目立たないかな」
「そ、そんなことないだろ」
確かに……と思ったが、周囲の目を引くのは今回の作戦的にはプラスだ。
利用してばかりで申し訳ないが、このままがいいだろう。園田にはもう一度心の中で謝った。
向かったのは、家から駅に戻る道の途中にあるショッピングセンター。
入っている雑貨屋のキッチン用品売り場へ行けば、目当てのものはすぐ見つかった。
園田は他の物も色々見て楽しんでいたが、俺は興味を持たないようにするので必死だった。表面では会話を合わせつつ、弁当箱弁当箱と心の中で念仏のように唱えていた。
「けっこう種類あんだな」
「でも柄とか恥ずかしいし、結局このあたりのシンプルなやつになるんだよね」
「あー、そうだな。この中ならこっちだわ」
「あとは大きさかな。入れたいご飯の量に合わせてくれれば」
「このくらいか?」
「それで足りる? 二段あったほうが良くない?」
「普段パン食ってる量、こんなもんじゃね。デカいと大変とかねーの?」
「どうせ隙間は冷食で埋めるし、材料費出してくれるなら全然」
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「えー、弁当箱がいいって! 高校生だよ!? 学食・購買・弁当のどれかでしょ!」
「まあ、わかるけど」
高校生活にちょっと夢見てる者同士、そのあたりは共感できた。
なんか楽しいな、こういうの。
ただ弁当箱選んでるだけで、会話に中身なんてない。面白いことも言ってないのに。
「これさぁ、弁当箱入れるバッグ? みたいなんも買った方がいいよな」
「ここで買ってもいいけど、百均にもあると思うよ。こういうとこなら入ってない?」
「ひゃっ……んんんんん」
百円ショップ。こいつは雑貨屋やホームセンターなんかより強敵だ。
お手頃サイズの小物が選り取り見取り。人も多く、商品も手狭に並べられ、カメラの死角つき放題。俺からしたら、ご自由にお盗り下さいと言われているようなものである。
盗りやすすぎて、親の逮捕後は近寄らないようにしていた。ここ二年は入っていない。
叔父さん相手なら代わりに買ってきてと頼めるが、園田にそう言うのは不審すぎる気が……。
「こっちで買うわ。こういうのは金出した方が長持ちする気がする」
「それはあるね」
サイズさえ合えば何でもいい。適当に選び、手に取る。
後は会計する時に、他の物を持ってないか確認するだけ……。
「あ」
ふと、弁当箱の隣の棚に並べられている水筒が目に入り、つい足を止めた。
「園田、いつも水筒使ってるよな。節約効果どう?」
今までの会話同様、何気なしにそう聞いた。
すぐに返事があると思ったのだが、園田は一瞬、困ったように顔を伏せた。
「えっと……どうだろ……ペットボトル買うよりはいいと思うけど」
「……?」
歯切れが悪い。なんだろう。
気になるが、そこまで追求するほどではない。こういう場面で深入りしないのが俺らの関係だ。
「でも洗うのめんどくせーよな。家で茶作るのですら面倒なのに」
「だいぶメンドいよ。すぐ臭くなるし。保冷保温は便利だけど」
「じゃー水筒はいいか」
保冷保温……か。
確かに夏と冬は有難いだろうが、今のような春の時期には、そこまで恩恵はなさそうだ。
恩恵もなく、節約のためでもない。他の目的があって、面倒でも水筒を持ってきている。
聞く気はないが、どういう理由があるのだろう、と少し気になった。
「俺、ちょっと百均も寄りたい。さっき話に出した時、欲しいもの思い出したからさ」
雑貨屋を出た後でそんなことを言う園田に、ダメですなんて言えるはずもない。
店の前で待とうかと思ったが、理由を勘ぐられるかもしれない。気にしすぎかもしれないが、友達付き合いの経験がなさすぎて、自分の行動に違和感があるのかないのか判断ができない。
結果「なら俺はその間にトイレ行ってくる」なんて荒業で回避することにした。
個室に入り、大のフリしてスマホを弄って時間を稼ぎ、カモフラのため手まで洗って出る。
買い物一つするだけなのに、何してんだろう俺。
一人になった途端どっと疲れが押し寄せた。いつもの倍以上神経を使っているからだろう。
楽しいけど、頻繁には無理だな。身が持たない。やっぱ学校内が一番落ち着く。
トイレから戻り、店の前のベンチに腰掛けて一人溜息をこぼした。
辺りを見回すが、園田の姿はない。まだ店内だろうか。
どこにいるのかと確認しようとして、連絡先を交換していなかったことに気が付く。席が前後でいつでも話せるから、すっかり失念していた。
手だてがなくなり、店内に目を向ける。
レジが出入り口のそばにあるようで、少し近づけば、並んでいるかどうかくらいは見えそうだ。
ベンチから立ち上がり、少しだけ店内に近づく。
レジにはかなり人が並んでいた。さすが金曜の夜、どこでも混むもんだ。
「っと」
店側に寄りすぎて、手前に並べられていた商品に少し足を掠めてしまった。
そこはアウトドア用品がまとめて陳列されている棚だった。当たったのは、簡易的なクーラーボックス。軽い発泡スチロールなので、少し掠った程度でだいぶ傾いてしまっている。
このサイズなら盗ることはないだろうから、普通に触れて向きを整えておいた。
同じ棚には弁当箱やブルーシートも並んでいた。先週までゴールデンウィークだったので、家族で外出する層に向けた陳列だろう。
元々の目的だったこともあり、弁当箱に目が向いてしまう。さっき購入したものより小ぶりのものばかりだった。
さすがにこれでは物足りないだろう。向こうで買って正解だったな。
弁当箱の隣に視線をずらすと、そこには箸が並んでいた。
そういえば箸の存在忘れてたな。ケース付きを買った方がいいんだろうが、とりあえずは家に割箸あるしそれでいいか。
「ごめん、お待たせ。レジけっこう並んでた」
後ろから声を掛けられ、振り返る。会計を終えた園田が立っていた。
「そんな待ってねーよ」
「ほんと? あ、そうだ。連絡先教えてよ。レジ待ち長そうって連絡しようとして気づいた」
「それ俺も思った」
二人で店から離れ、チャットアプリのIDを交換する。
スマホは高校入学と同時に持ったので、友達の連絡先を入れるなんて初めてだ。
不思議と、さっきまで感じていた疲れが消えていた。
「そろそろ帰ろっか」
「だな」
名残惜しさを感じたが、長居は無用だ。園田から言い出してくれたのは有難い。
ああ、そうだ。今日買った弁当箱、渡しておかないとな。
そう思い、手に持っている袋を見て――息が止まった。
「――――ッ!?」
袋の中にあるのは、弁当箱二つと、それを入れる保冷バッグだけ。
そのはずなのに。
そこに、箸が入っていた。
さっきまで見ていた、すぐそこの棚に並んでいるのと同じもの。
息ができないのに、心臓がばくばくと跳ねる。酸素が足りなくてくらくらする。
いつ?
いつ俺はこれを入れた?
わかってる。今さっき見ていた。その時だ。でもあの時、園田に声をかけられて……。
ばっと園田の顔を見る。
いきなり目が合って、驚いた顔をされた。
袋の中を気にするような素振りはない。
見られて……ない?
「どうかした……?」
「あ、いや……は、箸……ほら、そこにあるじゃん。さっき買ってなかったと思って」
「そういえば忘れてたね」
「悪いけど俺、ここで買ってくるわ。待ってて」
逃げるように背を向けた。棚から取るふりをして、袋から未会計の箸を取り出す。
大丈夫。店から離れてないし、これは未遂だ。盗ってない。すぐに気づけたのは不幸中の幸いだ。
レジに並び、他の物を見ないように目を伏せた。
完全に油断していた。雑貨屋で買ってすぐ袋ごと園田に渡しておけば良かった。
ようやく呼吸の仕方を思い出し、息を整える。変わらず心臓はうるさいままだ。
これだけ気をつけていたのに。
そんなこと考えても仕方ないが、考えずにはいられなかった。
箸を購入した後、袋ごと園田に渡し、まっすぐ帰宅した。
対策をして、常に気を張っていた中での犯行は、かなりショックが大きかった。
その場では「良かったほう」と自分に言い聞かせたが、一晩明けて迎えた土日は最悪の気分だった。
一歩も外に出る気がせず、引きこもって通販で買いこんだレトルトで食いつないだ。
こういう気分の時、読書やゲームなんかは全く手につかなくなる。
やることがないので適当な動画を流し、教材と向き合う。
悲しきかな、学生の本分である勉強だけは捗った。
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義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。
わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。
そして彼は側室を迎えた。
拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。
ただそれがオリエに伝わることは……
とても設定はゆるいお話です。
短編から長編へ変更しました。
すみません
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2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
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