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1.crime

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 俺――立川たちかわ 一弦いづるには悪癖がある。
 窃盗癖。
 スリ、置き引き、万引き。そういう犯罪行為に日常的に手を染めてしまう。
 世の中には窃盗症という精神疾患があるらしいが、それとは少し異なる。実際何かの診断を受けたわけではないが、俺自身はそう認識している。
 窃盗症は主に、スリル、緊張感、達成感、解放感などに抗えず、盗むこと自体を目的とする。
 対して俺には、そんな感情も衝動もない。
 ただ、日常なんだ。
 気が付いたら身に覚えのない盗品を持っている。
 盗ってすぐ気づくこともあれば、家に帰って着替える際にようやく気付くこともある。
 何が欲しい、何が盗りやすいということは、常日頃から考えている。意識せずともそういう考え方をしてしまう。
 しかし、盗ろうと思ってはいない。
 欲しい、盗れそうだと思ったら、いつの間にか持っている。本当にそんな感覚。
 好きで盗みなんてしない。購入した記憶がない未開封品を持っていたら、すぐ店に戻って会計し直す。「間違って持ったまま出てしまった」と言えばだいたいは誤魔化せた。
 他人の所持品のようなものを持っていた場合は、それが盗れそうな場所を推測し、近くの店や駅に落とし物として届ける。顔を覚えられないように、毎回届け先や服装を変えて。
 望みもしないのに、どうしてこんなことをしてしまうのか。それはひとえに、両親の教えだ。
 俺の両親は窃盗で生計を立てていた。
 バレない盗り方。監視カメラの設置パターン。死角の見つけ方。他人の有効視野。視線の誘導方法。隠す手法。自然な去り方。生まれた時から、そういうことを日常的に教わった。
 親が当たり前のようにすることを、子供は当たり前のように学習する。
 万引きが犯罪だと知ったのは、十歳前後だったか。その頃には、子供が欲しがる程度のものなら、息をするように盗っていた。
 呼吸が罪だからといって、止められはしない。親だって盗っている。罪の意識なんて持てるはずもなかった。
 自分のしていることを理解できる年齢になった頃には、もう手遅れだ。
 やめたいと思ったことはある。いや、ずっと思っている。けれど、「やろう」という意思がないまま行っている犯罪の止め方がわからない。
 手を切り落とせば止まるのだろうが、そんなこと、できるはずもなかった。指を切るくらいのことはしたが、一時しのぎにしかならない。なにより、そんなことを続けられるほど心が強くなかった。
 いつかバレた時、裁かれたらいい。未成年のうちであれば取り返しもつく。そんな風に考えるようになった。
 こんな子供の犯罪、誰か見つけてくれる。誰か止めてくれる。そう思って。
 しかし俺の切望に反して、捕まったのは両親だった。
 もう二年前の出来事になる。両親のことはあまり好きではなかったので、逮捕されたことはショックではなかった。よくまあ子供より先にそんなヘマをしたものだと呆れはしたが。
 芋づる式に過去の窃盗も暴かれた。俺が生まれる前に前科もあったらしく、常習累犯窃盗罪となった。子供に強制させていたこともあり、しばらくは刑務所から出てこない。
 不幸中の幸いは、俺がまだ罪に問われる年齢でなかったこと。両親の服役中は親戚に引き取られることとなり、生活がまともになって、むしろ嬉しいと思ったほど。
 周囲からは犯罪者の息子扱いされたが、たいした障害ではなかった。ただの事実だし、俺自身、裁かれていないだけで同じ罪を犯している。受け入れるべきと感じた。
 俺の窃盗癖は、親から学んだ「生き方」だ。
 受け入れはするが、望んだことではない。
 親元から離れられた時は、もしかしたら、やり直せるんじゃないかと思った。
 とはいえ、何をしたいかなんて思いつかず、とりあえず学生らしく学歴に目を付けた。
 狂ったように勉強して、学費免除のある、有名大進学率も高い私立高校の特進科へ進学した。
 勉強は都合が良かった。
 集中していれば、手はペンや消しゴムくらいしか弄らない。文具や教材の購入を叔父に任せれば、何かを盗むことはない。
 特進科は休み時間も勉強するような生徒が多く、これも好都合だった。下手に他人との関りを増やしたくなかったので、一人でいても浮かないのは本当にありがたい。
 そう、人との関わりは最小限にとどめるつもりだった。
 まして友達なんて、作るべきではないと思っていた。
 きっと俺は友達の前だろうと万引きするし、友達の所持品だろうと盗む。
 そんなことに、自分自身が耐えられる気がしない。

 だから、最初は突っぱねた。
 偶然前の席になった男の言葉を。

「立川くん……だっけ。俺、園田そのだ 真太郎しんたろう。よろしくね」

 前の席の男――園田は、無邪気そうな笑顔を俺に向けてそう言った。
 高校一年生にしては少し童顔。整えられた髪の、左右にぴょこんと跳ねている癖毛がその幼さを強調している。
 第一印象は『子供みたいなやつ』だった。外見もそうだが、表情や声色に淀みがないというか、純真さのようなものを感じたから。
 苦労なんて知らなさそうな笑顔。
 自分と違いすぎて、咄嗟に目を反らした。
 よろしくするつもりがなかったので、返事はしなかった。
 無視された園田は、純粋そうな目をパチパチさせた。こちらの意図を察したのか、それ以上話しかけてくることはなかった。
 これでいい。たった三年、こうして過ごすだけでいい。
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