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「引きこもりと女子中学生」
第5話
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しばらく待つと、少女は落ち着きを取り戻した。ぐいっと涙をぬぐい、ぎこちなくだけど微笑んで見せる。
「ご、ごめんなさい……こんなとこ、見せちゃって……」
「それは、別にいいけど……俺なんか、結構、暗いこと言ったし」
「いえ……お兄さんからそうやって何かを伝えてくれたの、初めてですから、嬉しかったです」
「なら、よかった……」
「…………あの……お願いがあるんです」
「え……」
「こんなことを他人であるお兄さんに言うの、よくないって分かってます。けど、その……」
何を言われるのかは想像もつかないが、ここまできたら協力しないわけにはいかない。
こんな俺でも彼女の助けになけるなら……
ごくりと唾を飲み込み、続く言葉を待つ。
「一緒に、両親に会ってくれませんか?」
「…………は?」
思わず聞き返した。
「会ってほしいといっても、お兄さんが何かを言う必要はなくてですね、その……私の横にいてほしいといいますか、単に私に勇気がないからという理由なのですが……」
「い、いや……それは……」
言いたいことは分かる。近くに理解者がいてくれると心強いというのはよくわかる。
でも無理だ。いや、絶対無理。平気でいられるわけがない。
レベル一のままラスボスに向かうようなものじゃないか。どう考えても勝ち目がない。
居るだけというが、それすらできる気がしない。最悪、吐く。というか、高確率で吐く。
「だめ……ですよね……」
「い、いやその……し、しらない男……だし、色々、まずいかと……」
「その心配は無用です。私のような子供の一人暮らしを許可した時点で、親はそういう事態を想定しなければいけませんから。今更娘に手を出した男相手に言えることなんてないはずです」
「あ……あ、そ、そう……」
渾身の言い訳が論破されてしまった。
もうだめだ、言い返せない。いや言い返す必要とかないんだけど。普通に無理ですごめんなさいって言うだけでいいんだけど。
後悔するなと言った手前、ここで無理とは言いにくい。
「こんなこと頼むの、やっぱり非常識ですよね。ごめんなさい……」
「そ、そんなこと……」
そんなこと?
……今、何を言いかけた。
少女の眼差に含まれる期待の色が一気に濃くなる。
この流れで断ったら、俺は本当に最低だろう。
でも、できるのか、俺に。
人と顔も合わせられないのに、この子の親になんて、会えるのか。
耐えきれず恐怖で卒倒する自分の姿が鮮明に思い浮かぶ。コンビニ店員への返事すら満足にできない俺には荷が重い。重すぎる。無理だ。
…………わかってる、そんなこと。
無理だとわかってるから、逃げるのか。
さっきまで偉そうに、逃げることの無意味さを語ったのに。
ここで逃げたら、俺は本当に立ち直れなくなるだろう。
それは嫌だって、自分で言ったじゃないか。
親に迷惑かけるのも、あいつの陰に怯えながら惨めに生きるのも、もうたくさんだ。
どうしようもないことだと思っていたけど。
どうしようもないことは、逃げる理由には、ならない。
「お……俺でい、いい……なら…………っ」
無理矢理声を絞り出す。
死んでしまうのではないかと心配になるほど激しい動悸に襲われる。
この程度で死ぬなら、さっさと死ねばいい。死ぬかもしれないと怖がってたら、なにもできない。
「い……いいんですか?」
少女の問いに、今度は強く頷いてみせる。
「あ、ありがとうございますっ!」
花が咲いたような笑顔。
それが見れただけで「逃げなくてよかった」などと思った俺は、案外現金なのかもしれない。
その後、少女は俺を部屋に招き入れ、詳しい事情を話してくれた。
私には三つ上の兄がいたんです。
必要以上に他人を甘やかさない厳しさと、何事もそつなくこなす要領の良さを持ち合わせた自慢の兄。
優しくはなかったけれど、尊敬できる人でした。
ただ純粋に、格好いいと、憧れていたんです。
いつか追いつきたいと、毎日その背中をながめていました。
でも、そんな日は訪れない。
兄は死んでしまった。
何の前触れもなく、突然。
人は死ぬ。そんなこと、当たり前だと思っていました。
なのに、いざ目の当たりにすると、悲しくてたまらないんです。
両親と抱き合って、声を上げて泣いていたことを今でも覚えています。
けれど、私たちが悲しんでいるのを世間は待ってくれない。
いつまでも学校や仕事を放置したままではいられません。
人の死は、とても悲しい。
なら私は生きなければ。
生きるために学校に通う。
生きるために勉強をして、部活をして、友達を作って遊ぶ。
無我夢中で日常生活に没頭しました。
努力は、悲しみを打ち消してくれる。
頑張ったぶんだけ、前向きになれる。
兄がいないことには慣れないけれど、兄の分まで生きようと思うくらいには、余裕が持てるようになりました。
両親が私に向ける視線に違和感を覚えるようになったのは、その頃です。
両親は私と話すとき、私の顔を見ないんです。
目があっても、泣きそうな顔をしてすぐそらされる。
会話自体は普通にできていたけど、私をまっすぐ見てくれることはありませんでした。
鏡を見ていたとき、その理由に気がつきました。
あの人たちは、私の中に兄を見ていたんです。いえ、今もきっと見続けているでしょう。
私の顔を見るたび、どうして死んでしまったのか、どうして何も相談してくれなかったのかと問いかけるような表情をするんです。
私にはそれが耐えられませんでした。兄の分まで生きようとは思ったけれど、兄になりたいわけじゃない。
私は私なんです。兄の死んだ理由も、抱えていたものも、私には分からないし伝えられない。
あの人たちが私を見るたび、私は私という存在が消えていくような気がするようになってしまった。
このまま一緒にいたら、私は兄にされるのではないかとまで考えるようになったんです。ありえないとは思っていても、その不安は消えてくれない。不安は恐怖に直結した。たまらなく怖くて、両親といることすら苦痛になっていった。
兄の死から一年ほどでその恐怖は飽和しました。これ以上あの人たちといたくなくて、家を出たんです。社会勉強の一環で一人暮らしがしたい、なんて嘘をついて。
反対されたのは最初だけでした。きっとあの人たちも私の顔を見ることが苦痛だったのでしょう。三度目のお願いで、このアパートの一室を与えてくれました。
それから二年……生活に必要なものはくれるけれど、一度も互いに顔を見ることはありませんでした。
あの人たちは、きっと未だに私の中に兄を見続けている。
兄を失った悲しみは私だって知っています。本当に悲しくて、どうしようもない。
だから、私を見て欲しいというのは我儘でしかないんです。
その話は、少し俺と似ていると思った。この子ではなく、この子の両親が。
自分の息子の死から抜け出せない。
それは、俺があいつから逃げられないのと一緒なのかもしれない。
……少し、興味が持てた。
後日少女が両親に連絡を取り、今週末に少女の住むアパートに来てもらうことになった。
頑張って、みよう。
今だけは、恐怖よりその気持ちの方が、若干だけど大きかった。
約束の日。俺は少女と共に部屋で待機していた。
不安で頭が壊れそうなほど痛い。人と会う約束とは、こんなにも恐ろしいものだったのか。
俺の存在については、前もって伝えてもらっている。開口一番不審者扱いされることはないだろう。
だからといって恐怖は払拭できない。やっぱり俺には荷が重い。
「大丈夫ですか?」
少女が心配そうに覗き込んでくる。この状態では、否定も肯定もできなかった。
きっと顔なんか真っ青だろう。見ただけで大丈夫じゃないと分かるはずだ。それでもあえて会話を持ちかけてくれたのは、少女の優しさに違いない。
でも、今の俺にはそれを汲み取る余裕すらない。
もうすぐ知らない人が来る。何を言われるかわからない。それだけ胃がギリギリと軋むように痛いし、頭はぐらぐらして、ちゃんと座れているのかすら分からなくなる。
でも、絶対逃げない。気絶するまでは頑張る。
大丈夫だ、頑張れ、と何度も繰り返し自分に言い聞かせる。ここまできて逃げたら、本当に社会復帰なんてできやしない。一回逃げたらその先もずっと逃げ続けることを、俺は誰よりも知っているんだ。
しんとした空間に、インターホンの音が響いた。
「―――ッ!!」
心臓が大げさに跳ねる。
設置されたカメラで親の顔を確認した少女が「鍵は開いてるから、入って」と画面越しに伝える。
う、うわ、うわ……ど、どうしよ、お、う、俺、何すれば、いいんだっけ? あれ、なに……あれ?
視界がぐわんぐわんと回り、世界が歪んで見える。もう自分が何を考えているのかすら分からない。頭の中では雷のような白い光がバチバチと音を鳴らしている。もちろん錯覚だが、実際自分が何を見ているのか、とてもじゃないが理解できない。
やばい。これは、頑張るとか、そういうのじゃない。
しかし、俺の状況がこの子の親に伝わるわけもなく、目の前の扉ががらりと開く。
その瞬間、感じていたすべての感情がふっと消えた。
入ってきた人たちは、俺の顔を見るなり、信じられないといった顔をした。
多分俺も同じ顔をしている。
「あなた……は……」
少女の母だと思われる女性が、恐るおそる俺に問いかける。
その行動で確信する。
俺はこの人たちを知っている。
三年前……あの事件の後に会ったことがある。
あの時は、泣いていた。
大人なのに子供のようにぼろぼろと涙をこぼし、弱々しく喋っていた。
ごめんなさい、と。
わたしたちの息子が、ご迷惑をおかけして、ごめんなさい。
薬のせいで朧げにしか覚えていないが、それ以降誰にも会うことがなかったから、かろうじて思い出せる。
今俺の目の前にいるのは、あの時謝罪に来た、あいつの両親だった。
そうか……この子は、あいつの妹なんだ。
似ていると思っていた。
俺の心が弱いから、勝手に面影を重ねているんだ思い込んでいた。
真っ白な髪。
ルビーのような赤い瞳。
機嫌がよくない時の、鋭い視線。
今まで個々だと思っていた問題が、頭の中でパズルのように組み合わさって一つになる。
同時に、俺の目からぼたぼたと涙があふれた。
※この作品はPC用同人ゲームとして製作した「引きこもりと女子中学生」のノベル版です。
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「ご、ごめんなさい……こんなとこ、見せちゃって……」
「それは、別にいいけど……俺なんか、結構、暗いこと言ったし」
「いえ……お兄さんからそうやって何かを伝えてくれたの、初めてですから、嬉しかったです」
「なら、よかった……」
「…………あの……お願いがあるんです」
「え……」
「こんなことを他人であるお兄さんに言うの、よくないって分かってます。けど、その……」
何を言われるのかは想像もつかないが、ここまできたら協力しないわけにはいかない。
こんな俺でも彼女の助けになけるなら……
ごくりと唾を飲み込み、続く言葉を待つ。
「一緒に、両親に会ってくれませんか?」
「…………は?」
思わず聞き返した。
「会ってほしいといっても、お兄さんが何かを言う必要はなくてですね、その……私の横にいてほしいといいますか、単に私に勇気がないからという理由なのですが……」
「い、いや……それは……」
言いたいことは分かる。近くに理解者がいてくれると心強いというのはよくわかる。
でも無理だ。いや、絶対無理。平気でいられるわけがない。
レベル一のままラスボスに向かうようなものじゃないか。どう考えても勝ち目がない。
居るだけというが、それすらできる気がしない。最悪、吐く。というか、高確率で吐く。
「だめ……ですよね……」
「い、いやその……し、しらない男……だし、色々、まずいかと……」
「その心配は無用です。私のような子供の一人暮らしを許可した時点で、親はそういう事態を想定しなければいけませんから。今更娘に手を出した男相手に言えることなんてないはずです」
「あ……あ、そ、そう……」
渾身の言い訳が論破されてしまった。
もうだめだ、言い返せない。いや言い返す必要とかないんだけど。普通に無理ですごめんなさいって言うだけでいいんだけど。
後悔するなと言った手前、ここで無理とは言いにくい。
「こんなこと頼むの、やっぱり非常識ですよね。ごめんなさい……」
「そ、そんなこと……」
そんなこと?
……今、何を言いかけた。
少女の眼差に含まれる期待の色が一気に濃くなる。
この流れで断ったら、俺は本当に最低だろう。
でも、できるのか、俺に。
人と顔も合わせられないのに、この子の親になんて、会えるのか。
耐えきれず恐怖で卒倒する自分の姿が鮮明に思い浮かぶ。コンビニ店員への返事すら満足にできない俺には荷が重い。重すぎる。無理だ。
…………わかってる、そんなこと。
無理だとわかってるから、逃げるのか。
さっきまで偉そうに、逃げることの無意味さを語ったのに。
ここで逃げたら、俺は本当に立ち直れなくなるだろう。
それは嫌だって、自分で言ったじゃないか。
親に迷惑かけるのも、あいつの陰に怯えながら惨めに生きるのも、もうたくさんだ。
どうしようもないことだと思っていたけど。
どうしようもないことは、逃げる理由には、ならない。
「お……俺でい、いい……なら…………っ」
無理矢理声を絞り出す。
死んでしまうのではないかと心配になるほど激しい動悸に襲われる。
この程度で死ぬなら、さっさと死ねばいい。死ぬかもしれないと怖がってたら、なにもできない。
「い……いいんですか?」
少女の問いに、今度は強く頷いてみせる。
「あ、ありがとうございますっ!」
花が咲いたような笑顔。
それが見れただけで「逃げなくてよかった」などと思った俺は、案外現金なのかもしれない。
その後、少女は俺を部屋に招き入れ、詳しい事情を話してくれた。
私には三つ上の兄がいたんです。
必要以上に他人を甘やかさない厳しさと、何事もそつなくこなす要領の良さを持ち合わせた自慢の兄。
優しくはなかったけれど、尊敬できる人でした。
ただ純粋に、格好いいと、憧れていたんです。
いつか追いつきたいと、毎日その背中をながめていました。
でも、そんな日は訪れない。
兄は死んでしまった。
何の前触れもなく、突然。
人は死ぬ。そんなこと、当たり前だと思っていました。
なのに、いざ目の当たりにすると、悲しくてたまらないんです。
両親と抱き合って、声を上げて泣いていたことを今でも覚えています。
けれど、私たちが悲しんでいるのを世間は待ってくれない。
いつまでも学校や仕事を放置したままではいられません。
人の死は、とても悲しい。
なら私は生きなければ。
生きるために学校に通う。
生きるために勉強をして、部活をして、友達を作って遊ぶ。
無我夢中で日常生活に没頭しました。
努力は、悲しみを打ち消してくれる。
頑張ったぶんだけ、前向きになれる。
兄がいないことには慣れないけれど、兄の分まで生きようと思うくらいには、余裕が持てるようになりました。
両親が私に向ける視線に違和感を覚えるようになったのは、その頃です。
両親は私と話すとき、私の顔を見ないんです。
目があっても、泣きそうな顔をしてすぐそらされる。
会話自体は普通にできていたけど、私をまっすぐ見てくれることはありませんでした。
鏡を見ていたとき、その理由に気がつきました。
あの人たちは、私の中に兄を見ていたんです。いえ、今もきっと見続けているでしょう。
私の顔を見るたび、どうして死んでしまったのか、どうして何も相談してくれなかったのかと問いかけるような表情をするんです。
私にはそれが耐えられませんでした。兄の分まで生きようとは思ったけれど、兄になりたいわけじゃない。
私は私なんです。兄の死んだ理由も、抱えていたものも、私には分からないし伝えられない。
あの人たちが私を見るたび、私は私という存在が消えていくような気がするようになってしまった。
このまま一緒にいたら、私は兄にされるのではないかとまで考えるようになったんです。ありえないとは思っていても、その不安は消えてくれない。不安は恐怖に直結した。たまらなく怖くて、両親といることすら苦痛になっていった。
兄の死から一年ほどでその恐怖は飽和しました。これ以上あの人たちといたくなくて、家を出たんです。社会勉強の一環で一人暮らしがしたい、なんて嘘をついて。
反対されたのは最初だけでした。きっとあの人たちも私の顔を見ることが苦痛だったのでしょう。三度目のお願いで、このアパートの一室を与えてくれました。
それから二年……生活に必要なものはくれるけれど、一度も互いに顔を見ることはありませんでした。
あの人たちは、きっと未だに私の中に兄を見続けている。
兄を失った悲しみは私だって知っています。本当に悲しくて、どうしようもない。
だから、私を見て欲しいというのは我儘でしかないんです。
その話は、少し俺と似ていると思った。この子ではなく、この子の両親が。
自分の息子の死から抜け出せない。
それは、俺があいつから逃げられないのと一緒なのかもしれない。
……少し、興味が持てた。
後日少女が両親に連絡を取り、今週末に少女の住むアパートに来てもらうことになった。
頑張って、みよう。
今だけは、恐怖よりその気持ちの方が、若干だけど大きかった。
約束の日。俺は少女と共に部屋で待機していた。
不安で頭が壊れそうなほど痛い。人と会う約束とは、こんなにも恐ろしいものだったのか。
俺の存在については、前もって伝えてもらっている。開口一番不審者扱いされることはないだろう。
だからといって恐怖は払拭できない。やっぱり俺には荷が重い。
「大丈夫ですか?」
少女が心配そうに覗き込んでくる。この状態では、否定も肯定もできなかった。
きっと顔なんか真っ青だろう。見ただけで大丈夫じゃないと分かるはずだ。それでもあえて会話を持ちかけてくれたのは、少女の優しさに違いない。
でも、今の俺にはそれを汲み取る余裕すらない。
もうすぐ知らない人が来る。何を言われるかわからない。それだけ胃がギリギリと軋むように痛いし、頭はぐらぐらして、ちゃんと座れているのかすら分からなくなる。
でも、絶対逃げない。気絶するまでは頑張る。
大丈夫だ、頑張れ、と何度も繰り返し自分に言い聞かせる。ここまできて逃げたら、本当に社会復帰なんてできやしない。一回逃げたらその先もずっと逃げ続けることを、俺は誰よりも知っているんだ。
しんとした空間に、インターホンの音が響いた。
「―――ッ!!」
心臓が大げさに跳ねる。
設置されたカメラで親の顔を確認した少女が「鍵は開いてるから、入って」と画面越しに伝える。
う、うわ、うわ……ど、どうしよ、お、う、俺、何すれば、いいんだっけ? あれ、なに……あれ?
視界がぐわんぐわんと回り、世界が歪んで見える。もう自分が何を考えているのかすら分からない。頭の中では雷のような白い光がバチバチと音を鳴らしている。もちろん錯覚だが、実際自分が何を見ているのか、とてもじゃないが理解できない。
やばい。これは、頑張るとか、そういうのじゃない。
しかし、俺の状況がこの子の親に伝わるわけもなく、目の前の扉ががらりと開く。
その瞬間、感じていたすべての感情がふっと消えた。
入ってきた人たちは、俺の顔を見るなり、信じられないといった顔をした。
多分俺も同じ顔をしている。
「あなた……は……」
少女の母だと思われる女性が、恐るおそる俺に問いかける。
その行動で確信する。
俺はこの人たちを知っている。
三年前……あの事件の後に会ったことがある。
あの時は、泣いていた。
大人なのに子供のようにぼろぼろと涙をこぼし、弱々しく喋っていた。
ごめんなさい、と。
わたしたちの息子が、ご迷惑をおかけして、ごめんなさい。
薬のせいで朧げにしか覚えていないが、それ以降誰にも会うことがなかったから、かろうじて思い出せる。
今俺の目の前にいるのは、あの時謝罪に来た、あいつの両親だった。
そうか……この子は、あいつの妹なんだ。
似ていると思っていた。
俺の心が弱いから、勝手に面影を重ねているんだ思い込んでいた。
真っ白な髪。
ルビーのような赤い瞳。
機嫌がよくない時の、鋭い視線。
今まで個々だと思っていた問題が、頭の中でパズルのように組み合わさって一つになる。
同時に、俺の目からぼたぼたと涙があふれた。
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