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第7話 魔物襲来
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悪夢から出て来たような魔物——それが今、俺たちの前に立ち塞がっている。
俺——フィリアに魔物を退けるほどの魔力はない。
「だ、誰か、助けを呼ばなきゃ…」
初めての魔物との遭遇に、俺は情けなくもビビりまくり、声が震える。
しかしササPは俺とは逆に落ち着き払い、
「もう忘れたのかいB君。今の『クレア』は【残念】の方だよ」
と、不敵な笑みをたたえ、言い放った。
「あ!」
魔物の黒い巨体に無数の切れ目が入る。
それがヤツの腕だと理解する前に、ササPが俺を抱えて跳んだ。
ドゥゥゥンッッ!!
俺たちがさっきまで立っていた地面が、次の瞬間砕かれていた。
ササPの判断が一瞬でも遅れていたらと思うとゾッとする。
身体より長く伸びた腕の先は、まるでドリルの様に捻じ曲がり、尖っていた。
それが無数にウネウネと蠢き、次の攻撃の機会をうかがっている。
あの伸縮自在な腕に、四方八方から襲われたらひとたまりもない。
ササPが俺を抱く腕に力を込めた。
「いいかい。一発で決める。しっかりつかまってて」
言い様、彼は左手に着けていた瀟洒なブレスレットを天に掲げる。
「変っ身!!」
特撮ヒーローよろしく、颯爽とポーズを決める。
だが、実際に変身したのはササPではなかった。
ブレスレットの方だ。
淡い光を放ち、それはアクセサリーから武器——凶悪な棘を備えたナックルへと、変貌を遂げた。
魔物はこちらに攻撃する隙を与えまいと、無数の腕を一斉に放つ。
「ササPさんっ!」
訳が分からない程一瞬のことだった。
魔物の腕が届く前に、彼のナックルが魔物の腹をぶち抜いたのは——
『グァァァァァァ!!』
耳をつん裂く末期の咆哮が、学園中に響き渡った。
ここに至って、生徒たちが騒ぎに気づき、ワラワラと中庭に集まって来た。
「どうした!? 何の声だ!?」
「きゃあ! アレ、魔物じゃないの!?」
「何でこんな王都に魔物が出るのよ!?」
「誰か! 早く先生を呼べ!!」
良く見れば、横たわる魔物の周りにドリル状の腕が千切れて四散している。
俺を抱き抱えたまま、あの一瞬で魔物の攻撃を全て防ぎ、ヤツの土手っ腹に拳で風穴を開けた事になる。
恐るべし【残念】バージョン!!
そう——攻略キャラと結ばれない代わりに、魔物退治において無双出来る。
それがヒロイン『クレア』の【残念】バージョン!
乙女ゲームなのに、アクションゲームばりにヌルヌル動く戦闘シーンが、賛否の賛の部分であることは言うまでもない。
「あなたがやったの!? クレアさん」
目ざとくササP——クレアを見つけた令嬢たちが、俺を押し退け彼女を取り囲む。
「えー、怖かったけど無我夢中で~」
さっきとは打って変わって、オドオドし始めるクレア。
なるほど。
ササPも俺同様、極力目立たない路線で行くらしい。
明らかに他を圧倒する実力と彼の本性から、早々に被った猫を脱ぐハメになると思うのだが……
弱気なクレアの様子を見て、彼女を囲んだ令息令嬢たちは押せばいけると判断したらしい。
「ねえ、卒業後は是非うちの領地に来てくださらない? 特別待遇をお約束いたしますわ!」
「抜け駆けはダメよ! あなたなら騎士団の即戦力になれるわ! うちにいらして!」
「いいや、卒業後は俺と結婚してくれ!!」
リクルートとプロポーズが同時に始まった。
パンパン!
収集がつかなくなった、ちょうどその時、手を叩きながら『ソラトキ』人気No. 1が現れた。
「ハイ! 君たち! 授業は始まってるよー。後は僕たち教職員に任せて、練習場に集合して下さーい」
「シルワ先生!」
彼の登場と同時に、令嬢たちは頬を染め、令息たちはちょっと嫌な顔をした。
俺とササPはもちろん後者だ。
『シルワ』先生——平民なのでクレア同様名字は無い。
その魔力はアルカ王国内で一二を争い、攻略キャラなので顔面も腹が立つほど良い。当然長身でもある。
風で少し乱れた金髪を払い、薄紫の瞳がニコリと微笑めば、イケメン耐性の無い令嬢が三人ほど失神した。
「状況は後で聞くから、クレア嬢もみんなと行っていいよ」
「ハイ」
愛想も素っ気もなく頷き、ササPが俺の隣に来て耳打ちする。
「『ソラトキ』のアプデの事なんだけど」
「え?」
魔物のことじゃなく、何で今その話題?
振り返ると彼の表情は少し強張って見えた。
「アレを止めた時、管理画面では三人がダウンロードしたって表示が出たんだ」
「!」
「そのうち二人は当然B君と私だね」
「もう一人は、いったい……」
彼もしくは彼女も、俺たちのように転生して、この世界にいるのか?
「それは分からない。敵か味方かもね」
そうか。そいつが首謀者の可能性もある——
「だからね。もしB君から見て怪しい人がいたら、念のため報告して欲しい。転生者同士、情報は共有しよう」
「分かりました。ササPさんが急にキャラ変したかと思うくらい真剣で、今少し動揺してますわ」
「なにそれー、私はいつだって真剣だよ!」
カラカラ笑うと、一転していつものササPに戻った。
敵か味方以前に、俺に転生者の見分けがつくだろうか。
ササPのようにボロを出してくれれば良いが、完璧にこの世界のキャラを演じられたら、見破る自信はない。
いずれにせよ、何らかの思惑を持って俺たちを転生させたのなら、必ずあちらから接触してくる筈だ。
警戒だけはしておこう。
「じゃあ、また後で。お昼は一緒に食べようね、B君」
「え? 授業も一緒じゃありませんの?」
「うん。君の担任は『ノクス先生』。ディエス殿下の叔父『ノクス・パルマ』だよ」
「!」
攻略キャラでもない彼の名前を、俺は良く覚えていた。
『ノクス・パルマ』———俺の記憶では、それは唯一フィリアを破滅に導いた男だった。
俺——フィリアに魔物を退けるほどの魔力はない。
「だ、誰か、助けを呼ばなきゃ…」
初めての魔物との遭遇に、俺は情けなくもビビりまくり、声が震える。
しかしササPは俺とは逆に落ち着き払い、
「もう忘れたのかいB君。今の『クレア』は【残念】の方だよ」
と、不敵な笑みをたたえ、言い放った。
「あ!」
魔物の黒い巨体に無数の切れ目が入る。
それがヤツの腕だと理解する前に、ササPが俺を抱えて跳んだ。
ドゥゥゥンッッ!!
俺たちがさっきまで立っていた地面が、次の瞬間砕かれていた。
ササPの判断が一瞬でも遅れていたらと思うとゾッとする。
身体より長く伸びた腕の先は、まるでドリルの様に捻じ曲がり、尖っていた。
それが無数にウネウネと蠢き、次の攻撃の機会をうかがっている。
あの伸縮自在な腕に、四方八方から襲われたらひとたまりもない。
ササPが俺を抱く腕に力を込めた。
「いいかい。一発で決める。しっかりつかまってて」
言い様、彼は左手に着けていた瀟洒なブレスレットを天に掲げる。
「変っ身!!」
特撮ヒーローよろしく、颯爽とポーズを決める。
だが、実際に変身したのはササPではなかった。
ブレスレットの方だ。
淡い光を放ち、それはアクセサリーから武器——凶悪な棘を備えたナックルへと、変貌を遂げた。
魔物はこちらに攻撃する隙を与えまいと、無数の腕を一斉に放つ。
「ササPさんっ!」
訳が分からない程一瞬のことだった。
魔物の腕が届く前に、彼のナックルが魔物の腹をぶち抜いたのは——
『グァァァァァァ!!』
耳をつん裂く末期の咆哮が、学園中に響き渡った。
ここに至って、生徒たちが騒ぎに気づき、ワラワラと中庭に集まって来た。
「どうした!? 何の声だ!?」
「きゃあ! アレ、魔物じゃないの!?」
「何でこんな王都に魔物が出るのよ!?」
「誰か! 早く先生を呼べ!!」
良く見れば、横たわる魔物の周りにドリル状の腕が千切れて四散している。
俺を抱き抱えたまま、あの一瞬で魔物の攻撃を全て防ぎ、ヤツの土手っ腹に拳で風穴を開けた事になる。
恐るべし【残念】バージョン!!
そう——攻略キャラと結ばれない代わりに、魔物退治において無双出来る。
それがヒロイン『クレア』の【残念】バージョン!
乙女ゲームなのに、アクションゲームばりにヌルヌル動く戦闘シーンが、賛否の賛の部分であることは言うまでもない。
「あなたがやったの!? クレアさん」
目ざとくササP——クレアを見つけた令嬢たちが、俺を押し退け彼女を取り囲む。
「えー、怖かったけど無我夢中で~」
さっきとは打って変わって、オドオドし始めるクレア。
なるほど。
ササPも俺同様、極力目立たない路線で行くらしい。
明らかに他を圧倒する実力と彼の本性から、早々に被った猫を脱ぐハメになると思うのだが……
弱気なクレアの様子を見て、彼女を囲んだ令息令嬢たちは押せばいけると判断したらしい。
「ねえ、卒業後は是非うちの領地に来てくださらない? 特別待遇をお約束いたしますわ!」
「抜け駆けはダメよ! あなたなら騎士団の即戦力になれるわ! うちにいらして!」
「いいや、卒業後は俺と結婚してくれ!!」
リクルートとプロポーズが同時に始まった。
パンパン!
収集がつかなくなった、ちょうどその時、手を叩きながら『ソラトキ』人気No. 1が現れた。
「ハイ! 君たち! 授業は始まってるよー。後は僕たち教職員に任せて、練習場に集合して下さーい」
「シルワ先生!」
彼の登場と同時に、令嬢たちは頬を染め、令息たちはちょっと嫌な顔をした。
俺とササPはもちろん後者だ。
『シルワ』先生——平民なのでクレア同様名字は無い。
その魔力はアルカ王国内で一二を争い、攻略キャラなので顔面も腹が立つほど良い。当然長身でもある。
風で少し乱れた金髪を払い、薄紫の瞳がニコリと微笑めば、イケメン耐性の無い令嬢が三人ほど失神した。
「状況は後で聞くから、クレア嬢もみんなと行っていいよ」
「ハイ」
愛想も素っ気もなく頷き、ササPが俺の隣に来て耳打ちする。
「『ソラトキ』のアプデの事なんだけど」
「え?」
魔物のことじゃなく、何で今その話題?
振り返ると彼の表情は少し強張って見えた。
「アレを止めた時、管理画面では三人がダウンロードしたって表示が出たんだ」
「!」
「そのうち二人は当然B君と私だね」
「もう一人は、いったい……」
彼もしくは彼女も、俺たちのように転生して、この世界にいるのか?
「それは分からない。敵か味方かもね」
そうか。そいつが首謀者の可能性もある——
「だからね。もしB君から見て怪しい人がいたら、念のため報告して欲しい。転生者同士、情報は共有しよう」
「分かりました。ササPさんが急にキャラ変したかと思うくらい真剣で、今少し動揺してますわ」
「なにそれー、私はいつだって真剣だよ!」
カラカラ笑うと、一転していつものササPに戻った。
敵か味方以前に、俺に転生者の見分けがつくだろうか。
ササPのようにボロを出してくれれば良いが、完璧にこの世界のキャラを演じられたら、見破る自信はない。
いずれにせよ、何らかの思惑を持って俺たちを転生させたのなら、必ずあちらから接触してくる筈だ。
警戒だけはしておこう。
「じゃあ、また後で。お昼は一緒に食べようね、B君」
「え? 授業も一緒じゃありませんの?」
「うん。君の担任は『ノクス先生』。ディエス殿下の叔父『ノクス・パルマ』だよ」
「!」
攻略キャラでもない彼の名前を、俺は良く覚えていた。
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