上 下
15 / 28

第15話 ロワの事情とラントの秘密

しおりを挟む
———『透過病(トウカビョウ)』
俺も名前だけは聞いた事がある。

罹患すると最初は軽い倦怠感、ついで手足が透け始め、重度になると起き上がれなくなり、最後は身体全部が透けて存在がこの世界から消えてしまう奇病———それが『透過病』だ。

その特効薬を必要とすると言う事は、
「ロワの大事な人が、その病いに罹ったとか……?」
俺の問いに、彼ははっきりと首肯しなかった。

しかしそれが逆に、ロワに関する様々な情報を確定させた。
まだ短い期間だが一緒に過ごしてみて、彼が流しの魔法使いではない事は明らかだ。
ロワの規格外の実力から見ても、最初から分かっていた事ではあるが。
そして『透過病』の患者の詳細を明らかに出来ないのは、相手がただの庶民では無く、貴族だからに他ならない。

今のところ『透過病』は不治の病だ。
罹っていると分かれば、その者は死を宣告されたに等しい。
公に出来ないのは政治的な思惑があるからに違いない。
ロワがこのダンジョンに潜った理由は、やはり彼の主君に命じられたからだ。

「その、ロワが探している黒い花が『透過病』に効いたって訳か」
「完治はしなかった。しかし症状を遅らせる事が出来た。だからもっとたくさん採取出来れば、あるいは———」

左右で色彩の違う瞳がもどかしさに揺れる。
確かに完治まで行かないにしても、不治の病いの進行を遅らせるだけでも大した進歩だ。
『透過病』患者の関係者にとって、黒い花は希望の光だ。

「だから、ラント。これからはお前の力も借りたい」

ロワの言葉はどこまでも真っ直ぐだった。
一時的な関係にせよ、今は同じパーティーの仲間だ。俺だって出来る事なら力を貸してやりたい。

「でも、俺は………」
「お前は不思議に思わなかったか?」
「え?」
「異常な程、異性に好意を持たれる事についてだ」

不可解な話題の転換に、俺の頭がついて行けない。
ロワが何を言いたいのか、皆目見当がつかない。
俺が異常にモテるなんて、この状況下で一番どうでも良い話しだろう??

「何で、今そんな話しをする必要が?」
「お前自身の正体に関係があるからだ。あの食えないギルド長は隠していたみたいだが、私に預けたからには、本人に伝えても構わないと言う事だろう」
「んんん??? 言ってる意味がさっぱり分からんのだが??」

ハーッと、深く重い溜息を吐いて、ロワが俺をジッと見つめる。

「言っただろう。私の目は『鑑定眼』だ。別名『真実を見破る目』———ラント、お前の正体は人では無い」
「…………は?」

冗談など無駄な言動はしない男だと思っていたが、俺は彼を見誤っていたようだ。

「は、ハハハハ、いや。その冗談、意味が分からないし、笑いどころが分からないんだけど?」
「冗談を言う余裕なんかあるか。お前自身だって、本当は気が付いていた筈だ。何かがおかしいと」
「ハ———」

ロワの青と金の視線に絡め取られ、俺は自然と記憶の蓋を開けていた。


『私ね、将来絶対ラントくんのお嫁さんになるの!』
『ダメー!! ラントは私と結婚するの!!』
たわいもない幼い頃の思い出だ。
他の男子よりモテて良い気になっていた、束の間の時期の。

『アンタなんかにラントは渡さない!!』
『痛い! ぶつなんて酷い!! あなたみたいな凶暴な女、ラントさんには相応しくないのよ!!』
『ちょっ!? 刃物はヤバいって!!』
恋の鞘当ても、口論や拳までなら良かった。
それが刃傷沙汰に発展した時、彼女達を狂わせるのが俺である事を、はっきりと自覚した。

どんなに理性的でも、他に恋人がいても、俺と接した女性は時に異常な執着を示すようになった。
それはモテて嬉しいなんて次元では無い。
恋人のいる女性から秋波を送られたら、当然人間関係に亀裂が入るし、障害にしかならない。

その原因が、顔や性格などの表面的なものではなく、俺の本質にあったとしたら———


「じゃあ、俺はいったい何なんだ………?」
「きわめて人に近い『魔人』だな」
「まじん?」

俺は脳内でロワの言葉を反芻する。
『魔人』とは、人型の魔物の事だ。知能が高く、人を害する為、魔物と同様に討伐対象である。

「で、でも魔人なら、魔力だってもっとある筈だし! だいたい俺は魔法なんて使えないぞ!?」
「お前は無意識にやってるんだ。『魅了』と言う、禁忌の魔法をな」
「『魅了』……? 俺には何の事だか、訳が分からない………」

途方に暮れた俺を憐れんだのか、ロワは噛んで含めるように、優しく説明してくれた。
「『魅了』はその名のとおり、人の心を虜にして操る魔法だ。故に使用も研究も禁止されている。私個人としては、危険な魔法なら対処も含めて尚更研究の必要があると思うが………世の中、臆病者が多いらしい」
「じゃあ……それが本当だとして、何でロワは俺がそんな危険な魔法を使ってるって、分かったんだ?」

俺の質問に、彼は無言で自分の目を指差す。
成程。『鑑定眼』のお陰か。
しかし分からないのは、俺が『魅了』を実際使っていたとしたら、何故ロワには効かなかったんだ?

「ラントの『魅了』の対象は異性のみだ。もしこれが同性も対象に含まれていたら、お前は今頃どこかの貴族か豪商の屋敷に囚われて、一生外に出して貰えなかっただろうな」
「そ、そんな事って……」
今まで関わった異性達との経験から、その可能性が絶対無いとは言えなかった。
「念の為に手鏡で私自身も確認していたしな。『魅了』は掛けられた方もそれと分かる」
ああ。だからロワは身だしなみに無頓着そうなのに、手鏡を常時持っていたのか。

「ラント、お前の本質は『夢魔(ムマ)』に近い。人間を誘惑し、その精気を糧とする魔人だ」
「精気なんて食った事ないぞ。あんただって俺と一緒の飯を食ってるじゃないか」
「そうだな、言い方を変えよう。ラントの本質は魔人なのに、気質が人間なんだ。それが生来のものか養育環境によるのか、今の私には分からないが………ギルド長は間違いなく、お前の正体に気付いていただろうな」
「オルコギルド長が?」
「ああ。その上で危険性無しと判断して、冒険者としての活動を許容した」
「…………」

オルコギルド長はちょっと食えないところはあるけれど、実力も人望もある人だ。
実際、俺も色々助けてもらってるし、尊敬もしている。
ロワの推測が全部真実なら、オルコギルド長は俺の正体を知っていながら、他の冒険者と同様———いや、それ以上に心を砕いてくれていた事になる。

「俺は、魔人ではなく人として信用……されてたのか……」
「だろうな。『夢魔』の本能そのままに、そこら辺の女を食い散らかしてたら、とっくの昔にお前はあのギルド長に討伐されていただろう」

ロワは俺と向き合うと「その上でだ」と、言葉を続ける。
「実際、精気を食ってみないか」
「…………それは……要するに」
「私と性交を」
「無理だろ!!?」
被せ気味に断固拒否した。
話しの流れからロワの言わんとする事に見当はついたが、無理なものは無理だ!

「———別に性欲を解消する為の口実で、こんな馬鹿げた話をしている訳じゃない」
いかにもこちらも不本意だと言わんばかりの顰めっ面で、裸の魔法使いが断言する。
「しかしラントが魔力を得るにはこの方法しか無い。人としての理性が勝るお前なら、それが出来る」
「いやいや、そもそも最初からおかしな話じゃないか!? 魔力が無いのなら、何で俺に『魅了』が使えたんだよ!?」
「それこそ無意識下だ。お前は全く魔力が無い訳じゃなかったんだ。少ない魔力を駆使して、精気を得る為の魔人としての生存本能がそうさせたんだ。逆に言えば、私から精気に含まれる魔力を吸収すれば、身体が勝手に『魅了』を発動させる事はなくなる」
「え。それって、つまり——」
「お前は女子と普通の関係が築けるようになる」

俺の中の天秤が、『無理』から『少し考えても良いかも』に傾く。
ロワは俺の変化を敏感に察し、普段ニコリともしないくせに片頰を上げた。

「ラント。お前は魔力はほとんど無いが、その器は誰よりも大きい。外から魔力を補充することが出来れば、おそらくレベルを上げる事も可能だ」
「!!」

「レベルが上がる」———それは俺にとって、何より抗い難い甘い誘惑だった。

美貌の魔法使いは勝ちを確信した顔で、はっきりと俺に笑みを見せた。

「試してみる価値はあるだろう? ラント」

耳に心地良い低音の美声が、やけに近くで聞こえる。
いつの間にか絡め取られていた指を、俺は解く事が出来なかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したので異世界でショタコンライフを堪能します

のりたまご飯
BL
30歳ショタコンだった俺は、駅のホームで気を失い、そのまま電車に撥ねられあっけなく死んだ。 けど、目が覚めるとそこは知らない天井...、どこかで見たことのある転生系アニメのようなシチュエーション。 どうやら俺は転生してしまったようだ。 元の世界で極度のショタコンだった俺は、ショタとして異世界で新たな人生を歩む!!! ショタ最高!ショタは世界を救う!!! ショタコンによるショタコンのためのBLコメディ小説であーる!!!

王様のナミダ

白雨あめ
BL
全寮制男子高校、箱夢学園。 そこで風紀副委員長を努める桜庭篠は、ある夜久しぶりの夢をみた。 端正に整った顔を歪め、大粒の涙を流す綺麗な男。俺様生徒会長が泣いていたのだ。 驚くまもなく、学園に転入してくる王道転校生。彼のはた迷惑な行動から、俺様会長と風紀副委員長の距離は近づいていく。 ※会長受けです。 駄文でも大丈夫と言ってくれる方、楽しんでいただけたら嬉しいです。

顔だけが取り柄の俺、それさえもひたすら隠し通してみせる!!

彩ノ華
BL
顔だけが取り柄の俺だけど… …平凡に暮らしたいので隠し通してみせる!! 登場人物×恋には無自覚な主人公 ※溺愛 ❀気ままに投稿 ❀ゆるゆる更新 ❀文字数が多い時もあれば少ない時もある、それが人生や。知らんけど。

彼の至宝

まめ
BL
十五歳の誕生日を迎えた主人公が、突如として思い出した前世の記憶を、本当にこれって前世なの、どうなのとあれこれ悩みながら、自分の中で色々と折り合いをつけ、それぞれの幸せを見つける話。

俺の恋路を邪魔するなら死ね

ものくろぱんだ
BL
かつて両親は女神に抗い、自由を勝ち取った────。 生まれた時から、俺は異常だった。 両親に似ても似つかない色を持ち、母の『聖女』の力をそのまま受け継いで。 クソみてぇな世界の中で、家族だけが味方だった。 そんな幼少期を過して、大聖堂で神の子と崇められている現在。 姉から俺に明らかにおかしい『子育て』の依頼が舞い込んだ。 ・・・いくら姉の依頼だとしても、判断を誤ったと言わざるを得ない。 ──────お前俺の片割れだからって巫山戯んなよ!? ─────────────────────── 作者の別作品『お母様が私の恋路の邪魔をする』の番外編をこちらに持ってきました。 『お母様〜』の方を読んだ方がずっとわかりやすいです。

【完結】マジで滅びるんで、俺の為に怒らないで下さい

白井のわ
BL
人外✕人間(人外攻め)体格差有り、人外溺愛もの、基本受け視点です。 村長一家に奴隷扱いされていた受けが、村の為に生贄に捧げられたのをきっかけに、双子の龍の神様に見初められ結婚するお話です。 攻めの二人はひたすら受けを可愛がり、受けは二人の為に立派なお嫁さんになろうと奮闘します。全編全年齢、少し受けが可哀想な描写がありますが基本的にはほのぼのイチャイチャしています。

台風の目はどこだ

あこ
BL
とある学園で生徒会会長を務める本多政輝は、数年に一度起きる原因不明の体調不良により入院をする事に。 政輝の恋人が入院先に居座るのもいつものこと。 そんな入院生活中、二人がいない学園では嵐が吹き荒れていた。 ✔︎ いわゆる全寮制王道学園が舞台 ✔︎ 私の見果てぬ夢である『王道脇』を書こうとしたら、こうなりました(2019/05/11に書きました) ✔︎ 風紀委員会委員長×生徒会会長様 ✔︎ 恋人がいないと充電切れする委員長様 ✔︎ 時々原因不明の体調不良で入院する会長様 ✔︎ 会長様を見守るオカン気味な副会長様 ✔︎ アンチくんや他の役員はかけらほども出てきません。 ✔︎ ギャクになるといいなと思って書きました(目標にしましたが、叶いませんでした)

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

処理中です...